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2005.03.23

ゴミの有効利用

2091408ll隣の庭の梅が散ってしまった。
着々と春は進んでいるらしい。
でも、世の中には寒風吹きすさぶ地があるようだ。

最近騒がれている「ブログ時評」の3月23日付の「ブログの現状はそれほど素晴らしいか」の一文。

一つひとつの書き込みの意欲は大いに買ってよい。しかし、「もっと勉強しようよ」と言わざるを得ない。書き出す前にGoogleで検索するだけでも随分違うと、前に書いたと思う。自分の感性を信じるだけで現在、次々に発生している事象が語れるほど単純であろうはずもない

彼によるとインターネットの99%はゴミなのだそうだ。

確かに、私以外の誰かにとって私の文章なんかゴミなのかも・・・
最近はゴミも有料化されていて、うちの町のゴミ袋は今の価格の二倍になるらしく、買い占められて店頭に並んでいない。
私のゴミ記事に費用がかかるのはそう言うわけか・・・

でもねえ、ゴミのせいでGoogle検索の質が落ちていると述べている団藤氏が、Google検索をしてから書けと言うのも矛盾しているような気もするし・・・

大体、まったく正しい真実なんてものがあるのだろうか?

真実ではなく事実というなら確かにあると思う。
戦争や、天変地異、冠婚葬祭、それは事実だ。
だが、その原因や理由に話が及べば、それはもう、ゴミの領域になる。
誰もが納得する真実なんて無いのだから・・・
そう言う点では、インターネットに限らず、ある個人にとって多くのものは「ゴミ」だ。

私がブログ時評シリーズで書いたものを読まれると、ブログの知のレベルが自ずと見えるはずだ
と団藤氏は言われるが、私には彼の目論見どおりのものが見えない。

私は自分の人生の経験から得た価値観や地域性や嗜好に縛られている。
すべての人間はそう言うものに縛られ、そこから世界を覗いているのでは?
新聞記者としての団藤氏の視点とおばさんの視点が同じであるはずがない。

今まで物を言わなかった一般大衆は、物を言えるツールを持たなかっただけで、何も考えていなかったわけではない。
インターネットにより、物を言えるツールを手に入れたからには、みな、思っていることを言い出す。
その思いをきちんと受け止めることで、次の政治の方向性や、新しいビジネスに繋がると思うのだが・・・
それをゴミと切り捨てている人は、みすみす目の前に流れている宝箱を見逃しているようなものでは?

ゴミをゴミのままにするか?
次の資源とするか?
まったくゴミの問題は常に難しい・・・


c-rawumber
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コメント

ゴミ溜めにようこそ!
あー、そこには去年のゴミが・・・少し腐りかけています。気をつけて。
ああ、それは子供の頃のもので、まだ、使えると思うんですけど、どうですかねえ?
まあ、色々積み重なって悪臭を放っているかもしれませんが、私にはみな大事なものなんで・・・(笑)

板倉さん、コメントありがとうございます。
前のエントリーにリンクを張らせて頂いたのに、ご連絡を差し上げず失礼致しました。
どうぞお許しください。
(と、ついでに謝る姑息な私)

投稿: makiko kuzuha | 2005.03.23 15:32

(スパムが来るので、メアドは、インチキです。)
このエッセーに、大賛成!

投稿: 板倉雄一郎 | 2005.03.23 14:58

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