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2006.02.01

レッスン中

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家に閉じこもっていてもストレスってやってくる。
今朝は少々いやな感じの電話が来て、人間が出来ていない私はムカムカ。
気晴らしにデパートへ行ってきた。

厭な事が有ると、ずっと、そのことばかり考えるのが私の困ったところ。
聞こえが良いように言うと「集中力ありすぎ」。
身も蓋も無く言うと「しつこい」。
以前は、自分ではどうしようもない他人の気持ちや言動についても、あれこれと考えては心身ともに疲れて果てていた。

だけど、去年からいろいろ有る中で、気づいたことがある。

――人はそれぞれに神(霊的世界)に繋がっている。
霊は誤魔化すことは出来ない。
どんなに巧妙な言い訳をしようと、本音はばれている。
だから、人は常にこれは本当に正しいと言い切れるのかと自問しながら生きなければならないのだが、そんなことを教えてくれる先人は今はいない。
なので、自分の都合の良いことばかりを言い、利益を追求して行動してしまう。

そういう人のしていることについて、周りがあれこれと考えても、その人自身が気づかなければ、どうにもできない。
個人が何を選択するかは自由だし、「何を選択するか」こそが人生のレッスンなのだから。

「いや、そんなこと言っていられないよ。
不利益はこっちに掛かってくるんだから」
と言う人もいるかもしれない。

だけど、自分に不利益なことを誰かがしたとしても、それを甘んじて受け、その事象に自分に出来る限りの力で立ち向かい、乗り越えればよいだけだ。
それは自分のためのレッスンで、そのレッスンを成し遂げた成果は誰でもない自分の霊性を高める。
乗り越えれば、それは自分にとってラッキーな出来事になる。

ここで忘れていけないのは、乗り越えられない課題は与えられないということ。
乗り越えられないとしたら、それは自分があきらめたと言うことなのだ。
あきらめると言う選択をしただけなのだ。
もちろん、その選択の責任は必ず自分に掛かってくる。

誰かに傷付けられた人よりも可哀想なのは、それをした相手だ。
他人を傷付け自分の霊性を貶めるとんでもない役割を自ら買って出たことになる。
彼の人は他人を傷付けたと言う報いを、傷付けた人からではなく、霊的世界から受けるのだ。

傷付けられた人がしてはいけないことは、自分を傷つけた相手を憎み復讐すること。
それをしてしまったら、今度は自分がその報いを受け取ることになる。
人を憎まず妬まず、日々、何があっても楽しく生きていれば、ご褒美はちゃんと用意されている。
だから、人は本当は何も心配する必要がないのだ。

――と、そんな風に考え生きるべきと判っている。
だが、ムカつくことも、呪いたくなるほど怒りが湧くことも、次々と起こる。

つくづく、私って人間が出来ていないと思う、今日この頃・・・

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コメント

葛葉さん、「天国と地獄のエレベーター」、ネットで捜して歌詞を見つけました。

――ああ、わかる、こんな感じ・・・

悟ってはいませんよ。
行く先は見えても、行きつけない私がいるだけです。

投稿: maki kuzuha | 2006.02.03 18:20

真紀さんは、どのようにして、そのような悟りにいたったのですか?素晴らしいですね!

本心(良心?)は先生にも親にも神様にも勝るといいますが、本当に何が善で何が悪なのか、本当は自分自身の本心がみんなわかっているんですよね!誰に尋ねなくても、、、。

>――人はそれぞれに神(霊的世界)に繋がっている。
そのとおりだと思います。きずいていない人が
あまりにも多いですけど、、、。

真紀さんのBlogを読んでいて、突然、槇原敬之の「天国と地獄のエレベーター」を聞きたくなりました。
本当に悟るべき事がたくさんありますよね!

投稿: Naomi 葛葉 | 2006.02.02 22:49

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