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2006.02.15

今更ながらホリエモンに

去年の日記を読み返してみると、ホリエモンのことがいっぱい書いてあって、そうか、私は彼に期待していたのだといまさらながら気づいた。
彼に対する大人たちのやり方に義憤を感じていたし、彼の発言が捻じ曲げられて伝えられていたときにはそれに怒っていた。
彼が自分や会社を大きく見せようとし始めたのは、そんな所にも原因があったのではと思わないではない。

今度の事件を見ていて、連合赤軍のリンチ事件を思い出した。
連合赤軍のメンバーが群馬の山の中を転々としながら、次々と仲間を総括(吊るし上げ)し、粛清(殺人)して行ったというなんとも陰惨な事件で、永田洋子と言う女性の歪んだ個性が生んだ悲劇だった。
そういえば、切込隊長はオウム真理教を持ち出していたが、あれも、麻原彰晃の歪んだ個性が閉塞した集団の中で増幅して行った悲劇だった。
今回のライブドア事件も、閉塞した集団の中で、堀江貴文の歪んだ個性が生んだ悲劇のような気がする。
卓越した個性は人を惹き付けひれ伏させるが、それが歪んでいると集団そのものがレミングのように破滅に向かい暴走する。

昔、東大に行っている友人が、金持ちでなければ東大には入れない。
入ってもエリートにはなれないというようなことをこぼしていたことがあった。
どっかの大使の娘と言う知人もいたが、彼女と私では生まれながらに身に付けているものが違っていた。

どこで生まれるかで、歴然と差は付いている。
人は平等の場所には生まれない。
その違いこそが人生のレッスンの前提なのだから。

ホリエモンは自分の能力を信じ、そう言う格差を縮めようとし、ある時点まではそれに成功したのだろう。
だから彼は金さえあれば、この世の中はどうにでもなると思い込んでしまった。
それゆえ、もっと、金を集めようと必死になり、不正をしてしまった。
不正をしようと計画して不正をしたと言うよりは、その時その時、目の前の状況に対処するために自転車操業のように不正を重ねてしまったということだろう。
といっても、不正は不正、彼はそれを償うしかない。

さて、それでは、今の彼は不幸だろうか?
決してそうではない。
金を追いかけ、どんなに持っていようと買えないものが有ると、金を持ったからこそ、彼は気づいていたはず。
そして、その金では買えないものを、今の彼は欲しているはず。

エリザベス・キュブラー・ロスの著書にこんな記述がある。

フロイトはかって、貧乏な患者と金持ちの患者を選べるとすれば、私は金持ちの患者を選ぶといったことがある。
なぜなら、彼らはお金さえあれば問題が解決すると考える段階を卒業しているからだ。
もちろん、私たちの大半は今でも金持ちになりたいと思っている。
しかし、大金を持つことも、一つの経験に過ぎない。他の経験とは違うかも知れないが、より良い経験と言うわけではないのだ。

堀江貴文は今、一つの経験を得た。
私は罪を償った彼がどう生きようとするかに興味がある。

こんな何の力も無い私でも、彼のために出来ることは無いかと、つい、思ってしまう。


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