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2006.08.07

サンクチュアリ

田中康夫氏が長野県知事選に敗れた。
新しい知事は通産省出身、国家公安委員長や防災大臣を務めた元衆議院議員。

あの災害が無ければ、長野県民は田中氏を選んだかもしれない。
あの災害を経験し、県民は新しい知事の経験と国へのパイプラインに希望を繋いだのだろう。
その気持ちは理解できるが、すでに、国にも飴玉の在庫は無いという現実を、いずれ、長野県民は発見するだろう。

――自分の足で立てという知事への恨みで、内部紛争をしているうちに、自分の足で立つことが当然の世になっていることに気づかなかったということか・・・・


田中氏の人となりや実績をこの眼で見ているわけではないが・・・これも必然。
長野のような狭い地域に囚われず、もっと、大きな場所に出なさいというお導きかもしれない。

運命の転換期には、まるでシャッターが下りるように、次々と四方が塞がれて行き、狭くて厳しい道しか残らなくなる。
そこは茨だらけのように見え、そこに入るのを選ぶのはとても辛い。
愛着あるもの、大切にしているものを手放さなければ、その細い道は通り抜けられない。
たとえ、持って行こうとしても、必ず、茨に奪われる。

その道の途中で、命を捨てる人もいれば、自棄になって歩くのをやめる人もいる。

だが、その道を抜けると、「ああ、これこそが自分の行きたかったところだ」と思えるところ(サンクチュアリ)に出られるのだ。
そこは、物や地位に執着していた今までの自分では絶対に行き着けなかったところ。
すべてを奪われたからこそ、行き着けるところ。

今は地球の転換期だから、そんな思いを抱いて彷徨っている人が多い。
だが、自分を見捨てさえしなければ、微かに、目の前に示されている道が見えてくる。
そして、勇気を奮ってその道を抜けたなら、実はそうなることを自分が望んでいたのだと理解できるだろう。

田中氏は行くべきところに行く時機が来て、愛着しているものを奪われたのだ。
落胆しているかもしれないけど、実はほっとしている?
彼の思いはすでに方向を変えていたはずだから。


ボクサーの亀田興毅選手が手にしたチャンピオンベルトにふさわしいかどうか、あちこちで論議されているが、あれも同じだ。
彼は父親に敷かれた道を歩いて来たに過ぎないのだ。

彼にとって、ベルトは茨の道の終わりではなく始まりになった。

彼はこの茨の茂る狭い道を通り抜け、自分のサンクチュアリを見つけなければならない。
そこに、チャンピオンベルトが有るか無いかは、到達しなければわからない。
だけど、確かにその場所は彼自身が望んだものなのだ。


――どうか、二人とも、倒れずに、自分のためのサンクチュアリへ到達できますように・・・・

ああ、これはまさに――ボンボヤージ!!

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