百億の昼と千億の夜
夕べ、寝る前にネットのあちこちを飛んでいたら、「フォトン・ベルト」と言う記事に行き当たった。
真夜中の孤独の中で読んでいて、怖くなり、やめて寝たのだが、悪夢に魘された。
フォトンベルトについては反論も多いようで、それがどうかは何の科学的知識もない私には検証できない。
まあ、それを信じるほうの記事によると、2012年12月21日にはそのベルトの中に地球が入るそうなので、何とか生きていれば、その日にはわかる。
あまり遠くない未来だから、楽しみにしていよう。
ちなみにその2012年12月21日と言うのはマヤ暦が終わる日でもあるらしい。
だから、その日が突入の日に選ばれたのか、その日に突入するからマヤ暦がそれを予言しているのか、それもその日になるとわかる。
楽しみがひとつ増えた。
1999年が終わってしまい、気が抜けていた人は、2012年をお楽しみに!(笑)
私が怖いのは2012年12月21日を迎えることではなく、宇宙時間や宇宙空間がどこに浮いているのかと言うことだ。
子供の頃からそれを考えると怖くてたまらない。
人間の身体の中にいる細菌にとって、人間は地球のようなものだ。
細菌は自分が生きやすいようにせっせと環境を整え、滋養を人間の身体から摂っている。
細菌は自分のしていることが身体に与える影響を知らない。
だが、その細菌がいることで、私は病気になる。
同じように、人間は宇宙にとって小っぽけな存在だが、人間のせいで地球や宇宙が病気になることはありえるのだと思う。
人間は、こういう細菌があってこういう働きをしているとか、こういう現象が宇宙にあって人間はこういう影響を受けるかもしれないと研究している。
同じように人間を観察し、その働きを抑える研究をしている何もかがいるかもしれない。
向こうは人間の存在を知っているが、人間はそれを意識すらできない。
そんな存在があるのではと思うと怖くてたまらないし、その連鎖がどこで終わるのかと思うと私は眠れなくなる。
そう言えば、昔、「百億の昼と千億の夜」という光瀬龍氏の小説があって、萩尾望都氏が漫画化されたのだが、それを読んだ時にしばらく混乱していたっけ。
そう言う子供の頃の不安を話す相手もいなくて、私は闇の中で眠れない夜を過ごした。
あの頃の不安を引きずったまま大人になったのは、ちょっと、不味かったかも。
でも、そんなことを話せる相手って、なかなか、いない。
大人になってもいない・・・
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