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2006.09.01

心と脾臓

今朝、目覚めると雨が降っていた。
今も、時折、思い出したように降っている。

肌寒くて、熱いコーヒーが美味しい。


一昨年、こんな文章を書いた。

脾臓に溜まる感情は心配、憂い、妬み、不信感、拒絶、無関心など。

つまり私は、それらの感情で一杯になって、脾臓を腫らしているというわけで……

愛情を拒否されていて、心を開けなくなっている――これは一大事。

一人でいることが結構平気で、自分の好きなことに没頭している人に多い――ああ、納得。

「脾臓腫大」という人間ドックの報告書は、ここ数年、私を脅かし続けていたのだけど・・・・

なんと、今年の報告書から、その記述が消えた!!

それは、乳がんのために大量に摂取したサプリメントのおかげかもしれないけど、それだけでなく、たぶん、私の心の在り方が変わったのが大きいような気がする。

この文章を書いていた頃の私は、自分が誰にも理解されず、愛されない、この世に居てはいけない存在だと思っていた。

自分のやることなすことが、人のためにならない鬼っ子。
存在そのものが罪なのだと感じていた。

それは、兄に重症のやけどを負わせてしまった子供の頃から、私の中に巣食っていた悲しみで、仕事を失敗して周りに迷惑をかけたときに、更にその思いが強くなっていた。

それでも生きていたのは、この失敗を他の誰にも負わせたくなかったから。
私が投げ出せば、すべては夫に押し付けられる。
私の失敗は親戚から波及してきたものだけど、そこに加担することを選んだのは私。
それは私の失敗であり、夫の失敗ではない。

私は今の自分に出来うる限りのことをし、この失敗を乗り越えたかった。
死ぬのなら、それを乗り越えてからにしたかった。

孤独で寂しく、辛い日々・・・・・と私は思っていたが、それは違っていた。

私は、乗り越えられるだけの力を貰っている。
私の周りには、変わらず暖かく見守ってくれる人々が居る。
それに気づいたとき、灰色に見えていた世界は極彩色の輝きで私を迎えてくれた。

私は自分が好きになった。
周りの人々が愛しくなった。

――愛情を拒否して、心を開かなかったのは、私のほうだ・・・・・

昨日、報告書を受け取って、こんなことを思っていた。

 
 
夫や友人たち、苦しいときにメールを受け取り続けてくれた心の友、私を縛ってがんじがらめにしていたものから解放してくださった岐阜の霊能者の方、そして、ここに来て下さる皆様・・・・
本当にありがとう。

これからも、このブログを読んで下さる方は、
「ああ、あいつ、こんなバカなことやってる!」とか、
「また、くだらないこと言って!」とか、
「なーに、考えてんの?」などと思われるときもあるかもしれないけど・・・

たぶん、私は、そのひとつひとつをこの世の業として楽しんで生きていると思う。

本当に、ありがとう!!


c-rawumber
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