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2007.08.11

白交

広島、長崎と原爆慰霊の日が続いて、被爆者援護法の見直しも検討されているこの頃、よく、父を思い出す。

父の人生は成功と失敗、幸運と不運の大きなうねりに翻弄された人生だった。

二度も戦争に取られ、所属していた部隊壊滅の中、ほんの数人の生き残りになれた。

砂漠で、自分たちを殲滅する部隊が砂埃を上げてくるのが見えるのだけど、それが到着するまでに二日も掛かった・・・・なんて、ほら話のようなことを、よく話していた。

 

ようやく兵役が終わり、帰国した父は、ある会社に勤め、幹部となった。

そして、仕入れのために広島に向かう。

原爆投下はその汽車の中で知った。

それでも、原爆後の広島にのこのこ行ってしまい、生き残った人々の救援のために数日、その地に留まってしまった。

 

その後遺症は、中年以降、謎の臓器出血と色素異常、免疫異常として、父の身体に現れる。

 

5年周期で、全身の血が無くなるかと思われるほどの、吐血と下血を繰り返して入院していた父。

陽に焼けたり、傷が付いたりすると、身体のその部分は白くなり、元に戻らなかった。

50代の父と言えば、全身白と黒の斑状態。

 

私は両親が中年になって出来た子供で、若い頃の父の活気に溢れた容貌を覚えていない。

私の知っている父は、いつも引きこもり、本を読んでいて、時々、いなくなる人だった。

たぶん、入院していたのだろうけど。

そんな父が80歳近くまで生きて、父を支えた女丈夫の母が、70代でアルツハイマーになって夫の顔すらわからなくなって10年も生きるなんて、誰も、想像しえなかった。

 

父の人生は少青年期の戦争と原爆、戦後の労働争議と選挙、親兄弟、妻との確執、壮年期の病気とオイルショック期の事業の倒産、そして、老後の妻の病気と子供たちの騒動。

まるで日本の歴史そのものような人生だ。

 

なんて不幸な人生だろうと、以前は思っていたけど、最近は可哀想だとは思わなくなった。

それはたぶん、父の使命だったのだろう。

戦争に明け暮れていた日本の、長い歴史を持つ没落した家に生まれ、歴史のうねりに翻弄される人生。

それが父が選んだ宿命だ。

父はこの国の激動の歴史の体現者だった。

この時代の全てを身体で受けとめ、自分の不運の愚痴もこぼさず、浮気をいっぱいして、本を楽しんで、最後まで冗談を言えた人生は、見事だった。

最近、そう思う。

 

晩年、身体が動くときは、私に会いに来て、何時間も昔話や最近の世間の情勢の話をして帰った。

帽子を被り、コートを羽織り、とことこと歩いていた姿を思い出すと、なんとも言えない切ない気分になる。

何も出来なかった親不幸な娘に、彼は何を告げたかったのだろう・・・・

巡回の看護士さんによると、病院で亡くなる直前に、

「今日は部屋の中に知らない人がいっぱいいる。廊下にまで溢れている」

と言ったらしい。

お迎えはいっぱい来たようだ。 

死因は老衰、他に説明が付かないと医師が言った。

髪の毛も顔も身体も真っ白な仙人のようになって、父は逝った。

   

父の名前はあきら。

一文字で「白交」と書くのだけど・・・・漢字が見つからない。

 

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今年のお盆には我が家にも来てくれるかな・・・・

私も、もう、自分の宿命を嘆くのはやめたよ。

 

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