« 2005年11月 | トップページ | 2006年1月 »

2005.12.31

2005年の大晦日に思うこと

今年も今日で終わり。
本当に様々な出来事が起こった一年だった。

漢字一文字で表現する今年は「愛」と言うのが世間の相場らしいけど、私の一年は「霊」と言う言葉になりそう。
春に母の導きで岐阜の霊能者の方にお目にかかって以来、しばしば霊についての話や霊性についての話を目にし、耳にするようにもなった。

その前の私は、漠然と人間はセミの幼虫のようなもの、今は土の中にいるけれど、死は消滅ではなく形態を変える事なのだと思っていた。
全くの偶然で、「シルバーバーチの霊訓」やエリザベス・キュブラー・ロスの著書に出会い、私の考えは間違っていなかったと確信を持てた。

11月の終わりに受けた人間ドックの結果、ガンの疑いありという診断が下ったときも、かなり冷静に受け止めることが出来たのはそのおかげだったのだと思う。
この病気については医師が迷っていて、手術の日程もたっていない。
病巣から採取した細胞の検査では陽性、つまり、ガンなのだが、MRIの所見ではガンではないということらしい。
その結果が出た日にがんセンターの誤診が発表されたりしたので、医師もかなりナーバスになってしまったらしい。

結果が出た次の日、岐阜の方から、暮のご挨拶のお礼の電話。
かなり前に送っていたのに、このタイミングで電話を頂いたということはと思い、病の話を申し上げたところ、心当たりが在るので一度いらっしゃいとのこと。
なるほど、そう言うことかと納得。
私は行かなければいけないらしい。

生きているうちに起こることで、偶然と言うものは一つも無い。
それが今年の私の結論だ。
すべては起こるべくして起こっている。
この一年、このブログにいろんなことを綴ってきた。
それがすべて証拠となっている。

だから、私は今、とてもワクワクしながら生きている。
身体は病を得てぼろぼろだが、心は毎日が楽しく出会うものすべてが愛しい。
来年、その思いを何らかの形で社会に還元できればと思ったりするが、さて、どうなるやら・・・

そういえば、あなた。
あなたはどうしてここにいらしたの?
検索で偶然?
偶然が無いならば、それには、きっと、何らかの含みが在るのでしょう。
幾通りもあるあなたの未来で、また、お会いできると良いですね。

良いお年を!

| | コメント (2)

2005.12.25

2005年のクリスマス

クリスマスイブは忙しかった。
つい、イタリアとデンマークに行ってしまってね。
・・・
  ・・・
    ・・・

まず、朝から出かけ、3時間もかかって名古屋のイタリア村へ。
051224-1x
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


ヴェネチアン・ガラスをいっぱい観て、いい気分になり、埠頭に突き出たテラスで、パスタを食べる。
やっぱ、イタリアならパスタだよね。
食べていると楽団が入り演奏が始まる。
足元では鳩や雀がパンくずを求めてうろうろしている。

そっか、これがイタリア風なんだな。
でも、なんか寒いぞ。

ビニールの囲いの隙間から、海風がビュンビュンは入ってくる。
ストーブがあちこちにあるけど、それでも間に合わない。
食べ終わると早々にレストランを出た。

高いヴェネチアン・ガラスもイタリアンブランドのバッグや洋服も買えずに、食料品の店でパスタとワインを買い込み、帰ることにする。
クリスマスイブと言うことで、5時過ぎから花火が始まるという。
このまま居続けると、花火が始まり、帰れなくなってしまう。
恋人同士なら、花火を見てロマンティックに浸れるけど、私らすでに同志愛の領域に達しているので、ロマンティックはいらない。

ということで、帰ることにしたのだが、ついでに、刈谷の新しく出来たハイウェイオアシスに寄った。
だが、何も無い。
産直で売っているイチゴが880円だと――犯罪に近い金額だ。

そこで夫がデンパークで食事をして帰ろうと、珍しいことを言い出した。
おうちご飯が好きな彼は外食を喜ばないのに、どうして?

――ところでデンパークって何?
かというと、デンマークをテーマにしたテーマパーク。

安城市は昔から日本のデンマークだと自称していたのだが、ついに、8.~9年ほど前にこのテーマパークを作り、既成事実にしてしまった。
今や、ごく一部東海地方で「デンマーク」といえば、安城なのさ。
ということで、デンマーク、もとい、デンパークに向かう。

広い庭と花いっぱいが売り物のデンパークはイルミネーションがいっぱいで、キレイだった。
しかし、デンマークの実態を知らないので、どこかデンマーク風なのかわからない。
そういえば、風車がある・・・

どうやら、裸の王様はデンマーク人らしい。
こんなイルミネーションが・・・
051224-2x


 
 
 


そっか、アンデルセンの生まれた国なんだ。

外のイルミネーションはもちろん、フローラルプレイスと言う大温室の中でも、イルミネーションをしている。
これはポインセチアのツリー。(もちろん、鉢植えの生花)
051224-5x

 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
さて、お腹も空いたことだし・・・と、レストランに向かったのだが、クリスマスイブにこんなところのレストランに入ろうというのが間違い?
多くのカップルやら親子連れが順番を待っている。
夫はどうも地ビールが目当てだったようで、文句も言わずに待つことに。

一時間後、ようやく席について、勧められたクリスマスディナーを断り、牛タンのとろとろ煮込みと牛肉のビール煮込み、それにパエリアを頼んだ。
――私ら、ここがデンマークだという意識が足りない?

で、また、30分ほど待たされ、ようやく食事にありついた。
どれも美味しかった。
昼にイタリア村で食べたパスタには感激しなかったけど、ここのは期待していなかったぶん、感激が大きかった。
パエリアの大きな海老をサクちゃんのお土産にして、家に帰りついたら、もう10時。
楽しい一日が終わった。

で、今日の夕食はイタリア村で買ったパスタ。
フィジッリと言う名前の、きし麺を棒に巻きつけたような捻れパスタ。
ネットで調理方法を調べたけど、どこにも出ていないので、とりあえずカルボナーラ風にしてみた。
悪くは無いけど、ぴんとこない。
どういう調理方法が一番美味しいのだろう?

夕方、ケーキを作り始めたら、夫がケーキを買ってご帰宅だったので、作ったスポンジは明日のレッスンのおやつにして、いまからケーキタイム。


こうやって、2005年のクリスマスはお気楽に過ぎて行く・・・                                                                                                                                                                                                                                                                                                   
                                                                                                       

| | コメント (0)

2005.12.23

大雪だよ

昨日はMRI受診の日だったので、隣の山の上の病院へ。
朝、起きた時点では雪が積もり凍りついていたので、行けるかどうか不安だったのだが、ちらほらと雪が降ってはいるものの、午後から融け始めたので、少し早めに出かけた。
MRIは生まれて初めて。
耳栓を渡されて驚いたのだけど、受けてみて納得。
あれってかなり騒々しい。
一時間ほどで検査を終え、外に出ると、吹雪!

――ひぇ、こんなに降ってて帰れるのかしらん?

とりあえず、前の車についてとろとろと走る。
山の上の病院なので坂道を下らなければならない。
滑りそうで怖いこと怖いこと。

その間、豊橋のY子から電話が。
「今、名古屋なんだけど、そっちはどう?」
車で向こうを出るところだという。
「もう、雪国みたいに降っているよ」
「そっか、じゃあ、のんびり帰ることにするか」

その後、家の近くの信号で停まろうとしたらブレーキが全然利かなくなって、少々パニクってしまったけど、何とか帰れた。
平常時は15分ほどしか掛からない距離なのに一時間以上かかった。


朝、起きたら・・・そこは雪国だった。

051223-7
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


柿の実に積もった雪がキレイ。
051223-4


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
家の前に巨大クリスマスツリーが出現!
ブラボー!
051223-6
 
 
 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 


「あれ、そういえば、Y子はどうしたかな?」気になってY子に電話すると、
「まだ、安城にも着いていない~」と情けない声。
「え~、昨日の電話って夕方五時くらいじゃ無かったっけ?」
「一号線にいるんだけど、全然、動かないの。皆、寝てるのかなあ」
「良かったらうちによって一服したら?」と言ったのだが、
「親戚の家で一休みして帰るわ」とのこと。
11時ごろに岡崎の親戚の家に着いたと連絡が来た。
なんと、名古屋ー岡崎間に18時間?

たぶん、物凄い状況があちこちで発生していると思うのだが、テレビは「強度偽装」の話題オンリー。
この際、NHK総合を分割して、地方に密着した放送局を作ればどうよ?
本体は教育テレビとニュースのみでやれば?
それなら、受信料払ってもいいかも。
(不払いはしていないが、楽しく払っているわけじゃない)
なんてことを考えてしまう。

051223-5
サクラが外に出たがるので出してやると、雪に埋もれてしまい、慌てて逃げ帰ってきた。
それがこの足跡。


昼から雪だるまも作ってみた。
051223-2
雪を転がすとあっという間に出来あがり。
それにしては結構な大きさでしょ?


大変な目にあっている人も多い中、こんな暖かい部屋にいて、楽しみに雪だるまを作っていられることに感謝!

| | コメント (0)

2005.12.20

自然のツリー

ふう、冷たい!
今日は山のほうに出かける予定だったので、昨日はドキドキ。
大雪で高速も環状道路も通行止めになっているくらいなのに、我が家の辺りにも結構雪が降っているのに、私の車のタイヤはノーマル。
スタッドレスを購入しようとタイヤ屋さんに行ったけど、とても、取り付けてもらえそうに無い。
仕方なく、樹脂チェーンを購入した。
だけど、私って、これを装着できるの?
たった一人でタイヤと格闘?

で、今日は恐る恐る出かけたのだが・・・
昨日とは打って変わって、上天気の今日。
真っ青な空と冷たい空気が心地良かった。
思っていたよりも雪が溶けていて、チェーンと格闘はしなくて済んだ。
ラッキー!
 
かなり早く出かけたのに、順調に着いてしまい、時間を潰すために目的地よりも少し先迄走る。
すると、ある十字路から先は車道にも雪が積もり、両脇の針葉樹の林は雪で白くなっている。

日当たりの良い雪の積もっていない坂道を登り、車の中で日向ぼっこ。

白く雪を被った山の稜線が青空にくっきりと映り、麓に並ぶ家々の屋根には雪が積もり、まるで雪国に来た感じ。
ほうっと眺めていると、その手前の針葉樹の林のひときわ大きな檜のあちこちに光るものが・・・
不思議なことに、それは電飾の電球のように赤や青や緑に点滅している。

――まさか、あんなところに電飾しないよね?

じっと眺めていると点滅は増えて、林全体がキラキラしだした。
たぶん、凍り付いていた針葉樹の葉の氷が強い陽射しに溶け出して輝いていたのだと思うけど、なんか、凄いものを見せて頂いた感じ。

帰って、テレビをつけるとあちこちで通行止めの速報。
やっぱ、私って、ラッキー?

| | コメント (0)

2005.12.18

私の胸の小さな真珠

三時過ぎに雪になった。
今年二回目の雪。
この前はちらほらと舞うような雪だったけど、今日は吹雪。

朝のうちの我が家の上空は、青空が広がっていた。
名古屋のほうでは朝から高速が通行止めになり、電車のダイヤも乱れていると報道されていた。
大きなシュークリームのような雲がぼこぼこ浮かんでいたし、澄んだ冷たい風に雪の到来を予感していたけど、向こうが見えないほどの吹雪になるとは思わなかった。

レッスンに来ていた生徒達が帰れるかと心配するくらいの降りだったのだが、一時間ほどで止んで、今は北側の庭に残るだけで融けてしまった。

――冬だなあ・・・

昨日、Amazonに注文していた板倉雄一郎氏の「おりこうさんとおばかさんの金の使い方」とエリザベス・キュブラー・ロスの「人生は廻る輪のように」と「ライフ・レッスン」が届いた。
「おりおば」は経済本と言うよりも、板倉氏の人生哲学が滲み出た人生本だと思った。
すべての営みは人間がどこから来てどこに行くかをいかに知るかに掛かっている。
金をいくら集めても、人は何のために生きるのかを知らなければ、金の使い方も間違ってしまう。
金で金をいくら買い集めても、それは何の役にも立たない。
金はそれを他のものに換えることによってこそ、生きるのだから。

「人生は廻る輪のように」はエリザベス・キュブラー・ロスの自伝。
彼女の波乱万丈な人生と、その人生で得た「死生観」が書かれていた。
ナチスの収容所跡で彼女は多くの蝶の落書きを見つける。
その時は何のことか解らなかったが、人生を歩むうちに医師として多くの死に出会い、やがて彼女は気付く。
この生は「さなぎ」で、死は羽化して「蝶」になることだと。
あの収容所で死を待つ人々はそれに気づいていたのだと。
そして、多くの霊に導かれ、多くの試練を乗り越え、彼女は死の間際にこの本を著した。

三つ子で生まれたエリザベス、ある占い師に占って貰ったときに、姉達には様々な言葉があったのに、末娘の彼女は「この娘は何も心配要らない」といわれたと言う。
その言葉で、岐阜の方を思い出した。
たしか、岐阜の方も「あの人は何も心配要らない」と姉に私のことを語ったと聞いた。

エリザベスの母親の話は堪えた。
「人の世話をすること、愛を与えることだけに81年の生涯を費やした母のような女を、なぜ、植物状態のまま4年間も寝たきりにさせたのですか?」とエリザベスは神に問うたという。
それは、私もずっと疑問に思っていたことだった。
しっかり者で、活動的で情け深かった母が、何故、アルツハイマーで10年も他人の手を煩わせ、愛する者達と別れてひとり施設で生きなければならなかったのか――その答えが記されていた。

「母に与えられた最後の教訓が母の不得意科目、つまり、世話を受け、愛情を受ける方法を身に付けることだった」
ならば、母も人生のレッスンに満点を取って逝けた?
エリザベスの母は4年でそれを終了したが、私の母は10年掛かったということなのだ。
長い間の戸惑いが解消した。

私はエリザベスほどの試練を受けてきたわけでも、人生経験を積んだわけでもない。
凡庸に暮らしている人間だから、彼女の到達した域までは行けそうもない。
それに、エリザベス・キュブラー・ロスの人生はとても尊くて素晴らしい人生だけど、その人生を歩めと言われたら、少し考えさせてくださいと言いたくなる。
そんな立派な人にならなくて良いので、平穏無事にこのまま人生を終わらせてくださいと頼みたくなる。

だが、もしかしたら、私の人生のつかの間の安息日は終ったのかもしれない。
一昨日、私はフィルムの中に自分の胸の小さな真珠を見た。
白く輝く丸い球は今もひそやかに私の中で育っている・・・

| | コメント (0)

2005.12.14

絶望のドミノ

しめ飾りを作りながら、半日、証人喚問を見た。
その前にイーホームズの社長もテレビのインタビューに答えていた。

――この当事者感の無さはなんとしたものだろう?
みな他人事のように話している。

木村建設から鉄筋量を減らさなければ、事務所を換える」と言われ死活問題だったので、意向に沿うように計算書を偽造した。
やってはいけないと解りつつもプレッシャーに負けてやってしまった。
木村建設の篠塚氏からキックバックをしろといわれたので振り込んだ。
検査で撥ねられると思っていたのに、通った。
検査機関には責任があり、現場にいた一級建築士も当然、構造の強度不足を知っていたはず。
責任の所在はもちろん私にあるが、私一人で出来たことではない――と姉歯氏は答えた。

「私一人では出来なかった」という彼の言葉が示すとおり、これは皆でやったことだ。
建て主のヒューザーはもちろん、木村建設も、イーホームズも、総合経済研究所も、大きく言えば国土交通省にも購入者にも責任は在る。
だから、それぞれが責任取るのは当然。

それなのに、なぜか、その責任を国民に負わせようとしている。
すでに莫大な借金を背負わせている国民に。

早速、税金を使いマンションを建て替えようとする国土交通省。
我が家もかなり手抜き工事をされているような気がするが、それも責任を取ってくれるのだろうか。
なんか、ワクワクする。

不思議なことに欠陥マンションの住民は家賃が払えないとか、将来が決まっていないから不安とか言って立ち退いていない。
国土交通省は日本中に山ほど造った会館やホテル、保養所、高級官舎を無料でその欠陥マンションの住民に貸し出せばいいのにと思ったりもするが、地震が来れば倒壊するといわれているところにい続けるマンションの人たちにも、そこにいるのなら、当然、覚悟を決めて貰いたい。
山古志村の住民たちは、いやおうも無く体育館で集団生活をすることになったが、彼らには少しの選択の余地は残されているのだから。

それにしても、どうしてもっと早く、ヒューザーや総合経営研究所、木村建設、平成設計の資産保全をしなかったのか?
法律の不備なのかもしれないけど、こんなんじゃ、動きがのろすぎて悪人はやり放題だわ。

人間は善でも悪でもなく生まれる。
善を目指す道は厳しいけど、悪の道はたやすく歩める。
今回、姉歯氏の証言の中に、不正に手を染める時期は、奥さんの入退院に費用が掛かる時期だったというのがあった。
金に困っていた時期だったのだろう。
身寄りのいない姉歯氏はどうしても自分で稼がなければならなかった。
まあ、身寄りがいたとしても、その費用を出すという人がいなければ同じ状況になったと思うが・・・

人が困っているときに優しい仮面をつけて悪は近づいてくる。
彼と同じ立場に立って、私は断れるだろうか・・・
がんじがらめに絡めとられ、もう、悪と共に進むしかなくなった絶望で、あの人はあんなに無感動なのかもしれない。
「検査で撥ねられると思った」という言葉は、検査さえしっかりしていれば、オレはこんなことにならなくて済んだと言う彼の無念の言葉なのかもしれない。
そして、その思いが彼のあのまるで他人事のような物言いになっているのだろう。

ドミノを最初に倒したものは自分はほんの一押ししただけと思っている。
最初のドミノの札はこいつが止めるだろうと思いながら、次のドミノの札を倒している。
その次の札も、その次の札も・・・
すべての札がそう思いながら、次々と不正をしていく。
だから、ドミノの札たちは皆、悪いのは前のあいつで、責任は次のこいつにあると思っていられる。
そんな光景が思い浮かんだ。

――さて、このドミノは何を現し、どこで何を倒すのだろう?

| | コメント (0)

2005.12.12

世界はゲームの中には無い

呆れるくらい子供に対する犯罪が起こっている。

人は傷つくことにより成長するものだと思っていたけど、どうも、そうではない人種がいるらしい。
自分が傷ついたときに、自分を傷つけた相手の真意や痛みに思い至らず、このオレ様を傷付けやがってと、憤る彼ら。
彼らは自分を傷つけた屈強な相手には戦いを挑まず、自分よりも弱いものを虐めいたぶることで鬱憤を晴らす。

昔、ロールプレインゲームに嵌っていたことがある。
朝から晩までゲームをしていたのだが、なかなかクリアできなかった。
だから、腹いせに言うのではないが・・・

ゲームは、主人公は愛と正義のために悪を倒すと言う建前で始まる。
だが、やっていることといえばよその家に勝手に上がりこみ、宝箱を開けてアイテムと金を奪い、出てきた怪物を倒すことにより、金を得、レベルを上げる。
仲間が死んだら、呪文をかけるか、教会に行き金を払えばすっきりと生き返る。

「さあ、また正義の旅に出ようぜ。
まず、あそこの街に行き、家捜しして使っちゃった金を補充しよう。
荒地を彷徨って怪物をやっつけて体力アップしよう」

まるで、これは、犯罪者の世界だ。
それが、愛と正義だと教えていたんだから、今の惨状は宣(むべ)なるかな。

このゲームの世界では、戦いの勝利には金がついてくる。
金さえあれば、強力な武器を手に入れられるし、体力回復もできるし、永遠の死でさえも回避できる。
それを得るには、ただただ他者をぼこぼこにやっつけるだけ。
やり返されることもあるけど、自分が痛みを感じるわけでもないし、動けなくなることも無い。
電源を切れば、何度でもやり直せる。

桃太郎が鬼の側から見れば、とんでもない殺戮強奪者であるように、ゲームの中の怪物たちから見れば、主人公ご一行はとんでもない奴らだ。

そんなゲームを与え、ろくに会話を交わすこと無く放ったらかしにして育てた子供が、世間に適応できるはずが無い。
世間に出た彼らはこう思うだろう。
自分に歯向かう相手(=換言する者)はすべて悪=怪物。
見つけた宝箱(他人のバックや金庫)は自分のもの。
得た金で遊んで暮らし、金が無くなればまたどこかの家の家捜しするか、道で脅しや引ったくりをすればよい。
オレ様がこの世界の正義なのだから。

――え、そんなことを思うはずがない?

そうだろうか?
大人はそうではない世界を知っていて、それが虚構でありファンタジーだと理解できるが、子供はそうではない。
子供はそうではない世界を知らない。
記憶を持って生まれないのだから。

そうでない世界を教えていくことが今は必要なのだ。
勝手に他人の家に入って物を持ってくるのは泥棒だし、人を叩いたり刺したりしたら犯罪者になるだけでポイントは上がらないし、弱者はいたぶる者ではなくは守らなきゃいけないもの。
他者を大事にすることによって、皆が良くなっていくことでしか、真の幸せは得られない。

現実の世界では、誰もが生まれながらに勇者ではないし主人公ではない。
だけど、日々、小さな気遣いや思いやりを積み重ね、自分に出来ることを少しずつしていくことによって、人は自分の世界の勇者にも主人公にもなれるのだ。

| | コメント (0)

2005.12.10

さよなら、ちびちゃん

君が取引先の花屋さんの倉庫で生まれたのは、6年前のことだった。
野良だったお母さんにご飯を上げていたそこの奥さんは、小さかった君を「ちびちゃん」と優しい声で呼び、ぎゅっと抱きしめて可愛がった。

大きくなっても、君はその家の「ちびちゃん」だった。
私がたまに行くと、どこからとも無く現れて、足元を廻り、すうっと尻尾で足に触って、自己主張したよね。

店の自動ドアを開けて入ってきて、カウンターの上に座り招き猫をしていた君。
駐車場に停まった車の下で暖をとっていた君。
ご飯が欲しいと甘えていた君。
そんな君は皆の癒しだった。
君は猫の使命を、立派に果たしたよ。

突然の別れでお母さん(その家の奥さん)は涙が止まらないみたい。
私も箱の中で花に囲まれ横たわっている君を見て、思わず泣いてしまった。

他の猫たちは君の死をわからないのか、それが定めと割り切っているのか、ご飯を食べていた。
どんなに悲しいときでも、生きている限りは食べなきゃいけないものね。

涙は心に溜まった老廃物を外に出してくれる。
だから、嬉しいときにも悲しいときにも涙が溢れる。
涙が尽きるまで泣けば、見えてくるものが在る。

きっと、君のお母さんは、大丈夫。
君は見えなくなっただけで、消滅したわけじゃない。
お母さんはそれに気づいて、君の存在を感じてくれるよ。

君の雉トラの毛並みも、まん丸な眼も、猫パンチも、大好きだった。
君の事は忘れない。きっと、皆が忘れない。
君は本当に幸せな猫だ。


| | コメント (0)

2005.12.07

今年もあと少し

051207-1x
朝、澄み切った空に黄葉が眩しかったので写真に取った。
隣の雑木林の大木は毎日大量に葉を落としている。
もうすぐ裸になりそう。

もう、秋も終わり。
風は遠くの山に降る雪の冷たさを運び、柔らかな黄土色に色づいた草をなぎ倒す。

庭のシクラメンやブーゲンビレアはそれでも元気に咲いている。
え~と、シクラメンは七月から咲いているので、そろそろ半年?
何たる元気!

少し痩せたサクちゃんは寒さが堪えるのか、毛布に包まって寝ている。
子犬のようで可愛い。
ぎゅっと抱きしめると迷惑そうな顔をする。

なんか良い感じの冬の始まり。
でも、後20日ちょっとで来年。

嘘みたい・・・

c-rawumber ←さて、今日のブログランキングは?
 ポチっとしてね

今は空に上弦の月が掛かって、空気が凍っている。
明日も晴れるといいのだけど・・・

| | コメント (0)

2005.12.05

生命の希望

ずっと、言い続けている。
子供は記憶を持って生まれないと。

だから、人は人になるために努力しなければならない。
獣は生れ落ちた瞬間に起き上がり歩きだすことが出来るが、人は何一つ自分では出来ない。
ただ泣き叫ぶだけだ。
だが、何一つ自分では出来ないことで、誰かの手の温もりや、糧を与えられる喜びを知る。
誰かに何かを与えてもらえなければ生きて行けないと思い知らされるのだ。

子供にどうしたいと聞く前に、理想を語る大人にならなければならない。
自分がそれを実践できていないからといって、決して恥じることは無い。
実践できないからこそ、大人も日々、それに向かって歩いているのだから。

生まれながらの悪人も生まれながらの善人もこの世にはいない。
人を愛し献身することも、人を陥れ殺すことも、すべてはこの世で習ったこと。

長い箸を渡されるのは、天国の話でもなく、地獄の話でもなく、この世の話。

あなたの手の長い箸で、あなたの向こうにいる人に糧を与えれば、あなたは飢える心配は要らない。
あなたはたった一人の口に糧を与えられるだけかもしれないけど、そう言う人が10人いれば10人が、100人いれば100人、1000人いれば1000人が飢えなくて済む。
そしてそれぞれがお返しを貰える。
世界中の人間が自分の口に入れることだけを考えていれば、世界中の人間が飢えに苦しむことになる。
自分のものは自分で、強いものが独り占めしても良いと教えることは、いつか自分が、自分の子供が苦しむ原因を作っているなのだ。

怠けて遊んでいる人にも、必死で働いて手に入れた人が分け前を与えなければならないのかと憤るかもしれないけど、人はそれぞれ違う使命を持っている。
逆に考えれば、彼が遊び暮らしているからこそ、あなたには仕事があるのかもしれない。
彼があなたと同じように必死で働くようになったら、あなたは仕事を追われ生きがいを失うかもしれない。
あなたは生きがいを失い、彼は自由な人生を失う。
それはどちらにとっても不幸だ。

犯罪を犯すものは、この社会の歪みに嵌ってしまった者。
長い箸で取ったご馳走を他人が食べさせ合おうとするのを払いのけている彼らは、この世では裁けないかもしれない。
せいぜい隔離して刑務所に入れることくらいしか出来ない。
だが、心配は要らない。
彼らは人間ではなく真理に裁かれる。
その証拠に、どんな栄華を誇ったものも、何れは滅び忘れ去られる。

自分が今まっとうな生活をしているとしても、それではあなたの先祖に悪人はいなかったのかと問われると答えられないように、今、すさんだ生活をしている者にも、いつかは素晴らしい善行を為す子孫が生まれる可能性がある。

命は今ここに在る私だけでなく、あなただけでなく、善も悪も呑みこみ連綿と続いて生きたのだ。
それを繋いでいくことこそが、希望なのだ。

c-rawumber ←さて、今日のブログランキングは?
 ポチっとしてね

先週はフラワドームの打ち合わせに名古屋に行ったり、例年のおばさんたちとのしめ飾り作成会をしたり、ラグーナマーケットのイルミネーションを見に行ったり、結構楽しく暮らしました。
でも、毎日の報道には気が滅入りました。

日本全体が病んでいるのだと思います。
それは倫理を国の基本から外したことの弊害が、戦後60年、三・四世代目に現れてきているということなのでしょう。
自分が何故ここにいるのか?
自分が生きる意味は何なのか?
日本人はもう一度考えなければ行けないのだと思います。

| | コメント (0)

« 2005年11月 | トップページ | 2006年1月 »