格差社会
内田樹先生のブログによると、終身雇用、年功序列の復活を若い人たちの一部が望み始めたらしい。
終身雇用を望むものが40%超.
「社内出世よりも独立・起業」を望むものは20%(3年連続での減少)。
「年功序列」を望むものが増えているらしい。
ある程度の規模の集団に安定的に帰属することがリスクヘッジと受益機会の確保のためには有効であるということがわかってきたということである。と内田先生は分析される。
そう言えば、
年功序列を壊せ。
成果主義を取り入れろ。
そういわれ始めた頃、不安を覚えたものだった。
そりゃ、実力があって、バリバリやれる人は良いけど、そんな人がどれほどいるのだろう?
大抵の人は必死で仕事をしても、他人にはあまり評価してもらえないものだ。
それに、部下を冷静に公平に査定できる上司がどれほどいるのだろう?
そんな上司がいないのに、へたに成果主義を取り入れれば、権力の乱用(いじめ)と賃金カットになりかねないのでは?
私の危惧は当たって、成果主義と言うものは、成果を認めるためにではなく、努力を認めないために導入されたようなものになってしまった。
そして、リストラに利用され、多くの犠牲者を出す結果となった。
本来は才能の有るもの、努力しているものを認めるための成果主義だったはずだったのに・・・
その欺瞞に、若い世代は気づいたのだろう。
なんと言っても、彼らは冷静な観察者として、この不況の時代に育ったのだから。
成果主義と言う言葉があまり聞こえなくなったと思ったら、なんと、今や日本は格差社会になっているのだとか。
ろくな学校教育も受けられない子がいるとか、親の収入によって、将来入れる大学も決まるとか、新聞でも騒がれている。
義務教育以上の教育を皆が受けられないのは不公平、なんてことはないと思う。
大学に行くことがすべてではない。
ただ、今の日本では、学歴で初任給から差が付く。
スタートを同じくするために、皆が大学に行くのなら、こんな人的資源の無駄遣いはない。
きちんとした成果主義が根付かなかったことのしわ寄せが、ここに来ている。
そういえば、以前、内田先生のブログに「文化資本主義」と言うお言葉があった。
人はどこに生まれ育つかによって、文化資本の蓄積が圧倒的に違ってしまうと言う内容だった。
その時にも思ったのだが・・・
――格差社会であることを、今の日本を動かしている層が願っているのではないか?
彼らは自分の子供に自分の仕事を世襲させることを認められていない。
誰もが大学教育を受け、誰もが留学を経験している今の時代には、文化資本の蓄積が下々にも起こり始め、自分達の子弟のライバルになり始めている。
それは、官僚などには由々しい問題なのでは?
その危機感が最近の文部省の政策の迷走・・・なんて、つい、邪推してしまう。
――とにかく、前提が摩り替えられ良いことも悪しきことも、誰かに都合の良いものに変えられていくことが問題なのだな。
内田先生は1950年代のような社会を「フェミニンな共産主義社会」とし、それが理想だと語られているが、その前に官僚を入れ替えなければ、その実現は難しいだろうなあ・・・
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