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2017.08.08

あしたこそ

この前、生徒に軽井沢の話をしていて…

内田康夫さんのティールーム「軽井沢の芽衣」に行った話から、

故森村桂さんの「アリスの丘」の話になったのだけど…

彼女、森村桂さんを知らなかった!


。。。。それじゃ、「天国に一番近い島」も知らないの?

恐る恐る訊くと「知らない」ですって。


そりゃ、今上天皇さまのご譲位も迫った平成29年…

昭和は遠くなりにけりで、

まだ、日本が発展途上で海外旅行もままならない時期に活躍し、

1980年代に軽井沢にこもり、13年前にこの世を去った作家を知らなくても仕方ないわ。

著書も全て絶版になっているし…


若い人は森村桂さんを知らないという話を今日の生徒に話したら、

私より少し若い彼女はさすがにショックを受けていた。

若い頃、森村作品を読んで、あんな風に生きられたらと思っていたんですって。


今回のホテルは18号線のバイパス沿いにあり、その先の信号近くに、「アリスの丘」は有った。

なんかもっと軽井沢の外れのイメージだったのだけど…

おそらくバイパスができるまではその周辺は何もなくて寂しいところだったんだろうなぁ。

まだ新しい店が並ぶ中、そこだけ時間が止まったような佇まいのお店を見て…

何とも言えない感慨を抱いた。


その著書の青春の輝きや理想の結婚生活…

それが実はモラハラ夫に翻弄された日々だった。

浮気していた夫からの要望で離婚してしまい、

復縁を望んだ時には元夫は再婚し子供が生まれていた。

失意の日々を送り、瘦せ細り、髪も抜け…

必死の思いで再婚された方ともさほどうまく行っていない。

元夫からは作品のほとんどが自分のおかげだからと著作権料を請求され…

そんなご自身の状態を赤裸々に書かれた「それでも朝は来る」を読んだ時の衝撃を思い出した。


森村さんは軽井沢で、大好きなケーキを焼き、絵本も描いた。

避暑に軽井沢にお出かけの皇后さまは忘れることなくお店を訪問され、

絵の才能も認められ、軽井沢駅の壁画も手がけた。

だけど、どんなに傍目には活躍されているように見えても、心が満たされることはなかったのだろう。

最後は自ら人生を退場してしまった。


人生は悲喜こもごも…

辛いことがあっても乗り越えて行けるのは、

今日よりも明日が良い日になるかもしれないという可能性があるから。

森村さんの若い頃がNHKの朝の連ドラになった時の題名が、まさに「あしたこそ」だった。

でも、人生の黄昏に立つ時…

人は「あしたこそ」とは思えなくなるのかもしれない。

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常に自らの「あしたこそ」を作り続ける努力をしなければ、

自らの人生の重みに潰されてしまう。

「あしたこそ」を見つけられない老人たちが多くなれば、国の活力は削がれる。

日本のような少子高齢化の国にあってはそれは一大事。

ただ、それは…

政府がどうとか社会がどうとかの話ではなく…

私たち一人一人が向き合い解決して行かなければならない問題。




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