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2005.03.20

先駆者

Dsc04767xまったく、目敏いったらありゃしない。
夫の話だ。
実はこの前買ったばかりの車をぶっつけてしまった。
というか、ある店の駐車場に入れたところ、そこを直しているようで工事の人がいて、邪魔だといわれ動かしたところ、なぜか土が積んであって、そこに乗り上げ、どしんと落ちた。
どういうわけか、落ちたところに杭が出ていて、それでバンパーが外れそうになったということで・・・ネジも壊れて、いずれ、取り替えなければいけないようだ。

だが、買って一ヶ月もたっていない。
応急処置をしてもらった。
とても言い出せなくて、「禍福は糾える縄の如し」なんてブログに書いて、惚けていたのだが・・・

奴は昨日一回運転しただけで、その異変を察知して、
「お前、もう、ぶっつけたの?」と、聞いてきた。
ほんと、ぼんやりしてそうに見えるのになあ・・・あの人。
侮れない。

と言うわけで、しばらくは小さくなっている(つもり)。


板倉雄一郎氏を知ったのは2002年の夏。
その日、私はベンチャー関係の相談に出かけていて、電車の中で駅で買った週刊文春を読んでいた。
そこで、「『失敗から学べ!』 ~社長失格の復活学~」と言う著書の書評を読んだ。
ハイパーネットも「社長失格」も知らなかった私は、それから、「懲りないクン」やそのほかの著書を読んだ。

そして、私はその頃始める準備をしていた事業への投資をお願いするメールを板倉氏に送った。
投資の件は成立しなかったけれど、彼は私のようなおばさんのメールにもちゃんと答えてくださる人だったので、それからも、時々、メールを送りつけた。

本の中の彼の言葉、悲しみや苦悩や迷いや驕りまでも素直に語った文章は、人生に迷っていた私に光を与えてくれた。
人は失敗してもやり直せるし、変わろうと思えば変わることも出来る。
この失敗で、私と言う人間の持っているものが消え去るわけではない。
そう思うことができ、私は兄姉と始め、私に残されてしまった店を畳む決心が付いた。

私は文学部に進学したが、自分の求めるものが文学には無いと絶望し、遠ざかっていた。
と言うよりも、私には語る人生が無かった。
それが、様々な失敗を重ね、様々な人の感情を知り、ようやく、私には人生の一部が見えた。
それによって、私は語りたいと切実に思うようになっていた。
自分の思いを他人に伝えなければ、道は開けない。
どうすれば、私の思いを人に伝えることができるのだろうか・・・
それを実現する方法を、私は彼に宛てて書いているメールの中で発見した。

そして、今のお気楽な私がいる。
まったく板倉氏は恩人のようなもの。

今、社長日記で堀江氏や藤田氏が書いている内容は、板倉氏のように女性関係を赤裸々に書いてはいない「ソフト版懲りないクン」のようなものだ。
ホリエモンの社長日記を読むたびに、ああ、これも板倉雄一郎の影響のひとつなのかと思う。
あれも、まったくの自前の記事だったようで、その点もブログと似ている。

今、板倉雄一郎氏は次の目標、日本人のフィナンシャルリテラシーを高めようと努力している。
彼は常に先駆者だから、いつか彼の言っていることが日本人の常識になるだろう。

でも、早すぎるということは成功を約束するものではない。
彼自身がハイパーネットでそれを身に沁みて感じたと思う。
急がず、のんびりと、犬達と遊びながら、じっくりと待つことも必要だ。

彼が今育てているものが熟し、その果実を彼自身が収穫できるようになることを、願わずにはいられない。

c-rawumber
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