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2005.03.31

じゃーな りずむ

4041725x最近、ブログと既存ジャーナリズムについて、あれこれ、論争が起こっている。
プロの目からの検証された報道が必要だと言う声も聞く。

まあ、ブログにもいろいろ有る。
うちのようなほとんど人が来ないところもあれば、一日に何十万ヒットと言うところもある。
何十万もヒットすると言うことは、そこに、何十万の人間を惹きつけるものがあるからだ。
既存のジャーナリズムは、そこを見習った方が面白い紙面づくりができるかもしれない。
もっとも、見習えない=既存のジャーナリズムに飽き足らないから、人が集まっているのかもしれないけど。

さて、田舎に住んでいるおばさんにもそれなりの情報はどこからか伝わってくる。
この前も、ウッちゃんの入籍を入籍した日に知った。
でも、人が隠していることを暴く趣味は無いので、発表されるまで誰にも言わなかった。
発表された後では、実はねーと話しちゃったけど。
そう言う風に、ささやかな情報など誰でも持っていて、それぞれに、「私こんなこと知っている。誰かに話したい」と言う欲求を持っているに違いない。
それがブログでの発言であったり、2chと言った掲示板での情報提供になる。

私には、なにか起こった時に必ず見に行くブログがある。
そこでは、新聞に書かれていないことも書いてある。
そこに書かれていることが真実かどうかは、しばらくすれば、既存のジャーナリズムが報道するので、それと見比べたり、ほかにもそのことについての記事をネットで渡り歩き、自分なりの結論を出すのだ。

少し慣れると、人はそうやって自分の中でブログを選別し、自分の得た情報を整理すると思う。

ただし、それは、その人の好みに偏向した選択だ。
自分で判断して選べるブログでは、自分の好む方にしか行かなくなるし、自分に都合の良い解釈しか選ばなくなってしまう。
それでは、自分が気に入らない意見は一切入らないと言うことになる。
それは、他と共存せざるを得ない社会生活上危険だ。

既存のジャーナルリズムの提供する報道は、それぞれに偏向していても、それに対して物申すことはできない。
だから、ジャーナリストは安心して偏向していられる。
多くの人が反感を持ったとしても、結果として、そう言う意見も有ると認めさせることができる。
既存の紙のジャーナリズムには、そのためにもプロの目で精査された報道と彼らが言うところの報道を頑張ってもらいたい。

なんだかんだ言っても、ブログに若い人が慣れ親しんで、文字文化が花開いているよね~。
それにしても、ブログに振り仮名を入れるようにしてくれないかな~。

などと、ぼーっと考える午後。

桜が咲いたんですって。
(( ^)o(^ )) わーいと打ったらこれが出てびっくり!

お花見だ~~


c-rawumber
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2005.03.30

私の法則

4040724ll朝から美容院に行き、久しぶりにデパートに行った。
春のジャケットが欲しくて我慢できなくなったのだ。

だが、あれこれ見ても、なかなか決まらない。
悲しいことに私の好きなものは私には似合わないと言う法則がある。
さらに私に似合うものは恐ろしいほど高価と言う法則もある。
(服の仕立てのよさでごまかしが効くらしい)
だから私は常に似合わない服を着ていることになる。(これを書き忘れていたので、追加)
まったく、自分の容姿には何時も悩まされる。

それにしても、店内ですれ違う今時の子達のスタイルの良い事!
昔なら、モデルになれそうな子ばかり。
でも、全体の水準が上がると、それを超えるほどの美女でなければ、美人ではなくなるわけだから、そう言う点では世の中公平なんだ。
などと考え、とりあえず、自分を宥めた。
自分だけがチビでブーだと思えば辛いが、あの子達に比べれば、私らの世代は皆チビでブー。
そう言う人種だと思えば何てこと無い。

何とか着られて気に入って値段とお財布の折り合いがついた物を買うと、どらやきが付いてきた。
「どらやき?」
「水曜日はレディースデーですから」
とにこやかに笑う店員。

――おまけを付けなきゃいけないくらい、流行っていないの!?

そういえば、昔、トヨタの「そごう」に行ったとき、店員の数のほうが客よりも多くて驚いたことがあった。
ロイヤルコペンハーゲンのイヤープレートが欲しくて、どこにあるかと訊いても、それがどういうものかを店員が知らなかった。
開店の時にはずらっと食器売り場に並んでいたのに・・・
開店時の賑わいしか知らなかったので、あまりの変わりように驚いた。

――あれからすぐに問題が起こって、「そごう」本体が潰れたっけ。

そう思い出し、周りを見ると、やはり、客は少ない。
店員が暇そうにお喋りしている。
あれ、この前まであった店が無くなり、別の店になっている。
買った物を持っている人はほとんどいない。
このデパートが潰れるのも時間の問題?

で、帰って・・・
天気が良いので、ついでに春物を出し、冬物をクリーニングに出す用意をしたり、捨てるものを纏めたり、そんなまったりおばさんモードの一日を過ごした。

明日から、また、怒涛の一週間が始まる。
考えるだけでも眩暈がしそう・・・
時間が重なりそうな予定もあるのはどうして?

c-rawumber
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2005.03.29

お気楽な話 マスク

Dsc04792ll今日、交差点で右折しようと止まっていたら、対向車の運転手が、全員、花粉対策用のでっかいマスクをつけていて思わず笑ってしまった。
以前、ワンちゃん関係の専門学校のバスの窓の一つ一つからビーグルが顔を出していたの見た時の事を思い出して、和んだ。
あれも可愛かったなあ・・・

マスクをつけている人たちって、なんだか可愛い。
頭のはげた背の低いおじさんがしているのを見ると、なんとも可愛くて抱きしめたくなる。
なんか、キューピーを思い出さない?

大人がマスクしているのなんて、昔は見なかったような気がする。
若い頃(今でも気は若いが)、友人達と一度は銀座のフランス料理店に行こうと一大決心をした。
やっぱり、東京に来たからには、クリスマスにそんなこともしたいよねと盛り上がった結果だ。
ありったけのものでオシャレして、待ち合わせていたソニープラザの前に行くと、先に来ていた子は、一張羅を着て気合が入っていた。
すぐにもう一人も来たのだが、その子は・・・可愛い格好をしているのに、顔に大きなマスク。
「風邪引いちゃって・・・」
その子の家では、風邪を引いたら、人ごみに行くときにはマスクが当然だと言う。
しかし、銀座で、フランス料理店で、マスク・・・
だが、彼女は当然のように、そのマスクのまま、予約していた店に入った。
その店の気取ったギャルソンは私たちを席に案内しながら、肩を震わせて笑っていた。

きっと、今なら彼も笑わないに違いない。
マスクが市民権を得て、彼女もさぞかしほっとしていることだろう。

ところで、花粉対策用のマスクは結構優れもので、息が苦しくなくて楽。
私は花粉症の状態から脱却したが、重宝している。
あれをしていると、化粧をしなくても外に出られるのさ。
まあ、おばさんが化粧をしてようがしてまいが、誰も気にはしないと思うが。
朝のごみだしの時はほとんど変装状態だ。
そのままコンビニ強盗もできそうだ。しないけどさ。


c-rawumber
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2005.03.28

経済から考えたニート

Dsc04793llニートの話が最近、また、問題になっていて私の以前の記事にも未だに訪問者がいらっしゃいます。
私が書いたときには50万人くらいだったニートが最近では83万人と言われています。
家事手伝いをニートと認定した結果らしいですけど・・・

ニートとは「金を稼ぐことに価値を見出せない人種」ともいえるかもしれません。
彼らは、金を得るために働くことを良しとしない、夏目漱石言うところの高等遊民のようなものです。

最近板倉雄一郎氏のエッセーを読んでいて、ニートの問題もこういうことではないかと思う一文がありました。

「お金の話をするのは、いやらしい」などと、一体誰が言い始めたのでしょうか?
そいつが、この国を駄目にしたのです。
お金に関わらない人など、居るはずないのです。
経済は、世の中の根底的な仕組みであって、我々の生きている環境そのものなのです。

金を汚いものとし、金にこだわることを悪と考える――これは、最近の堀江氏へ向けられた「金でなんでも出来ると思うな」と言う非難の中にも窺えます。
でも、その非難は自分の立場を正当化しようとするために、すりかえられた精神論です。
そう言う人こそ、金の力を知っている社会の頂点にいるのですから。
そう言う精神論を真に受けて、迷っているのがニートです。
お金とは、社会から頂くものです。社会に対して何がしかの「価値提供」を行った結果として、どういうわけかお金が転がり込んでくるわけです。 
おりおば15号by板倉雄一郎

この板倉氏の言葉のように経済活動を教えられていれば、彼らはニートになることを良しとしたでしょうか?

自分が社会に価値を提供することにより、初めて、自分が生きていける原資を得るのです。
自分に価値が無いなどと言い訳をしてはいけません。
価値はどの人にもあります。
なにより、親にとって、ニートは存在しているだけで価値があるから、援助してもらえるのです。
ただ、だからと言って、ニートのままで良いのだと思うのはどうでしょう?
それは永久に赤ん坊でいたいと言うことです。
未来永劫、自分が金を持っていれば、子供を守り続けたい、援助を続けたいと思うのが親心でしょうが、親だって、いつまでも経済活動が出来るわけではないのです。

何年も生きてきたニートには、赤ん坊の無邪気な可愛さと言う価値はもう失われています。
その代わり、彼らには社会の中で得た物、大きく育った身体が、新たに価値となっているはずです。
そこで、次の言葉。

お金の心配をしなくても済む方法は、たった一つ、「社会への価値提供を真剣に考える」です。
お金が無くて困っている人ほど、お金を稼ごうとするより、社会への価値提供について、真剣に考えるべきです。
お金に困る理由は、お金についての知識が少ないか、または、社会に対しての価値提供が行われていないかの、どちらかです。
おりおば15号by板倉雄一郎

つまり、社会への価値提供を考え始めればよいのです。

今、目の前のニートをどうするかを論ずる前に、日本人の金に対する変な精神論をどうにかしなければいけないように思います。
金は汚い、金の話はするなと言いますが、その精神論を論ずる前に、金とはどういうものかをきちんと話し合うこと、教えることはとても大切なのです。

結局、高潔な精神を持たない企業は社会に受け入れられません。
その経済活動が社会への価値の提供ではない企業は、いずれ、世の中から消えます。
企業にとっても金を稼ぐことは社会への価値の提供なのです。
それを教えないから、各自が金を稼ぐ方法ばかり模索して、結果として汚い金が生まれてしまいます。

金を稼ぐことが汚いと教えられて、どうして、金を得るために努力する気になりますか?
株を買うことはマネーゲーム、危ないと教えられて、どうして株を買う気になりますか?
そんなことをしているから、日本の企業の株は海外に移り、日本の青年達はニートにならざるを得ないのです。

ニートを心配するなら、経済に対する考えを親世代が変えなければなりません。

c-rawumber
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2005.03.27

楽しい占い

Dsc04786x気分の良い朝です。
朝から「ある編集者の気になるノート」さんにお邪魔し、そこから「占い社長!の負け(ない)犬日記」さんを知り、そこにあった占いを楽しませていただきました。
ありがとうございます。

さて、その占いですが、
ひとつは数秘術by「トレヴィータの私に触れる」
生年月日を足して行き、自分の「数=Life-pass」を見つけます。
計算すると私のLife-passは「6」

愛と美と調和。これが「6」のキーワードです。常に美しいものに囲まれ平和に満たされているのを好みます。「サロンで優雅にお茶をする」というイメージがぴったりです。「6」の学びはハートを生きること。何事も善し悪しで判断したり、倫理観を楯に他人を批判したりするのも「6」の特徴です。自分自身もその独自の倫理観やルールを守らなくてはならないと信じており、いつでも正しくあろうとします。時に「良い・悪い」ではなく、自分のハートに超時期に物事を選択することを学んで行きます。また「6」は愛の学びでもあります。恋多き人生を送る人も多い反面、家庭に入ると良き父、良き母となることが多いようです。ハートと同調して生きていくこととはどういうことなのかを人生の中で学んでゆきます。「ハートに正直に生きよう」とした時、時として正しくないことも洗濯しなくてはならないということに遭遇します。善きことも悪しきこともハートでひとつに溶けてゆくということを学びます。
もうひとつ、やってみよう!
新六甲占星術」。これは生年月日で調べるもの。
えーと、私は太陽の人(春うまれ) でした。

同じ日に生まれた人を同じ運命で括れるほど人生は単純でないにしても、時々、こうやって占いをすると、自分の行動を正当化できます。

誰もやったことのないことを次々にやる創始者。希望に燃える人。
自由な創造性。芸術性。子供っぽい。ときに不安症

まあ、私がわがままで好き勝手にいろんなことをやるのはこのせいなのね。
この日に生まれたからには仕方ないわ。
と責任は生年月日に押し付けて、これで今日も上機嫌な私。

皆様も、占いに翻弄されずに、占いの有効利用をなさってくださいね。

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2005.03.26

地底人襲来?

Dsc04788x昨日、作品展の準備をしていると、雪が舞い始め、びっくり。
――真冬に降らなかった雪が、なんでこんな三月も後半になって降るだかなあ?

すぐにやんだけど、昨日は一日冷えた。
今日も、その余波か、少し寒い。
今日はいろいろ有って、食事もろくに摂れない慌しい日だった。

ようやく、夕食をとりながら、「巨大地震の不安100」なんて番組を見ていると、電磁波が起こると時計の針が進んだり、遅れたりすると言っている。
この前うちの時計が狂ったのは、博多沖地震の15日も前。
ちょっと、宏観異常とは言えそうも無い。

その番組を見ながら思い出したこと――

子供の頃、小学校で年に一・二度、映画を観せてくれた。
その中に、「地底人」の話があった。
かなり古い映画で、白黒もはっきりわからないような映画(しかも夜の場面が多かったのでよけい判りにくかった)だったのだが・・・
地震と共に、地面が割れて、地底人(その名の通り地の底に住んでいる人類)が地面の下から出てきて、地上人(我々)を襲うのだ。
たしか、光に強い目が欲しくて襲うのだったような――「謎の円盤UFO」も地球人のボディを欲しくて襲う設定だったような気もするので、記憶がごっちゃになっているかも・・・

例によって怖がりの私は、その映画を観てから、眠れない、夜一人でトイレにいけないという状態になった。
それからも、地震が起こるたびに、あの映画を思い出す。

と、ここで、ググってみた。
あったー。
「まぼろし探偵 地底人襲来」
1960年の作品、吉永小百合が出ている・・・結構有名な映画だったんだ。

1960年じゃ、私の観た時点でも古い映画。
観にくかったのは仕方ないなあ・・・

地底国は、落盤のために住む場所を狭められ、地球上に進出を図ったが、視力の弱い彼らは、地球上の光線に耐えられる眼球の研究を急いでいたのだ

なるほど。
特殊電波を利用した人工地震装置を海底に投下し、地底人の住む地下二十五キロ附近の爆破に成功、かくて地底団は潰滅した

えー? 、虐殺してるじゃん!
ひっどーい。
こんなのを観て育った私たち、大丈夫か?

地底人は確かに酷い奴らだ。
自分が生きていけなくなりそうだからと、地上を侵略しようとして、夜、人を襲い眼球を取るために虐殺している。
寝込みを襲われ、何も判らないまま、殺されていった人々のことを思えば、殲滅しようと言う意見が出ても仕方ない。
だが、地底人にだって、生存する権利はあるし、企みに加担していない無辜の子供もいる。
それなのに、全滅させて解決だなんて・・・

とりあえず、どこかに光の無い部屋を作って移住させ、そこで徐々に慣らしていくという手もあったと思う。
宇宙人とは違い、地底人はもともと地球に住んでいたのだから、共存する道を探しても良かったのではないのか?
地底人のやり方も問題だが、地上人もなあ・・・

そっちが先に攻撃したんだろうが。
こっちは防御しただけだよ。
そう言ういいわけが聞こえそうな気がする。

あれ、これって、最近どっかの会社とどっかの会社の騒動で見たような構図。

乗っ取ろうとしたほうの会社にも、社員もいるしその社員には家族も付いている。
そう思うと、共存できる方法を考えることはできなかったのかと、おバカなおばさんは思うのだ。

あ、あのおじいさんがあんなに頑なだったのはあの映画を作った世代だったから?

c-rawumber
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2005.03.25

サツキとメイの家

1050512ll愛知万博が始まった。
なかなか面白そう。
各国の技術の集大成のようなパビリオンが並ぶ中、「サツキとメイの家」が大人気。
予約で一杯だ。

私はこの頃、今の老人に感心することがある。
――このダイナミックな時代の変化に、よく、付いて来れたもんだ。

サツキとメイの家に象徴される昭和三十年代。
かまどに火を起こしご飯を炊き、水は井戸からポンプでくみ上げ、洗濯は盥で手洗い、風呂も薪で炊いた時代から、ご飯を炊くのはスイッチポン、水は蛇口を捻るだけで出て、洗濯は洗濯機がしてくれるだけでなく、乾燥までの機能もあって、風呂の湯入れも自動、あの頃は一部の家にしかなかった電話やテレビや冷蔵庫があり、携帯電話でどこでも話せ、インターネットで世界と繋がっている現代へのあっという間の移行。
その変化をサーファーのように楽々と乗り越えてきた老人達は本当に凄い人たちだと、DVDの機種が変わると操作できなくなるおばさんは思うのだ。

私は年を取ってよぼよぼになったら、子供の頃住んでいたダム湖の畔に戻って、朝夕の自然を楽しみ、のんびりと昼寝して暮らすのが理想。
私のように、子供の頃の自然の中に戻りたい人は多いのではと思う。
でも、そこで、水汲みや洗濯や買い物をするのはとても大変。
現代の技術に支えられてはいるけど、周りはまったくの自然で、自由に水遊びや山歩きができる老人ホームがあればよいのにと思う。
うちの母は病気のためにどうしても閉鎖された施設に入らざるを得なかったけど、心は何時も故郷の野山を駆け巡っていた。
もし、目の前に本当の自然があったなら、心と身体が離れずに住んだのではと思う。

職業も無く過疎化して行く村がこれからの村おこしをしたいと思うなら、安全に配慮した開放型の里山老人ホームを考えるとよいかもしれない。
きっと、老人達も生き生きと子供に戻って、知恵を発揮して、楽しく暮らすと思う。
あ、でも、老人達が溌剌としすぎて、面倒見るほうが倒れるかも。

「トトロ」を見て育った子供達。
彼らがトトロを喜ぶのは、そこに日本人の原風景が有るから。
人の身体は自然を喜ぶようにできている。
あの自然を子供も欲しているのだ。

c-rawumber
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2005.03.24

ある定年の日

Dsc04775x昨日はなんだか倒れていた私です。
別に、風邪という訳でも、花粉症の症状と言うわけでもなく、動けないのです。
時々、そんな日がありますが、それは自分の身体からのSOSと受け止めて、おとなしく寝ることにしています。
ですから、このブログでも、寝ている記事が多いかも。
ナマケモノ科に属していると思ってください。

で、今日は朝から大忙しです。
土曜日の小さな発表会のための準備に加え、注文の花束の配達、会場装花の生けこみ、その後、レッスン。
朝一番で仕入れに行き、ようやく、ただいま休憩中。

仕事をしていると、世間と繋がっているようでほっとします。
定年を迎えた方などは、どことも繋がっていない自分にきっと戸惑うことでしょう。
定年後に、勤務されていた会社のことばかり話される男の人は結構います。
メモ用紙なども以前の会社のものを持っておられて、その方のかつての勤務先への思い入れを感じ、ちょっと、切なくなります。
会社が誰のものかとは一概に言えませんが、会社を支えているのはそういう会社に愛着を持つ人々、だと言うことは間違い有りません。

昨日の会見で、ライブドアの堀江社長は従業員様と呼びかけました。
(誰かのアドヴァイスを受けたのかもしれませんが)
今までの彼の口からは出なかった言葉です。
それを揶揄する人もいますが、言葉は大切です。
心は言葉についていくことがありますし、言葉に出すことは契約なのです。

ライブドアはニッポン放送を実質的に手に入れたようですから、彼には新たに大きな責任が生まれました。
堀江社長の社員や役員を大事にし、リスナーのために会社を発展させると言う言葉はすでに彼の公約なのです。
これから、どれだけの研鑽を積まなければならないかと彼には同情します。
先に書いたような社員一人一人の思いを背負って、今まで買収してきた若い会社とは違う老舗を舵取りをしていかなければならないのですから・・・

でも、人は成長します。
今回のやり方はあまり良いやり方でなかったと、彼には分かったはず。
何人も最初から完璧ではないのです。
いつか、「ライブドアに買収されるんだって、ラッキー!」と、買収先が喜ぶようになれば、堀江社長の大勝利です。
そうなることを、堀江氏個人とライブドア、何よりも買収されたニッポン放送の社員のために祈らずにいられません。

それにしても、今度の騒動で日本人が株と言うものについて考えたのは、確かです。
私も、株主とは金儲けのために株を売り買いする人という感覚だったのですが・・・勉強になりました。
社会に寄与しながらも金儲けもできる芸術家のような方法が、株にもあるのではないかと、少し希望が持てたように思えます。
株を買いたくなりました。(ビンボーなのですぐには無理ですが・・・残念!)
このことは、また、時間のある時にじっくりと考えましょう。

さて、今日作った花束は定年を迎える方のためのもの。
その人の思い出の花になる花束は、なんて幸せな花束でしょう。
そして、それを作ることのできる私は、なんて幸せ者でしょう。

c-rawumber
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2005.03.23

ゴミの有効利用

2091408ll隣の庭の梅が散ってしまった。
着々と春は進んでいるらしい。
でも、世の中には寒風吹きすさぶ地があるようだ。

最近騒がれている「ブログ時評」の3月23日付の「ブログの現状はそれほど素晴らしいか」の一文。

一つひとつの書き込みの意欲は大いに買ってよい。しかし、「もっと勉強しようよ」と言わざるを得ない。書き出す前にGoogleで検索するだけでも随分違うと、前に書いたと思う。自分の感性を信じるだけで現在、次々に発生している事象が語れるほど単純であろうはずもない

彼によるとインターネットの99%はゴミなのだそうだ。

確かに、私以外の誰かにとって私の文章なんかゴミなのかも・・・
最近はゴミも有料化されていて、うちの町のゴミ袋は今の価格の二倍になるらしく、買い占められて店頭に並んでいない。
私のゴミ記事に費用がかかるのはそう言うわけか・・・

でもねえ、ゴミのせいでGoogle検索の質が落ちていると述べている団藤氏が、Google検索をしてから書けと言うのも矛盾しているような気もするし・・・

大体、まったく正しい真実なんてものがあるのだろうか?

真実ではなく事実というなら確かにあると思う。
戦争や、天変地異、冠婚葬祭、それは事実だ。
だが、その原因や理由に話が及べば、それはもう、ゴミの領域になる。
誰もが納得する真実なんて無いのだから・・・
そう言う点では、インターネットに限らず、ある個人にとって多くのものは「ゴミ」だ。

私がブログ時評シリーズで書いたものを読まれると、ブログの知のレベルが自ずと見えるはずだ
と団藤氏は言われるが、私には彼の目論見どおりのものが見えない。

私は自分の人生の経験から得た価値観や地域性や嗜好に縛られている。
すべての人間はそう言うものに縛られ、そこから世界を覗いているのでは?
新聞記者としての団藤氏の視点とおばさんの視点が同じであるはずがない。

今まで物を言わなかった一般大衆は、物を言えるツールを持たなかっただけで、何も考えていなかったわけではない。
インターネットにより、物を言えるツールを手に入れたからには、みな、思っていることを言い出す。
その思いをきちんと受け止めることで、次の政治の方向性や、新しいビジネスに繋がると思うのだが・・・
それをゴミと切り捨てている人は、みすみす目の前に流れている宝箱を見逃しているようなものでは?

ゴミをゴミのままにするか?
次の資源とするか?
まったくゴミの問題は常に難しい・・・


c-rawumber
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2005.03.22

百億の昼と千億の夜

1042801ll夕べ、寝る前にネットのあちこちを飛んでいたら、「フォトン・ベルト」と言う記事に行き当たった。
真夜中の孤独の中で読んでいて、怖くなり、やめて寝たのだが、悪夢に魘された。
フォトンベルトについては反論も多いようで、それがどうかは何の科学的知識もない私には検証できない。

まあ、それを信じるほうの記事によると、2012年12月21日にはそのベルトの中に地球が入るそうなので、何とか生きていれば、その日にはわかる。
あまり遠くない未来だから、楽しみにしていよう。

ちなみにその2012年12月21日と言うのはマヤ暦が終わる日でもあるらしい。

だから、その日が突入の日に選ばれたのか、その日に突入するからマヤ暦がそれを予言しているのか、それもその日になるとわかる。
楽しみがひとつ増えた。
1999年が終わってしまい、気が抜けていた人は、2012年をお楽しみに!(笑)

私が怖いのは2012年12月21日を迎えることではなく、宇宙時間や宇宙空間がどこに浮いているのかと言うことだ。
子供の頃からそれを考えると怖くてたまらない。

人間の身体の中にいる細菌にとって、人間は地球のようなものだ。
細菌は自分が生きやすいようにせっせと環境を整え、滋養を人間の身体から摂っている。
細菌は自分のしていることが身体に与える影響を知らない。
だが、その細菌がいることで、私は病気になる。

同じように、人間は宇宙にとって小っぽけな存在だが、人間のせいで地球や宇宙が病気になることはありえるのだと思う。

人間は、こういう細菌があってこういう働きをしているとか、こういう現象が宇宙にあって人間はこういう影響を受けるかもしれないと研究している。
同じように人間を観察し、その働きを抑える研究をしている何もかがいるかもしれない。
向こうは人間の存在を知っているが、人間はそれを意識すらできない。
そんな存在があるのではと思うと怖くてたまらないし、その連鎖がどこで終わるのかと思うと私は眠れなくなる。

そう言えば、昔、「百億の昼と千億の夜」という光瀬龍氏の小説があって、萩尾望都氏が漫画化されたのだが、それを読んだ時にしばらく混乱していたっけ。

そう言う子供の頃の不安を話す相手もいなくて、私は闇の中で眠れない夜を過ごした。
あの頃の不安を引きずったまま大人になったのは、ちょっと、不味かったかも。
でも、そんなことを話せる相手って、なかなか、いない。
大人になってもいない・・・

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2005.03.21

自然に奪われないもの

Dsc04771x九州は地震が少ないところだったそうだ。
それがM7.0などと言う大地震に襲われた。

北海道、新潟、宮城、今度の九州。
本命と目されている東海、東南海、南海では起こらず、地震予知と言う点では、無視されていた地域に巨大な地震が頻繁に起っている。
まるで、この本命の地方にがっしりと杭でも打ち込まれていて、周りがじたばたしているように見える。
――その杭が外れる日はいつなのだろう?


象潟や雨に西施がねぶの花

芭蕉の句で有名な秋田県の象潟は、この句が読まれたあと、文化元年(1804)6月4日、夜10時ころ、マグニチュード7.1(推定)の地震で、小島の浮かぶ湾が隆起し、陸地となってしまった。
象潟を中心に南北25kmの地域が180~200cmほど隆起してしまったらしい。

今の象潟には西施の儚げな美を見つけるのは難しい。
象潟は田んぼの中にこんもり茂った森(かつての小島)のようなものが点々とあるのどかな田園風景に過ぎない。
そこが二百年前には、海の底だったとは到底思えない。

象潟地震の被害は「象潟」を中心として南北60kmの日本海沿いの地域に及び、多くの家が倒壊し、366人の死者が出た。
象潟の隆起とともに陥没した地区もあったという。

そう言う大地震に遭い、その時、そこに住んでいた人は大変な思いをしたはずだが、人は今でもそこに住んでいるし、その地を愛している。
今度の新潟の地震にあっても、あの山奥の村に、人は帰りたいと願っている。
自然災害は誰に文句も言えないし、誰にも平等に起こる。
だから、人はそこから立ち直れるのだ。

民族、宗教、イデオロギー、欲や妬みや憎しみ、そして愛、いろんなものを挟んで人は対立しているが、そんな対立など、地震の一揺れ、津波の一波がくれば、問題ではなくなる。
何を信じようと、何を持っていようと、地が動き、水に流されれば、すべてを失い、自分の身一つが在るか無いかになってしまう。
そのとき問われるのは自分が何者であるか? なのだ。

災害ですべてを奪われたとき、最後に残るのは身一つの自分。
難しい微積分が出来ようと、実際に火ひとつ起こせなければ、生きていくのは難しい。
脳ばかりで生きていることが出来ると思うのは、そのほかの何もかもを誰かが提供してくれるからだ。
そのサポートが無くなった時、出来ることこそが身についた勉強なのだと思う。
身に付いたものは誰にも奪えない。
自然にもそれは奪えない。

私たちは、まだ、自然を制圧したわけではない。
揺れる大地を固定することもできないし、大雨を避けることもできない。
花粉すら防げない。

都市にあろうと、山奥にいようと、私たちは地球の営みから逃れることはできない。
地震や津波や洪水や大雨がいつやってくるかも知れない危うい世界に、私達は生きている。
周りで起こっている災害を、ちゃんと見つめて、今、自分に足りないものを準備しなければいけない時期が来ているようだ。

c-rawumber
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2005.03.20

先駆者

Dsc04767xまったく、目敏いったらありゃしない。
夫の話だ。
実はこの前買ったばかりの車をぶっつけてしまった。
というか、ある店の駐車場に入れたところ、そこを直しているようで工事の人がいて、邪魔だといわれ動かしたところ、なぜか土が積んであって、そこに乗り上げ、どしんと落ちた。
どういうわけか、落ちたところに杭が出ていて、それでバンパーが外れそうになったということで・・・ネジも壊れて、いずれ、取り替えなければいけないようだ。

だが、買って一ヶ月もたっていない。
応急処置をしてもらった。
とても言い出せなくて、「禍福は糾える縄の如し」なんてブログに書いて、惚けていたのだが・・・

奴は昨日一回運転しただけで、その異変を察知して、
「お前、もう、ぶっつけたの?」と、聞いてきた。
ほんと、ぼんやりしてそうに見えるのになあ・・・あの人。
侮れない。

と言うわけで、しばらくは小さくなっている(つもり)。


板倉雄一郎氏を知ったのは2002年の夏。
その日、私はベンチャー関係の相談に出かけていて、電車の中で駅で買った週刊文春を読んでいた。
そこで、「『失敗から学べ!』 ~社長失格の復活学~」と言う著書の書評を読んだ。
ハイパーネットも「社長失格」も知らなかった私は、それから、「懲りないクン」やそのほかの著書を読んだ。

そして、私はその頃始める準備をしていた事業への投資をお願いするメールを板倉氏に送った。
投資の件は成立しなかったけれど、彼は私のようなおばさんのメールにもちゃんと答えてくださる人だったので、それからも、時々、メールを送りつけた。

本の中の彼の言葉、悲しみや苦悩や迷いや驕りまでも素直に語った文章は、人生に迷っていた私に光を与えてくれた。
人は失敗してもやり直せるし、変わろうと思えば変わることも出来る。
この失敗で、私と言う人間の持っているものが消え去るわけではない。
そう思うことができ、私は兄姉と始め、私に残されてしまった店を畳む決心が付いた。

私は文学部に進学したが、自分の求めるものが文学には無いと絶望し、遠ざかっていた。
と言うよりも、私には語る人生が無かった。
それが、様々な失敗を重ね、様々な人の感情を知り、ようやく、私には人生の一部が見えた。
それによって、私は語りたいと切実に思うようになっていた。
自分の思いを他人に伝えなければ、道は開けない。
どうすれば、私の思いを人に伝えることができるのだろうか・・・
それを実現する方法を、私は彼に宛てて書いているメールの中で発見した。

そして、今のお気楽な私がいる。
まったく板倉氏は恩人のようなもの。

今、社長日記で堀江氏や藤田氏が書いている内容は、板倉氏のように女性関係を赤裸々に書いてはいない「ソフト版懲りないクン」のようなものだ。
ホリエモンの社長日記を読むたびに、ああ、これも板倉雄一郎の影響のひとつなのかと思う。
あれも、まったくの自前の記事だったようで、その点もブログと似ている。

今、板倉雄一郎氏は次の目標、日本人のフィナンシャルリテラシーを高めようと努力している。
彼は常に先駆者だから、いつか彼の言っていることが日本人の常識になるだろう。

でも、早すぎるということは成功を約束するものではない。
彼自身がハイパーネットでそれを身に沁みて感じたと思う。
急がず、のんびりと、犬達と遊びながら、じっくりと待つことも必要だ。

彼が今育てているものが熟し、その果実を彼自身が収穫できるようになることを、願わずにはいられない。

c-rawumber
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2005.03.19

なかなか気持ちの良い土曜日

Dsc04770x久しぶりに掃除ができた。
気持ちの良い朝だ。
昨日の風の名残が時々吹くけど、今日は穏やかな日。
昨日の症状は何時ものサプリメントを三倍飲んだら直った。
今日はすっきり。

さて、花粉と陰謀渦巻く日本はどうなっているのかしら?
とテレビをつけると今日はたいしたことも無いらしい。
名古屋情報満載の番組ばかり。
土曜日の朝はまったり基調。

自分の人生を考え、転職したがっている人がいる。
やったことのない仕事をしてみたいらしい。
若いし、いろんなことをやるのは良いことなのかもしれない。
でも、と思わずにはいられないところもある。

小さいながら店をやったことで、私は雇う側の苦悩も知った。
その人は何年かその会社に勤め、たぶん、ようやく戦力になってきたところなのだろう。
育てては失う経営者側の辛さもわかるだけに、なんともいえない。

それに、その人が次の職場で、また、一から慣れない仕事を始めなければならないというのも大変だろうと思うし・・・自分のキャリアのために転職すべきだと諸手をあげて賛成はできない。

転々と就職先を変えることがキャリアを積むことになるような人はあまりいないような気がする。
ほとんどは、前よりも給料も待遇も悪くなる職場にいくことになるのが今のここら辺の状況だ。
ステップアップしていけるような人は一握り。
そう言う人は、もともとその器が会社に収まらなず、否応なく、出ざるを得ない。

私自身は派遣社員の経験もあるので、いろんな会社にお世話になった。
そこで思ったことは、じっくりと腰を落ち着け、自分の職務を黙々とこなしている人には適わないということだった。
決して、派手に自分をアピールすることもなく、自分がやるべきことを黙々とやり、それへの評価を求めない人。
そういう人がいる場所はなかなかに居心地が良かった。
あんな居心地の良い場所はもう無いのかなあ・・・昔のことだもんね。

話は飛ぶが、私の友人に非常な美人がいた。
もう、そこらのモデルなど顔負けのような完璧な美貌の女性だったのだが、彼女は派手な仕事を選ばず、小さな会社で事務の仕事をし、お見合いで結婚し、専業主婦になった。

一度、彼女の家に行ったことがあるが、きちんと片付いていて、手作りの美味しい料理が出た。
あんなに綺麗な人がその美貌を生かさずに、そんな地味な人生を送るのは勿体無いと、ブーな私は思ったものだが、本人はその美貌を大して評価していなかった。
ご主人の仕事の都合で遠くに行ってしまい疎遠になって、今の彼女の状況はわからないが、たぶん、良いお母さんになっているような気がする。

自分のいる場所をきちんと大切にし守っている人は、キャリアを求めて自分探しをする人に決して引けを取らない。
そんな気がする。

c-rawumber
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2005.03.18

花粉症だった私

Dsc04766llたぶん、この苦しみを共有している人は、世の中にごまんといる。
自分だけが苦しいわけじゃない。
この苦しみの果てに、必ず、微笑み交わす明日が来る。
だから・・・
負けないぞー、花粉なんかに!

今年は症状が出ない、ラッキー!
と思っていたら、突然、どかんと来た。
やっぱ、寝不足と過労がいけないみたい。

最近、「特ダネ」でもライブドアVSフジの話題をやっている。
このところ、以前は「特ダネ」を見ていた私も、他のチャンネルを選んでいる。
だって、フジはこの問題、報道しないから。
私みたいな人が多いようで、どうも「テレ朝」に視聴率で抜かれたらしい。
で、渋々、この問題を報道するようになったようだ。
でも、奥歯に豚カツくらいの厚みのものが挟まっていそうな風情。

せっかくの漁夫の利、もっと、面白い切り口を見せてくれるといいのになあ・・・
フジテレビのアナウンサー50人に聞きました。
ホリエモンは好きですか? etc.


メディアは特別な企業。
ライブドアのような金儲け集団には任せられない、提携できない。
フジ側は、メディアがいかにも高貴な存在であるかのような発言をしている。
が、所詮、金儲けのために自分のスキャンダルさえ売るしかなくなったらしい。
なんだ、結局、ライブドアとおんなじ?
今まで、国民がどんなに興味を持とうと(自分のスキャンダルを)報道しなかったのも変だけど、なんか、おかしくない?

まあ、金儲けがいけないという考えも変だ。

どんな人も、自分を養う金を得るために(=金儲けのために)働いている。
突出するのがいけないというのなら、日本は共産主義になるしかない。
美に価値を持つ人がいるように、金に価値を持つ人がいても良いではないか?

演奏家や美術家が納得の行く演奏や作品を作るため何度も繰り返し練習するように、金を儲けることが好きで関心のある人は、必死で儲けられる方法を探している。

演奏家や美術家に文句を言う人はいないが、金を儲けたいと言う人には非難が集まる。
演奏家は演奏で金を儲けている。
美術家は作品を売ることにより金を得ている。
それなのに、その差は何なのだろう?

たぶん、演奏家や美術家はその技術や才能で人を喜ばせて金を儲けるが、金儲けを目的とする人は他人から金を奪うばかりで相手に与えるものが少ないから、なのだろう。

ライブドアがその主張通りに、ニッポン放送やフジテレビに与えるものがあるのなら、フジ・サンケイグループはそれをいたずらに卑下して突き放してはいけない。
反対にライブドアが与えるものが何も無いのなら、相手の金を奪うために乗り込むという海賊まがいのことを仕事と呼ぶのは不遜だ。

どっちもどっち。

花粉でキシキシになっている頭ではこんなことしか考えられない。

それにしても、今日の風は強すぎ!
この前、山火事と間違えるほど花粉が飛んでいると報道されていたけど・・・
それが、渦巻いている!間違いない!


c-rawumber
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2005.03.17

誰かかわりに

朝から仕事、仕事、仕事の日。
まだ終わらない。
これから、25個コサージュを作り、明朝7時に配達の予定。

今日は、これまでに、コサージュ5個、アレンジ4個、花束ひとつ、会場装花1基を作成済み。
そして、昨日作ったアレンジ7個の配達に行き、花の仕入れに行き、作成し、その後また配達に行き、と言うハードスケジュール。

その間、夕べ録画しておいた、美輪明宏氏とトキオの国分氏の番組を聴いた。
なんと、江原啓之氏まで出ている!
気だの、オーラだの、守護霊だのとオカルト満載な番組。
母親の霊に文句を言われた不肖の子供としては、しっかり聞いておかなきゃ。

――ああ、そう言えば、明日はお寺に行く日だった。
これで、満足してくれると良いけど・・・
これ以上、歯ブラシを飛ばされたり、音を出されたり、免許証や貯金通帳や保険証券を隠されてはたまらない。
ハサミなんか何個無くなったことか・・・

さて、そろそろ、始めるとするか・・・
今晩は眠る時間があるのかしらん。

なんて言いながら、ブログなんか書いてんなよ。
と言われるかもだけど、これはお約束。
やらないわけにはいかない。

こんなときは、誰かかわりに、ご飯食べたり、お風呂に入ったり、眠ったりしてくれないかなあ・・・

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2005.03.16

匂い

ここは追記(15:10)です。
初めての方は下からどうぞ。


黙々と仕事をして、ちょっとお茶休憩とパソコンの前に座ったのですが・・・

ライブドアが50%超の株を取得されたそうで・・・
まあ、大方の国民の想定の範囲内?

さっき、遅い昼食を食べている時、ポニーキャニオンの社長が「堀江さんに会う気は無い」と怒っていた。
なんで、会う気は無いなんて駄々っ子みたいなことを言えるのかしら?
会わずに済むわけ無いでしょ?

私みたいな田舎のおばさんでも、会ってお話して、何とか良い方向に行くようにすり合わせていくしかないと思うのに・・・

でも、フジサンケイグループってあんなに柔らかそうな番組を作っているのに、トップはガチガチの石頭っぽい人ばっかりなんだ?
と妙に感心した。

この前からテレビで紹介されるあのグループの社長達を見ると、
「きっと、新株発行を差し止められるなんて考えも付かなかったんだろうなあ」
という気がする。
あまりにも、みなさん、「いばりんぼ」

今度のことで、これからの経営者って、会社内で下積みから叩上げて年功序列でなれるものでは無いとはっきりしたわね。
タフでしたたかで粘り強くて権謀術策に長けていて、なおかつフェアである人――そんな人は下積みなんかしないし、そんな部下がいたら上司は、きっと、狂ってしまう。

この問題は株式を公開しているどの企業でもいずれ起こリうる事。
そこで、社長がパニックを起こして感情的になり判断を誤まれば、その社長は会社にとっては敵対買収をしている相手と同じくらい会社のためにならない人なんだろうなあ。

なんて、おばさんがおせんべいを齧りながら考えなきゃいけない世の中も、どうかと思うが・・・


★朝のエントリーはここから


Dsc04764ll今日は、一日、アレンジと会場装花の作成に追われそう。
我が家は今、花畑状態。
良い香りに包まれています。

そういえば、昨日、ヒヤシンスの花の香りが、色の違いでかなり違うということに気がついて、なんか大発見したような気がしました。
ピンクは甘いお菓子のような香りなのですが、ブルーはちょっとスパイシーなのです。
同じ花なのにこんなに違うのってびっくり。

色の持つ力とか、匂いの持つ力に着目して、最近はカラーセラピーとかアロマセラピーが流行っています。
あれも、侮れないものだと思います。

実は、子供の頃、タバコの吸殻の匂いが好きだった変人の私。
煙の匂いは嫌いだったのに、吸殻の灰の匂いは好きで、鼻を付けてクンクンしていました。
我が家はタバコが無いので、今でも好きかどうか検証できませんけど、懐かしく思い出します。

タバコはコカインと同じく、葉っぱの加工品ですから、コカインを鼻から吸ったのと同じ様なものだったのでしょうか?
うん?
燃やした後の灰ということは、ダイオキシン一杯のとんでもないものだったわけ?

やれやれ、私の頭の悪さはあのせいかも・・・
めげていないで、とりあえず、始めるとするか――

息抜きに、また、書くかも・・・です。


c-rawumber
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2005.03.15

ブログの責任?

Dsc04763x今日は朝から忙しくて、ようやくさっきパソコンの前に座りました。
で、いつものブログめぐり。
ふうん、あの人はテレビ出演?
あの人はババアに興味を持ったのか?
などとうろうろしていて、R30さんのエントリーで引っ掛ってしまいました。

それはともかく、あれですかね。お金を一銭も受け取ってなくても、アクセス数が増えることによる責任というのは、自動的に増すんですかねブログというのは。参加型ジャーナリズムというのは、もう少し「ネタをネタと見抜け(ry」な頭の良い人たちが読者であるような場所だと思っていたんだけどね。

前に、「キダムの時代」というエントリーでも書いたのですが、ブログはどんなに有名な人にも無名の人にも、等しくコメントやトラックバックを送れる優れものなのですが、反面、ある朝、目覚めて自分のブログにいくと、訳のわからないコメントやトラックバックが溢れているというびっくり仰天の展開があるかもしれないスリリングなものでも有ります。

自分が感じて書いたことに、文責云々と言われても、「感じ方」については、その人の人生の時間が関っていますからねえ。

例えば、ある人が、蝶々は青臭くて嫌いと書いたところ、蝶々愛好会会長から、
「蝶々は青臭くなんか無い。誹謗中傷だ。その文責をどう感じている?」
と詰め寄られたとする。

その人は、子供の頃、サラダのレタスを口に入れたところ、母親が良く洗っていなくて付いていた青虫を食べてしまった。
気持ち悪くて泣いたら、母親があわてて、青虫はいつか綺麗な蝶々になるのよと言った。
それ以来、その人の中であの虫の青臭い味と蝶々が結びついてしまい、蝶々を見るたびに口の中に青臭いものを感じ気持ち悪くて仕方ない状態になっている。
と言うようなこともあるわけで。
(あれ、例えが変だったかな? ま、いっか、無理やり進めよう)

で、蝶々が青臭いと書いた人は、どう、責任が取れるのでしょう?
彼にとっては、確かに蝶々は青臭いのです。
そこで、彼ができることは、その蝶々愛好会の会長に青虫を食べてもらい、これが蝶々になるんですよと言うしかないのです。
ところが、それを食べた会長にとってそれがなんとも香ばしい良いお味だったとしたら、もう、永久に青臭いと書いた人の気持ちは理解できないのです。
つまり、その時点で、責任は彼の気持ちを感じることができない蝶々愛好会の会長にあるわけです。
と、責任なんていい加減なものです。

R30氏へのコメント読んで思ったこと。

なーんか、こんななんの文責も持つ気のない人の、ただの便所の落書きみたいな文章が普通のニュースのページと並んでるのってすごく問題ある気がするなぁ。投稿者: エキサイトニュース見てた人 (March 15, 2005 03:26 AM)

そうでしょうか?
それこそ、インターネットの双方向性の具現じゃありません?
このニュースに対して、俺はこう感じた、私はこう感じたといえるのが、ネットのよいところでしょう?
だからこそ、この人も、コメントを送ることができたわけで・・・
だからこそ、私もTBを送れる訳で・・・

R30さん、私は、時々、あなたとは意見が異なります。
ですが、その違いについて考えること私は楽しんでいます。
共感できることも反発することもあるけど、でも、この人のこの感覚は面白い。
そう皆が思うからこそ、あなたのブログのPVは上がるのです。

もし、PVが上がることによる責任があるとすれば、その責任は書き手側にのみあるのではなく、読み手にもあると思います。
そのブログを訪ねることを選んでいるのは読み手ですからね。

それにしても、何気なく投げかけた言葉がどこかで誰かを傷つけているかもしれないというのは、ブログに限らずありえることで、常に覚悟しておかなければならないのかもしれません。
そして、いつかは何らかの形でその責任を取ることになっているのだと思います。

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2005.03.14

忘れられているホワイトデー

Pic00018x今日も雪がちらほら。
白熊星人が来ている――間違いない!
ロマンチックなホワイトデー・・・のはずが、
朝から、テレビはホワイトデーのホも無い。
クラウンジュエルだ、ホワイトナイトだと、
ロマンテックな響きのホラーの話ばかり。

もし、会社が株主のものと認定されたなら、日本人は外国の奴隷になるしかないだろうなあ・・・

だって、日本人は皆、郵便貯金とか国債を買って、しっかり自分の家を守っているつもりでいるけど、自分が働いている会社は外国の投資家のものになっている可能性大。
懸命に働いて、外国の株主に配当と言う貢物をする存在になってしまっているかも。

とりあえず、小銭を貯めて、株でも買うとするか・・・
まずはニッポン放送でも買おうかしらん?(かなりの博打?)
「あんたの1株が過半数の決め手」
なんて、囁かれたら面白そう。

堤さんは「何故株式を公開しなければいけないのかわからない」と言ったらしいけど、そのうち日本中のオーナー社長がそう叫ぶ日が来るかもしれない。


ところで、今日、ようやく、パソコンを別室に移動してもらった。
寝室は先月変えたので、これで一安心。

新しい寝室は、この家を建てて以来、使っていなかった部屋。
その部屋からの眺めはなかなか素晴らしい。
半分は空、後の半分はうちの町を囲む山々の連なりとその下に広がる田園風景。
夜景もばっちり!

で、今朝、起きて窓を開けたところ、向こうの山すそで新幹線がすれ違っているのが見えた。
――在来線の線路が見えているのは知っていたけど、新幹線も見えたんだ・・・
それは他のどの部屋からも見えない景色。

時々、視点を変えるって、大切なんだなあ。

今、自分の見えているものだけが、すべてではない。
その立場に立たないと見えないものが必ずある。

今は見えていないものを、私は見ることができるだろうか?
そうなれることを、年甲斐も無く、願わずにはいられない。

c-rawumber
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2005.03.13

主婦の特権・行使中

3022503ll復活!
ベッドから出て一階に下りてびっくり。
廊下の真ん中にピンクのトイレ用の柄付きブラシが・・・

といっても、そのブラシはトイレ用には使用していなくて、花用のバケツを洗うために置いてあったもの。
でも、なんでこんなところに・・・
その後居間に入って、テーブルの上に脱いだ靴下が置いてあってびっくり。
なんでこんなところに・・・
夫は朝出かけたまま、まだ、帰っていない。

私って、そんなことをするほど、疲れていたの?
それとも、お小言・・・

で、テレビをつけ、チャンネルを回すと、「月のワルツ」が始まった。
あれ、また、やっているんだ?
あ、そうか、それで、最近のアクセスの検索ワードに「月のワルツ」が入っているのねと納得。

それにしても、休めば休むほど、体の底から疲れが湧いてくる。
今夜は早く寝よう。


以下は3時半のエントリー
---------★------★

今日は半日をつまらないことで潰した上に、面倒なことを引き受けてしまい、なんともなあ・・・の日。
その間、ふと、目を上げると、窓ガラスの向こうが吹雪!
朝起きたときには青空で、今日も♪いい天気~♪と歌ったくらいだったのに・・・
(サクちゃんがベッドの上で寝癖の付いた顔を上げ、煩いなあと言う目で見ていた)

春じゃ春じゃと浮かれていたら、急に冬じゃん。
不味いよ、これ。
今はもうやんでいるけど、結構な寒さ。
今日はやりたいこともあったんだけどなあ。

・・・なんか、疲れた。

世の中が面倒な上に、霊にまで文句言われて、まったくトホホな私。
布団かぶって、寝る!


TO:お犬様・夫様・世間の皆様・歴代のご先祖様。
えー、ただいま、主婦の特権・昼寝中でございます。
色々とご不満もございましょうが、お小言は明日になさってくださいませ。
あしからず。


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2005.03.12

悩みあれこれ

Dsc04753ll今日は朝から会場装花の生けこみ。
会場の花は、開いたものでなければ見栄えがしないので、開かせるのですが、咲きすぎたり、開かなかったり、思ったようにはいかないことがあります。
でも、今日の開き具合は、結構、いい感じ。

昨日、ホワイトデーの前倒しと、知人からケーキをたくさん頂きました。
確かに私はケーキ好き。
だけど、この量は・・・
朝ご飯代わりに一個、帰って一個とかなり無謀な食べ方。
せっかくのお気持ちだから、食べきらなきゃ。
夫は太るからなんて食べてくれない。
あなたのバレンタインチョコ、私は頑張って食べてるよ!(まだ、半分残っているけど)
でも、義理チョコ一個にあんなにお返ししなきゃいけないなんて、男性は大変。
あげなきゃ良かったかしら?

昨夜、姉に呼び出されました。
姉が知り合いの霊能者(それを職業にしている人ではないのですが)とある会で出会ったところ、その場で、亡くなった母がその人に訴えたらしいのです。
それは自分の信仰していた真言宗のお経を聞きたいというかなり切実なものだったそうで・・・

もちろん、母のために兄夫婦は法事もし、お経も上げているのですが、それは母の信仰とは別の宗教なので、母には届いていないのだそうです。
姉と話し合って、その願いを適えるようにしようと決めました。
姉が真言宗のお寺さんに相談したところ、早くしたほうが良いと仰られたそうなので、来週、お寺に行きます。

私はお葬式や法事は生きている人のためと割り切ろうとしていたのですが、それは間違いだったようです。
生きている人間に対してと同じく、相手が望まないことをしても、こちらの気持ちは伝わらないのでしょう。

でも、このことで、悩みがひとつ増えました。
――母のように、これと言う宗教を信じていない私は、どうなるの?

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2005.03.11

あらまあ

Dsc04752llあらまあ・・・
これは、大変・・・

テレビ文化は誰のものかしら?
スポンサーのもの?
視聴者のもの?

スポンサーは資金を出す限り、結果を求める・・・結果=視聴率です。
それでは視聴者はどういう人かと言うと、主役は老人、女、子供。
うちでゆっくりテレビ見て笑っている、などという働き盛りの男なんてあまりいないはず。

反対に、インターネットは男性が優勢かも。
今、話題になっているネットとインターネットの融合と言う話。
それには、テレビとパソコンを一体化して、手元のボタン操作でネットに繋げるようにしなければ利用は難しい?
つまり、携帯電話方式と言うことですね。
テレビとパソコンと携帯電話を作っている企業には新製品開発&ビジネスチャンス。
各事業部が仲良く開発したらよろしいかと・・・

テレビ文化もそうですが、昨今の流行は、女性主導のものが多いようです。
オタク文化は別ですが・・・
結局、財布の紐を握っているのは主婦ですから、女性を敵に回すと大変なことになります。

その点では、フジ側が意図して流したものでないにしても、あれは、不味い・・・
女は男に縋って良い思いをしている女には冷たいけど、子供抱えて頑張っている女を鞭打つような男達を許しませんよ。
これが意図したものでないにしても、致命的です。
日枝さんは関与していないことなのかもしれませんが、ここまで荒れさせて、こんな話が出てくるまでにしてしまった責任は免れません。
女性は、かなりシビアに判断すると思います。

まあ、新株発行の差し止めが認められたようですから、いずれにせよ、新しい局面を迎えるのでしょうが・・・


と、他所の騒動に気を取られて、、チャンネルをその話題に合せて変えている物見高い私ですが、今日は二か所のレッスン。
それから、今度の発表会の打ち合わせ。
明日のいけ込みの準備と忙しい日。
日中はほとんど出ていました。

最近、山の木々が残っている枯葉を落し、新芽を出す準備をしているようで、山道を走るとその胎動が伝わって来て、なんだか胸騒ぎがします。

今年はどんな春になるんでしょう?
カナダに行った生徒がスキー場が閉鎖されるくらい今年のカナダは暖かいと言っていました。
東京は三月に大雪ですし・・・異常気象は続いているようです。

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2005.03.10

黙る

10122010ll昨日はとても暖かい日でしたが、今日は少し肌寒いような・・・

一昨日のエントリーで、もう少しで20000アクセスと書いたのですが、昨日のエントリーが何時もの二倍のヒットになって、今の時点で20160になってしまいました。
 

切込隊長のエントリーは今の時点で更新されていませんが、今朝のニュースで、双方とも会見をやめたというような報道がありましたから、着々と進んでいるのではと、期待しています。

「黙る」と言うのは卑怯なことのようですが、騒動のときには良い手のようです。
一生懸命、対応しても、その対応を逆手に取られて、泥沼化することは多く有ります。
日常の生活の中でも、煩く文句を言う相手に対応すると、反論としか受け取られず、火に油を注ぐ形になるときがありますしね。
それに、当事者自身がもう、どうにも、何の考えも浮かばないという状況かもしれないのです。
切羽詰ったという奴ですね。
そう言うときは、とりあえず、黙るしかありません。

私はどうにもできませんよ。
お宅がどうにかしてくださいと匙を投げると、投げられたほうが、今度は考えるようになります。
自分に正義が有ると信じて、今までは攻める一方だった人も、匙を受け取ると考え始めます。
そうすれば、こんどは攻めていたほうがどうにもならない状況になって行き、じゃ、どこで落とすかと言う相談になって行きます。

卑怯なように見えるかもしれませんが、人間、身はひとつですから、どんなに優秀であろうと、ひとつの時系列しか持っていないのです。
物理的にできないことはできないのです。
後はそのことに関る時間を延ばすしかありません。
今はどうにも身動きができなくても、1年後なら、3年後なら、10年後なら、何とかなる事は一杯あります。

相手を追い詰めることは自分も追い詰めることなのです。
相手の時間と自分の時間が食い違ってしまったら、少し立ち止まり、花でも眺めて、心を静める。
そして、双方にとって一番良い解決を考える。
10年後に、今の状況が笑い話になっているのと、新たな怨念の元になってしまっているのとでは、随分違っています。

世の中、「上機嫌」で生きたもん勝ちです。
だって、人生は誰かのものではなく、自分のものですからね。

c-rawumber
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2005.03.09

勇者はエクスカリバーを持っているか?

Dsc04750ll科・属名 ■ナデシコ科シレネ属
原産地 ■ヨーロッパ中南部■地中海沿岸
初夏の花ですが、花屋さんの店先で、最近良く見かけます。
「偽りの愛」なんて花言葉に似合わない可憐な花です。

さて、今日は朝から、長いエントリーを二回も消してしまいました。
いかだに乗った勇者はエクスカリバーを持っているか?」というものだったんですけどね。

あれはもう、当事者ではどうにもならないほど拗れていますから、勇者の出現を待つしかなかったのでしょう。
いかだはもう出発したらしいので、勇者の無事と成功を祈るしかないのですが・・・

前に私は頭の良い人はその頭のよさゆえに誠実で無い場合が多いと書いたことがあります。
ですが、本音を言えば、頭の良い人でも誠実な人はいるのだと見せて欲しいのです。
そして、誠実であっても、現実に翻弄されることは無いという魔法を使って見せて欲しいのです。

何もかも手に入れても幸せでいられる人がいることが、人生の希望なのです。

経済的にも成功し、地位も手に入れ、人生を楽しみ、順調に年老いて、一族郎党の涙に見送られ、人生に満足して死んでいく老人がいなければ、生きていることに希望を持てなくなってしまいます。
老人よ、もっと、幸せであれ。そして、正しい生き様を見せてくれ。
そう願わずにいられません。

老人であるあの人にも、若く元気な彼の人にも、「ねばならない」「であるべきだ」とこだわらず、何が、今大切なのか、じっくりと考えられる心の余裕を、持って欲しい。
勇者はそのための存在なのではと思います。

魔法を使ったのか、聖剣を抜いたのか・・・いずれ、教えていただける時を楽しみにしています。


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2005.03.08

まあ、ゆっくりと・・・

1042904xお気楽に暮らしているように見える私にも悩みはあるのですよ。
「禍福は糾える縄の如し」
先人のお言葉に間違いは無い!

まあ、たいしたことではないのですが・・・
 

さて、「おばさん」で検索し、ここにたどり着かれたあなた。
私は世間の「おばさん」代表になっておりますか?
最近検索ワードが毎日50件を超える状態になっています。
「ホロスコープ」「パワーハラスメント」「月のワルツ」「脾臓」この4つが、もっとも使用されているようです。
検索ワードを見ていると、これは絶対一度読んでくださった方だなあと感激することがあります。
文章の一部を抜き出したキーワードなんか、嬉しくって涙が出ます。

で、おかげさまで、たぶん、今週中に20000アクセスを突破します。
10000アクセスは去年の暮れ、冬ソナの時期でした。
8月以来4ヶ月ちょっとかかりました。
今回の10000は2ヶ月半くらい。
なかなか、調子よいじゃありません?

まあ、世の中には一日に何万とか何十万ヒットなんて、怪物のようなブログもありますので、こんなことで喜んでいるのはお恥ずかしい限りですが・・・
でも、トラックバックもコメントも来ないけど、見守ってくださる方がいると思うと、本当に励みになります。
ありがとうございます。


え?ただ、検索で間違って開いただけ?
いえいえ、これも縁です。
世の中には無駄なことなど一つもありません。
そのときは無駄と思えるものでも、それに出会うのは必然なのです。
さあ、迷わずにブックマークしましょうね(笑)

お茶の一杯もお出ししたいところですが、そこがブログの楽な(あー、いや、その・・・ゴホゴホ・・・)、悲しいところ、花でも見て和んでいってくださいね。
こんなところでも過去に200以上のエントリーがありますので、ひとつくらいはお気に召す文章があるかもしれませんよ。

c-rawumber
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2005.03.07

予測できない未来・経済

3050113ll予測できない未来は、経済界にも起こっているようです。
主婦にとっても、経済は大問題。
ドキドキの年度末。
 

今、騒がれているトップの去就など、どうでもいいのです。
あの人たちは何とかなるだけの才覚や、人脈や財力を持っています。
今の地位を退いても、それなりの老後を送れるでしょう。

いつの場合でも大変なのは、そういうトップを信じて、雨の日も風の日も、家族を守るために必死で自分の職務をこなしている社員たち。
おかしいと思っても、それを呑み込んで、働いて来た。
それが裁かれるときには、責任だけは負わされる。
会社が左前になれば、最初にリストラや減給を持ち出される。
そんな責任を負わなければいけないほどの、裁量権も給料も貰っていないとため息をつく彼ら。
そして、そういう夫を持った主婦たち。
そういう父親を持った子供たち。
本当に大変なのは彼ら。
もちろん、私も、その一人です。

去年のライブドアの野球参入騒動以来、かつての勝ち組は総崩れ。
カリスマに率いられて全盛を迎えた会社ほどこけているのは、彼らがカリスマであり、全盛を迎えてしまった故なのかもしれません。
山頂には留まれないのです。
でも、方向を間違えなければ、谷底には落ちずに済みます。

その方向は昨年来の多くの事例が指し示しています。

――内部の膿を出し、謝るべきは謝り、常に身軽でいること。

ブログのように個々がそれぞれの思いを発信するツールを持ってしまった今、瑕疵は隠そうとしても、世界に発信されてしまいます。
それに対する容赦ない裁きをブログはしてしまいます。
隠さず、認め、できるうる限りの事をしたら、それ以上のことを要求する輩には、ブログの中でそれを止める動きが出てきます。
ブログは匿名であるがゆえに、公明正大でもあるのです。

今日、フジの怨念と報道されているものを見て、日枝氏の無念がなんとなくわかったように思います。
故鹿内春雄氏を指導してようやく軌道に乗せたフジテレビ。
彼にとって、フジテレビは我が子のようなものだった。
しかし、彼の死で訳の分からない相続人が入ってきて、好き勝手にやり始める。
クーデターを起こしようやく追い出した。
ニッポン放送を子会社にし、鹿内家の影響力を排除し、名実ともに日枝のフジテレビにしなければならない。
その布石だったのに、なんで、何の関係も無い若造が金に物を言わせて乗り込もうとするのか・・・
と言うことだったのね。

どうして、この間に誰か入れないのか、落し所は無いのかとずっと考えていたけど、一人の老人が人生をかけたものを奪われまいとする戦いなら、誰も止められない。
相手も、人生をかけていると言っているので、人生をかけたもの同士、殴り合いをするしかない。

でも、お忙しくてテレビを見ている暇も無いかもしれませんが、今、ちょうど良いお手本が報道されていますので、お二人とも、堤氏の報道を見たほうがよいかもしれません。
あれがトップが我を張り続けた結果、ワンマン企業の落日なのです。
堤氏が、今、どれだけの社員に恨まれていることか、どれだけ会社を駄目にしてしまったか、よく見て置かれると良いのではと思います。

c-rawumber
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2005.03.06

諸行無常

0040203ll
最近の世の中の流れを見ていると、思い浮かぶ言葉。
「諸行無常」

 
70歳を超えた堤氏(あえて容疑者とは呼ばない)が獄に繋がれているというのは、彼のやったことからすれば、当然と言われるかも知れないが、なんとも、お気の毒だ。
そんな年になって、あんたはいけない事をしたんだと言われてもなあ・・・
ずーと同じことしていたのに、見過ごしていたほうの責任はどうなんだ?

何故、今、こういう状態になったのか?
なにがこの事態に働いているのか?
どこで、力関係が変わってしまったのか?
たぶん、いつか判るだろうけど、それは決して美しいストーリーではないように思える。

さて、だからといって、これからの堤氏が不幸かと言うとそれはまた別な話になるかもしれない。

あれこれと彼への怨念や不満をマスコミに語るような人たち、彼のためになることを言わず、黙って不平不満を募らせ、隙あらばと狙っていたような輩・・・そんな人に囲まれていた今までの彼。
決して幸せな人生ではなかったはずだ。

今度のことは、彼から金や権力を奪ったかもしれないが、そういう怨念をも浚ってくれた。
これは福音と捉えるべきだろう。

(天国の話)
金や権力を失くした彼について来る人がいたなら、そう言う人こそが彼に幸せをもたらす人だ。
もう、金で買えるものにこだわるのはやめて、父親からの呪縛も抜け出して、自分の真の人生を求めればよい。
かつて、諸行無常を感じて、出家した多くの先人達。
その例を見習って、どこかに庵を結んで、好々爺になるのも良いだろう。

(地獄の話)
自分の真の幸せを感じたときに、初めて、彼は自分が傷つけた多くの人々、自殺してまで彼や西武を守った従業員、彼の好色の犠牲になりトラウマを抱えて生きた女性達に思いを馳せることができるようになるだろう。
真に反省すれば、たぶん、獄に繋がれるより辛いことになるはず。

その天国と地獄から、彼の真の人生が始まると思うのだが、はたして、その境地に彼は達することができるだろうか・・・

c-rawumber
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2005.03.05

空白の二時間

0032206ll「あれ、どうしてこんなに明るいの?」
時計を見ると5時15分。
なんで目が醒めたんだろう??

起き上がって夫の目覚まし時計を見たら、7時半だった。
夫は時計を20分進めている(彼は用心深い)ので、今の時間は7時10分のはず。
???

午前0時半に寝る時には、確かに7分進んでいた私の目覚まし時計。
2時間も遅れてる・・・
しかも、遅れているのに、順調に時を刻んでいる。
今も、二時間遅れのまま、ちゃんと動いている。

私には空白の二時間が出来てしまったらしい。

気味が悪いので、朝から、CDをがんがんかけた。
ジプシーキングスのCD、昨日の私が怒っていたものだ。
(ちなみに昨日の私は口ほどにも無い根性悪だったようで、昨日のうちにやることはやっていたので、今日は花の仕事だけ、楽だった)

ジプシーキングスの曲って、ジプシーの音楽なんだそうな。

こちらによると、

ジプシー民族は11世紀頃に、ジプシー発祥の地とされるインドの北ラジャスタン地方から旅立ち、トルコ、エジプト、中東からバルカン半島を抜けて西へ西へと進み、ヨーロッパ、果ては北アフリカまで、何世紀にもわたり苦難の歴史を歩み続けた。言葉はあるが文字をもたなかった流浪の人々は、その旅の記憶、民族の歴史を歌や踊りに託すことで後世に伝承した。土地の文化と出会い、互いに影響を与え合い、また新たな音楽を生むという長い旅の記憶が、ジプシー音楽の多面性となっている。
 ジプシーの音楽は、バルトークやリストなどクラシックの作曲家に多大な影響を与え、また、スペイン南部ではフラメンコを生み出した。現在でも旅を続ける人々もいるが、多くはスペイン、フランス、東欧の村々などに定住している。

そんなに遠く長く旅をして、何を求めていたのだろう・・・
一人の人間が旅をするのではない。民族が旅をするのだ。
何か目的無しにそんなことが出来るのだろうか・・・
自由を尊ぶ誇り高き民族なのか、諍いを避け逃げ惑う民だったのか?
音楽を聴く限り、とても洗練された意思のはっきりした民族のような気がするのだが。

テンポの速い曲を聴きながら、ふと、ああ、この感じ、何かに似ていると思い、気がついた。

――藤山寛美だ。

昔、テレビで松竹新喜劇を見ていて、面白くて笑い転げていて、そのうちに、涙が出た。
あの喜劇の天才の、「面白うてやがて悲しき」の芸。
あのなんともいえないアイロニーとジプシーキングスの演奏は似ている

喧騒の中に有っても感じる孤独のようなもの。
個々の器に分け入れられた人間の魂の寂しさ。
そんなものを思い出させる彷徨える民の記憶の曲と、芸以外のことでは破綻していた天才役者。
確かにそこに共通するものはあるのかもしれない。

だが、まだ、私はそれを表現する言葉を持たないような気がする・・・


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2005.03.04

根性悪な今日の私の物語

2031402llああ、忙しい!

朝から卒業式の会場装花の配達。
その後、お地蔵さんの祭礼。
この後、2ヶ所の銀行に行って、25件に配る配布物を仕分けして、配って・・・
教室のアレも作らなきゃいけないし。

もう、何していたの?→昨日のあたし。
あんたがのんびりしていたせいで、大変じゃない!

知っているわよ。
あんたってば、のんびりとブログ書いて、ゆっくりと時間掛けて花を生けて、ちゃらちゃら買い物にいって、テレビドラマじっくり見て、レッスンにいってもすぐに帰ってきたくせに、「あ、銀行、明日にしよ」とか、「配布物は明日」とか言ってたでしょ?

そのせいでどんなに私が大変か、わかる?

そうだ、それにあんたってば、昨日、夫から、新しいCD、二枚もプレゼントして貰ったわよね?
この時期に、なんで、そんなもの貰えるのよ。
何の記念日でもないじゃない!(確か・・・だよね)
それって、私が貰ったって良かった物じゃない?
怠けていたくせに、そんな良い思いまでして、許せん!
私なんかね、雨が降ってきて、うろうろしていたら、手際が悪いってお坊さんに叱られたのよ。
どうして、私ばかりこんな苦労をしなきゃいけないの?(涙)
あー、やってられないわ。

そうだ、なにか、明日の私に回せるものないかしら?
明日の私にもこの思いを味わせてやろう。
教室のアレ、アレを回してやろう。
ふふふ。

あー、忙しい、忙しい。

c-rawumber
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2005.03.03

2005年の雛祭

Dsc04736x今日は雛祭。
女の子のお節句。
なのにどうして休日じゃないの?
男の子のお節句は休日なのに・・・
プンプン!

かつて、女の文化と男の文化は、見事に分けられていた。
女は女らしく、男は男らしく・・・それに戦前から女性達は抵抗し、青踏派などの運動があったわけだが、その文化は占領軍の鶴の一声、「民主化」のもとので、秩序無く崩れた。

今、残っている性差の名残はお雛様くらいのもの?

女の子と男の子を分けるのはおかしいということで、男の子の節句に女の子の祭も合併され、端午の節句は「子供の日」なんて無味乾燥な名前を付けられている。

この前から、性同一障害の人の話をよく耳にする。
それを聞き、心と身体が異なるということは、とても負担なこと、そのことにより、自殺する人が何人もいるほど、大変なことなのだと分かった。

そのことから色々考えていて、思うようになったこと。それは・・・

もしかして、性差の無い心を持つということは、男にも女にも本当は辛いことなんじゃないか?

男としての身体、女としての身体がなすべきことは自ずと違う。
平等と言う点で言えば、男女は決定的に平等ではない。
なぜなら、男は子供を産めない。
女の心で育った男たちから見れば、それこそ、とんでもない不平等のはず。

子供を産める身体、それは女性の身体へのギフトなのだ。
どんな境遇にあろうと、女は自分の遺伝子を未来に繋ぐことが出来る。
子供を育てるには、時間が掛かる。
女性が子供を生める期間が短いのはそう言うことなのだろう。
人生80年の時代が長く続けば、女性の生殖期間ももう少し延びるかも。

男達はいくつになっても生殖能力があるが、女に選ばれなければ、その機会は無い。
だから、男は金や、権力や、才能で、自分を飾り、こんなに自分には立派な遺伝子があるのだとアピールするしかなかった。
それが出来ない男は体力や腕力で、家族を守れることをアピールした。
体力や腕力が男の身体へのギフトなのだ。

でも、男も女も、自分へのギフトを忌み嫌い、日本は少子化している。
これは、自分の性を見失った結果なのでは?

いろんな出来事に遭い、いろんな思いを経て、私はここにいる。
辛い事が有ると、その瞬間には生きている事を呪ったり、親を恨んだりもしたが、今は、産まれて来て、この年まで生きてこれてよかったと思う。
私は何も持っていないおばさんだが、生きている身体のこの五感で感じる世界は本当に素晴らしい。

だから、私はギフトをちゃんと活用できなかったことを、後悔している。

今頃気付いても遅いことだけど、未来が灰色に見えても、本当に灰色かどうかなんてことは誰にもわからない。
私が駄目人間だからといって、子供が駄目人間になるとは限らない。
どの時代にも、人はその範囲で懸命に生きてきた。
だからこそ、私はここにいる。
私と夫の遺伝子の未来を閉ざす権利は私には無かったのに・・・

そんなことをつらつら考える2005年の雛祭。

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2005.03.02

ひろしと忘れな草

Dsc04733ll朝、農園に行ったら、勿忘草(わすれなぐさ)が・・・
♪忘れなの花の香りよ~
と思わず歌いたくなってしまった。
「私を忘れないで」と言う花言葉。
今の時期、この花言葉に涙する人、多いのでは?

部屋の中で写真を撮るといまいちなので、外へ。
昨日の暖かさが嘘のように、今日は風が冷たい。
その風に震える様がなんとも可憐。
やはり、この空色の花は青空の下が似合うみたい。

そういえば、新婚旅行の思い出にと買ったカップの模様はこの花がモチーフ?


昨夜、細木数子氏の番組を見た。
――館ひろし氏って、伊達に遊び人の噂を立てられたのではないのね。

彼が、八方美人だと言われて悩んでいる女性に、放った言葉。
「変わらなくて良いじゃないですか。女性は変わらないですよ」

うーん、なかなか。

細木数子氏も、男は変わるるけど女は変わらないという。
そうなんだろうな。
変わらないんだろうな。
どの辺りから女性は変わらなくなるのだろう?
幼稚園? 小学校? ・・・社会人になってから?
そこら辺を舘氏がどう考えているのか、聞いてみたい。
熟年離婚が流行っているけど、それも、その変わらない女性と変わってしまった男性のすれ違いによるもの?

「重い女」と嫌われる女性からの相談に、舘氏は若い頃、心底のめりこんだ女性が母親から教えられたと言う教訓を披露してくれた。

「料理を作れるといわない。
愛していると聞かない。
あなただけと言う態度をとらない」

(うろ覚えにつき、間違っているかも)

ファムファタールってこういう人なんだろうな・・・
まあ、これは、他の部分で相手を惹きつけるものが無ければ、無理だわ。
それこそ、ヒロシのように、「何時からいたのと聞かれましたが、最初からいました」状態になってしまう。

舘氏は死語になった「ダンディズム」を漂わせていて、50代半ばと言うのにお腹も出ていないし、容姿も衰えていない。
はにかむ様な笑顔も素敵。
と、にわか舘ファンになった私だが・・・
私が彼の前で、「私の作る肉じゃが、評判いいのよ(嘘)」とか、「こんなおばさんは嫌いでしょ?」とか、「いつも見ています」とか言わないで、黙っていたんじゃ、通りすがりの無愛想なおばさんで終わっちゃうじゃない!

やーっめた。

自然でいられない相手と一緒にいるのは疲れる・・・あ、そっか、生まれたときから変わっていないんだ、私。


Dsc04735llちなみにコーヒーカップはこれ。
確か「クリプトン」と言う名前だったような・・・
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2005.03.01

天を差す指

今日は花の仕事。
車で走っていたら、のろのろ走るワゴンタイプの軽乗用車の後ろについてしまった。
もう少し早く走ってくんないかな!

怒りながら見ると、その貨物室に、空を指している手が・・・
誰か、寝ながら天井を指差している?
変なの!?

でも、あれ・・・って?

じっくり見たら、それは、手袋だった。
棒のようなモノに手袋が差してあって、その手袋がまるで人が指差すような形になって天を差している。
そして、なんだか機嫌よさそうに、天を差したまま車の動きに合わせ、ゆらゆらしている。
笑えた。
おかげでいらいらしていた気分が消えて、のろのろ走るその車の後をのろのろ走リ続けた。
目的地について、別れるのが辛かったほど。(笑)


岐阜の男性の事件。
自分の血筋を根絶やしにした彼は、一体、何を考えていたのだろう?

個々人が機械の歯車のように働かなければ、日本は先進国にはなれなかった。
その時代、ちゃらんぽらんであることは悪だった。
きっちり型に嵌ることが善だった。
そこから抜けることは罪だった
彼は一生懸命、自分を律して生きて来たに違いない。

その彼がどうしてあんなことを・・・
自分の築いたものを子供達が浪費しているように見えたのだろうか?
認知障害になった母のせいで鬱になったのだろうか?

社会的な地位にも恵まれ、子供や孫にも恵まれていたのだから、結構幸せだったはずなのに・・・
そう考えて、気がついた。

ああ・・・そう、なんだ。
手に入れ過ぎたんだね。

何もかも手に入れ、完全な幸せになってしまったら、それを失う恐ろしさに怯えることになる。
ほんの少しの傷や曇りも許せなくなる。
ひとつを失う事により得る評価や、状況が怖くて、彼は時間を止めるしかなかった?

何もかも手に入れたように見えていた彼が、唯一手に入れていなかったもの、それは、おおらかさ。
相手を許し、自分を許す心。

物に恵まれた人が、心満たされた人ではないところが、人間の不幸なのだなあ。
彼には心を癒す、「天を差す指」が無かったのだなあ。

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