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2005.02.22

下田の青年に

切込隊長のエントリーから辿って下田の青年の日記を読んだ。
果てしない自己憐憫と自己嫌悪と根拠の無い優越感のループ。

文章を書くということは、鬱状態の人にとっては危険な行為?

他人ならば、「まあまあ、世の中いろいろあるよ。そんなもんだ」とグレーゾーンにしておける。
だが、自分の視点のみで自分を掘り下げると、完全に肯定するか、完全に否定するかになってしまう。
彼の日記には、優越感と劣等感が縒り合わされて、きりきりと自分を締め上げていくロープになる様が、あまりにも素直に書かれている。
読むとはらはらし、いらいらし、つい、余計なことを言いたくなってしまう。
「もっと、自分以外のことを考えろよ」

彼は自分の死さえ、両親への復讐のために使おうとする。
すべての考えの果てには、死ねば良いという結論がある。
彼のブログ(?)のコメントとトラックバック欄の(0)が彼の孤独を示している。
今度の行動は2003年からの計画の実行だった。

皮肉なことに、これでようやく彼は社会を構成する一員になれた。
犯罪者として・・・

私は彼のために、誰も何もしなかったとは思えない。
その日記の端々に、彼を心配している人々が顔を覗かしている。
だが、彼はそれを「うざい」としか受け取れない。

ゲームや文章を書くことに熱中している一方で、パイロットやディトレーダーになって、社会を見返そうとしている彼。
華やかな職業に憧れながら、そこに至る道が閉ざされていると感じるや、あっさりと引き下がる彼。
自分の状況がすべて親のせいだと思い始める彼。
ミシンの訪問販売員をあさましく感じ怒鳴りつける彼。
親の財産を当てにしている彼。

それはすべての人間の中にある本性の一部だが、多くの人はそれを抱えながらも、隠して生きている。
この年の私ですら、彼の書いた本性を抱いて生きている。
人間とはそう言うものなのではないか?

ただ、それは人間のすべてではない。
それもありながら、美しいものに感動し、悲しい話に涙し、美味しい物に舌鼓をうち、清いものになりたいと願う本性もあるのが人間なのだ。
彼にもそうなりたいと願う部分は仄見えるのだが・・・

彼はこれから多くの他人に、彼らの価値観を押し付けられるだろう。
それは彼のように自分の価値観で固まっている人間には受け入れがたいだろうし、警官から拳銃を奪い自殺できなかったことを、後悔するほど辛いだろう。
だが、それも、彼にとって必要な試練だったと思う。
それをしなければ、彼は自分の殻を破れなかったのだ。

殻から出た彼には、茫漠とした世界が待っている。
誰も守ってくれない、獲物として狙われる世界だ。
彼が馬鹿にしていた父親が家族を守るために、必死で戦っていた世界だ。
人に諂い頭を下げ、おべんちゃらを言わなければ、生きるのが難しい世界だ。
正直であることが、決して美徳ではない世界だ。

だが、それでも、世界は美しいし、理想は常に遠く輝いている。
明日ばかり見ていると、空虚な今日を消費するだけだが、今日の一歩を大事に生きれば、いつか、ほんの少しは理想に近づいている。

どんなに社会的に認められ、才能に溢れた人間であれ、自分に無い物に憧れ、求めている。
人間は何も持たず何も知らず裸で生まれてくるからだ。
一人の人間が人生の短い時間で手に入れられる物は限られている。

もし、自分が他人よりも足りない人間であると知ったのなら、それこそが生きる意味であり、原動力だったはずだが、それが自己否定に向かったところが彼の悲劇だったのだなあ・・・

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