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2006.01.20

ライブドア事件に思ったこと

今度のライブドア事件の波紋は、日本の経済全体に大きな影響を及ぼしている。
挫折を味わい、経済的にも精神的にも大変な状況になっていく人が多いだろう。

どうしてまっとうに生きてきた自分が、正当な労働で得た収入で株を運用した自分が、こんなことになる?
どうして誰もこんな自分を助けてくれない?

彼らは世を怨み呪うこともあるだろう。
でも、どうか、道を踏み外さないでほしい。
金が無いこと、払えないことは悪ではない。
それを払うために正当ではない手段で金を手に入れることが悪なのだ。

持っているものをすべて手放し、話し合う。
それしかない。
弁護士を頼む前に、まず、裁判所にいき自分の状態を話したほうが良い。
弁護士費用をかけずに解決する道はいくらでもある。

私の知人に、小さな会社で40年間働き、ようやく定年を迎えた人がいる。
倹しく暮らしある程度まとまった貯蓄も出来、ようやくこれからと言うときに病に倒れ、入退院を繰り返している。
その人は何も悪いことをせず、せっせと働き、子供の成長とタバコを吸うのだけが楽しみだった。
その人が病に倒れたときに、妻と旅行を楽しんで暮らそうと計画している彼にどうしてそんなことが起きるのか、神の裁量は不公平だと思った。

だが、最近、気づいたことがある。
彼はそうやってまっとうに暮らすことにより、これまで人生の何たるかに触れずに生きてしまったのだ。
何にも関らず煩わしいものを遠ざけ、自分を真綿に包み、他人との軋轢から身を守っていた彼は、人生のレッスンを病気と言う形でやらされることになったのだ。
彼が病によって人の情けを知り、人のどうしようもなさを許す境地に達するまで、彼の試練は続くのかもしれない。

もし、今、ここに苦しんでいる人が来てくださっているのなら・・・
自分を許し、他人を許し、過ちを受け止めることから始めなければ、未来は開けないと思ったほうが良い。

失敗をいくつも重ねて人生は織りあがっていく。
試練を与えられ、それに対処していくうちに今生の個性は生まれる。

たとえば、Aさんが金銭的に失敗して、保証人のBさんが負債を被ることになったとして――
それはAさんのせいだとしても、それ自体はすでにBさんの試練になっている。
それにどう対処するかはBさんの人生の問題。
Aさんを呪うことも、Aさんと励ましあってそれを乗り越えようと力を合わせて努力することも、どちらもBさんは選べる。
選択の責任は、Bさんにある。
その選択の結果はAさんの人生ではなくBさんの人生に織り込まれるのだ。


思い出して欲しい。
――超えられない失敗はこない。

失敗の後にはそれを癒す穏やかで幸せな日も来る。
そして、その日々の中で、新たな試練に立ち向かう勇気が自分に満ちるのだ。

今、ここで生が終われば失敗者で終わる。
だが、10年も立てばそんなことはきっと笑い飛ばせる。

金の話ではなく、人生の話をできるようになる。

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