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2005.02.28

二月最後の日

4083125xll月曜日の朝は大忙し。
今日は週に一度の分別ごみの日。
うちの辺りでは、紙とプラスチック、ビン缶、埋め立てごみなど、かなり細かく分別することになっている。

終了時間ぎりぎりに駆けつけると、埋め立てごみの中に木彫りのトラがいた。
うーん、木彫りのトラ、もしくはピューマ。(なかなか精悍な佇まいであった)
・・・どうして、クマじゃないの?
・・・どこの土産?
しばらく、彼から視線を離せなかった。

今日の一大イベントから帰って、何時ものブログチェックをすると、板倉雄一郎氏が熱く語っておられる
この前から、彼のエントリーに多少の違和感を感じていたのだが、その理由がわかった。
つまり、板倉氏は投資家で、私はただのおばさん、立っているところ、見ているところが違うのだ。
そして、世の中の大勢は投資家ではないので、板倉氏から見れば、理解できない興味を皆がこの問題に抱いているということなのだろう。

それから、R30氏のブログにいくと、

権力の頂点にあった人ほど、潔い引退とともに悲惨な仕打ちが待ち受けているんだよね。だから人間ていうのは、権力の座に座った瞬間に死ぬまでそこにしがみつこうと考えるわけで。

と言う部分があって、その後、西武の堤さんの特集をテレ朝がやっているのを見て、なるほどと思った。

若き筑紫哲也氏が堤義明氏と対談していたが、その口調はどちらかと言うと堤氏を持ち上げているように見える。
だが、その時点で、後から堤氏を非難するときに持ち出されること――全員が整列して挨拶するとか、ショーケースの位置やカーテンの指示までやっている。
西武ライオンズの買収記者会見では、その場で西武ライオンズと言う名前を決定したりしている。
なーんだ、全然変わらなかったんだ。
金と権力のあるうちは、なるほどごもっとも、と言っていた人々が、それを失いそうになった途端、あれこれ言い出して石を投げているだけだ。
堤氏にしてみれば、自分は変わらないのに、周囲が急に変わってしまって、さぞかし驚いているだろうなあ・・・


インターネットは文字の世界、つまり、脳に直接働きかける世界。
自分が田舎のおばさんであることや、現実の仕事の内容とはかけ離れている。
パソコンの前にばかり座っていると、生身の人間としての自分を見失う。
理論ばかりが先立ち、それを実践できる自分を作れなくなる。
だから、現実の自分の身に置き換えて考えることは必要だ。

例えば、堤氏の件だと・・・

私が権力者の隣にて、その権力者が力をなくした時に、その人についていけるだろうか?
石を持ち追う人の前に立ち、彼の人を庇えるだろうか?

ペテロがキリストを知らないと三度答えてしまったように、人は弱いものだ。
ずるく立ち回る人間を軽蔑する資格のある人間など、本当は少ない。
だが、ずるく立ち回ることは潔いことではないと思わなければ、反省も次の発展も無い。
と言う結論が出た。

いけない、掃除しなきゃ!

c-rawumber
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2005.02.27

判っている?

Dsc04728x遅くなったけど、今日はムーちゃんの墓参り。
――もう、12年。
ムーちゃんのお骨は、静かなお寺の一角にある動物慰霊碑に入っている。
お参りをした後、蒲郡の埋立地へ。

空は晴れて海を渡る風は強く――寒かった。

サクラの散歩&小ピクニック。
お弁当を食べて帰ってきた。
手術から一年、サクラの体力もかなり回復している。
前は長く歩くと、へたばって食事も摂れなかったけど、今日は帰ってからご飯を一杯食べた。
今は鼾が聞こえている。

帰ってから、サンデープロジェクトの録画を見た。
今度のニッポン放送とフジの件について、長沢さんというなんだか人のよさそうな弁護士が、

「(ライブドアは)100m.走を走っていたはずが、7.80m時点で、急にこれは200m走だと言われ、しかも、これからは走ってはいけないといわれたようなものだ」
と言っていた。
これこそが、私のようなおばさんでも怒っているところなんだけど・・・

そう言えば、各局のこの件に関しての街角アンケートは微妙に論点をずらしていて可笑しい。
昨日のテレビ東京のアンケートも、「フジとライブドア、株価を上げられるのはどちらか?」みたいなアンケートだった。
「フジとライブドア、どちらが正しいと思いますか?」とは聞いていない。

その結果を堀江さんがサンプロで話していたけど、12000人がそれに答え、フジ25%、ライブドア75%と言う結果が出たようだ。
そのうち、20代以下は30~35%がフジ派、4.50.60代の70%以上がライブドアと言う結果が出たらしい。

私のように感じている、おじさんおばさんが多いのか、そんなアンケートに携帯で答えるような大人は、ライブドア支持派なのか・・・まあ、国民感情に近い結果かもしれない。

あまりアンフェアなことをしているのを、子供に見せるのはどうかと・・・
堀江さんが「金さえあれば良いと思っている」と怒っている大人達がいるけど、そう子供に思わせてきたのは自分達ですからね。
今度は走っている間にルールを変えても良いと思わせることになるんですよ。
判っているのかしら?

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2005.02.26

寄せ植え

昨日の創作を書き進めているうちに、かなり長くなるかもの予感。
それで、創作を集めた「空の国の物語」と言うのを作りました。
こちら。昨日の続きもUPしてます。
満月伝説もまだ、終了していなかったことに気がついたけれど、結末を変えたいので、もう少し考えようと思います。

今日は天気がころころ変わる日。
風が強い。
まだ、家の掃除も完了していないけど、暖かくなったことだし、花を植えることにしました。
昨日、近所の農園で花の苗を買ってきたので、午後から寄せ植えを作成。

今年は殺風景な我が家の庭を改造する予定。
勝手に来て、庭を占領している植物達にはちょっと、どいてもらわなきゃいけないけど。
楽しく上機嫌に生きるためには、周りも心地よくなければね。
楽しい時間って、それを作ろうと努力しなければなかなか手に入らない。
お茶のお稽古をしていた頃、家の掃除に半日掛けていたことを思い出し、今はちょっと手を抜きすぎていると反省しました。
目標は友達を招いて、アフタヌーンティーやお茶を楽しめる家。
そんなところまで行くには、もう少し時間が掛かりそう・・・

Dsc04718ll

c-rawumber
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2005.02.25

創作 その春 1

たまには季節の物語でも・・・

かなりの長文になりそうなので、こちらに移しました。(2/26)

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2005.02.24

ギフト

Pic00010llまあ、なんといいましょうか・・・言葉がありません。
あるマスメディアは悪魔(政治家?)に魂を売り、ある企業はかなりの打撃を受けたと言うだけの話ですが(笑っているのは外資だけですね)
ライブドアは堀江さんを放出して何とか生き延びられるでしょうが、政治家に頼ってしまったことは、かのマスメディアにとっては致命的では?
さて、どうなることやら・・・

この騒動の真の評価が現れるのは10年後。
今の子供達が大人になる頃です。
怖いのは騒動の渦中にあるものがどう思うかではなく、それを傍観せざるを得ない圧倒的多数の物言わぬ民の意識の変化です。
私も、ひとつの器の中に入っているのですからこの波紋を受けざるを得ません。
ただ・・・怖いです。


昨日のハウルですが、ストーリーを追っていた前回よりも、考えることが出来ました。
ヒロインは荒地の魔女の魔法で、老女にされてしまうのですが、もともと、彼女の心は老女そのもの。
彼女の心のあり方で、顔がころころ変わります。
ハウルを思うときは、若い女性に戻り、自分には何も出来ないと思った瞬間に老女に戻ってしまいます。
ハウルはたかが髪の色が気に入らないだけで、ヒステリーを起こし、死んだほうが良いとまで言うような軟弱者。
カルシファーは自分の境遇に不満を持ち、いつも文句を言っている。
でも、彼らはそれぞれ、愛する者のために、どんどん強く積極的になっていく・・・
ソフィーに掛けられた呪い魔法は、老女だった心が恋をして強くなり若々しさを取り戻すことで解けてしまいます。

私達人間の身体は時間と言う魔法にかかっていて、どんどん老人になり、やがて死を迎えるます。
けれど、心はいくつになっても老化せずに済みます。
赤ん坊のような企業に戻したいと発言した経営者もいましたが、すべての国民がその赤ん坊のような心を取り戻すことこそが、今の日本の文明病を治す特効薬になると思います。

今度の騒動でも、もう少し、双方が柔らかい赤ん坊のような心を持っていたなら、違う方向に収まったのではと、少し残念です。
堀江さんについて言えば、彼自身のギフト(神から与えられた才能)はいつまでも彼のもの。
組織は潰されるかもしれないけど、彼個人は潰せません。
だから、私は彼を心配せずに済みます。
心配なのは多くの双方の会社の株主と、彼のようなギフトに恵まれていない、この騒動に翻弄された人々のこと・・・
組織の中でしか生きられない人のことです。

c-rawumber
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2005.02.23

おばさんだって幸せさ!

Dsc04711ll今日は水曜日。
ちょっと遠いけど、熊野古道に一緒に行った友人の家の近くのシネマコンプレックスはレディースディー。
女性であればレディでなくても料金が2/3と割安。
こりゃ行かずばなるまい。

で、彼女を誘って「ハウルの動く城」を見に行った。
昨日一昨日と例の日記を読み、メダパニ(混乱)呪文を掛けられてしまったから、ルーラしなくちゃ。(ちょっと、古い?)

劇場は小さくて、たぶん、定員5.60名くらい。
その回は5.6名しか入っていなくて、しかも女性ばかりだった。
こんな平日に、映画を見に行く人もいないか・・・
見終わって、友人は大喜び。
「あなたがまた見たくなった気持ちが分かるわ」と言ってくれた。

ハウルにずっと会いたかった。
もう、心の恋人状態。
DVD発売が待ち遠しいなぁ。

映画の後、夕食の買い物をし、それから、イタリアントマトでカプチーノを飲みながら、映画の話をした。
その続きで、最近の美人事情の話になり、
「最近、とびっきりの美男も美女もいないよねー」と彼女。
「みな、そこそこ可愛いし、足は長いのにね。ハッと見とれるような人っていないよね」と私。

自分たちのことは棚に上げて言い放題。
こんな話を「最近の人」が聞いたら怒るかも・・・でも、幸いなことに、昼下がりのスーパーの一角の店はめちゃくちゃ空いていて、貸切状態。

その後、彼女と別れ、海辺をドライブして帰ってきた。

埋め立てられて、海が遠ざかっている。
結婚前に夫とデートした海辺の喫茶店も、いつの間にか閉店してしまった。
窓の下に海が見えるのが売りだったのに、海どころか、でっかい建物に視界を遮られては、営業が難しかったのだろう。
今、海辺はその店の数キロ向こうになっている。
道もいつの間にか変わっていて、迷ってしまい、早速、ナビに「我が家はどこ?」と聞いた。
そのナビが教えてくれたのが、山越えの近道!
この道のほうが良いって決めるのは人間だとは思うけど、思わず、「やるじゃん!」と言ってしまった。

と、例によりお気楽な一日を過ごした私でございます。

例の日記は「鬱」とか「死」と言う文字で埋め尽くされていた。
文字の持つ力は馬鹿に出来ない。
彼もその字を書くことによって、どんどん、気持ちが落ち込んで行ったのではと思う。
私も、あの日記を読むことによって、もう、随分昔、友人を失った頃のことばかり考えていた。

私はハウルに会い、「愛」とか、「潔さ」とか、「勇気」と言う前向きな文字を思い浮かべることによって、その影響を排除出来た。
今は、元のお気楽なおばさんの幸せを感じている。
若く美しい容姿や鋭敏な感覚を失う代わりに、おばさんはおばさんの幸せを手に入れられる。
年を取ることを恐れることは無い。

c-rawumber
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2005.02.22

下田の青年に

切込隊長のエントリーから辿って下田の青年の日記を読んだ。
果てしない自己憐憫と自己嫌悪と根拠の無い優越感のループ。

文章を書くということは、鬱状態の人にとっては危険な行為?

他人ならば、「まあまあ、世の中いろいろあるよ。そんなもんだ」とグレーゾーンにしておける。
だが、自分の視点のみで自分を掘り下げると、完全に肯定するか、完全に否定するかになってしまう。
彼の日記には、優越感と劣等感が縒り合わされて、きりきりと自分を締め上げていくロープになる様が、あまりにも素直に書かれている。
読むとはらはらし、いらいらし、つい、余計なことを言いたくなってしまう。
「もっと、自分以外のことを考えろよ」

彼は自分の死さえ、両親への復讐のために使おうとする。
すべての考えの果てには、死ねば良いという結論がある。
彼のブログ(?)のコメントとトラックバック欄の(0)が彼の孤独を示している。
今度の行動は2003年からの計画の実行だった。

皮肉なことに、これでようやく彼は社会を構成する一員になれた。
犯罪者として・・・

私は彼のために、誰も何もしなかったとは思えない。
その日記の端々に、彼を心配している人々が顔を覗かしている。
だが、彼はそれを「うざい」としか受け取れない。

ゲームや文章を書くことに熱中している一方で、パイロットやディトレーダーになって、社会を見返そうとしている彼。
華やかな職業に憧れながら、そこに至る道が閉ざされていると感じるや、あっさりと引き下がる彼。
自分の状況がすべて親のせいだと思い始める彼。
ミシンの訪問販売員をあさましく感じ怒鳴りつける彼。
親の財産を当てにしている彼。

それはすべての人間の中にある本性の一部だが、多くの人はそれを抱えながらも、隠して生きている。
この年の私ですら、彼の書いた本性を抱いて生きている。
人間とはそう言うものなのではないか?

ただ、それは人間のすべてではない。
それもありながら、美しいものに感動し、悲しい話に涙し、美味しい物に舌鼓をうち、清いものになりたいと願う本性もあるのが人間なのだ。
彼にもそうなりたいと願う部分は仄見えるのだが・・・

彼はこれから多くの他人に、彼らの価値観を押し付けられるだろう。
それは彼のように自分の価値観で固まっている人間には受け入れがたいだろうし、警官から拳銃を奪い自殺できなかったことを、後悔するほど辛いだろう。
だが、それも、彼にとって必要な試練だったと思う。
それをしなければ、彼は自分の殻を破れなかったのだ。

殻から出た彼には、茫漠とした世界が待っている。
誰も守ってくれない、獲物として狙われる世界だ。
彼が馬鹿にしていた父親が家族を守るために、必死で戦っていた世界だ。
人に諂い頭を下げ、おべんちゃらを言わなければ、生きるのが難しい世界だ。
正直であることが、決して美徳ではない世界だ。

だが、それでも、世界は美しいし、理想は常に遠く輝いている。
明日ばかり見ていると、空虚な今日を消費するだけだが、今日の一歩を大事に生きれば、いつか、ほんの少しは理想に近づいている。

どんなに社会的に認められ、才能に溢れた人間であれ、自分に無い物に憧れ、求めている。
人間は何も持たず何も知らず裸で生まれてくるからだ。
一人の人間が人生の短い時間で手に入れられる物は限られている。

もし、自分が他人よりも足りない人間であると知ったのなら、それこそが生きる意味であり、原動力だったはずだが、それが自己否定に向かったところが彼の悲劇だったのだなあ・・・

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2005.02.21

神の目の小さな塵

Dsc04709ll「神の目の小さな塵」と言うSF、今日、読み返してみようかとネットで情報を仕入れていて、続編が出ていることに気付いた。
うーん、読むべきか・・・

 

「神の目の小さな塵」はラリー・ニーヴン&ジェリー・パーネルの合作コンビの1974年発表の作品。
宇宙の孤児モート人の悲劇は、地球人そのものかも・・・
私が読んだのは作品発表後かなり後。
その頃、SFにはまっていて、「宇宙船ビーグル号の冒険」(A・E・ヴァン・ヴォークト なんと1950年発表!)、前に書いた「地球幼年期の終わり」(アーサー・C・クラーク 1953年発表)、などと共に忘れられない作品になった。
これらの作品は、21世紀を迎えた今でも、「地球幼年期の終わり」などはすでにその時代設定すら超えてしまっているが、十分に読ませてくれる。
SFとしてちゃんと成り立っている。

3つともエイリアンとの遭遇の話。
そして、文明の話でもある。

地球はどこに行くのか?
モート人の道を歩むのか、カレルレンと出会えるのか、豹のような生命体や星を渡る霧のような生命体に遭うのか、まだまだ、予測できない未来が残っている。

私もまだまだ、見たいもの、知りたいものがいっぱい。

とりあえず、猫十字社さん、「幻獣の国」の続き読みたいです。
コマちゃんがどうなるか、心配で、心配で・・・


c-rawumber
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2005.02.20

スリーピング・ブー

なかなか気持ちの良い日です。
天気も良いし・・・

子供の頃、学芸会で白雪姫の役を貰った。
役を貰ったので、一応、毎日、練習していた。
ある日、先生が綺麗なドレスを着せてくれた。
私はその頃からデブだったので、それは少し小さかった。

で、次の日、私は役を降ろされた。
ずーっと、そのドレスが小さかったせいだと思っていたのだが・・・
最近、地方の閉鎖性について、姉と話していて、
「あなただって白雪姫、下ろされたじゃない?」
「あれって、ドレスが入らなかったからだよ」
「あんたって、ほんと、お人よし」

「あんなよそ者にどうして、白雪姫をやらせるのか?」
と言う土地の長老からの圧力があったのだという。
あのドレスは先生が用意した物ではなく、母が私のために作った物だったらしい。
裁縫が上手だった母が、私には内緒で作ったようだ。
そのドレスを次の主役のために貸して欲しいといわれ、母は怒っていたという。

なーんも、知らんかった。

まあ、そう言うもんだろう。
そう聞いても、土地の長老を恨む気持ちは無い。
可愛い孫が主役で脚光を浴びるのを心待ちにしている老人の楽しみを奪うのも酷な話しだ。
なにより、私自身、白雪姫をやりたいと思っていなかった。
デブでブーな私よりも、後でやった子の方がうんと可愛かったし、あれはあれでよかったのだと思う。
ただ、母は悲しかっただろうなと思うと、少し、辛い。
その話を、母は何十年も胸に収めていたのだなあ・・・

05022012ll最近のいろんな報道を見て、そのことを思い出す。
今の日本は村の状況から抜け出ていないようだ。

c-rawumber
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2005.02.19

春の兆し

Dsc04702ll去年の日記を見ると、3月13日付けのエントリーで、2.3日前からうちの前の梅が咲き始めたと書いてありましたが、今年はもう、こんなに・・・
春が一月近く早いってこと?

今朝、新しい車が来た。
前の車が壊れて、約一ヶ月。
代車生活だったので嬉しい。

前の車はあえなく廃車の憂き目に・・・
あなたの健弱を引き受けてくれたんじゃないのーと言う意見が回りの大勢を占めている。
なんとなく申し訳ないような気分だが、あの車も年だったし、私のせいばかりでもないと思う。

新しい車は前のよりも小さいが、なかなか、気が利いている。
技術的にはかなりの進歩みたい。
ドアも自動で開いてくれたりする。
ナビも付いているし、今年の春は活躍しそう。

では、さっそく、サザンのCDと一緒にドライブしよ!

セントレアに行くには天気も悪い。
それにあそこは混み過ぎ!
そこで、蒲郡方面に・・・

海を見に行ったのに、今日は大きなタンカーが宙に浮かんでいるように見えるくらいの霧。
何も見えず、早々にドライブはあきらめて、海辺の大型ショッピングセンターへ。

夕ご飯の買い物をして帰ってきました。

主婦ってそんなもんだよね。

c-rawumber
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2005.02.18

何が大切?

チャールズ皇太子とカミラ夫人の結婚報道を見て、あれはあれで純愛の話なのだと思った。
30年以上前に知り合い、心惹かれながら、結婚できなかった二人。
それぞれに結婚した相手を不幸にし、とうとう、結ばれることになった二人。
その晴れやかな笑顔を祝福できないのは、彼らの愛が傷つけたものが大きすぎたからだ。

ダイアナは女の勝負では負けたが、悲劇のプリンセス・世界平和を謳った高潔な女性として、歴史に名を残すだろう。
ダイアナは愛には負けたが、王妃としての勝負には勝った。
カミラは本来なら純愛を貫いた勝者なのに、永遠に悪役になってしまい、王妃も名乗れない。

もし、ダイアナがカミラの容姿で、カミラがダイアナの容姿を持っていたら、どうだろう?
もう少し、評価は違ったかもしれない。


同じように、LDの堀江社長が、もう少し、違う容姿だったら、例えば、もっと見るからにシャープで、見るからに冷酷そうで、見るからに神経質そうだったら、大人たちの対応も違っていたかもしれない。
あの人の魂は損な器に入っている。

それにしても、今の大人達の対応を見ていると、あまりに彼を馬鹿にしている。
何も分かっていない小僧扱いしすぎる。
その小僧にうまくしてやられて、右往左往しているくせに、彼を評価しなさ過ぎる。

私は別に株主でもないし、彼のファンでもない。
だが、一国民として見ていると、この状況は酷すぎる。

あなたは、きちんと、彼と話し合ったほうが良いと思うよ、日枝さん。

このまま、あなたが意地を張り続ければ、結局、ニッポン放送もフジも、もちろんLDも外資にいいように食い物にされて終わると思う。
あなたは大人として、彼に向かい合うべきだ。
確かに堀江さんのやり方には問題があるのだろう。
だが、それを撥ねつけるのではなく、自分の会社の株主や社員、フジテレビの視聴者のために、その驕りを捨てて、真摯に堀江さんと共に、これからの日本社会への貢献を考えなければ、あなたは、優良な企業群をその意地でガタガタにしてしまい、外資に儲けさせる片棒を担がされてしまうだろう。

これが、堀江さんが株を買い占める前なら、今のあなたの態度でもよかったかもしれない。
だが、現実に胸元に匕首を突きつけられている状態にしたのはあなたなのだ。
自分の怠慢をもっと自覚したほうが良い。

もう、子供も分けわかんないけど、大人も酷すぎる。
もっと、自分の意地や沽券じゃなくて、大切なことがあるだろうに・・・

真に大切なのは何か、もっと考えてくれないかな!

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2005.02.17

白熊星人

昨日からヒマに任せて作った物語。
ロマンチックな雪の話にしたかったのに、どんどん、ずれて軌道修正不能状態に・・・
まあ、そんなトンチンカンな話だと思って読んでくださいね。

彼らが地上に降り立ったのは、世界中を寒波が襲った日で、その日、真夏のはずの南太平洋の島々にもなぜか雪が降った。
それ以降、雪が降るたびに、人々はその日の衝撃を思い出すことになる。(生きている限り)

臨時ニュースが世界中を飛び交い、原稿を読んでいるアナウンサーの顔は蒼白だった。
そのニュースを読んでいる彼自身が信じられないといった顔つきだった。

エイリアンの宇宙船はその数日前から地球の成層圏を周回していた。
彼らは各国の首脳に、それぞれの国の言語で声明を送り、
「我々は移住先を求めている。南極に住まわせてもらえないだろうか」
と要請していた。
その要請を受け、国連は紛糾した。
といっても、そのことは一般ピープルには知らされていなかった。

彼らの説明のよると、彼らは地球時間で百年ほど前に故郷の星を離れ、宇宙を放浪していた。
そのため、陽の光や暑さには弱く、南極のようなところでしか生きられないのだという。
彼らの容姿についてはその時点では秘されていた。

「南極のようなところで生活は出来ないのでは?
いずれ、地球全体に広がって、害を及ぼす存在になるのでは?」
という危惧で、各国は移住を認めなかった。
「いいえ、心配は入りません。
我々は南極で十分生活できます。
南極の氷が融けないようにすることも出来ます。
それに、我々は五個体ですから、そんなに広い場所も要りません」

五個体と聞いて、アメリカが、「ま、いいんじゃないか」と言い出した。
彼らの技術力を手に入れたいとアメリカが舌なめずりをするのが目に見えるようだったとスリランカ代表は後で語った。
アメリカさえその気になれば、右ならえの日本代表が、「愛」だの「友好」だの言い出して、ロシアやイギリス・フランスもおこぼれを期待し、唯一最後まで反対したニュージーランドの反対を押し切って、彼らの移住受け入れ案は可決された。
ただ、彼らの容姿が、あまりにも人類とかけ離れているのはどうかと言う声も出たので、それを見た上でと言う条件が付いた。
そして、その大雪の日、小型飛行艇(といっても、どう見ても、小型の氷山のようにしか見えなかった)でアラスカに降り立ったエイリアンの姿が、各国のテレビで放映された。
その姿は・・・

白熊だった。
ジーンズのような材質で出来たオーバーオールを着て、喉元に赤いリボンをまき、黒い長靴を履いている。
それは、彼らの要請で、地球側が用意した物だった。
リボンはネクタイ代わりで、オーバーオールは下半身を露出するのは失礼だと思ったから、ただ、靴はどうしてもきつくて辛かったと、彼は、後日、ニューズウィークのインタビューに答えた。
2mほどの身長、ふさふさとした白い毛並み、つぶらな瞳、尖った黒い鼻、彼はまさに立ち上がった白熊そのものだった。
熊はその手をマスコミのフラッシュに向かって振りながら、のっしのっしと歩き、その様はテディベアが歩いているようで、世界中の子供のみならずぬいぐるみファンの心を掴んでしまった。
他の人たちも、とりあえず、その姿だけで南極を選んだ理由を納得できてしまった。

熊は生物学的には♂で、年齢は彼らの星の年数で50歳、人間では300歳ほどになるという。
名前はバール。
流暢な英仏露語(ただし、それぞれ田舎訛あり)を話し、日本語も(大阪弁だが)出来た。

それぞれの言語で、国連で挨拶する白熊を見て、全世界は湧いた。

こんなラブリーで優しい生き物を保護せずしてどうするという論調でマスコミが報じ、彼らは南極移住を認められた。

宇宙船(でっかい氷山にしか見えなかった)は南極に着陸し、彼らはそこで生活を始めた。
彼らのライフスタイルを知りたいとマスコミは訪問を打診したが、もうしばらく待って欲しい、今はまだこちらも生活の基盤を作るのに精一杯だからと言う彼らの断りに頷かざるを得なかった。
国連からは査察団が入っているし、とりあえず、人類に不利益なことはしていないと報告も出ていたので仕方なかった。

1年後、彼らは各国のマスコミの代表取材に応じると発表した。

そこで彼らが見たのは、雪原の中で、遊んでいる白熊。

「建物は?」
「ありませんねん」
「建物が無くても大丈夫なんですか?」
「毛皮がありますやんか?」
「そりゃそうだけど・・・食料は?」
「腹減ったら、アザラシとって食べますんや」
「調理方法は?」
「生に決まってまんがな」
「お腹壊したりしませんか?」
「とってすぐに食べるんやから、新鮮でっせ」
「お金とかは?」
「金?必要あらしません」
「何か買うとか、そんなことないんですか?」
「ここにおったら、何もかも、無料(ただ)でんがな。買うもんあらしません」
「それでも、美味しい物を食べたいとか、どこかに行きたいとか・・・」
「アザラシの生肉食うたら、他のもん食べられませんで。
それに、宇宙を百年も放浪しとったもんやから、どこにも行きたいとは思いませんわ」
「でも、宇宙船のメンテナンスとか、たまには飛ばさないと・・・宇宙船、どこにあるんですか?」
「なんや、アメリカの人が欲しいというたんで、もって行ってもらいましたわ」
「いいんですか?」
「ここにずっと住んどるつもりやから、別にいらしません」

彼らは、オーバーオールのような服を着ているので、かろうじて白熊星人(彼らはそう呼ばれていた)と分かるが、それを着ていなければ、そこらにいる白熊と区別が付かない。
バール(代表白熊の名前)は鼻を上げ、くんくんと空気を嗅ぐ。

「ところで、皆さん、もうすぐ、ブリザード来まっせ。
最低、一週間は吹きそうや。
わしら、これから飯食って、寝るつもりやけど、皆さん、どうしますん?」

泊まるところも無いので、報道陣はあわてて、ヘリに乗り込み、その場を離れた。
五頭(人)の白熊が手を振る。
側にいた、本物の白熊たちも立ち上がって、それを見送った。

それから十年。
温暖化に向かっていたはずの地球は、毎年、気温が下がっていった。
大雪の年が続き、ヨーロッパやアラスカ、ロシアには新しい氷河が出来つつあった。

白熊星人のところには、あれからも、何回か、テレビカメラが入ったし、監視員も、彼らの居住地の近くに常駐していたが、彼らは相変わらず、雪原で遊び暮らしいるだけだった。
アメリカは彼らの宇宙船を解体して調査していたが、その推進システムはさっぱり分からなかった。
彼らの宇宙船は棒のようなものが一本あるだけで、燃料になるようなものもないし、それを使う機関も無い。
氷も単なる水が凍ったものでしかなかった。見かけどおり、巨大な氷山だった。
彼らはそれに穴を開けて、何十年の旅をしてきたらしい。
食料も、その氷山の外側に凍らせていた。
それを少しずつ溶かし、食料を取り出して食べ、、百年宇宙を進んできたらしい。
「いやー、ここで断られたら、氷が無うなって、わしら、宇宙の藻屑でしたわ」
宇宙船は後50年ほどしか持たなかったらしい。
「酸素はどうしていたんですか?」
「酸素、ああ、空気ね。氷を溶かして作っていたよ」
「そんな機械ありませんでしたよ」
「機械?そんなもん無うても、氷さえあれば、出来ますがな」
「どうやって?」
「息がしたいと思えばいいだけですわ」
「息がしたいって・・・?
それはともかく、どうやって、こんな物飛ばしてきたんですか?」
NASAの技術者はとうとう音をあげて聞いた。
「どうやってって、そりゃ、あっち行きたいなーと思えばいいんや」
「あの棒が羅針盤ってことですか?」
「あれは、単なる棒や」
「この宇宙船には、何の推進力も無いですよ。それに、言われたとおり、あっちいけと思ったけど行きませんでした」
「変やな?」
白熊は氷山に乗り、棒を持ち、「あっちいけー」と言いながら指し示すと、あらあら、不思議。
氷山はひょいと浮き、行けと棒を向けたほうに動く。
「ほら、動くやん」
唖然としていた技術者は恐る恐る聞いてみた。
「もしかして、この棒は作った物とは違うんですか?」
「うん、途中の星で拾ったもんや。
うちの星、皆凍っとるから、木は珍しゅうて・・・仰山持ってきたんやけど、途中で爪楊枝代わりに使うてしもた。
これで指し示すと、集中できるんよ。重宝するわ」
「じゃあ、ただ、あっちに行けと思うだけで、なんでも動かせるんですか」
「まあな、まあ、あんな大きな氷になると、最低、5人は必要やけど」
「それで、5人ですか・・・」
「そや、言い忘れとったけど、星の友達が遊びにくるんや。攻撃せんどってな」
「友達!?」
「ああ、もうすぐ付くはずや」
「・・・何人くらい来るんですか?」
「50人くらいかな?」
「50人!」
「うん」
「どうやって、通信したんですか?」
「そんなん、今でも話せるでー。心ン中で呼びかければいいだけや」
「サイコキネシスにテレパシー・・・超能力!」
「ああ、地球のお人達の中には、あまり、私らみたいなもんはいまへんな」
「ひゃあ~」

技術者の報告を受けて、大慌てでアメリカは国連に提訴した。
「そんな恐ろしいエイリアンに地球に居てもらっては困る」
そう言う意見で全会一致し、彼らは白熊星人に出て行ってもらいたいと通達した。

白熊星人達の反撃を恐れていたのだが、彼らは文句も言わず、
「そうでっか、仕方ありまへんな。出て行きます。
ただ、氷が無いとわてらも困りますんや。
ちょっと、貰っていってよろしか?」
白熊星人を追い出せればなんでも良いと思った各国首脳は、好きなだけ持って行けと答えた。
遊びに来た50人の白熊星人と5人の白熊星人は、元の星にもどることになった。

「いろいろと迷惑かけたようで申し訳ありまへんでしたなあ」
白熊は最後まで丁寧で、紳士的だった。
「こっちの勝手ですみません」
地球側の立会人も思わずそう言ってしまったくらいだった。
少し、揺れるかもしれないということで、地球側の立会人はニュージーランドでそれを見送ることにした。
各国の観測所も一応そこに避難した。

やがて、彼らは出発した。

巨大な氷の塊が宙に浮くのが見えた途端、ニュージーランドばかりでなく、地球全体が揺れた。
彼らは南極のほとんどの氷を持ち上げてしまったのだ。
なんせ、55人も居たのだから、それくらい朝飯前。

重い氷の重石を外され、南極大陸が跳ね上がり、地球の地軸は乱れ、大洪水と地震、火山の噴火が、瞬時に各大陸を襲った。
その大天災(白熊災?)で地球文明は壊滅した。

「ねえ、おとうさん、ちょっと、重いんとちゃいます?
動きわるいですやん」
「そうやなあ、鯨、積みすぎたかなあ」
「母さんが、鯨、一杯、欲しいといったんだよ」
子供が父親を弁護する。
「あんた、それ、なにやっとんの?」
「うん、テレビゲームたらいうもんやて。地球人にもろた」
「食べれるんかいな?」
「固とうて、固とうて」
「そんなん、ほかっちゃい」
「うん」
子供がそう言うと、そのテレビゲームは手元から消えた。
「それにしても、地球人て良い人たちやったね。国に帰ったら、皆に教えたらなあかんな」
「そやな」
「父ちゃん、今晩はエックの家でアザラシパーティや、はよ、いかな、美味しいとこなくなるでー」
「そや、いそがな」
「ほんと、あんな美味しいもんがある地球っていいとこやったなー」
そんな会話を交わしながら、彼らは他の家族のもとに行くために部屋を出た。
バールの声が通路に響く。
「これだけ、氷があれば、300年くらいは宇宙を旅できるなー」

白熊星人の楽しい宇宙のたびは続く・・・


c-rawumber
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2005.02.16

約束

Dsc04701ll朝からうだうだ。
「BLLAD3」を聴いている。
「愛の言霊」は元気をくれる曲。

「時間よ、止まれ」
といわなくても、今日の私の時間は止まっている。

自分の世界に篭って、好きな本を読みかえして、好きな時間に好きな物を食べて、我儘放題。
だから、今日はどんな事件が起ころうと、世界がひっくり返ろうと、どうでも良い。
そんな日が無いと、この時代、生きているのが嫌になってしまう。

ブログは一年間は毎日更新すると決めたので書いている。
自分との約束だ。
私の場合、自分に何かを約束をさせないと、何もせずにボーっとしていそうで怖い。

生きるって、何か約束をして、それを守るために活動すると言うことでもある。
学校へ行くのも、学びますという学校との約束だし、仕事も働きますという勤務先との約束だし、買い物も、それをこちらに渡してくれたらお金を払いますという約束だ。
約束を守れば次の約束は容易いけど、守らなければ難しくなる。
難しくなっても、小さな約束を守リ続ければ、また、大きな約束もしてくれるようになる。
その連続が、一生になるのだと思う。
本当は、生きるって、とても単純なことだ。

明日には約束が待っているからこそ、私も今日はのんびりしていられる。
この先の約束が何も無ければ、不安で居た堪れないと思う。
何か約束をしようと焦ると思う。

でも、約束の仕方を知らない(教えられていない)人が、多くなっている。
約束の仕方が分からなければ、引き篭もるしかなくなるのに・・・


c-rawumber
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2005.02.15

根はどこに?

誰かを憎むという感情は、誰もが持っている自然な感情だ。
だが、なぜ、それが学校に向かうのか?

そこの構成員は常に流動的で、○○小学校とか、××中学とか名前が付いていても、自分が属していたときとは、まるで違うものなのに・・・
今回、少年が刺した教職員も彼の担任ではなかった。
小学校で担任では無いということは、まるきり、知らない人と言うことだ。

彼は中学二年から不登校になり、閉じこもっていたという。
自分が属した唯一の他人と交わる場を恨んで、今度の犯行に及んだことになる。
揺るがない組織、システム、自分が居なくても成り立っている世界、そこで自分が能力どおりにきちんと扱われなかったから、この状況があると思ったのだろうか?
落ちこぼれた原因が、自分にあるのではなく、その場に有るのだという思い込みが、学校への襲撃と言う形になったのだろうか?

最近、ある習い事の講師をしている人と話した。
彼女は、最近の子供は教室であることについて説明しても、自分に関係はないと思う子が多く、一人一人に話しかけをしなくてはいけなくて疲れると言っていた。
それは花の場合も同じで、大勢の前で説明しても、また、一人一人に同じ説明をしなくてはいけない。
集団の中での自分になれていないのかもしれない。
で、放っておくと、自分勝手に花を生けてくれるので、私は直させてもらうことにしている。
個性は大事だが、何かを習うということは、その手順や形を習うということなので、初歩の段階でそれをさせていない。
この考えは個性至上主義の人には理解できないかもしれない。

だが、「型から入って型を抜ける」という言葉があるように、最初は型を習い、それを習得した時点で、型を抜けて自分を表現しなければ、自分にだけ通じる独りよがりな表現になってしまい、誰かに通じるところまでは行かない。

教育でも同じで、誰とでも通じる言葉や表現を手に入れる場(型を習う場)として小学校があるのだと思う。
故宅間死刑囚や今度の少年が、狙う場所として小学校を選んだのは、彼らが小学校ですでに落ちこぼれ、切り捨てられていたからではないだろうか?
彼らがその時期に抱いた他との違和感から、抜け出せなかったことが、事件の根っこになっているような気がしてならない。
それは学校側の問題だけでなく、親側の学校に対する意識の問題でもあるのだが。

私は山の中で一人きりの子供だったが、小学校に入り、そこで級友達と泥んこになって、汗まみれになって、くちゃくちゃになって遊んだ。
それは私の中でほっこりと温かい記憶になった。
そのおかげで、少しは人と居ることに慣れたが、今でも、私は他人に違和感を抱かせるみたいだし、自分でも適応できていないと思うときがある。
私の人間としての型はいびつなのかもしれない。
それは私の特別な事情だと思っていたのだが・・・最近、他のブログを読んだり、いろんな人と話したりして、人間は、皆、どこかに他との違和感を感じる生き物なのだと思った。

人間はもともと自分勝手な生き物だから、生きる型を先人は作り、それに子供を当てはめてきたのだろう。
その型が崩れて、さあ、好き勝手にしなさいと言われ、人は悩んでいる。
中には人に愛される型になれなかった、もしくは自分は人に愛される型ではないと思い込んでいる人が居る。
それが、犯罪者なのだと思う。

ゲームに没頭し、他の関りを絶っていたという少年、彼にはほっこり温かい記憶が無かったのだろうか・・・


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2005.02.14

うなされているバレンタイン

楽しくお気楽な数日を過ごしたというのに、どういうわけか、風邪を引いた。
全身が熱っぽくてキシキシするし、頭はズキズキする。
優雅な生活と言うのも疲れるものらしい。
どうも私のようなビンボー人には合わないみたい。

昨日の「わけわかんない」状態が続いている。
あちこちのブログを訪ねてみたが、まだ、わからない。
ま、いいっか。
今この瞬間には見えないものが、時間の経過によって、いずれ見えてくるだろうし、私、とりあえず、当事者じゃないし・・・

堀江さんのぬいぐるみ的風貌に騙されそうになったけど、最近、あのひとはゴジラにも似ていると思うようになった。
あちこちの大都市に上陸して、ランドマークを破壊していく侵入者。
しかも、ただ、歩いているだけ。
ゴジラって、そうじゃない?
意図して何か壊しているとか、何か目的が有るとか人間は裏読みしているけど、どう見てもあれはただ歩いていただけだよ。行きたい方向に。
それを邪魔するから、攻撃されている。
あのまま、何もせずに歩いていかせれば、日本海に抜けていって終わりなんじゃないかしら?
海外版ゴジラには巣穴を作ってそれを守るという生物の必須条件があったけど、日本のゴジラにはそれすらない。
あ、そうだ、電気エネルギーが欲しいんだっけ?
だったら、食べ物を求めてきただけじゃない。
平和に共存するために、発電所をひとつ、ODAしちゃえば良かったのにね。

堀江さんも自分の企業を大きくするために、他の企業を喰っている。
美味しそうな皆様は、すぐに戸締りや裏口の穴を塞ぐようにしたほうがよろしいかと。
株式で都合良く資金を得ておきながら、それを買い占めるとけしからんと言うのは、勝手な言い分と思われ・・・
堀江さんも今度の資金を株で得たようだから、自分の裏口を開いてしまったことになる。
そこからの侵入者に、文句を言いませんよね、堀江さん?

まあ、日本の現在の経済的繁栄が、第二次世界大戦の敗戦による破壊(士農工商以来続いていた身分制度および、土着性の崩壊)によるものと考えれば、破壊も悪くは無いのかもしれないけど、昨今の問題は、破壊されたことの負の遺産と思われるので、何事にも正負はあるものだと、熱を出しながら考えていたわけで・・・


あ、今日はバレンタイン。
私から皆様に・・・


05021207ll
一応ハート型なんですけど・・・ 
 


c-rawumber
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2005.02.13

わけわからん!

昨日、あれから、友人達と近くのリゾートホテルに泊まりに行った。
夕食のヌーベルシノワを楽しみ、スパに入り、部屋の正面の海から出た朝日を拝み、また、温泉に入り、バイキング朝食を食べ、今、戻ってきたところ。

積み立てして、年に一回、遊びに行くその会を、皆、楽しみにしている。
私はここ5.6年行けなかったのだが、今年は久しぶりに参加。
おばさん同士の気楽な会は本当に楽しい!

で、帰って、上機嫌で五穀ぜんざいを食べながら(まだ食うか!←天の声)、サンデープロジェクトを見ていて・・・

大学の教授がライブドアの堀江社長に迫っている。
え?
今、なんていったの?

もし、ニッポン放送の上場が廃止されたら、堀江さんは損をする一般株主にどう責任を取るのか?
みたいなことを言っているような気がするけど、私の聞き間違い?

もし、そういうことになるとしたら、それはフジテレビがライブドアの影響を排除するために策を弄した結果では?
だったら、その責任はライブドアにあるのではなく、フジテレビにあるのではないの?
それに、そんなことになる前に、売っちゃえばいいじゃん、一般投資家。
一生、持って居なければいけないってモンじゃあるまいし、今なら高く売れるぞ。

私はおばさんで、一株も持っていないし、金持ちの要素のまったく無い人間だからそんなことを心配したこともない。
でも、そんな私でも、それこそ、自己責任だと思う。
だいたい、30%以上も株を買い占められて、相手が「買いましたー」というまで、気がつかなかったなんて、その会社の経営者は不味いんじゃないの?

某教授の言っている意味が分からん!

誰か、こんなワラ屑頭でも理解できるように、解説してくれないかしら?

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2005.02.12

風船ワンコ

05021201ll今日は朝からいけ込み。
子供のための音楽会と聞いて、風船を使ってみました。
風船を膨らます時間を計算していなくて、ちょっと、時間が掛かりすぎ・・・
 


この前、風船を買いに行ったときの事。
その専門店には看板ワンコがいて、彼は、立ち上がれば1m50cm近く有りそうな、黒、茶、ベージュのかなり精悍な顔つきのナイスガイ。
その彼は、私が入っていくと、目がハートになり、匂いを嗅いで後を追いかけ、立ち上がってキスしようとします。

まあ、私ったら、犬にまでもてちゃって(と、いうか、犬にはもてるのか)・・・と一瞬思ったのですが、よく考えれば、彼はサクちゃんの臭いに反応していたようです。
サクちゃんの臭いは彼にはたまらない臭いらしく、店主に叱られても興奮して聞きません。
とうとう、店の奥に閉じ込められてしまいました。

後でよく考えたのですが・・・もしかして、私って、かなり犬臭い?
それは、犬にはオッケーでも、対人間にはちょっと不味いかも。

この前、私の使っているオーデコロンを気に入って、自分も買いたいからって、銘柄を聞いてきた人が居るけど、香水だけじゃ、この匂いは出ないかもって、ちゃんと、言ってあげたほうがいいかしら?


c-rawumber
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2005.02.11

牛丼復活の日

2030108ll麗らかと言う形容詞が似合う日。
今日は生徒達とランチ。
11人も揃って、あるお店に・・・
生徒達の旅行の写真を見て、世間のあれこれを話して、ワーワーキャーキャー、煩い集団でした。

腕の良い店主の作るお料理はどれも美味しい!
一品ずつ出てくる料理が少し間が空いてしまって、お茶をがぶ飲み状態だったのは少し残念だったけど。(これについては、がつがつ食うなと怒られるかも)
それでも、満足、満足。

個人的には、お土産に大好きな六花亭のバターサンドを頂いて、幸せ・・・

その後、席を移してレッスン。
明日のいけ込みの準備をして帰ってきました。

生徒の一人のご主人が、今日は吉野家に牛丼を食べに行くと楽しみにしていたいう話を聞いて、ああ、そういえば、今日は牛丼復活の日だったんだわと思い出した。
今、どこかの吉野家に車が突っ込んだというニュースが・・・焦るあまり運転操作を間違えたのかしら?

牛丼への思い入れは、私のように、あまり牛丼やさんに行かない者には分かりません。
だから、吉野家が他の牛丼チェーンと違って、アメリカ産にこだわり、かたくなに牛丼販売をしない理由に、少し、疑問を感じることもあります。
今回、アメリカ産の牛肉は生後一年以内と言うことで、輸入を再開しそうです。
美味しさと安全、どちらを選ぶかは消費者の自己責任になりそうですね。
もっとも、いろんなことを心配しだすと、何も食べられないような世の中ではありますが・・・

美味しいと感じる物が身体に良いものとは限らない。
これはちょっと、皮肉なことですね。
味覚と言うのは、だまされやすい物のようです。

そういえば、昔、友人のところで、
「あら、これ、お酢が利いてて美味しい」
といったら、怪訝そうな顔で友人が味見して、
「やだー、これ、悪くなりかけている!」
というようなことがあったっけ。

こんな味オンチの私には、美味しい物なんて、もったいない?

c-rawumber
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2005.02.10

激空腹中

05021001llなんだかなあと言う感想。
マスコミの方やお偉い方たちはブログが苦手みたいですね。
「オピニオンリーダーたる私は一般人を啓蒙しなくては」と言う気負いの気配が漂っていて、なんともと言う感じがします。
そういうのがありがたい場合もありますが、え~と思うことのほうが多いです。

それが気になる人から何かコメントされても、「わたしゃ、こう考えているんだ、悪いか」で、済みそうな気がするのですが・・・
何もブログをやめなくてもね。

それでも、自分が属している組織を庇うのなら、先に私はこの組織に属しているがと断るのは当然すべきことだと思います。
そうじゃないと、私のような愚民は、裏を考えずに「ほうじゃほうじゃ」と付いていってしまうかも。
まあ、付いていくのも、読んで納得したのなら、問題ないんですけどね。


と書きつつ、手が震える・・・私の今の問題は、激しく、空腹なこと。
今日は朝から花の仕入れに行き、いろいろと用事を済ませて帰ったら、もう、二時。
目が回りそう。

このニ・三日、鼻水だらだらの私。
それでも、花粉は飛んでいないらしいです。
また何かのアレルギーになっちゃったのかなあ・・・辛い!

今日の個人情報漏洩2件、でした。

c-rawumber
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2005.02.09

報道ねえ

10126001l朝から、「CELTEIC CIRCLE」と言うCDをかけている。
ケルト民族と言うと、魔法と伝説が霧の向こうに仄見える民族なのだが、最近、「ロード・オブ・ザ・リング」や「ハリー・ポッター」などに、その音楽はアレンジされている。
囁くような歌声が耳に心地よい。


で、考えているのは、昨日のライブドアの件。
堀江社長は、野球だ競馬だと世間を騒がせている間に、そんなことを画策していたのね。
あの社長日記で、某社長や某企業と書いていたけど、そういうことかあ・・・
私などはひとつのことを考えるとそれに没頭してしまうので、ここニ・三日、丁稚の世界に行ってしまっていたけど、ああいう人はいろんなことを同時に進められるのだと、いまさらながら感心。

その結果については、どうでもいいような気もする。
彼は思想的に偏向している節もないし、冷徹なビジネスマンなら、国民から大量ブーイングの出るようなマネはしないだろう。
真の商人は顧客を刈り取るようなことはしない。

では何を考えたかと言うと、報道ということ。
私はR30氏のブログのおかげで、昨日の時点で、会見の内容を知ることが出来た。
今日の新聞(中日新聞)には、記者の観点からの纏め記事が一、三、六面にあった。
が、どうも、情報の総量と伝達の素早さと言う点では、新聞はネットには勝てないようだ。
(当然、テレビも勝てない)
その情報が真実かどうかを問わず、あるひとつの出来事について、起こったこと、語ったこと、それから派生したことなど、主観を入れずに羅列する報道ブログが出来たら、どうだろう?
かえって、迷ってしまうかな?
自分で考えることが面倒で、ついつい、人の書いたものに頼っている人も多いし。

それにしても、私は機械のことなど何も分からないので、どうして、テレビとパソコンは合体できないのかと思う。
紙のようなディスプレィが出来たそうだから、テレビとパソコンを一緒にしてくれて、ついでに書籍の配信をしてくれるととても助かるのだが・・・
かなりすっきり生活できると思う。

あ、でもね、紙に残すって大事なことだと思うよ。
紙は何千年も持つし、石にすると何万年も可能だもの。
いずれ、現代人はピラミッドを作り始め無ければいけないかも。
そうしなければ、天変地異から情報を守り切れない。

あれ、私の大好きな「ハンガリアン舞曲」もケルト音楽に似ている!

c-rawumber
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2005.02.08

技脳と技能

昨日の「専門職と丁稚へのTB」に頂いたコメントを呼んでいて、思ったこと・・・

のこのこ10年丁稚をやってる間にその職業そのものがお払い箱になってる危険性が非常に増してます

と言うタツユキさんのご指摘で、ちょっと、考えてしまいました。

いろんな専門学校に通い、一度はその職業に就きながらも、辞めて別のスキルをあまり必要としない職業に就いている若者を数多く知っています。
かなりの授業料を払い手に入れた技術を、どうしてやすやすと手放すのか不思議でした。

ある美容院に勤めていた子は、そこを辞めて販売員の仕事をしています。
美容院に居た間は、一日の労働のあとに、自分の勉強をしなければならなかったのだそうで、手も荒れるし、友達と休みの一緒にならない、そう言う職業に彼女は疲れ果てていたようです。


それとは別に、経営者のほうから洩れ聞こえる話も有ります。
つまり、その職種の学校を出ただけでは実践では使えないということ。

専門学校では技術者を大勢育成しますので、教えられるのは仕事の技術だけ、個々の現場には合わないやり方を教えざるを得ません。
現場では、技術だけがあれば良いわけではなく、多くの雑用が有ります。
それをこなしつつ、技術も他と競合していかなければならない、結構大変な仕事です。

私の知っている美容師さんは自分で店を経営しています。
私と変わらない年なので、まあ、おばさんです。(ごめんね)
おばさんのところには私のようなおばさんが何十年と通っていますので、彼女の美容室は安泰です。
それでも、彼女は今でも勉強を続けていて、講習会に出てはいろんな知識や新しい技術の勉強をしています。
彼女の時代、美容師になるには専門学校に行った後、美容院に住み込みで入り、そこの子供のお守りから、食事の支度、掃除、洗濯をして、その先生の持っていた技術を学ぶものだったそうです。
そう言う境遇に堪えることで、ちょっとやそっとのことではめげない強靭な精神力を手に入れ、今の彼女があるわけです。

彼女のようになれば、手に入れた資格は一生もの。
どんな場所に居ても、使い捨てされない自分になるためには、そこで粘り、頭角を現すことが出来る精神力が必要です。
とんでもない才能や目を見張るような技術を持っていない限り、こつこつと自分の居場所を作っていくことでしか、生きていけません。
これがいやだ、あれがどうもと、転職を繰り返していると、ある日、年齢制限でどこにもいけない自分を知ることになります。

昨日のエントリーで

何かを人に習うときには、その技術なり知識を持った人に対する尊敬と畏怖が無ければ、その知識なり技術なりをきちんと受け継ぐことは出来ません

と私が書いたのは、専門学校で大勢を相手にした教師に習うのと、現場の先輩に付いて、技術に驚嘆し、知識を尊敬して身に付けたものとは自ずと違うと言いたかったからです。


それと、インターネッ関連トのように身体能力を必要としない技脳(ちょっと変?)と、美容師や理容師、調理師のようなそれを必要とする技能とは、明確に分けて考えなければなりません。

技能においては繰り返しそれを続けた愚者が、怠けている天才を超えられます。
技脳は技術ではなく、才能・ひらめ・知識の蓄積のよる発想です。
ひらめきであれば、3歳の子供が30歳の青年を超えることも可能です。
これには精神力も鍛錬も必要ないのです。
それをひとつの技術と言う言葉で括るので、噛みあわない議論になるのでは思います。

で、最初の話に戻ります。

特に元手が安くて利益率の高い寿司職人や理容師など。
街を歩いたらそこ等中美容院やら歯科医だらけじゃあ・・・

これらの職業が、果たしてお払い箱になるでしょうか?
人類が今の形態で居る限り、お腹はすくし、髪は伸びるし、髭は伸びるし、歯は虫歯になるのではないでしょうか?
確かにどんどん安価にはなっていくかも知れせんが、人間が肉体に閉じ込められている限り、この職業は必要とされると思います。

問題なのは技脳のほうです。
これは本当に日進月歩、どんどん、変わっていきます。
さっき書いたように、知識の蓄積は必要でも、これには肉体的な鍛錬はいらないのです。
ま、脳も肉体の一部といえばそうですし、キーボードを早く打つとか、強靭な体力とかは必要でしょうけど・・・

技脳には、別の考え方をしなければなりませんが、まだ、この分野自体が発展途上なので、今、これに携わっている人たちがその訓練の方法(発掘の方法といったほうが良いかもしれませんね)を編み出していかなければ無ければなりません。
「そんなもん誰でも出来るがや」(名古屋版) というのは間違いです。
子供は記憶を持って生まれないのですよ。
利用することは可能でも、仕組みを理解しているとは限りません。
仕組みを知らなければ、その技脳も受け継がれません。


まだ、私の頭の中で練り切れて居ない部分や、書き足らない部分もあるような気もしますが、今日は出かけなければならないので、これで、辞めますね。それでは・・・

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2005.02.07

専門職と丁稚へのTB

R30氏のブログを訪ねました。
どうも私が「ニート」の時に読んだのはこちらだったらしいです。(その節は失礼致しました。冬の国に行っていたものですから・・・)

で、今回の「専門職と丁稚」にきちんとトラックバックすることに致しましたので、よろしくお願いいたします。

前から考えていたのですが、専門職と言うものは、たぶん、「大学出てきました~」と言って来られても、「とりあえず、邪魔しないでね」というようなものではと思います。
大学出てきただけで即戦力になれるような職業はそもそも専門職とは呼べないので・・・

で、とりあえず、そこに居るだけの人に高給を払えるかと言うと、当然、難しいし、その人に仕事を教えていくとなると膨大なエネルギーを注がなければなりません。
つまり、将来、その会社に収入を齎すであろう人を、時間と資金をつぎ込んで、育成しているということになります。
それでも、以前の終身雇用の時代なら、その投資が無駄にならなかったわけですが、いまや、育て上げ「何とかこれで」と思った瞬間に、有能な人ほどそこを離れ、ステップアップを図る時代。
ならば、そんな人に投資をするのは辞めて、どこかで育った人を引き抜いたほうがはるかに効率的と思うのが当然。
で、派遣社員の雇用が増えています。

しかし、投資をして人を育てる企業がなくなった結果、中途半端なスキルや知識しか持たない渡り鳥専門職が蔓延して、いずれ、国の競争力も落ちると言う羽目になりかねません。
もう、すでになっている業種もありそうです。

学歴を問わない料理人や芸人の世界では、丁稚に近い制度が続いています。
ある師匠に付いて修行をし、いずれ、一人前になったときにはがっぽり稼がせてもらうという感覚が、根付いています。
これからは、企業もその制度を見習い、自社にとって有益な社員を、本人の資金で育てようとし始めるでしょう。
トヨタが作った中高一貫教育の学校などはその先例だと思います。
これは新しい形の丁稚制度のようなものです。
入学者にとってはある程度の成績で卒業すれば、世界的大企業への就職は約束されたような物ですし、企業にとっては学校を持っていることにより、優秀な卒業生を自社に取り込めます。
もちろん、奨学金などで、ひも付きにし、将来、ある程度の期間、自社に繋ぎとめることも可能です。
優秀な退職者を教育係にし、自社のカラーに染まった人材育成(しかも授業料を払ってくれる!)。
これが成功すれば、後を追う企業は多いのでは?

まあ、問題が有るとすれば、現在の「教育に対する個人の勘違い=自分が学資を払い習うときには、その教師を雇っているような感覚」でしょうか?
(金を出しているほうが立場が上のような気分?)
何かを人に習うときには、その技術なり知識を持った人に対する尊敬と畏怖が無ければ、その知識なり技術なりをきちんと受け継ぐことは出来ません。

そう言う点では、旧丁稚制度はなかなかよく出来ていました。
小額(食事を含む)の報酬で本人に現在の自分の価値を思い知らせ、その後の登用で我慢と努力に報いる・・・、そう言う意味では、丁稚と言うのは平和な時代の人材育成には向いているのかもしれません。
なんといっても、徳川360年の平安のうちに築かれた制度ですものね。

と書いては見ましたが、じゃあ、丁稚になってお前が頑張れるかと問われると、果たして、出来るかどうか・・・
ふらふらと生きていても何とかなった高度成長時代に生まれ育ったことに感謝しなければ。

今、この文章を読み返して、少し思ったことがあるのですが、それはいつかまた・・・
失礼致しました。

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2005.02.06

法事

05020416llこの前、友人とお金持ちになったらどうすると言うお気楽な話をした。

彼女はお金持ちになったら、あれをやりたい、これをしたいと前向きな展望を語ったのだが。
さて、私はと考えてみると、たぶん、一方的に消費して、あっという間に使い果たしてしまうだろうなあ・・・
そして、使い果たしたら、また、元に戻って、パートでもなんでもして働いて(年金があればラッキー)、それなりの収入で暮らすだろう。
つまり、私はお金持ちになれる才能に恵まれていないのだな。
そんなことを考えて、少し落ち込んだ。

その彼女は子供もいるし、働き者の夫が一生懸命働いて、優雅な暮らしをしている。
(今でも十分お金持ちだ)
そんな彼女でも、あなたがうらやましいという。
なんで?と聞くと、子供がいなくて気楽そうだし、自分の好きなことをしているからと言う返事。
人はどんなに恵まれているように見えても、それなりに、人を羨んだりすることも有るのだと、少し驚いた。

私はどんな人をうらやましいと思うのだろう?

うらやましいといえば、世間中の人がうらやましいような気もするが、じゃ、あなたの人生と誰かの人生を取り替えてあげると悪魔に囁かれても、お願いしますとはいわないような気がする。

私はこのちっぽけな私の人生を、ちゃんと悲しんで、ちゃんと楽しんで、ちゃんと愛している。
もし、これを誰かと取り替えたら、寂しくて生きていけなくなってしまうだろう。

今日は母の三回忌。
父の7回忌と合同の法要を行った。
お経の流れる中で二人の写真を見ながら、私の人生の元になった二人を想い、まあ、彼らの子供で悪くは無かったなと思った次第で・・・

c-rawumber
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2005.02.05

花粉?

05020410ll花粉、飛んでいる?
ここ数年、花粉症の症状がかなり緩和されていた私が、こんなにグスグスするからには、かなりの濃度じゃない?
ということで、花粉情報を見てみたのだが、どうも、まだ、飛散していない様子。

え~じゃ、私、何に反応してこんなに苦しいの?
もしかして、掃除したことによって、何年も積もっていた埃が家中に漂っているの?
それとも、今年は花粉の量が多いと言う報道を聞いて、身体が反応しているの?

この前、ハウスシックから化学物質過敏症になってしまった少女の報道を、深夜、やっていた。
彼女は家から一歩も出られず、寝たきり。
酸素吸入の道具を放せない。
彼女に会うためにはシャワーを浴びて、面会用の服に着替えなければならない。
そこまでしても、カメラマンの持っていた機材に反応して、彼女は発作を起こしていた。
まだ、16歳だというのに・・・

その人たちは、普通の生活をしていて、そうなってしまった。
建材に使われているホルムアルデヒドや、シロアリ駆除の溶剤に含まれている殺虫剤の成分などが身体に悪いと、それを使っていた業者に分からなかったはずは無い。
少量だからと使ったのだろうが、家はその少量が集まるところ、複合汚染を起こし、毒の家になってしまった。
それは人災としか言えない。

花粉症についても、確かに花粉も悪いのかもしれないが、そういう身体にしてしまったのは、人災としかいえないし、杉が高く売れるからと広葉樹林を伐採し、杉林にしてしまったのも人災だ。

そんなことを思っていたら、日本初のBSE患者が発見されたというニュース。
彼はイギリスで罹患したようだが、いずれ、日本発のBSE患者も現れることになるだろう。
あれも、病死した牛の肉を牛に共食いさせたことによる人災だった。

聖書にはやってはならないことがいろいろ書かれているが、今、起こっている病気はその戒めを無視した結果生まれたものだ。
つまり、すべての病気は予言されているのに、その病気を人間は怠惰と不信により掘り起こしたことになる。

神の報いと言われればそれまでかもしれない。
報いを受けているのが、何も知らされなかった無辜の民ということには納得がいかないが・・・

だが、どんな人でも、まっとうに生きていなければ、その報いは、いつか必ず、受け取ることになる。
金を一番に思っていた人は、金を失い、地位が一番だった人は、地位を失う。
今の日本でよく見る光景だ。


PS えー、花粉症にお悩みの方は「花粉症のあなたに捧げるSF」読んでみてください。
  去年、やはり、グスグスしていたときに書いたものです。

c-rawumber
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2005.02.04

非話

05020415ll昨夜、疲れが出て寝込んだものの、今日は何とかレッスンに。
レッスンの後、猿の集団が日向ぼっこしているという場所を通って、花の仕入れに行ったのですが、猿の姿は見えませんでした。
鹿の飛び出し注意の看板があるところを抜けて、少し行った橋の袂に何時も居ると聞いたのですが・・・
山の中の道は、先日の雪があちこちに消え残っていて、なかなかいい気分でした。

帰ってテレビを見ると、まあ、大変なことに・・・
安城のショッピングセンターで子供が刺されて・・・可哀想に、まだ、1歳にもなっていないのに・・・

そのショッピングセンターには行ったことは無いけど、そんなに遠くないのです。
そこにそんな人が居たというのはかなりショック。
犯人は、その場では取り押さえられずに、2時間近く逃げていたようですから、周囲の住民はかなりの恐怖を覚えていたでしょうね。

命の重みについては言うまでも無いことです。
彼の冥福を祈りましょう。

政府は早急に、普通の生活から落ちこぼれてしまった人々に対する救済の処置を考えるべきです。
それを怠っているから、こんな事件が多くなっているのです。

犯人が悪くないといっているのでは有りません。
このことの責任はすべて彼が負うべきです。
同じ境遇にあっても、殺人を犯した彼と違って、他人に迷惑をかけずに生きている多くの人々がいるのですから。
殺人をしてしまった彼は自分の責任から逃れることは出来ません。

でも、彼が路上生活者にならざるを得なかった背景には、今の硬直した社会が、一度挫折した人間を受け付けないシステムになっていることがあります。
そう言う人が再生できるプログラムを作らなければなりません。

これから、さらに多くの人が彼のような境遇にならざるを得ない状況になっていくでしょう。

中流の家庭に生まれて、それなりに欲しい物を手に入れてきた子供達が、自分の力では何も手に入れられないような状態になったときに、何をどうすれば良いのか分からなくなってしまい、犯罪に走ってしまう危険性は大いにあります。
そうなる前に再生を図れるプログラム作りは何よりも優先すべき事項なのですが、国会中継を見ているとそれを議員さんたちに望めるのだろうかと、ため息が出ます。


c-rawumber
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2005.02.03

超能力が欲しい!

2030103ll超能力詐欺の話、騙された人がたくさん居て、
びっくり。
なんだか、「トリック」を思い出した。
でも、ただ、話を聞いただけで信じちゃったの?
何かやって見せてくれたのかな?

犯人は自分に超能力があるから、詐欺じゃないと言い張っているらしい。
ここは、ぜひ、超能力で脱走してもらいたい!

だって、渋滞で困っている人の車を渋滞の先頭に飛ばしたり、ガス欠になりそうな車をいつの間にか満タン出来るのなら、それくらい、朝飯前、じゃない?

超能力を否定しないけど、ちょっと、そのエピソードは違うような気がする。
渋滞で困っているなら、別の道に抜けられたり、ガス欠になりそうな前に、ガソリンスタンドの前で急に車が止まったり、そういう何気ない守りを得ている人が超能力を持っている人のような気がする。
他人のために、そんなことを出来るというのは、怪しい。
しかも、その人に会うためにお金が必要というのは、かなり怪しい。

などと、思いながら、朝のワイドショーを見ていて、あわてた。

今日は午後から、友人が3人も手伝いに来てくれることになっている。
この前、重いものを動かせないので掃除の進みが悪いと言う話をしたところ、手伝ってあげると言ってくれたのだ。

「他人を入れられるような状態じゃないんだけど・・・」
「大丈夫、大丈夫。散らかってるのはどこも同じよ」
と言うので甘えた。
でも、きっと、あまりの散らかりように、驚いたんじゃないかな?
一応、彼女達が来る前に、せっせと片付けて、何とか見られるようにはしたんだけど、それでも、凄いゴミと埃!

主婦の彼女達はあれこれ言わなくても、てきぱき動いてくれて、しかも力持ち!
大きな箪笥まで動かしてくれた。
最後に出たゴミまで、農家の子が持って行ってくれたので、今日はすっきり!

すんごい、幸せ!

掃除は今日でかなり進んだ。
夫には私には超能力が有ると言っておこう。

後はサクちゃんが剥がした壁紙を貼らなきゃ。
いつか、夫と、親戚の引越しの手伝いに出かけた時、怒った彼女は壁紙をびりびりに破いてくれたのだ。
普段着で出かけたので遊びに行ったと思ったらしい。
それからも二回、そんなことがあって、我が家の壁紙は3箇所も破れている。

それを貼って、こまごましたところを片付けて、落ち着くのはいつになることやら。
ああ、超能力、欲しいなあ・・・

c-rawumber
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2005.02.02

雪が

1時過ぎに寝る前には降っていなかったのに、朝、起きたら雪。

わーい、今年初めての積雪!
というか、今シーズン初めてじゃない?

あちこちから雪の便りが聞こえてきて、鹿児島とか宮崎でも降っている映像が放映されているのに、ここではちっとも降らなくて、どうなってんじゃと思っていたのだが、人が眠っている間に積もるとは何と姑息な・・・

でも、雪だし、積もっているし~、雪だるま作らなきゃ!

05020208llとはいえ、そんなに積もっていないぞ。
え~、雪不足と努力不足のため、こんなになりましたー。
雪国の方には、そんなの雪だるまじゃねえと怒られる?


と浮かれていると、あちこちで、事故が起こっている様子。
やっぱ、人間って慣れてないと失敗するものなんだわ。
この前まで、暖かくてこれが冬かと思うような日が続いていたから、身体が機敏に反応しないのね。
やっぱ、冬は少しずつ慣らして来てくれないと、急にドカーンと来られても、心の準備が・・・

あ、なんか雪の物語を書きたくなってきた。
ロドリーゴ・レアンの「アヴェ・ムンディ」も聴きたいし・・・

それでは、CDを聞きながら、とっとと、書き出すとするか。

c-rawumber
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2005.02.01

サルサル強盗

4021705llこの前、私に大受けしたサルの着ぐるみ強盗が捕まった。
目撃者が多数あり(当然だよね)自宅を特定されたらしい。
 

間抜けなことにこの強盗は、サルの着ぐるみを脱いで側溝に捨てたものの、その着ぐるみの腰についていたバナナの飾りを家に持ち帰っていて、それが動かぬ証拠になったらしい。

彼は着ぐるみを愛していて、逃亡のために捨てなきゃいけなくなったときに、せめてバナナだけでもと持ちかえったのかしらん?

あのねえ、あなたみたいな人に犯罪は無理だと思うよ。
今度、お金に困ったときには、どこでもいいから働いたほうがいいよ。

仕事が無いと言う情報が行き渡り過ぎていて、働く場がないから、強盗や犯罪をしなければいけないような気になっている人って、結構いると思う。
でも、どうしても働こうと思ったら、働く先なんていくらでもある。
慢性的な労働力不足の現場はいっぱいあるのだから。

このまえ、知り合いのラーメン屋さんがアルバイト募集の広告を出したけれど、誰も来なかったと嘆いていた。
皆、自分が出来る以上の職場を求めているから、働けなくなってしまう。
何かの技術が無いときには、単純作業をするしかないのに・・・
ラーメン屋さんについて言えば、最初はお運びかもしれないけど、ちゃんと、働いていれば、ラーメンを作る技術を身に付けることが出来て、いずれ、ラーメン屋さんを開くことだって可能かもしれない。
そんな段階を踏まずに、一気に何かしようと思うから挫折するんだよね。


サルの着ぐるみは証拠品として抑えられているのだろうから、いつか、この強盗をした男が刑を終えたときには返されるかもしれない。

そのときには、ちゃんと、着ぐるみに謝ってね。

着ぐるみは夢を与える物。
犯罪の片棒を担がされたカレ(なぜか彼と思ってしまった)は、きっと、落ち込んでいると思うからさ。

そして、カレにバナナを返してあげて、これからはちゃんと働いて生きると約束してね。
罪を犯してしまったあなたに、世間の風当たりは今まで以上に強いと思うけど、着ぐるみはきっと、暖めてくれるよ。

なんて、新聞の記事に語りかけてしまった。

c-rawumber
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