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2005.01.19

1デナリ

0501191ll聖書の葡萄園の話。
葡萄園の主人は朝、広場に行き、労働者を雇い、報酬に1デナリを約束した。
彼らは一日懸命に働いた。
主人は、それからも、次々と人を雇い入れた。
報酬は常に1デナリ。

仕事が終わり、報酬を支払う時間になって、一時間前に雇われた人に1デナリが払われているのを知り、朝から働いた人々は、自分達にはどれだけの報酬が払われるだろうかと期待した。
だが、手渡されたのは、同じく1デナリ。
彼らはがっかりして文句を言った。
すると、主人は、「私はあなた達に約束しただけの物を払った」と言って取り合わなかった。

この例えは、神の約束もこの話のように、誰に対しても平等で、いつ、神に目覚めようと、神は同じ待遇をするということらしい。
神は信心の時間を問わない。
神を信じるかどうかを問うている。
確かに神にとっては、人間の時間などほんの一瞬。
そんな時間など数えたって仕方ないのだろう。

さて、もし、現代の日本にイエスが現れてこの話をしたら、どんな反応が起こるだろう。
「えー、時給1デナリじゃないの?」
「朝から8時間働いた者と1時間しか働いていない者が同じ日給なんて、不公平じゃん」
口々にそう言って、話にはならないかもしれない。

タイムレコーダーに縛られている現代人には、時間は物。
自分の時間と言う物と金を交換している。
そして、その得た金で幸せを買おうとしている。

だが、時間とお金と幸せは、それぞれが違う次元に属している。

時間は物ではない。
それは経過に過ぎない。
何をしているかが大事であって、どれだけ時間が過ぎているかが大事なのではない。

金は物々交換のひとつの道具。
物でしかない。
いくら溜め込んでも、それに見合った値段のついた物としか交換できない。

幸せは感情。感情はお金では買えない。
感情であるからには、幸せを感じるられる心さえあれば良い。
その心は人の温もりや温かい言葉、思いやりのある行為、そして、自分の温かい言葉、自分の温もり、思いやりのある行為によってのみ、育まれる。
(耳は、相手の言葉だけでなく、自分の言葉も聞いていることを忘れてはいけない)

こういう違う次元のものを、やり取りできると思うことが間違ってる。
これが現代人の不幸なんだな。

などと偉そうに書いてはいるが、不平不満の多い私は、1デナリに文句を言うタイプ。
まだまだ、生きていないと、天国にはいけないわ。
とりあえず、長生きして天国にいけるように、がんばろっと!


c-rawumber
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コメント

blueさん、本当にそうですね。
いろんなことを、もっと、シンプルに考えて生きられれば良いのですけど・・・

投稿: makiko kuzuha | 2005.01.21 18:33

>幸せを感じるられる心さえあれば良い。
現代人にはこれが1番難しい問題なのかもしれませんね。
”ささやかな幸せ”というのが
実は”大きな幸せ”なのかもしれない・・・
そう思うこのごろです。

投稿: blue | 2005.01.21 08:29

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