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2005.03.01

天を差す指

今日は花の仕事。
車で走っていたら、のろのろ走るワゴンタイプの軽乗用車の後ろについてしまった。
もう少し早く走ってくんないかな!

怒りながら見ると、その貨物室に、空を指している手が・・・
誰か、寝ながら天井を指差している?
変なの!?

でも、あれ・・・って?

じっくり見たら、それは、手袋だった。
棒のようなモノに手袋が差してあって、その手袋がまるで人が指差すような形になって天を差している。
そして、なんだか機嫌よさそうに、天を差したまま車の動きに合わせ、ゆらゆらしている。
笑えた。
おかげでいらいらしていた気分が消えて、のろのろ走るその車の後をのろのろ走リ続けた。
目的地について、別れるのが辛かったほど。(笑)


岐阜の男性の事件。
自分の血筋を根絶やしにした彼は、一体、何を考えていたのだろう?

個々人が機械の歯車のように働かなければ、日本は先進国にはなれなかった。
その時代、ちゃらんぽらんであることは悪だった。
きっちり型に嵌ることが善だった。
そこから抜けることは罪だった
彼は一生懸命、自分を律して生きて来たに違いない。

その彼がどうしてあんなことを・・・
自分の築いたものを子供達が浪費しているように見えたのだろうか?
認知障害になった母のせいで鬱になったのだろうか?

社会的な地位にも恵まれ、子供や孫にも恵まれていたのだから、結構幸せだったはずなのに・・・
そう考えて、気がついた。

ああ・・・そう、なんだ。
手に入れ過ぎたんだね。

何もかも手に入れ、完全な幸せになってしまったら、それを失う恐ろしさに怯えることになる。
ほんの少しの傷や曇りも許せなくなる。
ひとつを失う事により得る評価や、状況が怖くて、彼は時間を止めるしかなかった?

何もかも手に入れたように見えていた彼が、唯一手に入れていなかったもの、それは、おおらかさ。
相手を許し、自分を許す心。

物に恵まれた人が、心満たされた人ではないところが、人間の不幸なのだなあ。
彼には心を癒す、「天を差す指」が無かったのだなあ。

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