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2006.03.30

慈悲

昨日の『オーラの泉』は須藤元気さんだった。

――うん?
だれ、この人?

初めて拝見した方だ。

どうも、戦う人らしい。
で、今調べてみると、こんな人だった。
そういえば昨日のオーラでも、仮面を被って踊るリング姿があったわ。

で、その須藤元気王者は、スピリチュアルに造詣が深いらしく、美輪さんや江原さんを前に、スピリチュアルの知識を披露しまくる。
お二人はニコニコとそのお話を遮ることも無く聞いておられる。
大人だわ・・・

なんと、彼はついに自分の前世が聖セバスチャンらしいとまで言いだした。
結構見ているけど、ここまでのゲストは始めてだわと感心した。
――江原さんによると、鎌倉時代の修行僧らしいけど、その前の話?
どうも、須藤王者は退行催眠でご自分が磔にされた瞬間をご覧になったらしい。

その後、三人は環になって手を繋ぎ、なにやら始められた。
(美輪さんのオーラの紫を須藤王者に移そうと言う試みと後から江原さんが仰った)

「こいつら、正気か?」
残業を終えてようやく家にたどり着き、私の横で遅い夕食をとっていた夫が、堪らずに発言。
彼はスピリチュアルなものをさっぱし理解しようとしない男。
――たぶん、正気だと思うよ。
と思ったが、返事は保留した。
美輪さんの言葉を聞き漏らしたくなかったので・・・

慈父 心を鬼にして突き放す厳しさ。 悲母 血を流しても子供を守る愛情。 二つが重なって慈悲が生まれる。

――慈父も悲母もいない現代には慈悲は無い?


そういえば、ここ数日、射水市民病院で患者7人が人工呼吸器を外され死亡した問題が取りざたされている。
その外科部長は動機は患者への「愛」だったと説明している。
「無意味な延命措置」をしないという信念に基づく行動らしい。
――あれは彼の慈悲だったのだろうか?

スピリチュアルの観点から見れば、「死」は終わりではない。
死は残酷なことではない。

今度の場合でも、その死は亡くなった人の因果。
もちろん、延命装置をはずした医師はその行動の因果を背負うことになる。
延命装置を外した結果、患者たちは死に至ったけど、もし、その人に生きる寿命があったなら、死ぬことは無かったはず。
延命装置は物理的に肉体を生きさせているに過ぎず、人間としての生を生きているかと言うと少し違うような気がする。

――医療の現場でもスピリチュアルな観点から「死」を見るものが現れたのかなあ?
この問題は少し考えてみよう。


夫をはじめ多くの現代人は認めないが、スピリチュアルな世界に気づけば、怖いものは何も無い。
この世が鮮やかな色彩で生まれ変わり、自分に垂らされた無数の糸に気づく。
すべてが須藤王者の仰ったように、シンクロニティであると判るし、今、自分がここでこうしている理由を理解できる。
だが、現代人はそれを見る目を持っていない。
目に見えないものを信じられる者、もしくは、それを見える目を持った者にしか信じることは出来ない。

夫は信じない人間なので、我が家に起こる不思議を認めようとしない。
たとえば、昨夜、自分が寝る前にテーブルに置いてあった大きな袋に半分ほど入っていたおせんべいが、夜中のうちに無くなって、袋だけがテーブルに残っていた・・・なんてことを見せられても、私が隠したのだろうくらいにしか思えない。
なんとも、お気の毒なことだ。

ps: 聖セバスチャンの写真を捜していて、こんなものを見つけた。
   なるほど、美輪さんが詳しかったわけだわ。


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コメント

ちゃーさん、コメントありがとうございます。

医師は病の専門家ですが、死は本人のもの。

そう医師も本人も自覚しなければいけませんよね。

また、遊びにいらしてくださいね。

投稿: maki kuzuha | 2006.05.17 18:29

はじめまして 突然申し訳ありません。

オーラの泉から、お邪魔致しました。
医療の現場でもスピリチュアルな観点から
「死」を見るものが現れたのかなあ?
同感です。やっとここまで来ましたよね。
社会通念上、多々の問題は残しますが。

私はこの外科部長、「愛」でも「慈悲」でもあり、
そして、「縁」だったのかなと思います。

いつも忙しく、
どちらかと言うと「勢い」で生活している私ですが、
おっしゃられている事、良くわかります。

またお邪魔させて下さいね。

投稿: ちゃー | 2006.05.17 15:26

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