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2008.06.19

オーラの泉 島倉千代子

「人生いろいろ」

この言葉を誰よりも噛みしめているに違いないのは、この人・・・・島倉千代子さん。

「何があってもめげないの」と言う言葉が、今は一番好きと言う島倉さん。

その経歴を見ると、そのとおりの生き方をされているようで・・・・

 
 

オーラの泉をずっと見ているという島倉さん、デビュー時に美輪さんと同じレコード会社に所属していた関係で、その頃からのお知り合い。

デビュー間もない頃、使いすぎで声が出なくなった島倉さんは美輪さんに相談。

「自分を信じて、自分が負けないこと」

そう言われて、何かがあったと時には、自分のせいでこうなったのだと思うようになったという。

「私の生き方の指針を下さった(方を)見つけた」と島倉さん。

どうやら、今までその事は、意識していなかったようだ。 

  

1954年、16歳のときに、「この世の花」でデビューした島倉さん。

その曲は半年で200万枚をセールスした。

25歳の時には、家族の反対を押し切り、プロ野球選手と結婚。

だが、その結婚生活は5年で破綻。

失意の島倉さんに更なる不幸が・・・・・

全てを管理していた母の死、そして、その後の借金騒動・・・・

信頼していた知人の保証人となり、16億と言う多額の借金を背負うことになったのだ。

 

「お嫁さんになるのが夢だった」という島倉さん。

「夢見る夢子さんのまま結婚して、結婚相手に悪かった」と反省の言葉を述べるのだが・・・・

「頭で思っていることと心の方向が違うことがある」と江原さん。

「恋は思案のほか」と美輪さん。

どうやら、縁の無い人だった・・・・・・?

  

島倉さんの場合は「歌が天職」

「歌えればそれで良しだった」と視る江原さん。

借金を負わせられても、歌えれば何とかなると思っていたようだ。

「なぜ、保証人になっちゃったんですか?」と国分君に訊かれ、「なっちゃったんです」と島倉さん。

その上、実印も渡してしまい、考える余裕も与えられ無かったという。

「実印は命。絶対、渡しちゃだめ」と言う言葉にはかなりの説得力が・・・・(笑)


 

「あなたの人生は波乱万丈」とさすがの美輪さんも呆れるほど波乱万丈な人生を送ってきた島倉さん。

「鳳仙花」「人生いろいろ」などのヒットが出て、15年後、なんとか、その借金は返したのだが・・・・

今度は病に襲われた。

左胸の乳がん・・・・・・

島倉さんはその時、55歳になっていた。

 

手術によりガンを克服し、ほっとしたのもつかの間・・・・・

またもや、信頼していた仲間に裏切られ、出演料や銀行預金を騙し取られて、借金生活が始まった。

「怪しい怪しいと思っているうちに深みには入りました」と島倉さん。

「ちょっとはんこを押しすぎました」と反省。

今も借金は残っているという。 

 
 

前世は武家のお姫様。

歌が大好きで「歌姫」と呼ばれていた。

そのときの思いがあるから、金銭に関しては楽観的。

生きてさえいければ何とかなると言う感覚がある。

大変なのに、そのヒロインを楽しんでしまうところがあり、大変を繰り返してしまう。

オーラの色は、黄色もブルーもあるのだが・・・・・瞬時に気持ちが変わってしまう。

失くしても、また買えばいいくらいの気持ちで、物に対する執着も無かった。

  

江原さんにそう説明されて、納得の島倉さん。

その通りの感覚で暮らしてきたらしいのだが、さすがに島倉さんも70歳・・・・・

「もう、これ以上はだめ。どうすればよいですか?」と訊いた。

 

島倉さんの背後には、「背広姿の男の人たちがずらっと並んでいる」と江原さん。

彼らは、島倉さんをこれまで助けてくれた人々。

亡くなってから「あの世後援会」を作るように背後に居るという。

――――ま、そんな人たちが居たのに、ど~して、こんな悲惨な・・・・・そこがお姫様だったのね。

 

「愚かな金銭トラブルを繰り返さないためには、彼らが島倉さんを助けてくれたときに言ってくれた言葉を思い出せばよい」と江原さん。 

彼らの言葉は、「良薬、口に苦し・・・・だった」と江原さん。

今は、「漸く、聴く耳を持つようになったね」と彼らも喜んでいるという。

そして、それこそが数々のトラブルの中で、島倉さんが得た財産。

 

前世の島倉さんは生まれてから死ぬまで、ず~と、何の苦労も無い幸せなままだった。 

「前世でラクしすぎちゃって、その分、今世で苦労したのね」と美輪さん。

「今回、(島倉さんは)かなりの覚悟をして来た」と江原さん。

――――なるほど、だからこんなに大変な人生設計をしちゃったのね。

 

江原さんによると、島倉さんはチャレンジャー。

いろんなことを経験しようと思って生まれてきた。

だから、めげない。

新しいこと、新しいことを考える。

ステージでもアタラしことにチャレンジし続けているという島倉さん。

今はお金のことも勉強していて、事務所を自分でやっている。

  

さて、そんな島倉さんへのメッセージは・・・・・

「ご結婚なさった時のこと・・・・お母さん謝ってらっしゃいます。

あなたの人生の邪魔をしたって・・・・」 

それを聴いて、「本当ですかぁ・・・・」と嬉しそうな声を上げる島倉さん。

そのせいで、「人生いろいろ変わったかもしれない」と島倉さんが思うときには、お母さんは居たたまれない思いをし、「これで良かったんだ」と思い直したときには、ほっとする。

お母さん、死してもなお、自分のしたことで苦しんでいるようだ。

 

ここで、島倉さんが結婚時のエピソードを披露・・・・・

結婚式には親兄弟親戚、誰も来なかったと思っていた島倉さん。

母親の死後、お母さんだけは来ていた事を知った。

それも、正面からではなく、配膳係に紛れて、料理を運んでいたという。

おめでとうとは言えなかった母。

それでも娘の結婚式を見届けたかったのも母ゆえ・・・・

 

厳しかった母、でも、あのときに泣きながらでも教わったこと、今、ちゃんと役に立っている。

「母に会えたら、そのこと、ありがとうと言いたい」という島倉さんに、「今、聞いていますよ」と江原さん。

「じゃあ、この場で言ってもいいですか・・・・・

おかあさん、ありがとう、頑張ってます」

と島倉さんは手を合わせた。

「そうするとお母さんも救われる」と笑顔の江原さん。

 

お金で失敗しないために、一からお金の管理を勉強し始めた島倉さんだが、振込みが出来なくて泣いて帰ったときも。

でも、泣いて終わりにせず、再び振り込みに行き、送れた。

「だから、もう大丈夫」と言う。

お母さんはそれでも心配し続けると思うけど・・・・・

  

あとは、「食生活に気をつけるように」と江原さん。

島倉さんは食べたいときに食べたい物を食べる人。

お肉が食べたいときはずっとお肉を食べ続けたり、お湯をかけて5分間で出来上がるものが好きだったり・・・・・・

「自分自身が楽器」の歌手商売。

「身体を大事にすることが重要」と江原さんに言われ、子供のように困った顔をした。

――――こういう可愛さが、皆に愛され、亡くなってからも心配で「あの世応援団」まで出来ちゃうところなんだろうな・・・・・

 

島倉さんを騙した相手も、最初はその可愛さに惹かれ親身になって面倒を見ていたのでは?

だけど、あまりに島倉さんが能天気だったから、ついつい、自分のために彼女の財産を利用し始め、そのために自滅したのかもしれない。

その点では、今生の彼女もちょっと、罪作りだったかも・・・・・

 
 

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