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2007.04.24

オーラの泉 泉ピン子

「オーラの泉2時間スペシャル」お二人目は、泉ピン子さん。

彼女が「ウィークエンダー」で有名になった頃、下品な女芸人と騒がれたものだったけど、今や、押しも押されもせぬ大女優。

「いつも白衣かバスガイドの制服だから・・・」と、今回は「夜桜に篝火」という優美なお着物でお出ましになったピン子さん。

もちろん、指にはでっかいダイヤが光っている。

さっそく、国分君、「美輪さまにタメ口をきいて」と駄目だしされた。あは。

なんと、ピン子さんは美輪さんの追っかけをしているほどのファンなのだとか。

 

小さい頃は美容師になりたかったピン子さん、でも、その夢は父親に反対された。

それには、哀しい訳が・・・

ピン子さんが母と思っていた人は、実は継母。

生みの母は2歳の頃に亡くなっていた。

その生母が美容師だった。

 

継母は母が亡くなる前から、父の愛人だった。

小学校の高学年の頃、それを知り、ピン子さんは継母を母と呼べなくなり、二人は敵対する女同士になってしまった。

その原因のひとつは、生母とピン子さんが顔も気性も瓜二つだったから。

そんな女二人の板ばさみになり、父親は闇を抱えて生きたのだという。

この収録の場には、生母はもちろん、父も継母も来ていると視る江原さん。

生母はピン子さんがこちらに来たら話したいことがいっぱいあると言い、父親は皆の影に隠れている。

継母はピン子さんが憎まれ口を利きながらも、自分の面倒を見て、助けようとしてくれたと感謝している。

 

ピン子さんは、三人を同じ墓に入れた。

今は、確執も消えて、それぞれがピン子さんを応援しているようだ。

江原さんは生母から「一番似ているところを伝えてくれ」と頼まれたらしい。

それは・・・

「寝床を綺麗に整えること」

「その日のうちに汚れ物一枚残さず洗濯すること」

確かに、ピン子さんはそうしていると言う。

生母は二人の強い繋がりをピン子さんに伝えたかった・・・?

 

1988年、ピン子さんは白血球の数値が高くて「がんセンター」へ検査入院した。

担当医が入って来た瞬間、「あ、この人と結婚する」と思った。

そして、結婚。

紆余曲折はあっても、20年間ちかく、結婚生活は続いている。

「それは(生)母の引き合わせ」と江原さん。

自分が欲しかったもの与えたかったものを、全て、ピン子さんに与えているのだという。

 

杉村春子さんがいらしていると声を潜める江原さん。

自分の後継者と期待していた太地喜和子さんが、飲酒の後の不慮の事故で先に逝ってしまったことを、とても哀しみ、澱になり残っていた杉村さん。

だが、死んで真っ先に太地さんに会い、それが融けたと仰っている。 

江原さんから、太地さんも来ていると聞いた美輪さん。

虚空を指差して、「喜和子、覚えているでしょ、私にお説教されたこと・・・酒豪番付なんて恥になっても自慢にはならない」とお説教を始める。

――うわっ・・・霊能者のお友達って怖いわ。死んだ後も説教されちゃうのね。

でも、それは美輪さんが太地さんを思えばこそということで・・・

 

今回、杉村さんが関係の無い太地さんの事を言い出されたのは、女優として、彼女たちの跡を継ぐピン子さんへの応援の思いから。

杉村さんは、ピン子さんに舞台女優として大成することを望んでいるようだ。

 

「ピン子さんは前前世で、フランスのシャンソン歌手だった」と江原さん。

「家の中はヨーロピアン」と家宅侵入する。

アールヌーボーが好きとと言うピン子さん。

その時代にシャンソン歌手だったようだ。

そして、そのときのパトロンが今のご主人。

自分の持っているものを全て投げ出してシャンソン歌手のピン子さんを支えたという。

だから、今、恩返しをしなきゃいけないらしい。

玉の輿婚と言われていたけど、研修医の給料は安くて、結婚した頃はピン子さんが生活を支えていたようだ。

そういえば、今やご主人、ガンの第一人者としてテレビに出ているわ。

彼がそうなれたのは、ピン子さんの応援のおかげ?

 

ピン子さんのオーラの色は紫。赤。

これからの課題として、「和の動きを良い形にするように心がけよ」と杉村さんが仰っていると美輪さん。

「今後の流れのためにこの三年があった」と杉村さんが仰っていると江原さん。

ピン子さんは舞台が怖い。

「お客さん、入らなきゃどうしよう」と思うらしい。

「あんた、怖がりだからよ」と杉村さんが指摘しているように、自己防衛本能が強すぎて身体を壊していると美輪さん。

「お客さんと一緒に楽しむように」

――そんなに稀代の名女優杉村春子さんに期待されるなんて、女優冥利に尽きるじゃない?

 

最後に、「腰だけは大事に」と江原さんに言われ、「勘弁してくださいよ~」とピン子さん。

大当たりだったようだ。

「心配なのは腰だけ」

「冷えを克服するように」

メンテナンスをちゃんとすれば、少々無理をしても大丈夫らしい。

 

――そういえば、森光子さんはあのお年でも、舞台ででんぐり返りできるように、一日に150回もスクワットすると言っておられるわ。

もし、ピン子さんがそんなのをした日にゃ・・・・

恐ろしいかも・・・

 

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死して、なお、人は何かに執着している?

今回の「オーラ・・・」を見ていると、死者が生者に影響を及ぼそうとしている。

その生者を応援するというプラスの思いなら良いけど、マイナスの念を受ける場合もあるかもしれない。

変な事件が起こると、日本には、今、マイナスの念が渦巻いていて、事件を起こした人は、ふっとした拍子にそれを受けてしまったのかしらと思う。

この前の私のように・・・

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受信: 2007.06.30 20:44

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