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2007.11.26

オーラの泉 加藤和也

加藤和也さんというと、「マネーの虎」を思い出す。

その頃は、「若いのに、はっきりした考えをお持ちの方」という印象だった。

少々、生意気にも見えた。

彼は昭和の歌姫・故美空ひばりさんの息子さん。

といっても、ひばりさんの実子ではなく、弟の故かとう哲也さんの息子さん。

Wikipediaによると、双子の兄弟がおられるとか・・・

  

今回の企画は「今は無きスターの声を聴きたい」という視聴者からの要望に答えたもの。

加藤さん自身も人生の節目の時期と感じていたから実現した・・・?

 

美空ひばりさんが病を克服して行った東京ドームの「不死鳥コンサート」

平成生まれの若い子達でも、その姿を何らかの形で見ているのでは?

そして、おしゃまな子役の頃の、軽やかに踊りながら歌う「悲しき口笛」

戦後の復興時から経済成長期に、その歌声に励まされた日本人は多い。

美空ひばりは、今もなお、ファンの心を捉えて話さない大スター。

そして、それをプロデュースし続けているのが加藤和也さんだ。

 

「毎週、見ている」と加藤さん。

「オーラ・・・」と美輪さんの大ファンだという。

江原さんとは「初めまして」、(何でも見抜かれるので)「怖い人」だと思っているらしい。

 

不思議な体験は・・・・

ひばりさんが亡くなって以来、オフロードに熱中した加藤さん。

ある夜、山道で四輪駆動の車を走らせていた。

そこで、スリップして正面衝突し、ひっくり返り、4回転し、仰向けで止まったという大事故を起こしたのだが、なぜか、怪我をしなかった。

その時ばかりでなく、何回かそういう目に遭っているのだが、大怪我をしたことがないという。

そのことを不思議と思っている。

 

「加藤さんの場合は助かることを見越した上でそうされている」と江原さん。

「懲りずに何回もそういうことをするので、怖い思いをさせて、気づいてもらおう」と「試練をわざと与えられている」らしい。

「加藤さん、もう、気づきましょうよ」と国分君。

一同、大笑い。

 

「悪いことが起こると、『自分は守られていない』と思う人が多いが、わざとそうされているという場合がある」と江原さん。

それは気付きを与え、用心するようにということ。

ところが、そういう人は「ろくでもない守護霊ではないか?」と思っていたりして・・・

江原さんにそう訴える人もいるとか。

――――大変なことが起こっても、大事に至らないのなら、守られていると思ったほうがよい・・・・?

  

一日中一緒に居られるのは、年に数回という大スターの母を持った加藤さん。

暗くて本当のことをあまり話さないくらい子供だった。

子供の頃は、家族が一人ずつ消えていき、悪いピエロが出てきて悪戯するという悲しい夢を見続けていた。

「あなたも孤独でいらしたけどお母さんも孤独だったからねえ・・・」と美輪さん。

「あんな孤独な人いなかった」と和也さんも認める。

 

加藤さんの教育は祖母の喜美枝さんが受け持っていた。

脅迫電話や爆破予告、変な男がやって来て門を叩いたりと、様々な怖い目に遭っていたひばりさん一家。

友達も制限されたという。

――――確か、ひばりさん、ファンに塩酸をかけられるという事件があったような・・・・?

加藤さんの安全を思ってのことだったんだろうけど、子供としては寂しいよね。

誰もが知っている大スターという「正」が、そういう「負」になったと美輪さんは見ておられる。 

 

ひばりさんを本当の母と思って育った加藤さん。

小学生にもなると、実の父親と母親が姉弟という不自然な関係に気づくようになり、周りのも訊いたと言う。

そこで、小学校一年のある日、祖母・喜美枝さんから本当のことを聞かされた。

「(聞かされるのは)今日、この日だったんだ」と冷静に受け止めたという加藤さん。

「あなたはどうしたい?」と聞かれ、「ママが産んだんじゃなければ、親父の腹から出てきたことにして」と答えたという。

 

やがて、子供の頃の悪夢が現実になる日が・・・・

1980年代に入ると、まず、祖母が逝き、実父・かとう哲也さん、叔父・香山武彦さん・・・・

家族が一人ずつ消えていった。

そして、とうとう、ひばりさんも・・・

 

1987年4月、コンサートの後に脚の痛みを訴え、病院に運ばれたひばりさん。

病名は、両側大腿骨骨頭壊死、肝硬変。

再帰絶望といわれながら、その10月、ひばりさんはあの東京ドームのステージに立った。

「奇跡」と加藤さんは感じていた。

その後、体調が優れないひばりさんを心配して、治療に専念して欲しいと和也さんは願ったのだが、ひばりさんは歌い続けた。

 

そして・・・・

1989年、3月、間質性肺炎で入院・・・・治療法の確立していない難病だった。

奇跡は二度起こらず、6月24日死去。

 

その未明、加藤さんは、病院を出て自宅に帰ろうとしていた。

車に乗って、走り出す前に、「ちょっと、まった」

なんとなく、戻りたくなって、ナースステーションのところで一息ついていた。

ナースコールが鳴り、目の前をひばりさんの主治医が走って行く。

電気ショックを三回・・・「もう、止めてください」と加藤さんは言った。

見ていられなかった。

 

ひばりさんが酸素テントに入る前、最後に話したときには、「大丈夫だよ」と言うだけで、憎まれ口をきき続けていた加藤さん。

優しくすると、ひばりさんが居なくなってしまうような気がしていた。

「ありがと」とひばりさんは言い・・・・それが最後の言葉になった。

 

「生まれ持った感度が高いので、(死に目に遭えるように)呼び戻されている」と江原さん。

「来て」とひばりさんの念が来たのが、加藤さんには「ちょっと、まった」と変換されたらしい。

母の死の直後は、ぐわあと訳がわからないくらい悲しくなったけど、その後は何時も以上に冷静になったという加藤さん。

一人ぼっちで全てを背負うことになった瞬間だった。

 

そんな加藤さんへの、亡き母・美空ひばりさんからのメッセージとは・・・・

 

「ごめんね、ママは歌手なの・・・」とまず、伝えてきたひばりさん。

母というだけの存在にはなれなかった。

仕事に打ち込む母親を心配して、そこまでしなくても、と言う加藤さん。

ケンカも多かった。

それでも・・・・

「加藤さんが自分の運命と戦っていること。

自分は強運なのか、生きる意味があるのか、自分の身体で確かめていること。

自分って何なんだと自問自答の時期があったこと」

それを理解しつつ、暖かく見守っていたと江原さんは伝える。

 

「前世では本当の親子だった」

これはひばりさんが言ったことと江原さん。

 

今生でも肉親以上の愛情を持ち合い、離れていても、ともに痛みを感じ取りあっていた親子だったが・・・

自分の全生命を歌に燃やし、命を賭けるという歌手の性。

それは普通の人間には理解出来ないという美輪さん。

 

美輪さんが最後にひばりさんにあったのは、赤坂のパーティ。

その時のひばりさんは「くらげのように透き通って」美輪さんに見えたという。

それ以降、そういう場所には出られなかったと加藤さん。

 

「今日(ひばりさんは)いらっしゃっている。」と江原さん。

ひばりさんは、あちら(天国?)で歌っている。

「嬉しいことにあちらにファンが多いのよ」とひばりさんは言っているそうで。

そりゃ、皆さん大喜びでしょう。

「魂自体が歌い手なので、それを取ることは出来ない」と江原さん。

今も多くの人々に導きと喜びを与えているという。

 

「皆(両親・姉弟)、仲良くやっているか」と訊く加藤さんに、あっさり、「それが仲良くないんです」と答える江原さん。

――――まあ・・・

「歌いたい歌が歌えなくなるから」、お母さんとは離れている。

で、シャンソンとか歌っているらしい。

ひばりさんのシャンソン・・・・聴きたい人がこの世にも山ほどいそう・・・

で、あちらではお父さんとは一緒にいるらしい。

今生では縁の薄かった父親だけど、ひばりさんの才能を見出したのはジャズ好きな父親だった。

歌う魂になったひばりさんにとっては、同じ様な魂のお父さんのほうが居心地が良い?

 

なにやらじっと聞き入って、「うひひ」と笑い出す江原さん。

――――ま、ひとりで、ずるい!

 

で、語りだしたのは・・・

「何でも好きなことをやりなさい。

ママはなんでも受け入れる。

常にどんなときも愛している。今も、昔も未来も変わらない」

そういう、母の愛に満ちたメッセージだった。

 

「何時もそういっていました」と加藤さん。

ただし、今回は追加が・・・・ 

「おばあちゃんの言ってきたことだけは、切り捨ててね」

どうやら、お祖母さんはひばりさんに隠れて、あれこれ、加藤さんに言い聞かせていた事があるらしい。

ひばりさんとの話の最中に、おばあさんが割り込んできていろんな話をし、二人がケンカをしたりするので、江原さんが笑ったようだ。

どうやら、あちらでは、お祖母さんは孤立しているようす。

「庭にあんなもの埋めるからいけないのよ」とひばりさんに叱られているとか・・・

 

「何か埋めたんですか?」と訊く江原さん。

加藤さんによると・・・

銀行を信じていなかった喜美枝さんは、台所の下に甕に入れたお金を入れていた。

だが、それを運転手に見られて、そっくり持って行かれた。

なんてことがあったらしい。

「それで(喜美枝さんは)具合が悪くなった」と加藤さん。

いまだに、そのことをひばりさんに言われているなんて・・・・お気の毒。

 

「加藤さんは、自分を置きたい生活空間・世界は、ここではないということがずうっとおありになったでしょう?」と美輪さん。

何とか自分の世界を造りたいという思いが常に加藤さんにはあったらしい。

「ご自身の魂はアーティスティックな方」

だけど・・・

「お気の毒なことに、生まれ育った環境に別の芸術があって、自分の思う方向に進んでいけなかった」と江原さん。

 

建築やデザイン、美術・・・創造することにずっと惹かれていた加藤さん。

芸術的観点から、実父が亡くなった後、立て直した今の家が気に入っていないということを美輪さんに指摘されて・・・・「やばい」。

思い出に満ちた昔の家が好きだった加藤さんには、それがあるから住めないというひばりさんの思いが理解できなかった。

「今日、入り口をちゃんと見つけたわけだから、自分のやりたかったことを手に入れればよい」と美輪さん。

「センスを磨いて、自分自身の芸術活動を、発想を、広げていけば良い」と江原さん。

「それで初めて、自分が一番、住み心地の良い空間、居住空間が見つかる」と美輪さん。

お二人の言葉に、大きく頷く加藤さん。

さて、どんな芸術活動で、ご自身の魂を現してくれるのか・・・・

 

美空ひばりの名前に潰されずにここまで生きてきた強い方なのだから・・・・

大丈夫よね。

 

 

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死に目に呼ばれるという話。

江原さんの場合、お母さんの隣室で寝ていて、名前を呼ばれたような気がして、病室に行った。

その瞬間、母親の息が止まったという。

  

そういえば・・・

母が亡くなる朝、パソコンに向かっていた私。

二回、画面がフリーズして、今日は調子が悪いと思っていた。

それでも、やりたかったので、立ち直してやっていると・・・

どおん、どおん、風がパソコンを置いている横の壁に当って、家が揺れる。

今日は風が強いなあ・・・と思っていた。

三回目にパソコンがフリーズした時、壁はそこにいられないほど、どんどん叩かれていた。

――――もしかしたら、呼ばれている・・・・?

そう思い、実家に行った。

 

母はいつものように眠っていた。

その頃は点滴だけで生きていたので、痩せ衰えていたけど、少し頭を上げてこちらを見た。

そのまま、義姉と話していて・・・

ふと見ると、息をしていないような気がして、あわててベッドに駆け寄り、頭を抱くと、その瞬間、すうっと息を吸った。

そして、そのまま・・・

あの時は、この瞬間のために呼ばれたのだと思ったものだった。

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