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2006.03.06

心の食物

二日続けてよい天気だったので、すっかり安心していたら、目覚めると雨。
北のほうでは雪も降ると言う・・・あら、まあ。
といっても着々と春は近づいていて、近所の梅は八部咲き。
良い香りが漂ってくる。

朝からテレビを観ていると米国の報道。
ブッシュ大統領はカトリーナの被害予想を報告されていながら、大丈夫、備えは万全なんて脳天気なことをテレビ電話で答えている。
それがどういう結果になったかは、世界中が知っている。
為政者は常に安全圏にいるので、危機感が無い。
為政者の驕りは弱者を犠牲にする。
アメリカ国民は今度、カトリーナ並みのハリケーンが来たときには大統領に進路先の町に滞在してもらえば?
もしくは私のように、常に被災地で逃げ惑う夢を見る装置でも作って使わせれば、かなり有効。
――ああ、でも、為政者の恐怖もろくなことに繋がらないから、やめた方がいいかも・・・

――なんて、朝から考える今日はアカデミー賞の発表の日。
ハウルはどうなるのかしら?

アカデミー賞といえば、今回は「ブロークバック・マウンテン」が作品賞を獲れるかどうかが話題になっている。
男の同性愛って、あまり、汚い感じがしない。
子供の頃、福永武彦の「草の花」を読んだ影響?
とても美しい文章、切ない思い――あれには泣いたっけ。
あの頃、読んだ本はどれも私に影響しているなあ・・・

そう言えば、この前、細木数子氏がリストカットを続ける少女の相談に、「援助交際」の可能性を指摘しておられた。
それが社会現象で誰でもやっているとなれば、興味本位、金欲しさにやってしまう付和雷同型の子供はいると思う。
だが、やってしまってから、それがおぞましい行為だ気づき、自分の肉体への嫌悪になってしまう子もいるのだろう。

肉体と魂が一体化して生まれる「こころ」は、唯一無二のもの。
この心は二度と現れることは無い。
なぜなら、魂は不滅でも肉体は消滅してしまうから。

肉体は土に帰り、魂は天に還る。
心は魂に溶け天に昇るのだが、それを拒んで残ってしまう場合がある。
それが浮遊霊や自縛霊なのだ。
と、最近、気づいた。
(この「気づき」については説明できないのでお許しを。
本に書いているわけでも、現世の誰かが教えてくれたわけでもなく、ある日、自分の中に在るので)

心は貪欲で常に刺激を欲している。
刺激は、様々。
肉体的な欲求を満たすこと、物欲を満たすこと、名誉欲を満たすこと・・・でも、そんなものでは心はすぐにお腹を空かせてしまう。
心が唯一満足できるのは「美しいものに対する共感」。
それは何度でも反芻できる心の食物だ。

芸術家ではない人々は幸せだ。
彼らには「共感できる美」が提供される。
だが、芸術家にとっては、その美は「欲の一部」で、それによって満たされることは無い。

美しい文章、美しい風景、美しい作品、それらはそのまま心に刻まれ、それに接した者の美意識を方向付けてくれる。
子どもの美しいものに対する欲求を満たしてあげるのは大人だ。
刺激に振り回されて自分を見失う前に、彼らに美しいものを提供することが必要なのだ。

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