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2005.02.28

二月最後の日

4083125xll月曜日の朝は大忙し。
今日は週に一度の分別ごみの日。
うちの辺りでは、紙とプラスチック、ビン缶、埋め立てごみなど、かなり細かく分別することになっている。

終了時間ぎりぎりに駆けつけると、埋め立てごみの中に木彫りのトラがいた。
うーん、木彫りのトラ、もしくはピューマ。(なかなか精悍な佇まいであった)
・・・どうして、クマじゃないの?
・・・どこの土産?
しばらく、彼から視線を離せなかった。

今日の一大イベントから帰って、何時ものブログチェックをすると、板倉雄一郎氏が熱く語っておられる
この前から、彼のエントリーに多少の違和感を感じていたのだが、その理由がわかった。
つまり、板倉氏は投資家で、私はただのおばさん、立っているところ、見ているところが違うのだ。
そして、世の中の大勢は投資家ではないので、板倉氏から見れば、理解できない興味を皆がこの問題に抱いているということなのだろう。

それから、R30氏のブログにいくと、

権力の頂点にあった人ほど、潔い引退とともに悲惨な仕打ちが待ち受けているんだよね。だから人間ていうのは、権力の座に座った瞬間に死ぬまでそこにしがみつこうと考えるわけで。

と言う部分があって、その後、西武の堤さんの特集をテレ朝がやっているのを見て、なるほどと思った。

若き筑紫哲也氏が堤義明氏と対談していたが、その口調はどちらかと言うと堤氏を持ち上げているように見える。
だが、その時点で、後から堤氏を非難するときに持ち出されること――全員が整列して挨拶するとか、ショーケースの位置やカーテンの指示までやっている。
西武ライオンズの買収記者会見では、その場で西武ライオンズと言う名前を決定したりしている。
なーんだ、全然変わらなかったんだ。
金と権力のあるうちは、なるほどごもっとも、と言っていた人々が、それを失いそうになった途端、あれこれ言い出して石を投げているだけだ。
堤氏にしてみれば、自分は変わらないのに、周囲が急に変わってしまって、さぞかし驚いているだろうなあ・・・


インターネットは文字の世界、つまり、脳に直接働きかける世界。
自分が田舎のおばさんであることや、現実の仕事の内容とはかけ離れている。
パソコンの前にばかり座っていると、生身の人間としての自分を見失う。
理論ばかりが先立ち、それを実践できる自分を作れなくなる。
だから、現実の自分の身に置き換えて考えることは必要だ。

例えば、堤氏の件だと・・・

私が権力者の隣にて、その権力者が力をなくした時に、その人についていけるだろうか?
石を持ち追う人の前に立ち、彼の人を庇えるだろうか?

ペテロがキリストを知らないと三度答えてしまったように、人は弱いものだ。
ずるく立ち回る人間を軽蔑する資格のある人間など、本当は少ない。
だが、ずるく立ち回ることは潔いことではないと思わなければ、反省も次の発展も無い。
と言う結論が出た。

いけない、掃除しなきゃ!

c-rawumber
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