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2007.08.05

オーラの泉 小林幸子

「素晴らしいオーラの持ち主」と江原さんが視る小林幸子さん。

9歳でデビューして以来、24歳で「思い出酒」がヒットするまで、苦労続きだった話は有名。

さあて、どんな人かしら?

 

見ているのは楽しいけど、出るのは緊張すると小林さん。

生まれ変わったら、違う国で歌を歌いたいというスピリチュアルチェックの答えに、美輪さん、江原さん、クスクス。

小林さんは今までのどの人生でもず~と歌を歌ってきた人。

フランスに生まれたときにはパリのレビューの歌姫、イタリアで生まれたときにはカストラート・・・・ヨーロッパでの前世がいっぱい。

今回はステキな着物姿だけど、「洋の人に限って和装で来られる」と江原さん。

あの紅白のド派手な衣装も、前世の影響らしい。

 

実家は新潟の肉屋さんだった小林さん。

父親が歌手になりたかった思いを小林さんに託して、歌番組に応募し、歌手への道が開けた。

父は歌手になるのに大賛成、母親は大反対だった。

親族会議で「歌手になりたい」と答えてしまった手前、9歳から孤独に耐え、一人暮らしをすることに。

デビューは順調だったものの、「第二の美空ひばり」と呼ばれたことが不幸の基になった。

「第一のひばりは要らないね」というひばりの母の冗談の一言で、道が閉ざされた。

後にひばりさんは可愛がってくれたらしいが、15年もの間不遇が続くことに。

その上、昭和39年の新潟地震で、実家は倒壊。

親兄弟は小林さんを頼って上京していたので、その面倒を見なければいけなかった。

年齢を偽って、キャバレーで歌う日々。

歌の神様に見放されたと思うこともあったという。

 

だが、神様は小林さんに再びチャンスを与えた。

「思い出酒」の大ヒット。

彼女は紅白の常連歌手になった。

あのド派手なステージ衣装のイメージから、さぞかし、贅沢三昧に暮らしているのかと思いきや、 小林さんは歌のため以外のものは何もほしくないと言う。

乗る車も一台有れば良い。

それよりも、衣装や舞台の道具を運べるトラックが欲しいということで、11トントラックを買ったのだとか。

女の情念の歌を歌っているけど、江原さんが視るに、正体は男の子なんだそうで・・・

 

演歌は凋落しているけど、小林幸子は生き残って活躍している。

順風満帆に見える彼女が今回「オーラの泉」に出る意味は?

 

江原さんから伝えられた両親からのメッセージは、

「背負いすぎてはいけない。自分自身の生きやすいようにしなさい」

周りの人の将来を良くしてあげたい、ファンへの責任感から演歌を守ろうと言う気持ちで、自分をがんじがらめにしている小林さん。

でも、彼女はどんな歌でも歌える人。

不遇のキャバレー時代も、そのためのレッスンだった。

今は「歌う楽しさ、喜び」を原点に、新しいジャンルに挑戦する時期。

小林さんにとっては、「これからがメインディッシュ」ということらしい。

 

この番組の収録の朝、いつものようにご両親の仏壇に手を合わせていた小林さん。

突然、数珠が割れた・・・・・

それはお母さんからのメッセージ。

「解き放たれよ」

様々な煩悩から解き放たれ、自分の歌を極めなさいと言う意味のようだ。

 

「母が夢に出てきてくれない」と嘆く小林さんに、「もう成仏しているから出てこない」と美輪さん。

江原さんの口からは「もう、花はいらない」と言う言葉が・・・・

なんと、小林さん、花が好きだった母親のために何時も仏壇を花まみれにしていたらしい。

「あなた自身に花を添えなさい」

母のメッセージは、常に思いやりに満ちている。

 

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江原さんも美輪さんも、「千の風に乗って」のような既成のジャンルではない歌を、歌う人だと小林さんを視ている。

苦難の人生は彼女の歌のためにあったのかも・・・・

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