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2008.03.10

オーラの泉 西条秀樹

西条秀樹さんと言えば、「新御三家」と呼ばれ、スーパースターだった若い頃の精悍な面差しを思い出す。

三ヶ月ほど前から、「オーラの泉」に出たいと思っていたと言う西条さん、今日はどんなメッセージがあるのかしら?

 

「ヤングマン」のヒットの前に、幽体離脱をしたことがあるという西条さん、そのときは「とり憑かれた」と思ったと言う。

その前にも手から金粉が噴出したりしたというから、この人、何もの・・・・・?

「西条さんほど、ある意味、スピリチュアルな人はいない。奇跡の連続のような方・・・・」と江原さん。

「肌身でスピリチュアルを感じる方。強運。護られている」

 

高校時代、スカウトされて歌手を目指すも、お父さんは猛反対。

家出同然に上京した西条さん、曲がヒットし、やがてトップスターに。

だが、自身もジャズを愛し演奏していたと言うのに、お父さんは成功してからも西条さんが歌手を続けることを認めなかった。

「眼の中に入れても痛くないほど、めちゃくちゃに愛していた」と視る美輪さん。

愛するがゆえに、「そんなもので食べていけないだろう」と言う思いが、反対の理由だった。 

 

やがて、息子としてだけでなく、歌手・西条秀樹を応援するようになったお父さん。

入院していた病院から西条さんのディナーショーに来たお父さんは、最後にエレベーターに乗ってから、見送る西条さんに「結婚しないのか?」と訊いた。

答える前に、エレベーターのドアが閉まり、その返事を西条さんは出来なかった。

それがお父さんの最後の言葉になってしまった。

一年後、痴呆のため家族の名前は忘れても、西条秀樹だけは忘れなかったお父さんは、死の床で、西条さんに会うために痛み止めも打たせずに待っていた。

舞台の打ち上げを抜けた西条さんが駆けつけて、30分後、お父さんは息を引き取った。

 

父の死から二年後、西条さんは結婚。

すぐに長女が生まれ、家族のために精力的に仕事をこなしていた西条さんに思いがけない病が・・・・

ラクナ梗塞(脳梗塞の一種)。

それも韓国での発症だった。

 

脳梗塞発症から三ヶ月後には、うつ病と失語症の症状まで出てきた。

そこから抜け出すのに、三年かかった。

抜け出すきっかけは家族。

「ゆっくり時間が掛かって病気になったんだから、ゆっくり歩いて直していこう」と言う妻の言葉、可愛い子供たち、に励まされた。

やっとまともになり、仕事を続けられるようになったのは、4年後。

長く辛いリハビリの日々だった。

  

西条さんの病気の原因は、ダイエットと水断ち。

子供のために仕事を頑張ろうと、水を絶ち、サウナに入るなど、身体を搾ろうとしたのがいけなかった。

水は一日に、1.5kg摂らなければ、血液がどろどろになってしまうという。 

特に西条さんの場合、肉を沢山食べるなど、病の要因がいっぱいあった。

  

奥さんは病院まで食事を運ぶほど献身的に、病と闘う西条さんを支えた。

奥さんは「人の痛みのわかる方」と江原さん。

「慈悲、慈愛のかた。精神的に苦労されてきた人」なのだという。

 

やがて、長男の誕生。

気力が戻ってきた。

そして、今までは目に入らなかった他の病人たちの生態が見えるようになった。

「もっと大変な人がいっぱいいる」

そう気づくと、感謝の気持ちが涌いた。

「自分よりももっと大変な人がいる。自分に出来ることをやろう」

「死に対する付き合い方とは、10年でも20年でも楽しく一生懸命生きること」

そう気づけば、鳥のさえずりにさえ感動するように・・・・

 

妻や子供たち、周りに対する気持ちが変化していった。 

亭主関白で、他人の気持ちを思いやることもなかった西条さんが、相手の気持ちを慮るようになった。 

それは齢を重ねたからだけでなく、病のおかげでいろんな物が見えてきたから。

子供と遊べること、健康で居られること、コップを口元に持ってくること、豆を箸でつかめること・・・・・そんな些細なことがとてもありがたいと思えるようになった。

 

妊娠中でありながら、西条さんの病と向き合うことになってしまった奥さん。

「結婚していなかったら死んでいましたね、間違いなく」と奥さんに感謝している西条さん。

病と奥さんによって「やっとまともな考えになってきた」

だから、「良かったかなと今は思う」と言う言葉が出たのだろう。

――――そういえば、私もガンになったと霊能者にお目にかかったときにお話したら、「それは死ぬ病ではない。あなたに気付きを与えるための病だ」と言われたっけ・・・・

   

さて、江原さんが語るスピリチュアルメッセージはというと・・・・・

「西条さんは今生においてはスーパースターだけど、あまりそれが苦にならなかったのではと思う」と江原さん。

なぜなら、前世において、西条さんは中国の王だったから。

「その代わり、王の気持ちはわかっても、下々の気持ちは判らない」

それには西条さんも気づいていて、「妻にまともなことを少し教えてもらった」と思っている。

病気のメッセージは「弱い人の気持ちを学ぶこと」

そのメッセージに呼応して、スターという気取りを捨てて、「一患者」としてリハビリに頑張った西条さん。

そんな自分を西条さんも好きだったと言う。

 

幽体離脱や手の金色の粉、視えたり、感じたり・・・・不思議なことが起こるのはいつも大ヒットを飛ばす前。

「『オペラ座の怪人』の主人公のように、教育を受け、導かれている」と江原さん。

――――西条さんの場合、ファントムならぬ、霊・・・・?

 

さて、亡きお父さんからのメッセージは・・・・

「西条さんはこの国に元気を与える役割をした。人に楽しみを与え、勇気を与え、常に他人と共有する人生だった」と江原さん。 

それこそが西条さんのお父さんの望みでもあった。

お父さんが心配していたのは、若くしてスーパースターになると他の世界の人々とではずれがあるのではということ。

そういう面が有ったことを西条さんも認めた。

今、西条さんは「人生でスターになりたい」と思い始めている。

「その通り、『人生のスーパースターになりなさい』とお父さんが仰っている」と嬉しそうな江原さん。

父と子、今でも、気持ちはしっかり通じているようだ。

 

お父さんは負けず嫌いで、裏で努力した人、独学で勉強し事業を起こした。

そのお父さんが西条さんが歌手になるのを反対したのは親心から。

自分は、独学の分、時間が掛かってしまったが、息子には次の段階から出発させたいと思っていた。

それが芸能界という異世界へ飛び出して行く・・・・・初代の大変さを知っているからこそ、反対したようだ。

そのお父さんも、最後には、一日でも長く自分が生きて、西条さんが帰ってきたときに、継がせればよいと腹を括ったようだが・・・・・

 

お父さんと「もっと話したかった」と言う西条さん。

でも、お父さんは、「忙しい中でも、結構会えた」と満足されている様子。

「男同士だから細かい会話も要らない。 足を引っ張りたくもない」

痴呆になって、他の家族を忘れても、西条さんに会えば、西条秀樹と言うスターが、わが息子とわかっていたと江原さんは言う。

それだけ、お父さんにとって西条さんは特別の存在だった・・・・・?

もちろん、今は、西条さんが結婚し、子供たちが居ることも全部判っている。

 

「ちょっと、ごめんなさい」と立ち上がり、西条さんに耳打ちする江原さん。

「プライベートなことなので・・・・秀樹さん以外のこと・・・・」と言訳する。

「今の話が一番肝心だから、ここにいらした」と説明される美輪さん。

それを聞いた西条さんの感想は、

「とても、親父らしい。久しぶりに、親父っぽいなと言うお話だった・・・・その話を聞くために来たのだろう」

  

最後に「お子さんが芸能界に入りたいと言い出したら、どうします?」と笑顔で質問する江原さん。

「これは苦しいな・・・・」

答えに詰まり、最後には「自分で頑張ってみなさいというかもしれない」と答えた西条さん。

「その質問をするお父さんが嬉しそう・・・・・・」と江原さん。

どうやら、この質問はお父さんからの託けらしい。

「父と同じことが出来るか?・・・・それが今の僕の課題」と困惑気味の西条さん。

どうやら、三人のお子さん達は芸能界に入る気持ちがありそうな・・・・・

 

財産や地位は、それなりに子供に譲れるけれど、才能は個人のもの。

才能を譲ることは出来ない。

芸能人の子供たちの芸能界での蹉跌を見ると、西条さんの子供といえども、厳しそうだ。

そんな中に子供が飛び込んで行くとしたら・・・・・

西条さんのこれからの課題は、「親の学び」?

 

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