« 人類は核戦争で一度滅んだ・・・そうな | トップページ | オーラの泉 伊原剛志さん »

2006.12.13

ゆずり葉

朝は靄に包まれていたこの辺り、一日中、どんよりと曇った空からぱらぱら雨が落ちる日だった。

雨に濡れた枯葉を踏みしめて歩くと、ああ、こうやって地球に土が降り積もって行くのだなと思う。

土は、大地のマグマから涌き出る物ではなく、枯葉が空から降り積もりできるもの・・・と実感する。

秋は土から生まれ土に育まれた植物が、土に返るとき。

人は秋を黄昏と捉えるけど、秋は次の再生の準備のとき。

輪廻転生は季節の中にも現れている。

春に芽生えた葉は、秋に枝を離れて、朽ちていく。

葉っぱの一生は、秋で終わるけど、樹は次の葉を冬の間に生んでいる。

朽ちて行く葉は、そのための養分になるのだ。

私達は一葉の葉っぱに過ぎないけど、葉っぱが無ければ、樹は枯れてしまう。

樹を枯らさない限り、何度でも、再生できる。

そんなことを初めて思ったのは、子供の頃、倫理社会の時間に教科書に載っていたこんな詩から・・・

 

  子供達よ

  これはゆずり葉の木です。

  このゆずり葉は

  新しい葉が出来ると

  入れ代わってふるい葉は落ちてしまうのです。

 

   こんなに厚い葉

   こんなに大きい葉でも

   新しい葉が出来ると無造作に落ちる

   新しい葉に命をゆずって――

   

   子供達よ

   お前達は何をほしがらないでも

   すべてのものがお前たちにゆずられるのです。

   太陽のめぐるかぎり

   ゆずられるものは絶えません。

 

   かがやける大都会も

   そっくりお前たちはゆずり受けるのです。

   読みきれない書物も

   みんなお前たちの手に受けるのです。

   幸福なる子供たちよ

   お前たちの手はまだ小さいけれど――

 

   世のお父さん、お母さんたちは

   何一つ持ってゆかない。

   みんなお前たちにゆずってゆくために

   いのちあるもの、よいもの、うつくしいものを、

   一生懸命造っています。 

 

   今、お前たちは気が付かないけれど

   ひとりでに命は延びる。

   鳥のようにうたい、花のように笑っている間に

   気が付いていきます。

 

   そしたら子供たちよ。

   もう一度ゆずり葉の木の下に立って

   ゆずり葉を見るときが来るでしょう。  

 

河井酔茗(1874~1965)の詩。

初めて読んだときに、涙が止まらなかった詩。

最近、よくこの詩を思い出す。

うつしいものを造る努力・・・・頑張らなきゃ!! 


     

ブログランキングに参加しています。 

c-rawumber

足跡をポチっと押してくださいまし。

哲学・思想ランキングに行くか、エッセイランキングに行くか、お楽しみに!! 

  

←アクセス数、確認していただけました?

199999番目、200000番目の方、プロフィールのメールでご連絡ください。

心を込めて作成した作品をプレゼント!!

そろそろですよ~。今は199855。

う~ん、ドキドキ!

 

  
  
  

|

« 人類は核戦争で一度滅んだ・・・そうな | トップページ | オーラの泉 伊原剛志さん »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 人類は核戦争で一度滅んだ・・・そうな | トップページ | オーラの泉 伊原剛志さん »