« 私の遺言・再読 | トップページ | 地底人発見? »

2006.04.15

優雅への道

髪を切った。

「段々にして思いっきり切ってくれない?」
思い切って言ってみた。

「でも、あなたの髪って、かなりの癖毛だよ。
一本一本がぐるぐるにねじれているもの。
そんなことしたら、段々にグネグネになってどうしようもなくなるかもよ」」
長年、お世話になっている美容師さんが反対する。

――そっか、そうだった。
木綿糸のように太く、グネグネのこの髪に、若い頃はどんなに苦労したことか・・・

「でも、最近、少し細くなったし、癖も落ち着いてきたから、やってみる?」
美容師魂が動いたようで、彼女もやる気になってきたらしい。
「どうしようもなきゃ、もっと短く切るって言う手もあるし、少し我慢すりゃ伸びるしね」

――そりゃ、瀬戸内寂聴さんみたいに坊主と言う手もあるけど、出来ればそれは避けたいなぁ。
まだ、そんなに悟りを開いていないし~。

切っていただくと、思ったよりも撥ねなくて、美容師さんもホッ。
今日の私(の髪)はキレイ!!


美容院の後、花屋さんに行った。
もう、いろんな色の紫陽花が出ている。

060416x
春の庭造りをしているせいか、変わった鉢花を見ると欲しくなってしまう。
カメレオンと名付けられた色が変わる種類の紫陽花に、つい、手が出てしまった。

この子は、蕾の今は緑っぽい白。
花が開くと淡いピンク。
時間がたつと、赤に変わると言う。
――楽しみ!!


花って、食べられるわけじゃない。
身につけて見せびらかすことも出来ないし、どちらかと言うと心のぜいたく品だ。
そのせいか、最近、生花をもったいないという若い子が多い。
高いくせにすぐに枯れると言われることがある。
どうも、バブル崩壊後に生まれた世代のようだ。

彼らは、バブル後の厳しい社会情勢の中で育ったせいか、無駄を嫌う。

でも・・・

貧乏は金銭の多少ではなく心の多少である。(by 松雲庵主 中日新聞「運勢」)

花は高価かもしれない。
すぐに枯れるかもしれない。
だけど、生命の様を見せてくれる素晴らしいものだと私は思っている。

たとえば、チューリップ。
この子は切花になっても丈が伸びる。(春の花はそんなのが多い)
蕾んでいる間は清楚な少女のような佇まいだけど、次第に大きく花びらを広げて豪華に変貌する。
花びらが薄くなって色褪せて散っても、そのままにしておけば思いがけずドライフラワーになって楽しませてくれる。

それを楽しむには心の余裕が必要。
でも、それも訓練なのだと思う。
花を楽しむ心が無ければ、それを養うって言うのも大事だと思うよ。
それは人間として、結構大事なことじゃないかな。

中には、花は好きだけど、買う余裕が無いという場合もある。
そう言う場合は、近くの公園や野原、川原に行けば、いくらでも花と触れ合えるから、ぜひ出かけて欲しい。

そんなところで、たとえペットボトルのお茶でも良いから、花を見ながら一服する。
優雅な一瞬だよね。

と言うことで、優雅を目指す私としては、晴れたら野原に行って野点をしようと、お茶碗や茶せんを入れた籠を用意しているのだけど、なかなか、晴れないんだよね、これが。

――優雅の道はなかなかに厳しい・・・

|

« 私の遺言・再読 | トップページ | 地底人発見? »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 私の遺言・再読 | トップページ | 地底人発見? »