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2005.06.30

セレンディピティ

2071625x
朝、出かける準備をしながら、テレビを見ていると、
琥珀色がかったダイヤモンドを手に、女性が泣いている。
母親の遺灰で作ったダイヤモンドという説明だった。

――まあ、人間の骨も有機物だから、いろんなものに加工できて当然。
だけど、そのうち、おじいちゃんの遺灰で作ったボーンチャイナのカップなんてのが出来るのか?
それでコーヒーは飲めないだろ。

ってか、遺骨をそんなものに加工することは許されるのか?
作る気は無いけど、興味は持った。
――どこの会社で作っているんだろう?

そんなことを考えながら出かけて、昼過ぎに帰ってメールを開けると、ライブドアが発行するメールマガジンが届いていた。
え?

遺灰がダイヤモンドに生まれ変わる■□ドア日新聞(05/6/30号)

詳しい記事はこちら

ダイヤモンドにすることで、当事者の気持ちは収まるかもしれないけど、その行き先まで、きちんと考えると、ちょっとなあ・・・
先祖代々伝わっているダイヤモンドが、全部ご先祖様の遺骨で出来ているなんてことになると、ちょっと、子孫、可哀想な気がする。
どうすることも出来ないよ、きっと。
捨てることも出来ないし、売るわけにもいかないし。

物にして遺さなくても、心の中で、何時も亡くなった人を感じていれば、そのほうが良いような気もするけど・・・
それこそ、毎日、お経とか祈りの言葉を唱えたほうが良いのでは?

と、ダイヤモンドには否定的な私だが、興味は別の方向に向いた。

――これって、セレンディピテイ?
それとも、今、日本中で遺骨ダイヤはトレンディなの?

セレンディピティって、つい、昨日、その言葉を知ったばかりだ。
それはセレンディップから派生した言葉らしい。
元の「セレンディップ」とは何かと言うと、なんとスリランカの御伽噺と言う説や、アーサー・C・クラークの「スリランカから世界を眺めて」と言う本ではじめて使われたとか、言われている。

私は随分前に、「セレンディップ」についての本を読んで、その言葉自体はなんとなく、憶えていたのだけど、セレンディピティは知らなかった。

調べてみると、セレンディピティとは「当てにしていないものを偶然にうまく発見する才能」「偶察力」らしい。

――これ、私にはあるかも!

大抵、知りたいことは向こうからやって来ることが多い。
今回の場合は露骨だけど、何らかの形で思いがけないところから、知らされるって感じ?
この前お目にかかった霊能者の方は、私にはそんなことが多いはずと仰ったが、確かにその通り。
そのときは、ご先祖様が教えてくれるのだという話だったが・・・

――うん?☆
もしかして、遺骨をダイヤモンドにして欲しいの、おばあちゃん(母)?

そう言えばお洒落好きな人だったものねえ・・・
でも、却下!
ごめんね。


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2005.06.29

節の時代

今朝、アイロンを掛けながら、テレビを観ていた。

天皇皇后両陛下がサイパンの崖の上で頭を垂れておられる。
――あれ、なんで涙が出るんだろう・・・

二人はもう老人。
でも、その表情は若者のように輝き、瑞々しい。
特に、皇后陛下は、一時の暗い表情から抜け出して、あの皇室へ嫁ぐ朝の表情に戻っておられた。

――ご自分の使命を明確に意識し、それを果たすために努力しておられる人間の美しさ。

それがお二人から伝わってきて、私は感動したのだ。

人はそれぞれの使命を持って生まれてくる。
その使命をそれと知らず果たしている者、使命を自覚し意識して果たしていく者、人はその二つに分けられるだけで、使命の無いものなどいない。

どんな悲惨な状況にあろうと、その状況にあることが使命である場合もある。
その悲惨さが他の人々の胸を打ち、その状況を打破する原動力になるのなら、その人が悲惨な状況の中で死を迎えたとしても、その人の使命は果たされたことになる。

今、多くの生きる力を失った人々が自殺している。
自殺すれば地獄に落ちるという宗教もあるが、私はその死が罰せられるのなら、神は存在しないと思う。

どのような状況にあろうと救われる道が無いのなら、神は全能とはいえない。

ただ、生きることはテクニックでもある。
私たちは自分の生まれた位置(誰の子供に生まれるか)は変えられないが、自分をどの方向に伸ばしていくかは自分で決定できる。
ここに生まれたことを不幸と思えば不幸に、幸せと思えば幸せになれるのだ。

辛くて堪らないと思っている人は、物事の悪い面ばかりを見ている。
どんなときにも良いところは必ずある。
それを見つけていこうと努力するだけで気持ちは楽になる。

今、自分が幸せだと感じている人は、その幸せに怯えることは無い。
自分の状況に感謝して、感謝の心を周囲に伝える努力をしよう。
その感謝の心が周りに通じて、幸せの輪がさらに広がっていく。
それが幸せな人の使命だ。

Dsc04892xどんな人でも、辛く悲しいときがある。
それは辛く悲しいけれど、不幸なことではない。
なぜなら、その不遇な時代こそが人の成長の基になるから・・・

竹はあんなに柔らかく細いけれど何十メートルも伸び、中国ではビルを建てる足場に使っているほどしなやかで強い。
なぜ、竹があんなにしなやかに高く伸びられるかと言うと、「節」があるからだ。
硬い節がなければ柔らかい竹はすぐに折れ割けてしまう。
人間も幸せなばかりでは何事かあった時に折れやすい。
辛いときには、この時間が自分の節になるのだと確信しよう。

そう言う点では長く辛い時代を過ごしている人は幸いだ。
その人の節は強固なものになる。
そう言う人は運命が開けたときに、まっすぐに伸びていくことを怖れてはいけない。
柔らかく瑞々しくあることを怖れてはいけない。
自分には強固な節が有ると信じよう。
伸びるだけ伸びると、やがて、また、不遇な時代も来るけれど、それは自分を支える節の時代なのだと考えよう。

長い年月を生きると、あのときに死ななくて良かったと思う瞬間が必ずやって来る。
その瞬間、あなたは大きく伸びている。
地位や名誉の話ではない。
人間の話だ。

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2005.06.28

IQ-g

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今日は朝から、久しぶりの歯医者さん。

待合室で待っている間に手に取った「プレジデント」の表紙は衝撃的。
「脳力革命」と、でかでかと書かれている。

最新脳科学が、世の中の常識とあなたの思い込みを根底から覆す
実証!40歳を超えてから「頭はよくなる」  ●池谷裕二
パラパラめくると、面白い記事が・・・
そこで、目についたキーワードが「IQ-g」

早速ネットで調べて見よう。

IQを「言語理解」「処理速度」「知覚組織化」「ワーキングメモリー」の四つに分類し、その四つの分類全てに相関がつよい要因が”g”(IQg)。

gはgeneral(一般的、中核的)のg。

つまり、「IQ‐g」は統計的な概念。
「g」がよければ、全般的に成績がよいが、逆はそうとは限らない。
「IQ‐g」は社会性や感情性知性とともにPQ(前頭知能)の3つの主要の要素の一つに数えられる。
のだそうな。
つまり、これが発達していないと、問題あり?
知識ばっかあっても、使わなきゃ何の知識よって感じ。

「IQ‐g」が働くときには前頭前野が主に活動しているらしい。
ああ、なんとなく納得・・・

うちの母のアルツハイマーは前頭前野が開いていくタイプだった。
だから、彼女は知性や知識を失う前に、それを統合する力を失い、大きな不安に怯えるという悲惨な状況になった。
母はまず、「IQ-g」を失ったんだ・・・

でも、病気になった場合は別として、素晴らしいことに、IQ‐gは加齢と共に衰えていくのではなく、経験や反復によってそのネットワーク力を強めていくことが出来る、つまり、人間は年と共に頭が良くなることが可能らしい。
何と言う福音!

長老の知恵って奴?

ああ、これは良いことだわ。
年老いていくことのプラス面が発見されたわけだ。

でも、生き方によってこの「IQ-g」はかなりの違いが出そう。
ひとつの事柄からどれだけの発想をできるかと言うことなんだけど・・・
いわゆる優等生は、目前のことに集中しがち。
会社でも、コマとして使うにはそう言う人が良いとされて来たし。
今の優等生老人達に「IQ-g」を期待するのは無理かも。

プレジデントの記事はほんの少ししか読めなかったけど(完全予約制なので待たされないんだなあ)、今、ネットで内容を調べてみたら

、若手より中堅のほうが"記憶力"はいい
  職場では大いに自慢話をしたほうがいい
  仕事は区切りの「悪いところ」でやめたほうがいい
  眠っている間にも仕事をするコツがある
  集中力がないほうが独創性は生まれる
  「朝令暮改」はどんどんしたほうがいい
  スランプのときにこそ仕事の力は伸びている
なんて記事が・・・

どうやら、「IQ-g」を育む方法があるらしい。
プレジデント、買いにいかなくちゃ。
「IQ-g」を発達させる食べ物が有るという噂もネットで目にしたので、これも探さなきゃ。

なんか、「IQ-g」ってマイブームになりそう。

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2005.06.27

模様替え

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パソコン部屋の模様替えをした。
さすがにピンクのカーテン、ベージュの絨毯では、もう、部屋に入るのも躊躇うくらいの暑さになっている。

井草のマットを敷き、ブルーのロールカーテンを取り付け、夏仕様に・・・

うーん、やっぱ、涼しさを感じるわ!
色彩って、こんなにも影響を及ぼすのね。

その後、残っていた花を整理して、片付けるものは片付けて、少しは見られるようになった。
何とか片付いたから、6月いっぱいはのんびりしよう。
六星占術によると今年は「健弱」だから、必死に何かしても駄目らしい。
ゆったりと生きて、エネルギーをチャージしよう。


そう言えば、この週末に、カットフラワーアドバイザーの合格通知が届いていた。
切花関係の仕事をしている人のための資格。
6割の合格率と聞いていたし、体調も悪かったので合格するとは思っていなかったけど。

何年も前からメールで案内を頂いていたけど、受ける気なんて全然無かった。
どういうわけか、今年は気が向いて講習を受けてみた。

試験の問題は講習の内容+テキストの内容。
――結構なお試験で・・・
あのテキストをちゃんと読み、中身をきちんと理解できた人がいたら尊敬に値する。
読みきった人なんて、ほとんどいないのでは?
講師の方すら、かなり難しいと言っておられたし。

それにしても、さっき聞いたことを忘れるってのは、ほとんどボケ状態?
――あ、これ、聞いたことある・・・けど、何だったっけ?
の連続。
そのショックが大きかった。

ちなみに、この資格、全国で3500人くらいは持っているらしい。

どんな資格でも、その知識を使ってこそ生きるもの。
資格が無くても、仕事をするのには何の不自由も無い。

花の仕事は技能。
脳が知識を憶えても、それがちゃんと身体と連携しなければ何の役にも立たない。
反対に身体から脳に伝わった知識は、脳が忘れてもちゃんと身体が憶えていてくれる。

知識は大切だけど、生き物を相手にした仕事には、「絶対」と言うことは無い。
どうしても経験が物を言う世界になってしまう。
どんな知識よりも、まず、「好き」が一番の資格。

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2005.06.26

作品展 二日目

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昨日に引き続き、作品展の一日。

朝、、開場前から待っている人たちが・・・
どうも、押し花の体験コーナーが目的のよう。
昨日、作成して帰った人たちからのクチコミらしい。

でも、開場は10時。
少しお待ちいただいた。
夕方5時に閉館して、9時に開館する所なので、その間の空調は切れている。
そんな会場で、花たちは息も絶え絶え。
水をやり、霧吹きをし、生け替えをするので、1時間は開場できない。

それぞれに個性ある押し花作品が生まれている体験コーナー。
各自、作品を見せ合いながら、和気藹々。
一緒に作った教室の生徒も押し花の楽しさに目覚めようで、次の教室のレッスンは押し花と言うリクエスト。

でも、楽しいことの影には、誰かの努力があるもので・・・
その押し花を作るために、押し花作成係は夜中の二時まで頑張ったらしい。
レンジで作れる簡単な押し花キットを購入して、最初は私が作っていたのだが、とても間に合わなくなり、二人にお願いした。
二人は紫陽花やニンジンの葉っぱ、庭の花などいっぱい押し花にして持ってきてくれた。
私も今朝、早起きして、庭の花やコンテナガーデンのハーブなどを押し花にして持っていった。
合わせるととかなりの量。
こんなに使わないでしょう?と高を括っていたら、なんと、途中で品切れ。
それでも、350名分の栞の作成ができた。
楽しいけれど、ハードだった作品展が終了して、今頃、生徒達はへたばっているかも・・・

さて、モリゾーさんとキッコロちゃんはお出かけしたけど、今、我が家は作品展で使用したもので溢れている。

来週の日曜日は、美輪明宏氏の講演会。
この溢れた物の片づけをしながら、どんな花を生けるか考えなきゃ。
どんなお話を聞かせていただけるかも、楽しみだなぁ。

最近、会いたい人にはちゃんと会える。
それぞれに、強い個性と生命力と物凄い能力を持っている人たち。
そう言う人に会うことによって、得るものは大きい。

性別や職業や年齢を超えて、心に響く言葉を話す人に出会えるのは、とても幸せなこと。
7月には、誰かに会えそうな気がする・・・

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2005.06.25

モリゾーとキッコロ

今日は作品展。

夜中、1時近くに生徒が帰り、その後、名札作りをする私に夫が呆れる。
「あのさあ、なんで、そんなの、前もって準備しておかないの?」
「そうだね」と答えながら、心の中では、
――切羽詰らないと何も出来ない私の性格に、この人、いつになったら慣れるのかなぁ・・・

普段の私は、とてもナマケモノ。
何もしたくない奴。
ボーっとしているのが何より幸せな、貧乏神みたいな性格。

それが、何かやるとなると、次々といろんなことを考えついて、皆を振り回し、自分もくたびれ果ててしまう。
なんか、自分の中に違う自分がいるみたい。
ちょっと、二重人格?

寝たのが2時半。6時半には起きて、昨日できなかった準備をする。

暑くなりそう・・・と言う予想は、ばっちり当たって、突然、猛暑な日になってしまった。
そんな中でも、多くの方々が見に来てくださり、久しぶりのお顔にも出会えて、幸せな日だった。

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今年の定番、モリゾーとキッコロ。
そんなの、そこら中に溢れているじゃない?と言ったのだが、生徒達に押し切られた。
「今年はモリゾーとキッコロで正解なんだって。
来年は、作っても何じゃこれ?って言われるんだから」

そっか、9月過ぎたら、森に帰るんだ、モリゾーとキッコロは・・・

大きいので、運ぶのは大変だったけど、展示すると存在感があって、大好評。
生徒達は鼻高々。

そう言えば、今までの万博やオリンピックのマスコットたちの行く末って、どういうものなのかしら?
あの大量のぬいぐるみや記念グッズは、どういう扱いをされているんだろう?

たとえば、どういうわけか我が家には真っ赤な土佐犬の置物と、巨大なこけしがあるけど、その子達は、不遇な時代が送っている。
頂き物なので、飾るべきなのだろうけど。
真っ赤だし、土佐犬だし、こけしだし・・・
  ・・・
     ・・・
――きっと、マスコットたちも、ああなっちゃうんだろうなあ。


ちなみにうちのモリゾーとキッコロは、しばらくあるところで飾りたいという申し出があったので、貸し出しし、その後、いくつかのウサギやクマに生まれ変わって、生徒たちの家に行く予定。
きっと、可愛がってもらえると思う。

さて、それでは、寝るとするか・・・

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2005.06.24

壊れ気味

え~、大変な状況になりつつあるようす・・・

やっぱ、何事も準備をきちんとしていないと、大変なことになりますわ。
慢心って、いけませんわね。

なんていいながら、こんなときにブログを更新しているのもどうかと・・・

明日は作品展。
もしかして、私、徹夜?

なんかさっきから、また、この前、腫れた歯茎が疼くんですけど、*#&%”)・・・少々壊れ気味?

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2005.06.23

壊れたファイルって?

1072330x昨日は焦ったわ。
ココログにログインしようとすると、エラーになって入れない。
事前の動作に問題があるって、私が何をしたちゅうねん?
パスワードの変更も受け付けてくれないし、そのうち、登録されていないというメッセージまで。

え~、私、ココログに嫌われたの?
締め出されちゃった?
365日は毎日エントリーを自分に義務付けている私・・・どうしよう?

ココログの問い合わせ窓口に電話した。
窓口の女性はそんなエラーの報告は無いと言う。
それは壊れたファイルがうちのパソコンに残っているのが問題なのではといわれ、指示されたファイルの削除をした。
それでも、直らない。
何も知らない私に呆れたお姉さんは、そのうちに復旧するかもしれないと宣言した。

はあ、そうですかと答え、電話を切って、何も分かっていないことに気づいた。

え?そのうちって、いつ?
これはどういう状態なの?
これがうちの問題なら、私は何をすればいいの?

一応、エントリーをワードで作成し、12時近くまで待ったが、相変わらずエラーのままだった。

――だめじゃん!
これじゃ、私、誓いを守れないわ。

別にたいした誓いでもないのだが、なんか、切羽詰って・・・

――仕方ない、別のブログを作ろう!

ということで、アメーバに新しいブログを作成。
(エントリー内容は、昼前に復旧したこちらにもアップしたもの)

せっかく、作ったので、時々、向こうにも書こうかな。
あ、でも、リンクはしないつもり。
ふふ、向こうは別の私になるのさ。

そんなこともありながら、今日は作品展の準備に忙しい日だった。
花の仕入れ、処理、栞の作成、また、花の仕入れ・・・

途中、生徒が開け放していたドアから、サクラが脱走!
なんてアクシデントも・・・
探しに出たら、向こうからひょこひょこと帰ってきていたけど、泥だらけ!

この頃、あの子はちょっと調子に乗っている。
生徒達に抱かれたりおねだりしたり、人とのふれあいを楽しみにしている。

――去年、あの手術で死ななくて良かったね、サクちゃん。
あの時、痛い思いをして頑張ったから、こんな楽しい時間を持てるんだよ。

サクラには、私が忙しい間、ずっと、一人ぼっちで、この家にいた負が、正になってきているのかも。
もちろん、私も長い間の負の見返りを、今、貰えている。
心から笑える幸せを貰えてる。

なんか、今日はそんな優しい気分になれた日だった。

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昨日来て下さった皆さん、と言うわけなので、お許しくださいね。

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復活!

昨日分のエントリーです。
ココログが使えなければ困ると思い、アメーバに新しいブログを作りましたが、
おかげさまで、今日、復活!
ココログさん、ありがとう!
で、昨日、アメーバにエントリーしたものを、掲載します。
今日の分はまた後で・・・

さて、これは昨日のこと・・・

――道路に猫の顔が生えている?!

思わず車を止めて、見ると、黒猫が側溝から顔を出していた。
なんであんな汚いところに?

猫にとっちゃ、側溝の中は天国なのか?

それで思い出したのだけど、ずっと前のnikkei netに、アレルギーを誘発しない猫をアメリカのバイオテクノロジーの会社が生み出したという記事があった。
猫アレルギーの原因となるたんぱく質を遺伝子のサイレンシング技術によって抑制するらしい。

サイレンシングって何のことか調べてみたけど、さっぱり理解できなかった。
遺伝子の発現が抑制される現象らしいけど・・・

猫アレルギーの原因は猫の皮膚や唾液腺に含まれるたんぱく質らしい。
免疫を持たない人が猫に触れると、目のかゆみ、鼻づまりから始まり、ひどくなると喘息や気管支炎まで発症するという。

ずっと、原因は猫の毛のせいと思っていたが、どうも、猫の存在そのものがアレルギー物質らしい。
で、この猫アレルギーを抑制する技術を持ったアレルカと言う企業は、猫アレルギーの無い猫を売り出すという。

まずは、ブリティッシュショートヘア。
インターネットで予約受付中。
2007年に20万匹、販売予定。
1匹、3500ドルですって。


ホホ、結構なお値段!

でも、すでに予約金(250ドル)を払っている人もいるそうな。

――あ、あなた、今、猫貯金を始めようと思った?

植物のバイオは結構厳しく規制されているけど、動物はどうなのかしら?
その猫はアレルギーを起こさない代わりに、何か問題があったりしないのかしら?

その猫とアレルギー猫が交配して、生まれた猫はどうなるのかと不安に思ったら、敵もさるもの、去勢手術を施して販売するそうな。
そりゃ、そのほうが、次の需要も見込めるしな。

そう言う猫もいれば、側溝の中を歩いている猫もいる。
猫の一生、どちらが幸せなんだろう?

昨日の「たけしの本当は怖い家庭の医学 」でも、犬や猫の菌による病気が、相変わらず恐ろしいビデオになっていた。
我が家の場合、この瞬間に感染してもおかしくない犬との付き合い方をしている。
でも、サクラを遠ざけるなんて出来ない!

で、そう言う細菌に負けない身体を作ろうと、決心した。
日本人は清潔好きで、除菌をするあまり、却って、菌に弱くなっているらしいので、どんな環境でも病気にならない身体作りをしよう。
って、別に不潔に生きようと思ったわけではないのよ。

人間は他の生物までも自分にあわせて改造しようとし始めた。
きっと、そのうち、人間そのものを改造しようとし始めるだろう。

以前、私は人間に敵意を持つ植物の出現を予測して書いたけど、それもそう遠くない未来に起こりそう・・・

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2005.06.21

かくれんぼ

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昨日は一日、大騒動!

朝、出かけようとした夫が鍵が無いと言い出した。
「まあた、どこかにぽんと置いて忘れたんでしょ?」
そう言うことを良くやるので、私は気にも留めなかったのだが、彼は必死で捜している。
いつも使っている鞄や、前の日に来ていた服のポケット、棚や引き出し、いくら捜しても、無い!

我が家は戸締りだけはしっかりする家なので、出かける時は、中に人がいても鍵を掛けるのが習慣になっている。
夫は、前の日、買い物に行って、自分で鍵を開けて入ってきたから、絶対に家にあるはず。
ということで、私は家に有ると確信したのだが、それにしてもどこにも無い。

もしかして、今朝のゴミ出しで捨ててしまった?

小一時間ほど捜したが見つからず、私の病院の予約の時間が来て、出かけることにした。
とりあえず、夫も会社に行った。

その後、一日、私も捜したのだが、見つからなかった。

夜、携帯に夫から無言電話。
何を不気味なことをする奴じゃと思いながら、「もしもし」と繰り返していたら、ドアがドンドン叩かれて・・・
あ、なんだ、入れなかったのね。
だったら、無言じゃなく「開けてくれ」とか、普通言わない?

家に入るやいなや、早速、夫も心当たりを探し始める。
・・・
  ・・・
でも、見つからない。

30分も探すと、さすがに、夫はゴミで出したのだと諦め気味。
私は夫が何時も座っている椅子に座って、考えることにした。
彼は何時もリビングの丸テーブルに鍵を置きっぱなしにする。
私は片付けた覚えはない。
とすると、ここに無いのがおかしい・・・
そのとき、あっと閃いた。

昨日、私、何したっけ?

夜はデッキで焼肉をした。
炭を出すのは面倒だったので、ホットプレート焼肉。
そのホットプレートをしまうときに、ビニール袋に入れた。
その作業は・・・この椅子に座ってやったんだわ!

まさか、もしかして・・・

「あのねえ、まさかと思うけど、あのホットプレートの袋も見てくれない?」

夫は私の言っている意味が分からないようで、「どの袋?」と聞き返す。
「だからさ、あの、あなたが棚に上げてくれたホットプレートを包んでいる袋」

それは私では届かない棚にしまってあった。

「んなもんに入ってるわけ・・・」
夫が文句を言いながらも袋を調べる。

「あった!」

我が家を一日振り回した鍵は、ホットプレートの底に隠れておりましたとさ。

でもね、見つかったものの、私は釈然としない。
だって、どうやったら、入るの?
ホットプレートは洗って回りも拭いて、コードも撒いて入れた。
普通、入らないでしょ?

でも、こんなことは日常茶飯事、我が家では起こるので、またかな、と言う感じでもある。

呼んだら答えるキーケースを、誰か、作って!
携帯の番号とか登録していて、それで呼べる奴。
物凄く大きな音がして、どこに隠れていても分かるのが良いなあ。
それよりも、携帯に鍵が収まる機能のほうが速いかしらん?

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ところで、新潟でまた地震があったらしい。
岐阜でもあったようだし、この間の時計の動きはそのせい?

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2005.06.20

下妻物語

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「下妻物語」を観た。
何を隠そう(隠すほどのことでもないが)、私は深キョンが大好き!
あの不思議感が堪らない。

下妻物語の彼女は、、境遇に恵まれていない(ように見える)女の子。
かなり醒めているくせに、どういうわけかロココ時代に逃避している。
その象徴がレースいっぱいの昔のフランス人形が着ていたような服。
深キョンが着ると、フリフリの服がさらに可愛く見えるから不思議だ。

彼女と対照的に現れるのは特攻服を愛する、バリバリ暴走族の女の子。
彼女は物凄い美人。
黒い口紅や原色の服も彼女が着るとまるで、アゲハ蝶のように美しい。

漫画チックな物語だったけど、なんか、抱きしめたくなるほど、二人とも可愛い。

ふわふわと生きられる時代に、ふわふわと、だけど、それなりに必死で生きている。
きっと、今の子達はこういう感覚なんだろうなあ・・・

フリフリの服を愛し、それを手に入れるために親を騙していた娘が、刺繍の才能を認められ、服作りへの参加を要請されても、それを金に換えようと必死にならない。
お客様であることに重点を置く生き方は、この時代の若者の感覚そのものなのだろう。

私は最近、恐竜が鳥に進化して行った様に、人間も別な生き物に進化していくような気がする。
「働かざるもの食うべからず」
ニートの問題が議論されるときに、大人は誰でもがそう言う。
私自身もそう思う。
だが、今の子供たちは、私たちの理解を超えた素晴らい文化を生み出すのではないかと、怖れに似た期待を抱くときもある。
私達が食うために必死になって見失ってきたものを、彼らは見出すのではないか?


下妻物語の中の少女達が、求めているのは「美」。
生き方であれ、服であれ、自分が見つけた美に拘っている。
「美」のみを追求して生きられるという時代になったのかもしれない。
ならば、大人は、彼らに、もっと美しいものを見せてあげて、選択肢を増やしてあげなければいけない。

ロココの時代を通過したフランスは、植民地を失いヨーロッパの一小国になっても、なお、文化大国として名を馳せている。
日本も、新しい「美」に目覚めた若者たちが、世界に先駆ける文化を作り出し、この新しい世紀を引っ張る国になれるかもしれない。

戦争を経験した世代から、二世代目、三世代目、体型も変わり嗜好も変わってしまった日本人の生きる道が、あの物語には隠されているような気がする。

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2005.06.19

ただの夢の話 

4083005m
 
昨夜の夢は三部作だった。

 
 

突然、生徒達とやけに深い山の中にいた。
山の合間を縫って細い川が流れている。
山はほとんど垂直に立っていて、中国の水墨画にありそうな切り立った断崖絶壁になっている。
その崖にしがみ付くように何件か家が建っている。
私達は山の中腹から下にある家を眺めている。
一人の生徒が、あの家は友人の家なのだが、あそこで病院をやっていると言いだした。
確かに上から見ると、きちんと家の敷地はコンクリートで固められて、ツバメの巣のように崖に突き出ている。
そこには車まで止まっているのだが、その車が通る道は見えない。
――あんなところの病院じゃ病人は行けないわ
夢の中の私は訝しんでいる。
生徒が岩肌をそちらに下りていくので、仕方なく着いていこうとしたのだが、ずるずると落ちかけて、皆があわてて引き上げてくれた。

命拾いして、朝食を摂ろうと、とあるショッピングセンター(見たこともない体育館のような建物)に行くと、開店時間はとっくに過ぎているのに、従業員たちは懸命に掃除している。
ある売り場で(なぜか昔の個人店のようにそこで支払いをするシステム)、欲しいものがあったのだが、掃除が忙しいと売ってくれない。

おなかを空かしてぶらぶらしていると、向こうから歩いてくる人に見覚えが・・・
私は人の顔を覚えるのが苦手で、数回会ったくらいでは、きちんと覚えられないのだが、その人の顔ははっきりしている。
ちゃんと覚えていることに、自分でも驚いていた。
――なんで、この人、こんなところにはいるのかしら?

あっけに取られている私に、その人は、ニコニコしながら話しかけてくる。
「おなか空いているでしょう?」
思わず頷いて、周りを見ると、従業員しかいなかったショッピングセンターは人で溢れ、なんだか少し、高級(デパ地下くらい)になっていた。


実は寝る前にその知人に、自分でもあれっと思うようなメールを出してしまって、後悔していた。
それで、何の脈絡も無いのに登場させてしまったのかもしれない。

で、起きてメールを開くと、その人からお返事が・・・
「精神的に疲れていますか?」

――はあ、なんとも申し訳ありません。

最近、こんなだらだらした夢ばっかり見て、寝た気がしない。
精神というよりも身体がぼろぼろ気味。
気をつけなくちゃ!

でも、なんで、あんなメールを出したのだろうと、朝からずっと考えていたのだが・・・
その人が私の心の上澄みの部分しか受け取ってくれない人なのかどうか、
自分でも持て余す自分のとんでもない部分を見せてよい相手かどうか、
私は自覚せずに試してしまったのかもしれない。

でね、私にはこんなブラックな部分もあるし、自分でもうんざりするほど厭な奴でもあるんだけど、こんな私でも友人でいてくれる?
と言いたかったのかもしれない。

と言うわけで、今の私は生涯の知己を得られるかどうかの瀬戸際。
まさに崖っぷち?

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2005.06.18

人形あれこれ

0030108x「なんか、顔が腫れていません?」
目敏い生徒に言われた。
昨日、思いっきり紫外線を浴びたせいか、顔にぶつぶつが出来ている。

今日も一日、レッスンの日だった。
のんびりした人も、さすがに、今日は来た。

皆が頑張ってくれるので、今回の発表会は参加人数が少ないけれど、なんとかなりそう。
規定で他の市町村の生徒はあまり入れないのだ。

夕方、去年、奈良に連れて行ってくれた化粧品販売の知人から、電話。
来月のニューオータニでの食事会のお誘い。
体力があれば行くと返事した。
頑張って元気にならなきゃ!

そういえば、お誘いの電話をくれた人の娘さんは、特注品の人形の服を作って、ネットで売っているらしい。
その服の値段を聞くと驚くほど高価!
なのに、そこそこ売れていると聞いて、またびっくり。
さらに驚くことに、買う人はほとんど男性!
今時の男たちは人形遊びをするの?
子供の頃、着せ替え人形で遊んでいる女の子がうらやましかったとか?

あ、人形で思い出したのだけど、この前、車で走っていて、「呪いの藁人形」を売っている店を見つけた。
あれも、びっくりだった。
あれって売れているのかしらん?
あそこの店に入るには勇気が要りそう。
見かけた人に、あの人って誰かを怨んでいるのねと丸判りじゃない?
まあ、そんなことを恥じる気持ちを失うほど自分の怨みに囚われないと、そんな人形を買おうとはしないかもだけど・・・

なんて、思いながら、「着せ替えDIO」で遊ばせて頂いている私。
近頃、気晴らししたいときはお世話になっている。
なかなか楽しい!

私のお気に入りは白鳥のチュチュ。
あなたはどれがお気に入り?


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2005.06.17

金はこの世のもの

2051811x朝は曇っていたのに、昼からは良い天気に。
出来れば今日は曇っていて欲しかった・・・

午前中は病院に行き、昼からはあるグループと作品展の準備。
デッキにオーニングを掛けたのだが、それが何の役にも立たないくらいのピーカン。
思いっきり紫外線を浴びてしまった。

でも、生徒達は超元気!
夕方6時過ぎまで掛かって、なかなかのものを作り上げてくれた。
これでこのグループの準備は完了。
後は当日の花の仕入れをするだけ。

のんびりしている人、しっかり練習している人、いろいろなので、作品展はどうなるやら。
私が一番楽しみ!

彼女たちが帰って、ブログ回りをしていて、二つのブログで意見が一致しているのを見た。

「カネは冥土には持っていけない。カネは必ずしも人を幸せにしない。自分の器に応じたカネがある状態が一番望ましいのである」by nikaidou.com

「金なんかいくらあっても、墓場には持っていけませんから 」by板倉雄一郎事務所

今の世の中、金を持っている人ほど、一生懸命、金を集めようとしている。
どうも、金を集めることが究極の目的になっているらしい。
あれをしたいから金が欲しいとか、これを買うために金が欲しいとか、そう言うことではなく、集めても集めても、まだ足りない、まだ欲しいとなるのがお金らしい。
どうも、お金は「砂漠の塩水」のようなものらしい。
喉が渇くので飲むのだが、それによってさらに喉が渇いてしまう。
飲み続けるしかなくなるのだ。

だが、人は金そのものが欲しくて、集めているのだろうか?
実は金を持つことによりそれに集まる人を見て、自分が孤独ではない、自分は評価されていると思えるから、金を集めるのではないだろうか?
そして、それに集まる人々は、金を持つことにより、すべての願いが適い幸せになれると思い込んでいるのだろう。

問題は、何も持たないもの、金に困っている人を馬鹿にし、見捨てる社会を自分達が作っていることにある。
金に換わる価値観を世に広めなければ、これからも金に執着する人々が社会の頂点に君臨し続け、金を振り回して人々を不幸に追いやるだろう。

すべての問題は死生観を日本人が持たないことだ。
この世ですべてが完結すると思えば、物を集めたくなるのは当然なのだ。

あの世が有ると決まれば、この世から持っていけないものは宝物にはなりえない。
この世で手に入れたすべてのものはこの世においていかなければならないのだから。
人間は身一つで生まれ、身一つで死ぬが、魂は身体とは違い、すべてを自分のものと出来る。
誰かへの愛や、憧れや、心温まる思い出、それらこそが、この世での宝物。
と言うように、魂に付くものを大事にするようになる。

妬みや怨みや、何かへの執着に囚われている魂は、あの世でもそんなガラクタを後生大事に抱えることになると言われれば、少しは反省しようと言う気にもなるだろう。
死ねばすべてが終わり、リセットされると信じるから、人は悪行が出来るし、自殺も出来るのだ。

金ですべてが買えるようになっているこの世で、因果応報が目に見えなければ、何をやっても大丈夫と思う輩が増えるのは当然。
まず、死後の世界があり、魂は生きている間の記憶に縛られることを国民が信じなければ、この状況から抜け出すことは不可能だろう。

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2005.06.16

夢、そして鰻

2052402x大きな国際会議。
どうも二つの国の関係はギクシャクしている。
ホテルの部屋の割り振りや、食事、会議の席順、会議に関るすべてで揉めている。
それを仕切る物凄く忙しい男――になった夢を見た。
どうも、その人は奥さんとも揉めているようで、仕事先に訪ねてきたりする。
ヘトヘトなんだよ、勘弁してくれよと思っていたりする。

――朝起きると物凄く疲れていた。

なので、昼は友人を誘って、鰻屋さんへ。
東海地方では有名な老舗の鰻屋さんが近くにあるの、ルン。
備長炭で店先で割いたばかりの鰻を焼くのが売りだったその店は、油と煤にまみれた店だった。
そこの鰻を母が大好きだったので、良く出前で頂いたものだが、ある時から急に有名になり、出前どころか、行列をしなければ入れない店になってしまった。

驚いたことに、店は新しくなっていて、駐車場も広くなっていた。
つい、数年前に行ったときにも、以前よりも店が綺麗になっていて驚いたものだが、今度はまるっきり違う店になってしまっている。
店先にもうもうと流れていた煙はどこにも無い。
微かに空気中にあの香ばしい匂いが含まれているような気がする。

そう言えば、その店のすぐ近くに住んでいた生徒は、あの臭いで気持ち悪くなる、食べたことが無いといっていた。
まあ、たまに嗅ぐから良い匂いと思えるけど、四六時中では辛いかも・・・
そう言う苦情が来て、煙が出無いようにしたのかしらん?
少し、不安。
昔は行列があったのに、今日は無いし。

心配しながら、中に入ると満席。
オシャレな椅子席に座ると、匂いもあまり無いので、どこの料理屋さんに来たのかと思うほどだ。
あまり待たされずに出てきた鰻の味は、パリパリの皮、しっとりした身、昔のままだった。
お店が綺麗になると味が落ちる法則は適用されていなかったようだ。

でも、煙の中、汗を拭いながら熱々の鰻を食べた時の感動はなかった。
人間って、なかなかに面倒なものだ。


7月の講演の花の予約を頂いて、ああ、そう言えば、もう、6月も半ば。
今年も半分が終わりかけていると気がついた。

こんなにのんびりしていて良いのかしらん?

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2005.06.15

メンテナンス中!

Dsc04999x真夜中に放映されている「オーラの泉」の録画を見た。
その中で、人間は眠っている間は、幽体離脱して霊の世界に行っていると言う話があった。
眠りは人間のメンテナンスだそうな。

それでは、私が見ていたあの数々の悪夢は、一体、何?
普通の人生の二倍を生きているくらい、多くの夢を見ていた私。
津波や洪水やビルの崩壊や飛行機の墜落や自殺や家の倒壊。
大浴場がなぜか、岩や土砂で埋まっているなんて夢もみた。
私の人生の経験には無いことばかり。
せっかくのリフレッシュタイムに、何をしていたんだろう・・・私。

今回の「オーラ・・・」のゲスト・菅野美穂さんは霊媒体質だそうで、江原啓之氏にスカウトしたいくらいと言われていた。
彼女のオーラはゴールド・シルバー・オレンジらしい。

確かこの前、オーラの色がわかる機械があると何かで読んだような・・・
ググってみると確かにあるようで、体験者もいるみたい。
どんな人にもオーラは有ると江原氏は言われたので、私の色も判る?
少し怖い気もするけど、知りたいなあ。
そのうち機会があったら、調べてもらおう。

そう言えば、ここ数日、何時も通りのレッスンや仕事をしていたら、また、体調を崩してしまったのだった。
どうも、本格的には治っていなかったらしい。
今の私のオーラを測定すれば、灰色くらいになっちゃうかも。
こりゃ不味いということで、今日は朝のうちに用事を済ませ、後は家でまったり。

一日中、細かい雨が降って、ひんやりと心地よい。

気がつくと転寝している。
そのおかげか、朝のうちにあった頭痛も消え、今はすっきり。

やっぱ、メンテナンスは必要だわ。

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写真は、今年は早々と咲き出したノウゼンカズラ。
たくさん花をつけています。
花言葉は「女らしい」「名誉」「栄光」
でも、いろんなものに絡んで伸びていくので、「浮気者」と言う説もあるのだそうな・・・

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2005.06.14

開運

1091626x最近、周りの時計の狂いがひどく、昼までは10分進んでいた時計が、夕方は30分遅れていたり、カーナビの時計と車本体の時計が10分も違っていたりして、慌てることが多い。
でも、10分早く出ても、10分遅く出ても、ほとんど変わらない時間に目的地に到着する特技を私は持っている。
なんか、時間は伸び縮みするような気がするのだが・・・

午前中はデッキに椅子を持ち出して座り、サクちゃんと空を眺めていた。
麦の秋も終わり、梅雨に入っているらしいが、今日は風が冷たくて、コーヒーをがぶ飲みしてしまった。

実は、私、毎日楽しみにしているものがある。
それは、中日新聞のテレビ欄の下にある「運勢」
時々、はっと胸に迫る珠玉のお言葉がある。
今日は、

庭の草取る作業より大地の香をかぎ、仰いで天の空気の美味を知る
お言葉に従ってみました。

でも、これを書かれた松雲庵主ってどんな人?
ググってみよう!
・・・
   ・・・
うーん、どういう人か分からない。

あるブログによると、1970年にはもう運勢を書かれていたようなので、かなりのお年?
弟子を名乗る人もいる。
でも、松雲庵主の情報は無い。

自分の言葉は自分の耳がまず聞く、自分に恥じることなければ開運
なんて、お言葉が残っているだけ。
運勢と言うよりも、人生訓に近いような・・・
どのようなお方にしろ、いつかお話を伺う機会が来ると良いなあ。

お言葉に従ったおかげか、今日、「最近、更年期障害?」という話から、出会った人の着ている洋服が可愛い話になって、話の流れで「恋でもしたほうが良いのかしら?」と呟いたら、「立候補します」と、突然、通りがかりの若い男性が言ってくれた。
思いがけない言葉に「あなたってどんなボランティア?!」と笑ったが、少し嬉しかった。

昔はそんなことを喜ぶような自分が嫌いだったけど、今はそんなお調子者でお馬鹿な自分が可愛いと思える。
――もしかして、私、可愛いおばあさんになれそう?

(ふん、おだてに弱いばあさんになって、口のうまいセールスマンに高い布団なんか売りつけられちゃうかもよ。 by意地悪ばあさん)

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2005.06.13

人間道

0033007x今日は二子山親方の協会葬の日。
朝一番で貴の花親方が花田勝氏の元に遺骨の引き取りに行く中継を見、夕方のニュースに貴の花親方が出ているのを見た。

同じ親から生まれ、同じように育ったのに、兄弟は違う考えを抱く。
同じ親から生まれ、同じように育ったからこそ、違う考えを抱く相手を理解できない。

相撲において、若の花は貴の花の境地にはたどり着けなかっただろう。
誰が見ても、あの二人の差は歴然としている。
これが、兄が名横綱だったのなら、問題は無かったのだろうが、運命の女神は弟を選んだ。
その時点で、この騒動は起こらざるを得なかったのだ。

母は弟の社会勉強が足りないと言う。
だが、その母は息子がたどり着いた境地を理解しえないはず。
亡くなった父は名大関だったが、横綱にはなれなかった。
父も、最期まで息子の境地を理解できなかっただろう。

悲劇は、相撲と言う競技を通じて、末息子、一家で可愛がっていた子供が、一家の理解の枠を超えてしまったことにある。

貴の花親方は強い意思で相撲界で生きることを決めている。
その意思の強さを、兄や母は理解してあげられないだろう。
弟だから。 息子だから。
家族であるがゆえに、理解できないのだ。

人は、大人になる過程で、家族から離れたところで自分の世界を作っていく。
貴の花親方は真面目に懸命に努力し、才能を開花させた。
自分を律し、自分を鍛えることで彼は自分の地位を作り上げた。
そして、その努力や鍛錬を、兄にも求めた。
が、兄は別のアプローチの仕方で彼の地位を作っていく。
弟だからこそ、兄を許せなくなった。

何をしていてもどこにいても、彼らは互いの存在を見ないではいられない。
心配せずにはいられない。憎悪せずにはいられない。
血とはそう言うものだ。

貴の花親方は「ねばならぬ」と考えている。
だが、世の中に「ねばならない」ことなど、無い。
この家族がうまく行くには、他の誰でもない、親方がその考えを捨て、母や兄を許さなければならない。
なぜなら、彼こそが、この一族の長だから。
長は一族の誰かを排除するような冷たい心ではいけない。
すべてを包み込み、保護するものでなければならないのだ。

今、彼は父の死に際して、もうひとつの試練を受けている。
相撲道を極めた横綱の彼なら、もう一段、階段を上がり、お調子者の母や兄を庇護することも可能だ。
それが出来るかどうか、それが今の彼の課題、つまり、相撲道ならぬ人間道を究められるかどうかの瀬戸際なのだと思う。

どんな人であれ、弱くてもろい部分がある。
ずるい部分もある。
愛する人のそう言う部分を見ると、悲しくて、つらくて、愛するがゆえに許せなくなる。
でも、人とはそう言うもの。
だからこそ、人間は面白く、愛しい。


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2005.06.12

にわか東海人

2042602x
最近、気づいたのだが、日曜日の午後、やしきたかじん(今日は皆さん敬称略)の番組をやっている。
見たのは今日で二回目。

 

出てくるメンバーが凄い。
今日のパネラーは三宅久之、金美齢、田嶋陽子、河村たかし、宮崎哲弥、橋下徹、桂ざこば、大網亜矢乃。
この濃いパネラーたちをたかじんと辛坊治郎(読売テレビ解説委員)が捌くというか、野放しにし、たかじんの一言で締めくくる。
内容は、ほとんど、見当がつくと思う。
田嶋陽子は小泉政権の批判一辺倒で、どこの国の人かと悩むようなことを喚くし、三宅久之は怒り出すし、金美齢はとても醒めた目で理路整然と話し、河村たかしは名古屋弁で訳の分からないことをみゃーみゃー、橋下弁護士はにまにましながら面白くないジョークを連発し、ざこばは大声でギャーギャー、大綱と言う若い女の子は存在感が薄い。というか、誰が来てもこのメンバーの中では影が薄くなるだろうけど。

いつから始まっていたのかしら?
・・・ホームページを見ると2003年の3月からだって!
「たかじんのそこまで言って委員会」
知らなかった。私ってば遅れてる。

ふーん、これって、大阪発なのね。
だったら、探偵ナイトスクープの扱いよりも、この方がましかもしれない。
日曜日の午後って、ゴルフとか競馬、二時間ドラマの再放送しかなくてつまらないから、結構視聴率を取るかも。
そう言えば、真夜中に、たかじんのもうひとつの番組もたまに見る。
もしかして、大阪ではキング?

最近は名古屋もようやく注目されているみたい。
味噌カツに、あんかけスパ、小倉サンド、聞くとえ~と言う感じだけど、確かに美味しいって。
味噌カツを初めて食べた時、うわっ、カツってこんなに美味しいものだったんだと感動した。
あんかけスパも一度食べたら病み付きになる味だし、小倉サンドを哂う者はアンパンを食うことなかれだよ。

そうそう、結婚式の派手なことを良く揶揄されるけど、名古屋と言うか、うちの辺りの土着の人々は、それ以上に冠婚葬祭の葬祭の部分を大事にする。
葬儀はもちろん、その後の供養も忘れない。
皆で競って、墓参りをし、仏壇に花を絶やさない。
一部屋丸ごと仏壇!見たいな家は掃いて捨てるほど。
確かにその分、女性に要求されることは多いようだけど、結構、皆たくましくそれをこなしている。
なんと言っても、お金持ちの象徴はフェラーリならぬ軽トラック。
うちの生徒なんか、誕生日プレゼントに軽トラックを貰ったと言っていた。
おかげで、発表会の時は大助かり!

それぞれ、お国柄は違うけど、住めば都。
名古屋を必要以上に持ち上げてくれ無くて良いから、名古屋(東海地方)の良さが理解されれば良いな。
と、にわか東海人は思うのであった。

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ps:さっき気づいたのですが、また、時計が30分ほど遅れています。
  さて、何が起こるやら・・・ (23:57追記)

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2005.06.11

オートクチュール

2041304x
カネボウの上場が廃止になった。
化粧品事業はカネボウから独立し、今後も存続するらしいが、本体のカネボウは沈んでしまった。
化粧品のCMに起用されれば、楽曲はヒットし、新人はスターダムにのし上がれた時代、カネボウと資生堂は競い合って、時代を引っ張っていた。
あの頃、旬なアーティストは、必ずどこかのCMに関っていた。
その潤沢な広告宣伝費で、育て上げられたアーティストも多いのでは?
その点で、かの企業は文化のパトロンとしての役目を果たしていたのだと思う。

紡績は明治以降の日本を代表する業種だった。
女工達の織る布は、外貨を獲得し、国を支えた。
大トヨタも本体は豊田自動織機、織物を作る機械の会社から始まっている。
カネボウも化粧品まではうまく転換できた。
女性の労働力で成り立っていた企業が、女性への理解を深め、利用したたことによる成功だった。

だが、この二十年、女性達を取り巻く環境は大きく変容した。
海外の情報や商品が豊富に入ってきて、日本の女性向けの市場は、すでに世界規模になっている。
今や、化粧品や服飾に関しては自国内での競争ではなく、世界との競争になっている。
だが、日本企業はそれに乗り遅れ、服も化粧品も、海外ブランドの攻勢に押されている。
企業が日本女性の動きについていけなくなった結果が、カネボウに象徴されているような気がする。

カネボウは国内での消費が盛んな間に、海外戦略を立てるべきだった。
トヨタのように世界の企業としての地位を固めていれば、今回のようなことにならずに済んだだろう。
トヨタは海外戦略によってあの発展をしている。
これからは国内消費のみに頼る企業は生き残れないと男性は分析するかもしれない。

だが、女性の価値観は今また別の方向に転換しようとしているのではと私には見える。
この前のブランド品が売れなくなったと言う情報のように、皆と同じ既製品を持つことに抵抗を感ずる女性達が多くなってきているのだ。

これからは、プレタポルテではなく、オートクチュール。
服やバッグの質の良いものをプレタポルテのブランド品よりも安価ににオーダーできるようなシステムとか、自分にあった化粧品を調合してくれる化粧品店とか、そう言うものが求められるのでは。
企業側にとっては、そう言うシステムを作るのは大変でやりたくないかも知れないけど。

まず、それには人材の育成が不可欠。
ということは新しい雇用が生まれると言うことだ。
技能を持つ人の就職先が増えると言うのは、国としての力が増すことなのだ。
それに、若い人の就労先を創っていくと言うのは、税金をたくさん納めるよりもずっと大きな、企業の使命なのではと思うのだが・・・

などと、動きの取れない私としてはひとつの新聞記事から色々考えて、楽しんでいる。
「こんな状態で動きたいなんて・・・」と無愛想な歯科医は鼻で笑うのだ。
その言葉を無視してちょっと動くと、倒れてしまうし。
まったく、不甲斐ない私。


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2005.06.10

蜆汁

Dsc04994x昨日、蜆を貰った。
我が家では到底食べ切れなさそうな量だったので、お隣におすそ分けし、夕食に蜆汁を作った。
味噌を入れながら、思い出したことがある。

敗戦前後、日本中が食料品や医薬品に不自由していた時代のこと。
場所は近畿地方のどこか。
その地名を聞いたような気もするのだが、憶えていない。

その頃、父は肝臓を悪くし黄疸になり寝込んでいた。
母はドス黒い顔で死にかけている父のために、その頃住んでいた町の川で蜆捕りをし、毎日、蜆汁を作って父に飲ませた。
時は冬。
川の水は冷たかったが、母、父を助けたい一心で蜆を捕ったと言う。

「私が蜆を捕ってあの人の命を救ってあげたのよ」
蜆汁を作るたびに、誰にともなく、母は誇らしげに語った。
どうも、蜆汁がなかったら、私はこの世にいなかったらしい。

日本中がぎりぎりの生活をしていたその頃、母が懸命に捕った蜆は命を繋ぐ食物だった。
そんな食物が今の世にあるだろうか?

世界中の珍味が食卓に並んでいるというのに、そのありがたみをに思いを馳せることも無く、現代人はテレビを観ながら口に運んでいる。
食物はおなかが空いたときに食べるもので、それが命を支えているのだと言う意識は無い。
がりがりに痩せても、食べることに罪悪感を感じる人には、食物は毒に見えるのだろう。

とはいっても、人生において、人の気持ちは常に移ろい、すれ違う。
妻の必死の努力で命を助けてもらった男は、浮気ばかりしていて家庭を顧みない夫になった。
凍えながら冷たい川に入っていた女は、夫が浮気相手と遊びに行った先で末娘に買ってきた水色のワンピースを切り裂く妻になった。
そして、娘はそんな二人しか見ていなかったので、結婚に絶望した。
二人は老境に差し掛かり、仲の良い夫婦に戻ったが、やがて、妻の病気で再び引き裂かれた。

そんな人生を思い、蜆汁を作りながら、私は不思議な感動を覚えていた。
人はこうやって、感動を受け継いでいく・・・
何気ない日常の中で、思い出が味噌汁を永遠に変える。


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写真はダスティミュラー(シロタエギク・花言葉=あなたを支える)とユーフォルビア(ハツユキソウ・花言葉=良い仲間)
なんだか、とっても相性のよさそうな寄せ植えでしょ?

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2005.06.09

私の愛は増すばかり

Dsc04996x朝から隣のおじいさんと話した。
どうも、うちが建つ前、ここは山だったらしい。
見晴らしが良くて子供たちの遊び場だったそうだ。
同じ敷地に大きな建物が建っていたらしい。
そこに今は20数軒が建っているのだから、かなり広い敷地だ。

この土地の以前の持ち主は、やはり亡くなっていた。
地上げに合い、暴力団に建っていた建物を占拠され、大変な思いをなさったようだ。
そう言ういわく付きの土地だと、私達は知らなかった。
私達がこの土地を見に来たときには、もう、土地は分割され、10軒以上が建っている住宅地だったのだから・・・

岐阜の方が言われたことは、間違っていなかった。
(そうそう、岐阜の方は、最近、姉とであったときに、「妹さんはもう大丈夫よ」と言ってくださったらしい。)

長い年月、何を思ってその人の魂はここにいたのだろう?
私が岐阜の方に会うのを待っていたのだと、岐阜の方は言われたが・・・
親族の方はきちんと葬儀をなさり、祀られているのだろうに、それでは晴れない怨念があったのだろう。
後から住んだ私達に、どんなに悲しく辛い思いでここを出て行くことになったのか、訴えたかったのかもしれない。


死とは何か? 
死後、自分はどうしたいのか?

現代は、死んで仏様になって極楽で暮らすと単純に信じている時代ではない。
だからこそ、生きている間に自分の魂の行く場所を考えておかなければ、死の時点での迷いや悩みや怨みに囚われて、どこにも行けなくなってしまう。
そのことは、母や、この地にいた人が示している。

日本人はなぜか死後の世界を語らないけれど、死後の世界が無いのならば、すべての宗教は存在意義が無い。
死後の世界を信じるがゆえに、魂の不滅を信じるがゆえに、宗教は成り立つのだ。

今の自分が死んでも終わらない。
死んだ後に、今どう生きているかが問われると思えば、何かを為さねばと言う気持ちになる。
自殺しても、リセットできないのだと知れば、何とかこの状況から抜け出そうとし始める。
死について語るのは、本当に大事なことだと思う。

ただ、自殺の方法は、絶対に語ってはいけない。
昔、窓の向こうに雪が舞う日、自習の教室で、ある人が語った自殺の方法。
その方法どおりに、3年後、一緒にそれを聞いた友人は自殺した。
彼女が死に囚われたのは、あの暖房の効いた部屋で、あの話を聞いた瞬間だったのではと、私は今でも後悔せずにいられない。

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写真は南天の花。
なかなか可憐な花です。
この花がやがてあの真っ赤な南天の実に。
花言葉は「私の愛は増すばかり」ですって!

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2005.06.08

ほんの話

Dsc04993x
この頃、ブログランキング(哲学・思想)で突然、25位以内に入っていて驚くことがある。
あ、驚く前に、皆様にお礼を言わなきゃ。
「ポチっとして頂いてありがとうございます」
いつか、一位になれたら嬉しいだろうなあ・・・でも、一位って2000とかだものね。
そんな恐ろしい数字のアクセスがあったら、手が震えてブログを書けなくなってしまうかも。

今日は久しぶりの花の仕事。といっても、二時間。
その後、二箇所の図書館へ。

我が町の図書館へはそこに勤めている方に用があって、隣の市の図書館へは今日が貸し出し期限の本を返しに。
そこで、また、数冊借りてきた。
図書館ってなぜか苦手で、読みたい本は買ってたのだが、掃除以来、これ以上本を増やしたくないという気持ちのほうが強くなって、最近、ちょくちょく借りている。

掃除をしていて、以前、アパートの2階の床が雑誌の重みで抜けたと言う報道があったのを思い出し、我が家も危ないと思った。
夫の本なんか、厚くて重い本ばっかり。
でも、読んでいるのか?
自分の本でも、整理しながら表紙を見ると読んだ覚えのないものが・・・
これはいかん!
図書館なら、無料(税金から出ている)だわ。
すぐには無理でも、少し、待てば読めるし。
うちにいる本たちって、気の毒な本たちだ。
一回、ぱらぱらっと読まれて、あとは積んで置かれているばかり。

うちのような古本こそ、再販したほうが良いのだろうなあ。
そのほうが本も読まれて価値提供できると言うものだ。
だけど・・・
最近の万引きは再販システムがあるからかもしれない。
新しい本なら再販した時に良い値がつくらしいし。

何年か前に万引きした子を追いかけたら、その子が踏み切りで電車に撥ねられ、嫌がらせで店を閉めた店があった。
あの子は亡くなって可哀想だったけど、本屋さんのほうも死活問題だったのだと思う。
店にとっては万引きの被害って大変なものらしい。
以前、知り合いの本屋さんと話したけれど、一年間でその店の一か月の荒利分くらい盗まれたこともあったらしい。
もちろん、一人が盗んでいるのではなく、不特定多数がこれくらいと思って盗むのだろうけど・・・

きちんと、シリアルナンバーのようなもので書籍を管理していくことが必要かもしれない。
盗まれたものを持ち込めば、すぐにわかるとか、再販時に作者に印税を払うとか、やれることはいっぱいあるのではないかしら?
出版関係について言えば、関係者がきちんと販売システムを構築して、協力し合えば、簡単に出来そうだ。

さっきも犯罪の抑制をテレビで話し合っていて、犯罪が増えているので厳重な刑罰をと言う声もあった。
今はそれぞれに各自の権利ばかりを主張する時代だから、主張しない人間は無視され踏みつけられがちだ。
踏みつけられたときに、ルールが決まっていなければ、最後には警察や裁判所に泣きつくことにあり、それでは法整備と言うことになる。
なんか、最近、あちこちでお上からの規制が増えていく。
確かに、規制しなければ困るのだと思うが・・・

その前に各業界および家庭でその犯罪の芽を摘み取る努力をするのも大事だと思う。
罰則付きの規制を誰かに預けたら、それは、権力や差別の源になってしまう。
システムの不備を整備し、人間としてのルール作りを自分達で始めたほうが良い。

この不安定で激動する時代に、小さな一歩を、一人一人が大切に歩かなければ、戦争と言う言葉が現実味を帯びてくることになる。
時代のうねりを大きくするのも小さくするのも、その時代の一人一人に掛かっている。
最近、そんなことを感じている。

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2005.06.07

信太の猫

2060506x「なんか、腫れ、引いていないような気がするんですけど・・・」
「引いてるよ」
「・・・そうですか?」
「昨日はもっと、張りがあった」
「・・・・・・」
「完全に引くには一週間は掛かるね」

今度の歯科医は無愛想だ。
でも、受付の子はとっても可愛くて愛想が良い。
前の歯科医院の受付の子は、はっとするような美人だったが、最悪に愛想が悪かった。
そのぶん、やけに医師は愛想が良かった。
――ああ、私はあの愛想の良さが心地よかったのだな。

というわけで、私は未だ、平安美人だ。
とりあえず、仕事もレッスンも断って、貴族の姫君のように、家に閉じこもっている。
わらわに会いたくば、まず、手紙(メール)を、会うのはそれからじゃ、状態。

何もしないで家にいるのは久しぶり。
したいことは山とあるのだが、下を向くだけで、顎がズキズキし始めるので、何も出来ない。
本もパソコンも集中しようとすると、顎が自己主張し始める。
とにかく、疲れることは一切してはならぬと、顎からおふれが出ているらしい。

こんなことでもないと休めないので、これも良い休養なのかも。
齷齪したところで、成るものは成るし、成らぬものは成らぬ。
雨露を凌げて、食うに足りているなら、文句は無い。
――あ、私って猫並み?

猫と言えば、何年か前、葛葉神社に行ったときに、巨大な白猫にあった。
猫は葛葉神社の休憩所の腰掛に寝そべり、参詣する人々を眺めていた。

私達が葛葉の末裔と知り、神主さんが正殿に入れてくださった時、猫もついてきた。
私達が座ると、当然のように、猫は私の膝に上がった。
その様子を見て、神主さんは、
「その猫は、どこから入るのか、よく、この正殿の中にいるのですよ。
ここが好きみたいです。
あまり、人になつかないのに・・・この猫がそんなに人になつくなんて・・・」
猫は下ろそうとしても、私の膝にしがみ付いて下りなかった。

私も兄姉もずっと、その猫が葛葉神社の猫だと思っていたのだが、神主さんの説明では
「どこの猫かわからないのですよ。ずっと、この境内にいます。
誰かにご飯を貰っているのか、ご覧の通り、体格も毛並みも良いのですが・・・
近所の人も、どこの猫か知らないと言うのです」
まるで主のようにどっしりと構えている猫がここで飼っている猫ではないといわれて驚いた。

猫は私達が話を聞いている間中、私の膝でごろごろ喉を鳴らし、話が終わると皆に先立ち、すうっと正殿から出て行った。
うっそうとした楠木の大木の下には金色の夕日が差し込んでいたが、その光が届かないところは闇が深くて、猫の姿を見つけることは出来なかった。

以来、私は、あの猫が狐の化けた姿なのだと想像したりする。
狸は良く捕まるし、人家に餌を貰いに来たりするけど、狐の話はあまり聞かないものね。
きっと、ああやって、猫に化けて、好き勝手に動き回っているんだわ。
近所のあの猫も、実は狐が化けているのかもしれないわ。
そう思うと、なんか楽しくない?

――信太の森の猫は、とても神秘的な猫だったけど、まだ、あそこにいるのかしら?

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ps:昨日、訂正があったので再保存したところ、二重投稿になっていました。
 ココログは最近とても重い上に、なんだか訳の判らない動きをします。

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2005.06.06

平安あん

1060300x
今日の私は平安美人! へいあんあん~♪
なんていってる場合じゃない。

朝、夫が私の顔を見て、「お前、すっごく面白い顔しているよ!」と嬉しそうに言った。
ふん、今度あなたが腰痛になって、腰を屈めて歩いたときには「面白い格好!」と笑ってやる。

タウンページで口腔外科を調べて、予約を取った。
約束の時間に行くと、受付の女性が「まあ、かなり腫れましたのね」と驚く。
医師は、「これ、前から、疼いていたはずですが」と批難の口調で言う。
「はあ、以前、掛かっていた歯医者さんに訴えたのですが、まだ大丈夫と言われました」
本当に、そうなのだ。
前の歯医者さんはのんきな人だった。
彼の作った差し歯は何回も外れて、何回も作り直した。
なぜ、そんなところに通っていたのだろうと今では不思議なのだが・・・

麻酔をかけられ、歯と歯肉に穴を開けられ、よたよたと家に帰り着き、とりあえず、安静にしていようとベッドで横になる。
気がつくと眠っていて、三時になっていた。

のろのろと起き出して、動くと歯が疼くので、大人しく座ってテレビを見た。
クールビズの特集をやっている。
大臣から、財界のお歴々まで、クールビズに熱心のようだ。
去年、上が変わらなきゃ日本の男たちは暑苦しい格好をしたままだと主張した私としては、今回の動きを評価している。

だが、あのファッションショーの服はクールビズ?
デザイナーとかメーカーに企画させると、生地を使いたくて、ああなっちゃうの?

もっと、すっきりシンプルな、開襟シャツのオシャレ版を作れば良いのに。
ズボンの中にシャツを入れている大臣なんて、まるで中学生。
だから、スーツの鎧、ネクタイの勲章を付けたいのかもしれない。

そういえば、最近、沖縄にIT関連の会社が進出しているとか言う特集も見たけど、その会社は全員、アロハとかかりゆしウエアだった。
なんか、皆楽しそうに見えたのは、服装のせい?
そのまま、海に直行できそう。

この前の講習でも、イギリスと日本は気候が全然違うので、イングリッシュガーデンを作って軒並み失敗したといっていたっけ。
イギリスでは大きく育たない種が、日本に来るとモリモリ育って、大変なことになるらしい。
植物でもそうなのだから、人間も英国紳士のマネをしようたって、無理なのね。

と好き勝手なことつらつら思いながら過ごした。

それにしても、腫れが引かない。
平安美人から、アンパンマンになったらどうしよう・・・

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2005.06.05

小太りが瘤取りに・・・

4060528x昨日の疲労で、朝、起きられないかと思ったら、なんか快調な目覚め。
――疲れているかと思ったけど、結構、大丈夫ね。


早速、昨日出来なかった掃除をし、山のような洗濯を片付け、ついでに、庭に除草シートを敷くことにした。
この時期を逃すと、うちの庭は草原になってしまう。
まあ、今年はウッドデッキを作ったので、土の面積が少なくなったから、草取りをすればよいのだが・・・
不精な私は、この先のガーデニングのためにシートを敷くことを思いついて、買ってあったのだ。
でも、なかなか敷けなくて、今日を迎えてしまった。
ざっと、生えている草を取り除き、シートを敷き始めたところで、あれ、なんか、眩暈がする。
途中でやめて、椅子に座ると、なんか左の奥歯がズキズキ。
触ると腫れている。

うわあー、二子山親方の病名ってなんだっけー?
ヤバいかも。

そう考えるとどんどん腫れてくるし、痛みもひどくなってきた。
とりあえず、持っているサプリメントをすべて並べて、片っ端から飲んだので、痛みは引いた。
でも、まだ腫れている。
まるで、瘤取り爺さん(もともと、小太りばあさんなのだが)になった気分。
明朝、腫れが引いていなきゃ、病院にいこう。

なんか、最近、疲れているとは思っていたのよ。
でも、こんなことになるとは思わなかったわ。

もしかしたら、私って、ほっぺが弱いのかな?
私に記憶が無いほど昔のことだが、父と私は二人して、ほっぺを腫らして寝込んだらしい。
その傷が今でも、片頬に残っている(今腫れているのと反対のほう)。
その部分は今でも少し硬くなっている。
――私の顔って、いびつ。もうすこし、こっちが凹むかか、こっちが凸ればなあ。
と、思っていたのだが、なにも、こんなに腫れなくても・・・クスン。

一時間ほど安静にしていて、夕方から、約束していた子犬の元へ。

もう、なんと表現していいのやら・・・きゃわいい~。

私が一番気に入った子は、なぜか私に抱かれると、ぶるぶる震える。
私のこと、嫌い?
もう一匹の気に入りは、もう、売約になっていて、首にリボンが巻かれ、名前がついていた。
で、決めかねて帰ってきた。

帰るとサクちゃんがクンクンし通し。
やっぱ、無理かな・・・
で、この件は保留。
体調が悪いので、何も考えられないっていうのもあるのだけど。

もう、寝よう。
明日、腫れが引いていると良いなあ・・・

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2005.06.04

私的胡蝶の夢 5

2041303ll
今日はある講習会に出席のため、名古屋に。

朝、7時半過ぎに出かけ、20時半に帰宅。
おいおい、、13時間だよ。
拘束時間が長いだけでなく、その内容がまたねえ。
私には新鮮な知識だったけど、使う場面があるかしらん?
来週から、生徒を捕まえて、知ったかぶりしちゃいそう・・・

夕食は高島屋で買い、夫の誕生日ケーキも買ったので大変な荷物。
その上通勤ラッシュ並みの電車の込み具合。
皆さん、どこにお出かけですか。
夫のケーキはわざわざ名古屋に行くからと誕生祝の日をずらしたのに、不評。
あららーの一日。

と言うわけで、今夜は早く寝ます。

あ、そうだ、この前から夢の話をしようと思っていたのに、忘れていたわ。

――私は切り立った氷の壁を見ている。
そこに行くには海沿いの道を大きく回って行くのだが、その道は凍りついていてなかなか車では行けない。
湾も凍っているが、かろうじて沖は凍っていない。
蒼い波間に白い船が浮いている。

すべてが透き通った蒼と白とエメラルドグリーンの氷の世界。

天気は良く、すべてが眩しい。
氷の壁を見ていると、突然、その氷が縦にいくつかに裂けた。
大きな氷の塊がスローモーションのようにゆっくりと海に滑り込んでいく。

海は突然の氷の侵入に波立ち、張っていた氷が割れ、さらに大きな波を作り、波は沖の船を飲み込み、さらに津波のように進んでいく。

というような、夢を、この前見ました。
なかなかのスペクタクルでしたよ。

今回は私には被害は無かったけど、あの船は大きな客船だったような気がする。

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2005.06.03

交渉

Dsc04989llこの前から、思っていたのだが、人間、本当に必要なものはちゃんと与えられるのだ。
与えられないとしたら、それはその人にとって、必要のないものなのだ。

 
 

友人との会話の中で、
「私って生きていくのに最低必要なものは、何とか、与えてもらえるけど、それ以上のものは与えられないんだよね。
なんか、誰かが基準を決めて、配給してくれているような感じ」
と、ふと、口をついて出て、思わず、自分の言葉に納得していた。

願いは正しいものならば適うし、思いは正しいものなら通じる。
その正しさとは、自己の利害のみを主張しないこと。

相手の立場も考えられる人間になるようにと、どこかで私を導いているものがいて、必要以上のものを私に与えずに甘やかさないようにしているのかもしれない。

その話の続きで、
「この辺りはまだ、就職先も選ばなきゃあるけど、沖縄なんか大変みたいよ」
と言う彼女の言葉に、
「だって、沖縄は暖かいし、自然も豊かだから、なんとか生活できるでしょ?
この辺りでそうなったら、冬に、みな凍死しちゃうよ」
と答えながら、そうか、配剤はそこにも働いているのかと思った。

働かなくて良いのだよ、きっと。
必要以上のものはなくても良いと思えば、人間は遊び暮らしても問題ないのだ。
空を見上げて雲の流れに感動したり、海で魚を取ったり、山で山菜やキノコや鳥を捕って、食べることさえ出来たなら、それで十分だろうと、その何者かは言いたいのかもしれない。

でもねえ、もう少し、ホントにもう少しで良いので、いろんなものを多く頂ければ、私って、もっと、良い働きをすると思うんですが、如何なもんでしょうかねえ?

どうも、私はゆとりを持つとろくなことをしないと思われているらしい・・・


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写真はゴールデンモンキー。
まるで、サルが座っているような根が可愛い!
「見た人、手に入れた人は金運・幸運を授かる」との説明付き。
皆さんもご覧になりましたよね?
きっと、いいことありますよ。

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2005.06.02

雨の日のドライブ

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今日は雨。

山道をドライブしていて、エゴノキの大木に遭遇!
降りて雨の中、木の下に行くと、あの記憶にある匂い。
少し歩くと、エゴノキの花の香と新緑と朽ちてる落ち葉の匂い・・・なんだか懐かしい。
遺伝子が憶えている匂い?
――太古の森で、人間はこんな大気と匂いの中で暮らしていたのだろうなあ。

その道は山を登って、高原へと続いていた。
約束の時間まで、その高原で、一休み。

それぞれに花を付けた道端の草たちは、雨に濡れて瑞々しい輝きを取り戻している。
それを眺めながら、時間が経つのを忘れた。

帰り、行くときには見えていた向こうの山や、谷底の村が、山肌を登って来る霧に隠され見えなくなっていた。
頂上に向かい這い登る霧は、とても良い感じ。

教室で、「ここら辺って本当に良いところだよね」と話すと、みな、誇らしげに、自分の住んでいるところの良さを数え挙げる。
その中でも彼女達は「自然が豊か、ほんの少し足を伸ばせば、いろんな自然に触れられる」と最初に言う。
それを実感した。

自然は人間の感情の漣(さざなみ)など、まるで受け付けないので、かえって心地よい。
圧倒的にそこに存在しているだけ。
人はそれぞれ自分の言葉で自分の思いを語り、かえって互いを理解できなくなってしまう。
ただ存在しているだけになるのは、かなり難しい・・・
でも、誰かのために私が出来ることが有るとしたら、ただ、「ここに存在している」ってことくらいかもしれない。
――私はここにいる。そして、あなたの幸せを祈っている。

谷底の村の手前で、杉の巨木に護られた大きな神社を見つけ、お参りした。
人っ子一人いない境内。
お賽銭を上げ、お参りし、帰ろうとすると、チリンと小さな鈴のような音。
振り返っても誰もいなくて・・・

車に乗ると、頭と肩の重さがなくなっていて、すっきり。
幸せな気分が戻ってきた。

というような、再生の日でした。

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写真は我が家の前の電線で、雨の中、寄り添っている鳥たち。
あまりの仲の良さについ、パチリ。

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2005.06.01

水無月・草月

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6月が始まった。
フランスの革命暦では5月20日から「 プレリアル(Prairial) 草月」が始まっている。

日本では、水無月。
水の無い月と書くが、水無月の「無」は、「の」にあたる連体助詞「な」で、「水の月」という意味になるらしい。
陰暦六月は、田に水を引く月であることから、水無月と言われるようになったということだ。

確かに、車で走っていると、田んぼの水が反射して眩しい。
(どんな田舎じゃ?)

そうそう、今は麦秋でもあるみたい。
水を張った田の隣に、小金色に実った麦畑。
な~んか気持ち良い田舎なの、うちの辺りって。

(ここでちょっと休憩。すると、なぜか、ですます調に)

ところで、最近、海外在住および旅行中の方からのコメントやトラックバックを頂いて、ブログって世界中に発信されているんだと感心してしまいます。
この前は、セントレアでここを開いて、表示されていて感激したし。
あの時は、こうやって、パソコンの前に座って書いている私と、ブログの中の私は別人格みたいと思ったものだけど。

過去記事も読んでいただいているようで、ありがとうございます。
今日のアクセス解析第一位は、「パワーハラスメント」でした。
去年書いた記事です。
頑張れ、今日の私!去年の私に負けるな!
って・・・なんのこった。

今日はある人とちょっと認識のすれ違いがあって、長~いメールを書いてしまいました。
はっきり言ってくださる人だからこそ、反論というか、言葉の足りなかったところを補う努力を出来るのかもしれませんが・・・人間関係って難しい!

私と同じ言葉を話す人はこの世の中にはいないんだわなんて、絶望しちゃうこと、ありません?

最近、チーズとパン*ばっかり買い始めている危ない私でした。

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写真は隣のコ(シベリアンハスキー)。
たぶん、15歳くらいのパールちゃん。女の子でーす。

*体調が悪くなるとチーズとパンしか受け付けなくなります。


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