« 満月伝説#8 彼に何が起こったか? | Main | 満月伝説 #10 そして、ウサギ達は・・・ »

February 05, 2005

満月伝説#9 出会い


最初から読む
前回へ
次回へ

「ありがとう、判ったわ」
 史記が電話を切るのを待って、歩夢が声を掛ける。
「吉見さん?」
「ええ」
「山田さん、どうだったって?」
「元気みたいよ」
「ふうん、良かった」
 歩夢が自分のことのように喜ぶ。
「奥さんも保育士のパートを始めたんですって」
「やっぱ、そうなんだ?」
「そうみたいね」
二人の会話を聞きながら、祐一は昌義を採用して欲しいと史記が言い出したときの千鶴の反応を思い出していた。

「そんな使い込みをした人に財務を任せるなんて考えられないわ」
頭から千鶴は反対する。
午後のティ―タイム。
史記、千鶴、陽子、碧子、祐一、歩夢、サクラ、ル―、そして、田中裕美がテーブルを囲んでいる。
話をしたいので、おやつは出していない。食べ物があると、サクラが煩くて話にならない。

史記はカップを置き、千鶴を見る。
「あの人は自分の立場を利用して、人のものを盗み、人を陥れたりもした。
でも、彼はお諸仏さんに、友人の復活を願おうとしたの。
大金持ちになることも、地位を得ることも願えたというのに、最後に、誰かのために願おうとした。
その心は認めるべきだと思う」

「確かにそうだけど……」
千鶴は援護を求めるように、周りを見回した。
皆、史記が言い出したら聞かないことを知っているので、肩をすくめ、視線を合わせないようにする。

「それに、一度失敗したからといって、社会復帰を認めない世の中では、いけないわ。
チャンスを与えるべきよ」
さらに史記が言った。
「まあ、それはそうね」
庭に通じる吐き出し窓を開けて、半分身体を庭に出しタバコを吹かしている碧子が言った。
煙が苦手な史記たちのためにそんなところで吸っているのだが、それでも、裕美はハンカチで、鼻と口を覆って、迷惑そうにしている。
碧子も皆に遠慮してかなり我慢はしているが、時々限界になるらしい。

「でも、そんな人を雇わなくても……」
千鶴はため息をつく。

「どうして、史記さんはそこまでして、その方を助けたいの、聞かせていただけます?」
千鶴は作戦を変えた。
黙って話の推移を見ていた陽子が、史記に話しかける。
「話して上げれば?
千鶴さんだって、いくらオーナーとはいえ、突然、横領をしたような人を雇えと口出しされても困るんじゃない?
私は、ほんの少しだけど、山田さんとあのホテルで過ごして、あの人の持っている少年のような純粋さやそれ故の脆さ、みたいなものを感じることが出来たけど、話だけ聞いたら、そりゃ、躊躇して当然よ」
陽子は陽子なりに山田のことを心配していたようだ。

「私も、力になりたいけど、まさかうちでベタを塗って貰うわけにも行かないしね」
碧子がチャチャを入れる。

「あの場にいた責任もあるし、山田さんには何とか職に就いて欲しい。
だけど、千鶴さんの気持ちもわかる。
それに、私も、史記さんがどうして今回のことを仕組んだのか、あまり、ちゃんと聞いていないような気がするんだけど・・・」

陽子の言葉を受けて、裕美は相変わらずの冷静な表情で、興信所の報告書を見ながら言う。
「使い込みは致命的です。
でも、あの人の支店は常に成績トップでした。
理事長の娘と結婚していなければ、かえって、その優秀さを認めて貰えたでしょうに、お気の毒。
とにかく、彼の人物評価は別として、私も史記さんが彼にこだわる理由は聞きたいわ」
と続けた。

仕方なく、史記はひとつの物語を話し始めた。

その人はグランドゼロの金網の前に立っていた。
写真やキャンドル、花が供えられている金網の前で、多くの観光客の中に紛れる事なく……
色鮮やかな絵画ではなく、墨絵のように、濃淡で描かれた性別も不明な人。

その日、東京からの知らせを受け取り、史記はふらふらとニュ―ヨ―クの町を彷徨い、いつの間にか、金網の前に来ていた。
かつて、世界で一番繁栄していたビルがあった場所。
多くの人々の墓標となった廃墟は、暗い、四月の雨の日に似合いすぎる。

金網に張り付けられた写真やメッセ―ジを見ながら歩いていて、史記はその人を見つけた。
その人はかつての摩天楼を、仰ぎ見るように、何もない空間を見あげて立っていた。
たっぷりとした黒のコート。
両手をポケットに入れ、傘も差さずに霧雨に濡れている

整った白い顔。
緩やかにカールした長い髪。
背は高く、百八十センチ以上あるだろう。
若いように見えるがその眼差しは老成していて、二十代にも三十代にも見える。

日本人だろうと思った。

史記はどうしてもその人と話したいという欲求を抑えることが出来なかった。
相手の懐に飛び込むよりも、観察することが好きな史記にしては、珍しい欲求だった。
史記の視線を感じたのか、ふっとその人は史記に視線を移し、微笑むときびすを返して歩き始めた。

史記は慌てて、歩き出したその人を追いかける。
「すみません。あの、日本の方ですよね」

その人は、振り返り、史記を見つめる。
真っ黒な瞳が自分を突き抜けて大地に刺さるような気がした。

「あの、御免なさい、突然、話しかけたりして、日本の方ですよね?
少し、お話できませんか?」
性急に自分の思っていることを口に出して、史記は後悔した。
――何も言わないのは、拒んでいるからだろうか?
それとも、言葉が通じないから?
 
その人(?)は微笑んだ。
「いいですよ」
思ったよりも太い声――男!

「それで」と彼は言った。
「ここで、お話すればよいのかしら」

彼は暖まりたいと言い、二人は近くのコーヒーショップに入った。
店内は空いていた。
背の高いウエイターが注文を取りに来る。
彼はエスプレッソを頼んだ。
普段は紅茶党の史記も、それに付き合う。 
今日は本当に底冷えのする日だ。

男は「冷たい日ね」と大きな窓越しに空を見上げる。
良く見ると、彼は少年のようにも見えた。
「私、鴇野史です」
史記は本名を名乗った。
「ここには旅行で……」
「私は、安曇野森十夜。私も旅行」
彼は唇を少し上げて微笑んだ。

グランドゼロの虚空を見つめていた時に受けた印象と今の彼は、随分違っていた。
見れば見るほど、十夜は美しい。
病的なほどに肌が白く、化粧をしているのかと思うほど唇が紅色で、眉は細く形がよい。
向かい合うとはっとするほど鮮やかな印象で、どうしてあのときに無彩色と感じたのかと史記は自分の目を疑った。

――これって、ナンパしたってことになるのかなあ……

「お仕事でいらしたの?」
十夜はテーブルに肘を付き、指を組んで史記を見つめる。
「ええ、ちょっと、つまらない仕事なんですけどね」
「あら、ご謙遜を……こんどはどんなミステリ――を書かれるの?
『神、空にしろしめす』持っているわ」
「私が史記だと知って……?」
史記は、ミステリ―大賞を受賞した自分の処女作の名前が出て驚いた。

このニュ―ヨ―クで、史記の職業を知っている人に会うとは思わなかった。
史記が女性であることや、本名は、日本でも、ほとんど知られていないのに、十夜には鴇野史が史記と分かったらしい。

「ええ、お目にかかれて光栄。
思ったとおりの方」
史記は今まで、神楽坂史記の小説を読んだ人々に、自己紹介するたびに、驚かれた。
「あなたが神楽坂史記ですって?」
小柄で童顔の史記は、どうやら、その容貌や外見と、発表している小説のイメ―ジが合わないらしい。

史記は推理小説や、エッセ―を書くが、社会批評が強いので、理屈っぽいと言われる。
男女を問わず、外見で人を判断する人は多い。
史記の外見が、可愛ければ可愛いほど、史記は理解されなくなってしまう。
だから、史記は普段、史記のアシスタントの「ももこ」と名乗っている。
「ももこ」は、存在しない史記の従妹という設定。
だが、十夜には、ももことは名乗れなかった。
なぜか、本名の史と名乗っていた。

史記の戸惑いが顔に出たのか、史記の顔を見つめて、十夜は言った。
「そうね、多分、見かけで人を判断する方には、あなたは神楽坂史記らしくないと思われるかもしれない。
でも、あの小説の中に貫かれている主張は、あなたそのものね」
その目は、あのグランドゼロで振り向いた時の何かを見通す目だった。

「安曇野森さんは優しいのね。
そんなことを言ってくださる方はなかなかいないわ」
十夜は史記を見つめ、真顔で、
「十夜と呼んで。
大丈夫、もうすぐ、あなたの外見もあなたの主張も、丸ごと受け入れ、理解してくれる人たちが現れるから」
まるで予言者のようなことを言う。


エスプレッソが運ばれてきた。
史記は熱々のカップに両手を添えて、指を暖める。
十夜は細い指で優雅な所作でカップを持ち上げ、口に運ぶ。
その細く長い指に史記は見とれた。 

「悲しいのね」
日本語が耳に優しい。
自分の気持ちを言い当てられて、史記は戸惑ったが、ホームシックにかかっていると思われたのだと理解した。
「ええ、ちょっと……御免なさい。
突然、話しかけられて、驚いた?」
十夜は首を振る。

史記の後ろの席に、ポルトガル語を話すグループが座っていて、彼らは大きな体をゆすりながら笑っている。
言葉は理解できないが、何か楽しい話のようだ。

「今日は、日本語で話したかったの。
この街の異邦人でいることは心地よいけど、今日は、地球上で一人ぼっちの気分で……せめて、日本語で話す相手が欲しくて……ごめんなさい」
「私も、あのグランドゼロに、一人きりで立っているのは辛かったから、ちょうど、良かったですよ。
それに、神楽坂史記さんと知り合えてラッキー」
「史記と呼んでください。
十夜はどこに住んでいるの?」
「東京、銀座」
「銀座に住んでいる人に会ったの、初めて」
史記は目を丸くする。
十夜は笑った。
「なかなか住み良い処ですよ」
 
「なぜ、グランドゼロで虚空を見上げていたの?」
皆が、深く落ち込んだビルの後を見ているのに、十夜は虚空を見上げていた。
史記にはそれが不思議で、それでいて、なんとなく理解もできた。

「トレ―ドセンタ―が聳えていた時は見ていないから、どんな風だったのかと思って……」
「私も見ていないわ。
あんなにたくさんのビルが建っていたというには、少し狭いような気もしたけど……。
まだ、行方不明の方もいるのね」

綺麗に片付いた現場。
――発見されていない人はどこに行ってしまったのだろう。

「自分の死を自覚できず、彷徨っている人が大勢いますよ」
十夜はまた、空を見上げた。
その横顔を眺め、史記はふっと息をついた。

「あの夜、締め切りに追われていて、時間がないのになぜかニュースを見たくなって……
テレビをつけると、煙の上がっている高いビルの映像が出て、これはどんなドラマなの?と思った。
アナウンサーの緊張した声で、火事でも起こったのかと思った。
そしたら、二機目がすうと吸い込まれるように、煙の上がっているビルの隣のビルに突っ込んで……」

その瞬間、史記は戦争が始まる、と思ったのだった。
「次の朝、崩れていくビルを見て、ああ一つの時代が、終わったと実感したわ」

8月の終わりに、ミステリ―大賞を受賞の通知を貰い、史記は中国から戻ったばかりだった。
その頃、借りていたウイ―クリ―マンションの一室で、史記はその映像を見た。

「世界一の繁栄と軍事力を誇る国の、象徴的な建物があんなにあっけなく、崩れてしまう。
新しい世紀は暴力と理不尽の百年になってしまう。
これを止めなければ、それは、このテレビを見ているすべての人が背負わされた義務だって、そう思ったの」
「さすが、神楽坂史記ね」
十夜の声には冷やかしの響きは無かった。
そのまま、視線を空に移し、独り言のように十夜は続ける。

「目の前で崩れていく、あのビルからの悲鳴は、テレビでは聞こえなかった。
血の一滴も見えなかった。
だけど、私たちは多くの人が犠牲になっていくのを、目の前にしながら、何も出来なかったのね」

史記は十夜の言葉に頷き、自分の思いを口にした。
「湾岸戦争の時、空爆の場面をテレビで見ながら、テレビの向こうで、死んでいかなければならない人たちの死は、為政者のつまらないプライドや、宗教へのこだわりや武器商人の儲け主義による犠牲なのだ。
もう少し、彼らや私たちがそのことを考えて、戦争を止めようとしていれば、避けられたかもしれない死なのだと思った。
けれど、まだ高校生だった私には何も出来なかった。
大人達はどうしてこれを止めないのかと腹立たしくて……」
史記はそのとき、何の力もなく、ただ、それを見ていなければならないことを拷問だと思ったのを思い出した
「でも、今度は、私、子供じゃない。
これに対して何か出来るはずだと思ったの。
だから、私、ニューヨークに来たんだけど……でも、ここにいると、非力な自分を思い知らされるだけ。
人間って本当にバカな生き物だわ」
史記の言葉に十夜は頷く。
「そうね、人間は失わないと、わからない。
その意味を分からずに何かをしてしまう。
そのしてしまったことを、されたほうが責める。
その繰り返し。際限が無い。
9・11はその最たるものですよ」

店内はいつの間にか、混んできて、若いカップルや、老夫婦、外国人らしいグル―プなど、それぞれの話に熱中している。
英語ではない言葉も飛び交っている。
あの恐ろしいまでの青空だった9・11の朝とは違い、今日はどんよりと曇り、時々、雨が窓を叩く。
待ち合わせらしい男性がライラックの花束を持って、女性一人のテーブルに近づく。
新米らしいウエイターがスプ―ンを床に落とす。

十夜は周りを見回し、「少し歩きませんか?」と言った。
史記も、あまりの混雑振りに落ち着かなくなったので、それに同意した。
暖かい店内から外に出ると、雨も風もさっきよりもひどくなっていて、冷たかった。
グランドゼロに向かって、また、二人は歩き出した。
街はまるで海の底のように蒼褪め、歩いている人々も色を失っている。

十夜は外人のように傘をささない。
史記もそれに習った。
じっとりと体全体が濡れていく。

「バベルの塔の話を知っている?」
「ええ、旧約聖書ね。高い塔を立てている人間に神が怒ったっていう……」
「ええ、ノアの箱舟の後、天まで届く塔を建てている人間を見て、神様が言葉を通じ無いようにしたんですって」
「創世記に書かれているよ。
神は人間を各民族に分け、言葉を攪乱された。
攪乱はバラル、それが語源となって、その町がバベルと呼ばれたので、その塔はバベルの塔となったってね」
「バベルと言う地名が先にあったわけではなかったのね」

史記は砂漠の中で、時々、読んでいた旧約聖書を思い出した。
そして、ふと言葉が口から飛び出した。
「神は人間をバラルした。
だけど、世界は、また、繋がってしまった。とても、中途半端な状態で……
同じ言語を持たず、同じ価値観を持たない民族同士がいがみ合う――もっとひどい状況になった」

「そうね」
「これから世界はどうなるのかしら?」
それを知りたいと史記はずっと思っていた。
アメリカはこれを機にイラクに派兵しようとしている。
だが、犠牲者はそれを望むのだろうか?
――彼らは自分達の死が、さらに政治的に利用され、多くのイラクの民や、同胞が死ぬことを願ってはいないだろうに。

「すべての人々が疑心暗鬼になり、殺しあうんですよ」
十夜はなんの躊躇いも無く言い切った。

思わず、立ち止まり、史記は十夜を見上げた。
背の低い史記とヒールを履くと百九十センチはありそうな十夜では、大人が子供を見上げるような角度になる。
にっと笑い「このままではね」と言い足して、十夜は歩き出す。

「世代間にひとつの言葉に対する共通の認識がなくなっている。
孤立して育つから、自分の痛みを相手も持っていると感じられなくなってしまう。
家族でも、それぞれが違う言葉を話し、違う世界観を持ち、違うものを好むようになっていく。
そのせいで、争いが多くなり、特に日本では親兄弟が殺しあう時代が来るはず」
十夜は、淡々と見て来たもののように話す。

「日本人は個を重んじるよりも集団でナアナアに生きてきたのに、突然、個として生きること、自己責任を求められるようになり、過渡期の混乱が起こるのね。
あなたはそのことをすでに小説に書かれていたよね?」
「ええ」
「あの小説を読んだときに、僕はこの人に会わなければと思った・・・」
「え?」

聞き返す史記の声を聞こえなかったかのように、十夜は続ける。
「明治期に国を開いた時には、天皇と言う絶対の存在があり、群として彼の決定に従うことで乗り切ったけど、今はそうも行かない。
この舵取りを出来るような政治家は、今の日本にはいない。

それに、人を殺し、悪事を働いても、現世では罰を受けない人もいる。
そう言うのを見ると、何をしても自分さえ良ければオッケーと思うようになってしまう」
「そうね、この世のことはこの世で罰を受けないと・・・悪事がいけないなんて言われても、だって、罰は当たらないじゃないかって」
「そういうことです」

真顔の十夜を見て、史記は噴出した。
「どうかした?」
「いえ、あなたのように若い人が、罰なんて言うから……」

十夜はわざわざ屈み、史記の顔を覗き込んで、
「うちの叔母の話をしても良いでしょうか?」と訊いた。

唐突な申し出に史記は戸惑ったが、頷いた。
「叔母と言っても、血の繋がりは無いんです。
彼女は父の弟の連れ合いなんですよ」
十夜がそう言った途端、雨脚が激しくなった。

二人は近くのビルのオーニングに逃げ込む。
その店は雑貨店のようで、ショーウインドウには真っ白な食器が並んでいた。
「うちの叔母は秋田の山奥のダム湖の側の一軒家で育ったそうです。
他の家はみなダムの底に沈んで、その家だけが残ったらしい。
ダムは出来たばかりで、日照りが続くと、水底から、昔の村の後が出てきた。
花がいっぱい咲いていて……
真青な奥羽山脈の雪解け水が溜まるダム。
春は一斉にやってきて、花はいっぺんに咲く。
桜、梅、辛夷、可憐な春の野の花たち、山菜たち。
夏は圧倒される緑。夕立。
秋はありとあらゆる色の狂乱。
すべての絵の具をぶちまけたような紅葉。
湿った落ち葉の匂い。
野葡萄やアケビ取り、クリ拾い。
森に立ち込める茸の匂い。
熊やウサギや鹿たち。
そして、青い氷と雪に閉じ込められる冬」
十夜が何のためにそんなことを言い出したのか判らなかったが、史記はだまって、その話を聞いていた。
 
「美しいこの世の楽園のようなところで、一人きりの子供。
寂しくなんかなかったそうです。
毎日が楽しくて、外にいると一日はあっという間に終わる。
そんな生活をしていたらしいんですよ」

「なんだか、人間の話ではないみたい。ポ―の一族みたい」
「ああ、知っています。
叔母が大好きで、彼女の家に行けば、全巻ありました。
みんな読んじゃいましたよ」
十夜は嬉しそうに笑う。
史記もなんだか嬉しくなった。

「私が何故、ニューヨークに来たか、判りますか?」
突然、訊ねられて、史記は戸惑った。
「何かの勉強?」
指揮は自分の観察の結果、彼がかなりオシャレに詳しい人と目星をつけていた。
最初はファッション関係の仕事かと思ったほどだ。
黒のコートが似合っている十夜はそのままモデルでも通用しそうだ。
「叔母があなたに会うようにと言い出したんですよ」
「え?」
それは思いがけない言葉だった。
「でも……どうして?
ここに私がいることを、誰が?」
一瞬、身体を硬くして、史記は訊ねる。

「ああ、誰にも聞いていませんから、ご心配なく」
十夜は史記の警戒がわかったようで、微笑んだ。
「叔母は、夢視なんですよ」
「ユメミ?」
「遠くの出来事や、未来を、夢で視ることができるんだ」
「うわあ、お会いしたいわ。凄い能力!
私、超能力者に会うのが夢だったの。
おばさんのお話、教えて」
史記は目を輝かし、十夜のコートの袖を掴んだ。

あまりにあっさりと史記が話を受け入れたので、十夜は拍子抜けしたようだった。
「ああ、そう……だから、神楽坂史記なんだ……」
「え?」
「いや、あなたはもっと大人しい人のように見えたから」
「がっかりした?」
「いや、そんなこと無いよ」
「で、私は何をしなきゃいけないの?」
「はあ?」
十夜は一瞬間の抜けた声を出した。
「だって、私に会いにきたってことは、私に何かしろってことでしょ?
 叔母さんは私に何をしろと?
 それとも、誰かに命を狙われているとか?」


次回へ

|

« 満月伝説#8 彼に何が起こったか? | Main | 満月伝説 #10 そして、ウサギ達は・・・ »