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2007.05.07

オーラの泉 島田洋七

「佐賀のがばいばあちゃん」、最近テレビドラマや映画化された大ベストセラー。

その著者がお笑い芸人(元?)の島田洋七さん。

島田洋八さんと組んだ「漫才コンビB&B」が超人気だったのは昭和50年代。

そのころに、広島の銘菓「もみじまんじゅう」を全国に広めた張本人だけど、いつの間にか、テレビから消えていた。

一世を風靡したタレントがテレビから消えると、うらぶれて物哀しい感じがするものだけど、島田さんは絶頂期に月給一億円(!)も貰っていたおかげで、悠々自適に暮らしていたようだ。

 

「佐賀のがばいばあちゃん」は洋七さんが小学校二年から中学三年まで佐賀の祖母の元で暮らした時の経験と、祖母の言葉を紹介したもの。

日本人が戦後の高度成長時代に忘れてしまった知恵や精神が詰まったその言葉に、現代人が慰め、励まされている。

 

家の側を流れる川に流れてくるクズ野菜を拾い、「川はうち家のスーパーマーケット」

38度以上もの熱を出しても、「お前なら40度は出せる」 

夕ごはんをねだると「そんな暇無い」

朝ごはんは「昨日食べたやないか」

 

日本中が貧乏な時代だった。

三食ご飯を食べられない時もあったのだろう。

その貧乏を「とんち」で笑いながら切り抜けた見事なおばあちゃんだ。

 

とはいえ、実母とはなれて暮らすのは、少年だった洋七さんには辛いときもあった。

夕暮れ、親の迎えを受ける友人を見送るとき。

運動会で親子揃って食事をする級友達を尻目に、ひとり、教室でご飯を食べるとき。

だが、運動会のときには、梅干と白飯しか持ってこれない洋七さんのために、豪華なお弁当を持ってきて、お腹が痛いから代えてくれと言う先生がいた。

それを後で知ったがばいばあちゃん、さすがのばあちゃんも涙を流したという。 

 

「お金が無かったからこそ、生活の知恵が出た」と美輪さん。

おばあちゃんは四十代で夫を失うまで、結構良い生活をしていたが、7人の子を抱え、赤貧の中でその知恵を身につけて行ったのだろうなと洋七さん。

ここで、おばあちゃんからクレームが!

「ばあちゃん、ばあちゃん、言うな。好きでばあちゃんになったんやない。わたしは若い頃美人だったんだよ」

――さ、さすが、がばいばあちゃん・・・いや、ねえちゃん?

 

洋七さんは野球選手になる夢に破れ、勤めていて、好きな子が出来た。

結婚したいと言うと、相手の親や親戚は大反対。

そこで、駆け落ちすることにし、ばあちゃんに報告に行くと、

「お前は学歴が無いから、東に行け。日当は倍違う」と言うアドバイスが・・・

 

洋七さんはその言葉どおり、東京に行き、その後、大阪の友人の元に行った。

そして、「花月」で漫才を見た洋七さん、ロールスロイスやポルシェに乗って帰る芸人を目撃して、「15分でそんなに稼げるんか?」と、芸人になることを決意。

吉本の門を叩いた。

そして、漫才師として成功・・・・

 

――この人って、どんどん引き寄せる人だわ。

がばいばあちゃんのポジティブな教えのおかげかしら?

 

洋七さんの凄いところは、お金がいっぱい入ってきたときに、「お金があっても何も変わらない」と気付いたこと。

「金が有ってもお腹も痛くなるし、風邪も引く。外車を買っても駐車違反で掴まる。

三食以上の飯は食えない」

お金持ちになっても、この悟りを得られない人のほうが多い。

――がばいばあちゃんの教えがあったからこそ、洋七さんはお金に飲み込まれなかったんだわ・・・

 

漫才ブームが下火になった時、暇になり、お金を持って、おばあちゃんを訪ねた洋七さん。

ばあちゃんは叱って、現金を受け取らなかった。

そして・・・・

「頂上は長くいるところじゃない。人間は谷に住むのが普通じゃ。5年安め」

 

その言葉に従い、5年どころか7年も遊んでしまった洋七さん。

「普通がわかった」と言う。

その間、お嫁さんは「何やってもいいから、(出発点の)4畳半よりは狭くせんといてくれ」とどっしり構えていた。

――凄い人だわぁ・・・

「おばあちゃんはお嫁さんのそんなところを見抜いていた」と江原さん。

 

「荒神様・・・かまどを何時も思い出せば良いような」と言い出された美輪さん。

佐賀に移り住んだ洋七さん、「家にかまどを作り、今それでご飯を炊いている」

幼い頃、かまどの前で、人間の話は嘘やほらが残って行くと、冗談交じりに現実を教えてくれたおばあちゃん。

――洋七さんは、おばあちゃんとの至福の時間を取り戻そうとしている・・・・?

 

おばあちゃんとの関係はすこぶる良好な洋七さんだが、「問題はお母さん」と江原さん。

「(母親に)わだかまり、あります?」と訊く江原さん。

「ない」と答えながらも、母の死を受け入れられないような感じの洋七さん。

まともに座って、仏壇を拝んだことも無かったようだ。

 

洋七さんが母を恋しがっていたように、母親も洋七さんの事を忘れたことは無かった。

そして、親子の思い出を作れなかったことが後悔となって、今日まで、洋七さんに憑依していた!!

――憑依は・・・まずい、でしょ?

 

洋七さんとお母さんはべったりくっついて、常に親離れ子離れ出来ない状態だった。

それを心配しておばあちゃんがここに連れてきたらしい。

――そっか、これで、お母さんは離れていけるのね。

 

以前、岐阜の霊能者が言われたのだけど、憑依した霊は自分の想いが通じれば浄化され天に登ることが出来るらしい。

それに、仲介者が江原さんだもの、もう、大丈夫。

 

お母さんからは、今、洋七さんが奥さんの実家の家族と楽しく住んでいるということを喜んでいると言うメッセージが。

おばあちゃんからは佐賀に移り住んだことを喜んでいると言うことが・・・

ただし、おばあちゃんは「ばあちゃん」と呼ばれることにあくまでも抵抗しているらしい。

――さすが、亡くなっても、がばい(すごい)人だわあ・・・

  

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美輪さんは「佐賀のがばいばあちゃん」をべた褒め。

がばいばあちゃん、喜んでいるかなぁ・・・ 

  

物が溢れ、食うに困らなくなった日本人。

だけど、物では埋まらないものが絶対にある。

昨日、「さんまのからくりテレビ」を観ていたら、「励ましてください」というメッセージボードを持った青年に、老人から若者まで事情を聞いて、それぞれに、励まそうとしていた。

その中で、高校生くらいの男の子の集団が、「何も出来ないけど、ハグしましょうか?」と言い出し、皆で彼を囲んで抱きついた。

青年は「あったか~い」と何回も繰り返していた。

見ているこちらも暖かくなった。

 

そういう気持ちを現代の若者たちが持っている。

見かけはまるで違う国の人みたいに変わってしまった若者達だけど、心は変わっていない。

私たち大人のほうがそういう気持ちを忘れて、自分のことだけを考えて生きているよなぁ・・・

 

がばい人にはなれなくても、ちょっとの優しさを誰かに示せる人になることは出来るかも・・・

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