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2006.12.14

オーラの泉 伊原剛志さん

昨夜200000アクセスを突破したようなのですが・・・・

クスン

ご連絡はいただけませんでした・・・ちょっと、寂しいです。

気を取り直して、今日の「オーラの泉」、ゲストは伊原剛志さん。

動作と言葉を伴うとなんともいえない魅力を発散する人と、美輪さん。

私は、ちょっと、この人が怖い・・・なぜかしら?

 

★★★スピリチュアルチェック

★性格=わがまま、緊張しい

★なりたかった職業=パイロット

★マイブーム=英会話

★怖いもの=人間

★生まれ変わるなら=世の中の平和に役立つ人間

 

19歳のときに出ていた芝居の楽屋で、美輪さんとすれ違ったとき、「ヘビに睨まれたカエル状態だった」という伊原さん。

緊張のあまり芝居がへたくそだったと過去を振り返る。

今は、準備を精一杯して開き直るとそんなに緊張しなくてすむ様だ。

そんな伊原さんには、今年、人生最大の緊張、「硫黄島からの手紙」のオーディション・撮影が有った。

クリント・イーストウッド監督の撮影スタイルは、台本5ページ分くらいを一気にとる手法で、競演の渡辺謙さんと必死で台本を憶えたらしい。

そして、国内ではハイヤーでのお迎え、飛行機はファーストクラス、米国ではリムジンでの送迎、撮影現場では一人一台のトレーラーハウス、豪華な食事・・・のハリウッドスタイル。

――そりゃ、緊張するよね。

英会話をやる気になったのも、それ以来とか。

 

「でも、(伊原さんは)一生懸命の自分を見せるのは恥ずかしいでしょ」と江原さんに言い当てられていた。

そのシャイな性格には貧しかった子供時代の影響が・・・

子供の頃、貧乏のためにケンカが絶えなかった両親の間にあって、大人の顔色を伺う子供だった伊原さん。

小学校から、番長に目を付けられて殴り合いのケンカをしていたのだが、ある日、このまま殴り続けていたら殺してしまうと気づき、ケンカをやめた。

そういうこともあって、父親になった今は、離婚して、離れて暮らしている子供も含めて、生き様をどう子供に見せようかと考えている。

そのために仕事も遊びも「思いっきり」している。

「精神的に安定してきたのは、ここ数年ですよね。じぶんでは抑えられない(精神の)波だったでしょ?」と江原さん。

「よく今日までご無事で生きておられた」(江原さん)くらい、大変だったようだ。

それの原因は、憑依体質。

思いと行動が裏腹になっていた。

憑依体質は役者には向いているが、そのコントロールが出来ないと、現世では誰にも理解されない人にならざるをえない。

「20代の頃、死のうとした」と伊原さん自身も認めた。

「いろんなことが許せなくなって、自分も許せなくなってしまった」のだけど、仕事のおかげ出立ち直れたという。 

これというきっかけも無かったと言う伊原さんに、「(魂の)学び」が進化したと美輪さん。

 

★★★オーラのカルテ

★オーラの色=ブルーが色濃く出ている。赤と金もある。極端な色合い(人格がばらばら)

 伊原さんは「常識に納まらない人、普通の人と思考の次元が違う」

 「その上、憑依体質なので、考えもころころ変わる。友人は忍耐強い」と江原さん。

 伊原さんも今の奥さんと付き合い始めた頃、「今日はどんな人?」と訊かれたという。

 「子供の頃は(理解できないから)評判悪かったとおもいますよ」と美輪さん。

 たしかに「台風のような子」と言われていたとか・・・ 

 

今回、「オーラの泉」に出たのは器が大きくなり、余裕が出来たから。

「それまでは、人の話を聞かない人だった。自分の世界に生きる人だった」と江原さん。

――そうよね、「オーラの泉」に来るということは、前世から丸裸にされてしまうと言うことだものね。

聞く耳持たないできたら、ケンカになっちゃうわ。

 

「初めて会ったときは、必死でひたむきでピュアだったわね」と美輪さん。

その頃は役者と言う仕事に出会い、楽しかった頃。

美輪さんにはとても印象深かったらしい。

その頃は、「吸収して自分がどう反応し、どう変わるかが楽しみだった」と伊原さん。

「自分が好きだけど、利己主義ではない。その頃のようにピュアな部分が本質」と視る江原さん。 

  

ここで、今年、亡くなられたお母様からメッセージが・・・

「子供にお守りをしてもらったような親だから。

自分を捨てて、その場が上手く収まるように割り切ってきたのだろう」

――お母さん、伊原さんのために必死の言い訳だわ・・・

 

★前世=イタリアに移り住んだ外国の商人(男性)

  言葉で苦労した。芸術的なセンスがあり、商売には向かなかった人。

  移り住んだことによって商売がうまく行かなくなり、自暴自棄になり母を泣かせた。

  酒場で言葉をからかわれ、言い返せず、ケンカになり、相手を殺してしまった。

  保釈されたが、それが人生の汚点と思いこみ、性格が変わってしまった。

  人と会わなくなってしまった前世の伊原さん、その面倒を最後まで見てくれた女性がいる。

  それが今の奥さん。

最初の結婚に破れ、二度と結婚すまいと思っていた伊原さん。

二回も今の奥さんにプロポーズされたという。

わがままなことを並べ立てる伊原さんをそのまま受け入れてくれた奥さん、「こんな奴いない」と井原さんは思っている。

「たったひとりでも愛してくれる人がいると人生は変わる」と江原さん。

「その人が百人分にもなる」と美輪さん。

 

「絵と書、書道、お好きですか?」と尋ねる江原さん。

「今年から書道を始めた」と伊原さん。

――まあ、これは・・・ 

★守護霊=中国の書家(後に僧侶)

 「手紙を自分で書きたい」と思い、知り合いの書道の先生に習い始めた伊原さん。

 集中して、何回も字を書くことが気持ちよいという。

なぜ、今になってそうなったかと言うと、守護霊様は目を患った方で、伊原さんも目がかすむ様になったのだが、書を書くことで癒されるのだという。

そういえば、「硫黄島からの手紙」の役も失明する役だったとか。

メッセージ・・・と江原さん。

 

「お母さんも今いるんですか?」と国分君。

「親孝行な子」「先に生まれた側の未熟さでいっぱい振り回してきた」

「お金の苦労は人の心を惑わすことをいっぱい経験してきた」

とお母さんの言葉を伝える江原さん。

「自分が思うことが出来るような経済力が持ちたい」と伊原さんは小学校に思ったそうな。

――「反面教師」だったと美輪さんが仰ったように、伊原さんの今日があるのは、もしかして、貧乏に翻弄されている両親の姿を見て育ったおかげ?

   

「夢でも、(母親に)もう一回、会いたい」と言う伊原さん。

亡くなられてから、妹さんのところにはよく夢に出てこられるのだが、伊原さんの夢には一回も出てこられないらしい。

その理由を、「伊原さんが怖いから」「ちゃんとした時間に寝ていないから」と江原さん。

――「お前らは親じゃない、出て行け」と親を叱り飛ばすくらいのしっかり者になっちゃった伊原さんだから、出てきて叱られるのが怖いのかしら?

 

お母さんはガンで亡くなったそうだが、「少しも苦しんでない。ただ、子供たちのことが心配だった」と江原さんを通して、伊原さんに伝えた。

「自分のことが少し解った。 母親の思いがありがたかったし、聞けたことが嬉しかった」と素直に感想を述べた伊原さん。

このやり取りを聞いて、お母さんも安心して伊原さんの夢にも出てこられるかも・・・   

 

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200000アクセス記念プレゼントはむなしかったなぁ。

毎日、200以上のアクセスを頂いているのに・・・

遠慮しいの方ばかり?

あっ・・・・まさか・・・

あのぅ、もしかして、皆さまは・・・霊・・・なんてことは無いですよね?

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