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2004.12.31

2004年最後の日

2004年最後の日。
寒い日。
まだ、私の住んでいるところでは雪は降っていないけど、あちこちから初雪の便りが聞こえてくる。

冬ソナ終了!
ようやく眠れるわ。

きっと、何年か先まで、雪の情景と言えば「冬ソナ」の雪の並木道やスキー場の場面を思い出す人が多いだろうなぁ。
もちろん、私の中でも冬の思い出のひとつになった。
何年か後に再放送でもあれば、あの大変な2004年に寝不足になりながら見たっけと思うに違いない。

私の記憶の冬は東北の山の中の冬。

夏は水の洩れていたトンネルが、冬になると、半分青くすき透ったツララに占領されていたり、
ダム湖の向こうの山で雪崩が起きるの見たり、
真っ白な雪の上に、点々と残る動物の足跡を見つけたり、
硬く凍りついた積雪のおかげで、川の上を通って近道できたり、
姉の運転する車が吹雪で何も見えない道に飛び出してきた兎を轢いてしまったり、
杉木立の下を歩いていて、枝に積もっていた雪が落ちてきて被ったり、
夕暮れ時の薄墨色の世界にぽつぽつ見える家々の灯りに感動したり、
――美しい思い出がいっぱいある。

そんな綺麗なものを見て育ったことは、私には何にも変えがたい宝だ。

宝物が一つ増えたところで、2005年がやってくる。
来年はどんな年になるのだろう?

まあ、どんなことがあろうと、すべて自分の撒いた種なのだから、仕方ない。
良い種も悪い種も日々撒いている。
良い種が育つことに期待しよう。


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2004.12.30

今年への思い

なんだか、気忙しい日々。
レッスンは昨日で終わったけど、花の仕事はこれから本番。
というのに、段を踏み外して、足を捻ってしまいました。
ズッキーンと脳に響く痛みがあって、もう、骨折したかと思ったわ。
でも、身長が低いと言うことは、骨密度が高いことらしく、長く立っていると痛む程度で何とか済みましたが・・・

最近、このブログにも反応が出てきて嬉しいです。
世間から浮いている私って、ブログ界でも浮いているのかしらんと、ちょっと、寂しかったのですが・・・
ありがとうございます。

今朝から、奈良の小学生殺人の犯人が捕まったらしいと報道されています。
詳しいことは報道されていないので分かりませんが、30代後半の男性のようです。

今年、とても不思議だったことがありました。
あの大学教授に代表される覗きやセクハラをする社会的地位の高い男達のことです。
本人にとっては単なる趣味嗜好だったのでしょうか?
自分がそれにより何もかも失いかねないとわかっても、それをし続けていたのでしょうか?
忙しい合間をぬって、そんなことをしていたと言うマメさに感心しつつ、それが、彼らの属しているソサエティの抱えている問題なのかもしれないと、思ったりもしました。

高潔な人であれと教えずに、経済のかけひきを教えようとしている今の教育のトップにはあの大学教授のような人がいるのだと思うとぞっとします。
その閉塞した現状を打破して、人間の尊厳や人間としての理想を教えようとする若い勢力が台頭することを願って止みません。
私たちは間違ってしまった。
その付けを次の世代に期待するのは卑怯かもしれないけれど、未来は常に個々の生き方により、方向が決まっていくのです。
向かう方向を修正を出来るのは私たちではなく、今、育っている世代なのです。

今年、「災害」が、私たちに突きつけた問い・・・

――何もかも失った時に、人は、どう生きるべきか?

その答えを、老若男女がそれぞれの立場でしっかりと考えなければならないと思います。

その答えをそれぞれが胸に刻んだ時、新しい日本の方向が決まるのです。
戦争後のドサクサで他国から押し付けられた思想を昇華し、日本と言う古く歴史のある国が培ってきた精神と他国との関わりの中で得た経験を付加した新しい日本が生まれるのだと思います。

今年はそういう意味でも大変な年だったんだなぁ・・・

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2004.12.29

醜いアヒルの子

花の仕事やレッスンで少し忙しい。
忙しいのは辛くない。

本当に辛いのは、
誰にも当てにされず、何もすることが無いことだ。
自分がプラスでもマイナスでもなく「無」だと知ることだ。
世の中は自分がいなくても動いていくのだと思い知らされるときだ。

――だから、ニートが「安楽で楽しい」なんて思えない。

あなたがいなくて寂しい。 あなたに逢えて嬉しい。 あなたが必要だ。

人は面倒を恐れて、なかなか、他人にそう言わなくなったが、そう言われることは求めている。
だから、ほんの少しの気まぐれな優しさに縋ってしまい、相手の領域を犯し、嫌われて、傷つく。

だが、心の殻を破って外に出なければ、真の人生は始まらない。
殻の中にいた時よりも辛い状況になるかもしれないが、マイナスになったとしても、「無」ではない。

固い殻の中で、その殻を叩き壊してくれるものを待つのは無駄だ。
鳥でさえ、自ら殻を破って、世に出る。
殻を破る力を持たない鳥には、空を飛ぶことは出来ない。

私は白鳥の子ではない醜いアヒルの子。
でも、アヒルだって、鶏だって、鳥だ。
白鳥じゃないからといって、生きている意味が無いわけじゃない。

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2004.12.28

スマトラの地震に思ったこと

スマトラの地震はM9.0だそうで、今年最大の惨事になりそうです。
そうそう、知人は大丈夫だったようで、ほっとしました。
でも、多くの人々が犠牲になりました。

その瞬間、そこにいることの不思議をいつも思います。

たとえば、この前のエントリーでも書きましたけど、自動車が子供の通学の列に突っ込んで、犠牲者が出たような場合、死んだ子供と生きている子供の差は、ほんの数秒。
今度の地震でも、犠牲者の多くは観光に来た外国人のようです。
遠い異国に行き、あんな災害にあうのは、どういう廻り合わせ?

人生の不可思議を感じずにはいられません。

この前、ちょっと自分が嫌になって、どうすれば良いのかと考えたことがありました。
頭も痛くて、ちょうど、低気圧ガールの時のように苦しかったのです。
それで、目先のことにしか目が行かなくなっている自分を立て直すために、明るい未来を口に出して唱えました。
その内容はと言うと・・・

まず、5年後、私は花の仕事をしながら作家になっている。
――これが一番難しそうね。
でも、この際、一番難しいことを実現したことにしてみようと言うことで・・・

10年後、自分の好きなことが出来るだけの財を手に入れる。
――世界中を旅行します。

15年後、田舎暮らしをする。
――今済んでいるところも十分田舎だけど、その頃には都会になっているかもしれないので、もっと田舎に引っ越すのです。この前の小原村なんかいいわね。

25年後、老後に備えて、都会に移り住む。
――実は、元気でなければ、田舎暮らしは出来ません。自給自足なんて、私のような軟弱者には到底無理。

30年後以降、縁側で日向ぼっこしながら、猫の背中を撫ぜて暮らしていたが、ある日、縁側で眠るように死んでいた。春の午後、爛漫の桜の下で・・・
――今は犬派の私ですが、子供の頃は猫派だったらしいです。
今でも、生まれたところに行けば、座布団に猫を包んで背負っていた子と、近隣のおばあさん達の記憶に残っているうくらい。

こんな脳天気な未来予想図を口にしていると、すうっと、頭痛が治っていきました。
人間の脳の栄養って、笑いや希望や幸せな気持ちなのかもしれません。

「アルツハイマーになれば、目の前に刻々と近づいてくる加齢による衰弱死への懊悩を感じずに済む。
アルツハイマーは神様の贈り物だ」
と、昔、医師に言われたことがありました。

――津波に呑み込まれた人々の脳に急激なアルツハイマー現象が起こって、死の恐怖を感じずに済んでいたら良いなあ・・・
私が今の状態で、あんな目にあったなら、どんなにか辛いかと思うと、つい、そんなことを考えてしまいました。

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2004.12.27

今年は・・・

年末に来て、東南アジアが大変なことになっている。
800キロにもわたる断層なんて・・・
知人が確か年末にプーケットに行くような話をしていたので、あわてて新聞を見たが、まだ、詳しい情報はなさそうだ。
いつも見ている平和な海が突然盛り上がり、自分を攫う津波が来るなんて、あの場にいた人は思いもしなかっただろう。
どうか、安らかに・・・と言うしかない。

それにしても今年は大変な年だ。
次から次へと起こる災害は、一体何なんだろう。
今までは災害が起こっていても、情報が届かず知らなかっただけなのかもしれないが、それにしても、今年は多すぎた。

これらの災害は私にはまた、別の意味がある。
これらの情景は、「私的胡蝶の夢」に書いたとおりのものだ。
災害の夢の話は「私的胡蝶の夢2」「私的胡蝶の夢3」「家相」と書いているのだが・・・
今年起こってテレビで報道されている災害の場面を見ると、ああ、見たような気がすると思う。
夢の中とはいえ、そこにいる私は必死で逃げ回っている。
当事者として、そこにいる恐怖を味わっているのって、結構しんどい。

それにしても、夢とは一体何なのだろう?
話してみると全然見ないという人もいるし、白黒の人もいるし、私のように極彩色で匂いまで感じるような夢を見る人もいる。
見たことも無い人、行った事も無い場所をどうしてイメージできるのか、まったく不思議。

さて、あの災害のために自分に何が出来るかと考えた時、それは国際赤十字に寄付しかない。
だが、60%も固定費に使い、20%しか災害地には行かないと言う話を聞いたあとでは、それも迷ってしまう。
ちょっと、ジレンマ。
人を助けている場合ではないとお叱りを受けるかもしれないが、自分が生きるのに必死だから、人のことなんか構っていられないと言う気持ちは、この世界を砂漠化する。
今の世の中のすべての問題の根源は、そういう気持ちで皆が生きていることにある。
一人の力などたいしたことはないと思うかもしれないが、たとえば、日本人全員が1円差し出せば、1億2千700万ほどになる。
1円なら、町を歩いて拾うことだって可能だ。

自分には何も出来ないと思う気持ちから、社会は歪んでいく。
もし、風水でいろんなことがうまく行った人がいるなら、それは、何かよいことをしようと考え、実行したことにこそが重要だったのだ。
ということで、Dr.コパの風水の小雑誌を買ったのだが、まだ、読んでいない。

では、年末の仕事に出かけよう。
今年のことはきっちり片付けて、来年は絶対に良い年にするんだい!

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2004.12.26

12月26日の思い

今日は薄曇りの空から光の筋が落ちている。

昨日、夕方、田んぼの中の道を歩いた。
冷たい風が、歩いていることでホカホカしている身体に心地よかった。
群青色の空に星が散りばめられていて、黒く空を切り取る山の麓に家々の光があった。
その風景に感動して、生きていることに思わず感謝していた。

もう、15年ほどになるが、私は病気だった。
子宮筋腫。
ありふれた病気だ。
一度手術をして筋腫は取ったのだが、取りきれなかった部分から再発するかもしれないと、医師には宣告されていた。
その言葉どおり、5年も立つと、前以上に状態が酷くなってきた。

貧血と低血圧でふらふらになりながらも、再手術はしなかった。
前の手術で懲りたのだ。

夜、眠る前に、明日の朝、私は目が醒めるだろうか・・・
来年、私は生きているだろうか・・・
そう思いながら、暮らしていた。
あの日々、私はいつも死と隣り合わせに生きていた。
幸いなことに、私にあったサプリメントが見つかり、ここ数年はその症状は改善され、100まで生きられそうな気がするおばさんになったのだが・・・

実はどんな人でも死と隣り合わせに生きている。
たとえば、今、赤信号になったので交差点で立ち止まった人が止まらずに歩き出したら、その人は生きてはいないかもしれない。
ほんの数秒待てば、無事に渡り終えることが出来る。
その数秒の違いを、繰り返して、人は生きている。
急に事故や事件で亡くなる人は、その数秒の違いで死に向かったのだ。
人は本当に危ういバランスで生きている。

こんなことを私が考えたのは、いつも行く「俺様キングダム」でクリスマスシンドロームが起こっていて、その中で、山本一郎氏が、

そもそも、私は誰かの親になってその未来を見届けられるほどの時間を持っていない。

と書かれていて、その頃のことを思い出したからだ。

私もあの頃、そう思っていた。
それは今思うと、孤独で冷たく色の無い世界だった。
人間は自分の経験知でしか世界を見られないから、のんびりと生きてきた私には、アレくらいのことがとても深刻だったのだと思う。

この前、利子の返済の三万円のために、人を殺した元プロ野球選手の事件が報道されたとき、たった三万円でと言う人が多かった。
だが、その三万円を払えない結果、起こることへの不安と恐怖が、彼にとっては人命よりも重かったのだと、私には理解できた。
彼自身が理解を超える事態に面して、死にかけていたのだ。

これからも、あんな事件は多発するだろう。
人間が生きる意味を取り違えているのは、事件を起こす当事者ばかりでなく、その回りの人もだから。
つまり、今の世の中がそういう世の中なのだ。

まあ、とりあえず、生きられるだけ生きる。
自分から死を求めない。
それに尽きるような気がする。
人は自分でいろんなことを選んでいるような気がしているが、本当に自分で選べることなんかない。
周りとのバランスで、開ける道は自ずと決まっている。

0082918llさて、想像を絶する人生を経験してそれをバネに生きている12月26日生まれの知人に、この場で、

ハッピー・バースディ! まだまだ若いんだから、楽しんで生きて!

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2004.12.25

君をつれて

0111402ll土曜日のクリスマス。

寝不足と過労でボーとしている。
寝不足は冬のソナタを見ているせいで、過労は家の掃除のせいだ。

昨夜、「天空の城ラピュタ」が放送されていた。
あのテーマ曲「君をのせて」は私が大好きな曲のひとつ。
元の歌詞もよいけど、私は石井竜也が作詞した「君をつれて」という歌詞のほうが好き。


あの頃僕は 君を探して 旅を始めたばかりの少年・・・・
・・・もう一度夢を追いかけよう
もう二度と僕は迷わないだろう

なんだか切なくなる。

探しに来てよ。
迎えに来てよ。

世界のどこかに、真に自分を理解し、愛し、この閉塞した状況から連れ去ってくれる人がいる。
そう夢想しない女はいないだろう。

冬ソナのミニョン(ヨン様ではなく)をおばさんたちが求めるのは、連れ去ってくれる人だからだ。
それなりの幸せを壊し、真の人生に連れて行く危険な男。

かつて、夫がそういう存在だったのかもしれないが、今は日常になっている。
無感動になり、人生の先が見える年になり、自分を考え始めた今、目の前にミニョンが現れた。
力強い言葉で惹きつけ、思いやりのある行動をする、初恋の相手にそっくりの男。
ヨン様を追いかけている女性達は、実は彼に連れ去られているのだな。

現実なら困るが、スターが相手では、なんら問題ない。
誰かに恋していると、心が軽くなり、誰にでもやさしい気持ちになれる。
気に入らないことや癪に障ることを、その人を思うことで忘れられる。
ヨン様で済んでいるなら、それは夫にとっても悪いことではない。
これが現実の不倫相手では、泥沼のぐちゃぐちゃになりかねないものね。
まあ、そうなったときは、夫達もサンヒョクのように死にかけるぐらいのことはして欲しいなあ。
それが、長年連れ添った相手への礼儀ってもんだ。

なんぞと、クリスマスの朝にボーと考えている私って、寂しすぎる?


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ありがとう!

10000アクセス、ありがとうございます!

えーと、ユジンとミニョンが別荘でミニョンの母親とお茶しているあたりでした。
偶然、目撃。
嬉しかったです。

それにしても、ミニョンはどんどん魅力的になっていきますね。
参ったなあ・・・

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2004.12.24

クリスマスに思う――存在と不在

今日はクリスマスイブ。

キリスト生誕を星によって知り、その導きでイエスの生誕を迎えるために、ガスパール、メルキオール、バルタザールら博士達は、そろそろベツレヘムに近づいている。

彼らは旧約聖書に書かれていた神の子の生誕を祝うために東方からやって来た。

彼らはヘロデ王に接見し、聞いた。
「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか?」

それを聞いたヘロデ王は、自分の存在を脅かす者が生まれたのを知った。

2004年前の明日の朝(未明)、博士達は粗末な馬小屋で生まれたばかりのキリストを拝み、黄金、乳香(香料)、没薬(高価な薬)を贈る。

黄金はキリストの王権への敬意、乳香はキリストの神性への敬意、没薬(死体の保存に使われていた)はキリストの死の予兆。
生まれた瞬間にキリストの生涯を象徴する物が捧げられたのだ。

人としてのキリストの生涯は苦しみに満ちている。
人に裏切られ、嫉まれ、貶められ、無残な最期を迎えた。
そのことにより、人類は救済されるはずだったのだが・・・

今、多くの人間がキリストのような人生を送り、キリストのような最後を迎えている。
キリストの人生が神による救済のための試練なら、民の試練は何のためなのか?

キリストが救うはずだったユダヤ人は、未だにキリストを拒否している。
かつてはあの二つの川の流域の争いだったものが、いまや、世界に飛び火している。
神の存在こそが彼の国々の不幸だ。

華やかなイルミネーションや、溢れる物、便利で豊かな生活。
かつての憧れを手にしながら、幸せではない民族に、神はいない。
神(信じ、重んじ、恐れるもの)の不在こそが、この国の不幸だ。

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2004.12.23

思い出プレゼント

前回の御題にトラックバックしたところ、傑作選に入れてくださったので、気をよくして、今回の「思い出のプレゼント」にトラックバックしてみましょう。

フジテレビの「ラストクリスマス」はまるでコメディのような結末。
雪の中の結婚式。
えー、確か不治の病のような話をしていなかったっけ?
なんで、あんな寒い中で病み上がりの人があんな薄着でいられるの?
と、突っ込みを入れた。

――あれ、でも、なんか、デジャヴュ? 

昨日、押入れの掃除をしていて、昔のアルバムを見つけた。
結婚式の写真。

――わあ、若いなあ。それにしても、寒かったなあ・・・あれ?

真っ白な雪に敷かれた真紅の絨毯。
その上で微笑むウエディングドレス姿の美女(?)って・・・いうじゃない!

「この時季、雪は降りませんから」
式場の係の女性は確かにそう言った。

例年より10日以上早い積雪、しかも牧師さんが乗った列車が豪雪のため、運休するかもなんて日になるなんて・・・
結婚式をする山の中の静かな教会が、ゲレンデから帰るスキーヤーの通り道になるなんて・・・
だれが想像したでしょう?

雪は降り止んだものの、山ほど積もった雪の中で、震えるウエディングドレス姿の矢田亜希子な私。
ほーんと、寒かったし、雪の上の絨毯をヒールの高いパンプスで歩くのって、大変だった。


そんな結婚式からだいぶ立つ。
が、夫は今でも、折に触れ、ちゃんとプレゼントをくれる。(偉い人だ)
でも、私は彼の誠意を踏みにじることが多い。
あの物干しロープとか、太って入らなかった洋服とか、落として割っちゃった紅茶カップとか、まあ、いろいろ・・・

で、一番後悔しているリアクションはというと――

付き合いはじめてすぐの頃、夫は迎えに来てくれた駅で、真っ赤なバラの花二輪の花束を差出した。
「何、これ?」
「付き合って二ヶ月目だから」
「わあー、キザでやんの!」
嬉しかったのに、気恥ずかしくて、つい、そんなことを言ってしまった。

それ以来、彼は花をくれない。
たぶん、二度とやるもんかと思っているに違いない。

――でも、まあ、私の心の中で、あのバラは今でも咲いているから、いいや。

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2004.12.22

ごめんね

ごめんね。
冬のソナタが悪いのよ。
字幕だから、目を離せないの。

また、明日ね。


まるで、スパムメール?

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2004.12.21

専業主夫はどうかな?

今朝いつもどおり、切込隊長のブログに出かけて、「ニート」についてのエントリーを読んだ。
前回の「ニート」への「無業者や引き籠もりに関して」(ノビイズム氏)「ニート」(aiueoaiueo氏)」からのトラックバックも読んだ。

私は「ニート」と「美は人のものにあらず」と言う文章を最近書いたのだが、そこで言いたかったのは、まさにこのことなのだ。
たぶん、彼らの親世代は、今の世の中では勝ち組なのだろう。
彼らは「良いもの」を生まれながらに知っている。
ここで言う「良いもの」とは社会的な地位、(高価で)美味な食料・着心地の良い衣服・立派な家・高い学歴などだが・・・
そういうものにしか価値がないと教え込まれている。
だが、自分がその「良い物」を手に入れる手段を知らない。
そういうものを手に入れられない自分は、「良い物」じゃないと思い込んでいるように見える。

今年、多くの災害が起こり、その「良い物」を失った人が大勢いる。
(そういう人を引き合いに出すのは失礼なのかもしれないが、少し、勘弁していただいて・・・)
彼らは、一生懸命働き「良い物」を手に入れてきたはずだ。
だが、そうやって手に入れた「良い物」は、一瞬に消え去ってしまった。
それも、文句の言い様の無い自然災害によって・・・
彼らの挫折感や彼らの無力感は、ニートな人々の比ではない。
もちろん、それにより生きていけなくなる人もいるかもしれない。
だが、多くの人は、その災害の中から自分を立て直し、また、世に出て動き始めるはずだ。
彼らとニートな人々の違いはそこにある。
その違いはどこから生まれるかと言うと、自分の足で踏みしめて来た大地を知っているかどうかだ。

そんなことは百も承知、それでも出て行けない。
頭の中ではすべてを理解している。
だが、身体が付いていかない。
失敗の経験に固まって、一歩も出せない、俺をどうにかしてくれ。
そういう人がニートなようだ。
つまり、彼らは男として要求される社会的な役割に適応できないのではないか?

ニートのままで、何とか生きていける道はないかとこの前から考えていたのだが・・・
今朝、ふっと思った。
彼らが女性なら、きっと、良い花嫁候補として、縁談が山ほど降ってくるだろう。
学歴もあり、身元もしっかりしていて、良い物に精通していながら、すれていない。
社会に出てバリバリやると言うタイプではないが、お稽古事をしながら、家を守って、子供をきちんと育ててくれる。
そんな奥さんになりそうだと評価されるだろう。
ただ、男性だと言うだけで評価されないのはいかがなものか?

一部のニートは主夫としてやっていけるのではないか?
他人と張り合って世に出るのが苦手と言うだけで、彼らに能力がないということではない。
それなら、無理に会社勤めをしようとせずに、家にいて役立つ技能を習ったらどうか?
ただ、家に居るのではなく、家のことをしているのなら、立派な職業だ。
多くの瑣末な家事をすることになるが、出世競争はしなくて済む。
それに、挫折した痛みを知っているなら、子供に出世するための努力を要求しないだろう。
次の時代の子供の育成のためにも、かなり、良さそうだ。

この場合、社会がそういう形態を結婚のひとつの理想的な形として認めるというコンセンサスがまず必要。

実は女性が社会に出て、男性と同じように働くときに、その伴侶は専業主婦に近い人のほうが理想的だ。
男が女を養うのが男たるものの甲斐性などと言う前世紀の古い観念が残り、社会進出した女性が三高を狙ったりするから、世の中は「負け犬」が増え「少子化」する。
結婚する前は自分よりバリバリ働いている人に魅力を感じるかもしれないが、夫にそういう人を選ぶのはどうかと思う。
すべての家事が同じように働いている自分に降りかかっても平気、やってやるさと言う人なら別だが、自分のキャリアを捨てたくなければ、すぐ離婚と言うことになる。
働きたい女性に必要な夫は自分をサポートしてくれる男性なのだ。

働くことの好きな女性は働く。
とりあえず、産休制度があればキャリアを失わずに女性も子供を産めるし、その後、その子を夫が看る。
そういう夫がいれば、子供も産みたい、でも、働きたいという女性にとっても朗報だ。
女性も誰かを養うくらいの気概が無ければ、男性の領域に踏み込んではいけなかったのだ。
そこに以前なら入れた男性を、結果として締め出したのだから。


次に、現状の問題として、女性の社会進出の道は出来ているが、男性の家庭進出の道はまだ開かれていない。
まず、専業主夫になりたい男性のための修養の場が必要だ。
いろんな能力のある人間が、ゲームに人生を費やすのは社会の損失。
ゲームは人生の彩(いろどり)のひとつ、それを人生にしてはもったいない。

以上、ニートな人(男性に限る)には、そういう選択肢もあるというひとつの提案。
お茶碗一つ洗うのにも男性としてのプライドが邪魔するような人なら、まあ、「そのプライドに見合うだけの収入を得られるように、働け!」と言うしかないが・・・

それにしても、52万人もいるんじゃ・・・養える女性はそんなにいないだろうなあ。
ほとんどの女性の給与は夫子を養えるほどではない。ここにも改革が必要。
ジェンダーレスな教育がこの状況を生み出しているのだから、それを支える社会制度を作るのは当然なんだけど。


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2004.12.20

怒りが音になる?

朝、ゴミ出しに行った。
かなりの量だったので、激しくムカついていた。
こんな量になる前に捨てればよいのに貯めといたのは誰だ! ←お前だ。

車の荷台にぎっしりのゴミを捨て終わり、家に入った途端、キーンと言う音が耳に入った。
リビングで、出かける支度をしていた夫があわてて二階に上がる。
彼は時々、目覚ましを掛けて忘れるので、変わった音だが、目覚ましの音と思ったらしい。
少しして、首を傾げながら戻ってきた。
その間もキーンと言う金属音はずっと続いている。
超音波実験に使いそうな音だ。

どこから出ている?

二人で音源を捜す。
リビングのドアを閉めると、廊下や別の部屋には聞こえない。
と言うことは、居間に音源があるということ?
湯沸しポット、冷蔵庫、テレビ、時計・・・耳を近づけても、そこからは出ていない。
とうとう、夫は電源を落として電気を遮断した。
それでも続いている。

どこからと言う特定が出来ない、ただ、居間全体にどこからとも無く聞こえる音・・・不気味だ。

「いつから聴こえているの?」
「お前が玄関に入ってきた瞬間」

なるほど・・・

「ねえ、出かけてくれないかなあ」
「え?」
「会社行ってよ」

だが、夫は心配なのか出かける気配が無い。
で、私が犬を連れて数珠を持って家を出た。

庭で寒い中、深呼吸をする。

数分後、家に入ると、音は消えていた。

「いつ消えた?」
「・・・お前が出て行ってすぐ」

やっぱりね。

まあ、そういうことなのだろう。
あまり、いらいらしたり、怒ったりするのはやめよう。
そのうち家を壊しかねない。


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 和みの花を・・・

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2004.12.19

ブログをする時

「ブログる時はいつ」と言うお題が出ているようなので、書いてみよう。

スリルとサスペンスに満ちた日常でもなく、有名人と知り合いでもなく、パーティに出かけるわけでもなく、地味な日常を送っているおばさんが、なぜ、ブログをやっているか?

よく考えれば、謎だわ。

ただ、こうやって書いている時間と言うのは、楽しい。
自分の書いた物を読んでもらえるというのは、日記でも快感らしい。
露出狂?・・・かもしれない。

最近、アクセス解析を見て気付いたのだが、結構、過去の記事を読んでくださる方もいるらしく、あれこれと、キーワードを使って検索してくださっているようだ。
と言うことは、一度読んだ文章を、また、読んでくださっているということで、結構(つーか、かなり)嬉しかったりする。

万物は流転する。
明日の私は今日の私ではない。
人は時間軸を一方向に向かってしか進めない。
だが、文字はその場に留まっている。
いつか、過去の自分に会いたくなったら、このブログが残っているというのは心強い。

母がアルツハイマーになったときに、私は、記憶と言うものがいかに頼りなく自分勝手なものかを思い知った。
だが、このブログが残っていれば、私には揺ぎ無い過去が残ることになる。

母が目の前に無いふるさとの山を見て、楽しい子供時代を思い出していたように、いつか、私は目の前に無いパソコンに一生懸命文章を打ち込むかもしれないが、それが楽しい思い出なら、きっとその時も楽しいはずだ。
だから、私は、上機嫌でブログすることにしている。
ま、時々は、冬の国に行ってしまうけどね。

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2004.12.18

月を見ると思うこと

私が幼い頃、人間は月に降り立った。
(どうもこの点は怪しいと思っている人が多いが・・・)

私は月着陸が物凄い偉業だと思わなかった。
反応の無い私に両親は呆れたが、小説や漫画では月に行くのが当然だったので、そんなことは当たり前のような気がしていたのだ。

子供の頃、何かを成し遂げることはあまり難しいことではないような気がしていた。
だから、一人暮らしをするときに、食べる物に困るなどと思いもしなかった。
もう、何十年も前の話。

いざ、一人暮らしを始めると、母親を手伝ったことも無ければ、寮で三食与えられていた身では、何一つ作れず、ご飯を炊いたことも無く、味噌汁を作ったことも無い私は、毎日、はんぺんを齧っていた。
今と違って、コンビニや手軽なファーストフード店が乱立しているわけでもなく、ビンボーな学生では毎日外食するわけにも行かず、少しずつ、野菜炒めをつくり、鮭の切り身を焼いて食べられるようになっていった。
私にとって都会での一人暮らしはサバイバルに等しかった。
のんびりと生きていたツケをそのときに払わされたようなものだ。

頭でっかちで、すべてに不遜で、でも、何一つ自分では出来ない人間だった私。
いまでも、その傾向は大いにあるけれど、人間が出来る範囲と言うものを少しは理解できるようになっている。

だから、今の映像を見るときに、不安を感じずにはいられない。
たとえば、「クリフハンガー」や「ホワイトアウト」
あんな下着一枚や、水に濡れた服で何千メートル級の山や雪山を歩けるわけがない。
何も鍛えていない人なら、数メーターも歩けば寒さに凍えて、倒れてしまうだろう。
だが、映像でしか知らなければ、あの軽装で山に行ってしまう者も出てくるかもしれない。

今さっきスカパーでやっていた「ポケットモンスター」
一人ぼっちの女の子が結晶の世界を作ってしまうのだが、主人公達が救い出す。
本来なら悪役が主人公を助ける。
人生には、そんな都合のよいことは、まず起こらない。
まず、世の中の悪役は悪役の顔をして近づいてこない。
優しい人のよさそうな笑顔で近づいて、何かあれば知らん不利をするのが、現実の悪役だ。
その悪役にしても、自分の中では正義で動いているので、世の中もアイツが悪役だと認定してくれず、下手をすると自分が悪役になっていたりする。

現実の世界に早く触れるのは辛いことかもしれないが、人間としては大切なことだ。
若いうちなら、軌道修正は容易いし、周りもそれを許してくれるが、ある程度の年になっての、軌道修正はかなり難しいし、痛みが酷い。
まず、頭の中の自分ではなく、現実の自分を知ることを早くやったほうが良い。
自分で歩ける歩幅、自分の両腕の長さ、自分で作ることの出来る食べ物、自分の体力の限界、自分一人で出来る仕事量、そういうものをしっかり知る。
それを知ることは今の自分にがっかりすることでもあるのだが、それにより今の自分の立ち位置や範囲が分かる。
そうすれば、次の現実的な目標設定ができるし、誰かのやっていることの凄さがわかる。
誰かに対する尊敬の念も生まれてくる。

月を見るたびに、あそこに人間が立つためには、どれだけの技術とどれだけの努力とどれだけの身体能力とどれだけの運が、そこにあったことかと思う。
これが、私が何十年もかかってようやくたどり着いた実感だ。

イラクに行った青年は、取り返しのつかない場面で、それに気付いたのだろうと思うと、辛くてならない・・・

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2004.12.17

ドラえもんの国

昼中は暖かだったのに、夕方からかなり冷え込んできたような・・・
川口町では初雪が降ったと言う。
――長く冷たい冬を、仮設住宅や壊れかけた家で迎えるのは大変だろうなあ。
せめて冬の間、どこかの使わなくなった国の保養所とか、年金センターに住まわせてもらえないのかな?

子供の頃、東北の田舎町に住んでいた。
そこでは一晩で雪が1mくらい積もるのはざらだった。
ある晩、なんだか家が軋んでいる様な気がして、どうしても眠れなくて、深夜2時ごろに両親を起こした。
理由を説明すると、父親は神経質になっているだけだと取り合ってくれなかった。
が、どうしても、私にはミシミシと言う音が気になって仕方なくて、危ないと言い張った。
呆れた父親は、まあ、私の気休めになればと言うくらいの気持ちで屋根裏に登り、あわてて降りてきた。
「柱にひびが入っている。このままでは、潰れるかもしれない」
そう言うと、兄たちを起こして夜中に雪下ろしを始めた。
その年は異常な積雪が続き、良く家が潰れたと報道されて、もう少しで我が家もその仲間入りをするところだった。

その町にも、もう、そんなに雪は降らないらしい。
温暖化の影響か、夏もかなり暑くなったようだ。
今年の冬が暖冬なら、新潟のあの災害にあった人々には天の恵みかも知れない。

もう、冬物バーゲンが始まっている。
知り合いの洋品店でも半額の商品が並んでいたので、安いねと声を掛けると、そこの奥さんは冬物が売れないと嘆いていた。
大手がバーゲンをする前に、売りたいのだという。

――気温でさえ、その恩栄を受ける人と被害を受ける人に分かれるんだな。
誰もが喜び待ち侘びる出来事は少ないよね。

その点、明日発表される紀宮様のご結婚の発表は、誰もが、ほっとし、暖かい目を向けられる数少ない慶事。
一輪の野の花のような姫宮様は、どんな主婦になるのだろうと思うと、なんだか微笑ましい。

皇族もそうなのだが、お金持ちになった人や、何かの分野で成功している人が幸せでいるということは、本当に大切なことなのだと思う。
ああなりたいと、人に憧れを与えていくというのは、そういう人の社会への貢献のひとつ。
その憧れが次の世代を育てるのだ。
お金持ちになったなら、そのお金を溜め込んで墓まで持っていこうとせずに、夢に投資するほうが良い。

ライブドアの社長は今度は宇宙ロケットを作るつもりらしい。
いろいろと画策してもなかなか受け入れられない彼だが、ああいいなとおばさんは思う。

お金持ちになったら、それくらいスケールの大きい夢を見て欲しい。
集めた金を箪笥に詰め込んで眺めているんじゃ、その人しか幸せじゃない。

だが、ロケットを作ろうと技術を集めたときに、どんな素晴らしい副産物が生まれることだろう。
多くの人がその産業に従事し、未知の技術を手に入れるために研鑽し、食べていくことが出来、それを実現するためのネットワークが生まれていく・・・それは、次の日本の産業だけでなく、民族の総意にどんな良い影響を与えることか!
それを考えると、ワクワクする。

なんと言っても日本は、ホリエモンならぬドラえもんの国。

あの漫画の世界を実現するために努力するだけでも、何百年かは技術立国できるよね。
個人的には「どこでもドア」をよろしくお願いしたいなあ。
あと、2、30年中に何とかしてくれると嬉しい。


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今日、レッスンの後で花の仕入れに行った時に、目にとまった水仙。
今、家には春の香りが充満しています。


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2004.12.16

家相

かなり眠い。
連日の片付けに疲れている。
のに、長文が消えた・・・

書いていたのは家相の話。

実は私が片付けを決意したのは、パソコンが裏鬼門ど真ん中に置いてあることに気付いたから。

ネットで調べると・・・

鬼門や裏鬼門は、「陰」と「陽」の切り替わり地点なので「気」(天地のエネルギーや波動)が乱れやすい方位といわれています。
乱れやすいが故に、悪気や邪気などが溜まりやすく、字のごとく鬼や幽霊が付け入る方位ともいわれています。

                       by逢呈館さん

ふうん、やっぱ、まずいのか・・・

病気について(人体への影響)  胃腸,右手,膵臓,血液  かかりやすい病気  胃腸炎,十二指腸潰瘍,胃潰瘍,貧血症,便秘,消化不良等
                       by家相入門さん

なんともはや・・・
私は脾臓が腫れていて、十二指腸潰瘍もち。
どんぴしゃり、私の病気に当て嵌まる。

しかも、よく読むと寝室にも問題がありそう。

南の寝室 唯一寝室に向かない方位です。 この方位は、別の目的の用途に使用すべきです。 もしこの方位を寝室として使用した場合、南のパワーをうけて明るく外交的な夫婦となりますが、 生活が派手になり、心身を休めるという寝室の目的には適合しないでしょう。
                       by家相入門さん

夫が明るく外交的かどうかは疑問(私のいないところではそうかもしれない)だが、心身が休まらない部屋と言うのは確かかも・・・
夏などは朝早くから明るくなり、陽が差し込んでくるし、冬は風の音が煩い。

裏鬼門の影響を受けたあと、心身の休まらない部屋で寝ている私。
変な夢を見続けるのは当然だ。

そう言えば、書き忘れていたけど、この前も水に浸かった家の夢を見た。
(来年の春以降、愛知県より東南の地域は水にご用心を)
乱雑なオフィスでワイシャツ姿の男性が何人か倒れている夢も見たし・・・

裏鬼門の影響で病に倒れる前に何とかしなくては!
でも、まだ、かなり掛かりそう。
夫も乗り気ではなさそうだし・・・

あれ、もしかして、これって、夫の計略かしら?
もしかして、完全犯罪を狙っている?

きゃー、裏鬼門殺人事件?!

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2004.12.15

寄付は誰の物?

昨日の三日月も良かったけど、今夜の月も良い感じ。
しし座流星群は見られなかったけど、とりあえず、綺麗な月を見て満足。

昨日の夜、突然、生徒がメッセージつきのケーキを持ってきてくれました。
美味しいと評判の店に行ったのでということでした。
ケーキももちろん美味しかったけれど、添えてあったメッセージの文章に泣けました。
二十歳そこそこの若い生徒に
「お役に立つことが出来るように頑張ります」なんて、言って貰える私は本当に幸せもの。
せっかくの彼女の気持ちにちゃんと答えられる大人になれるよう、わたしも頑張らなきゃ・・・

子供のいない夫婦というのはかなり孤独です。
子供を育てる楽しみも苦しみも味わえず、寂しい老後が待っているかと不安になります。
それを代表しているかのような人たちが、あの10億を寄付した夫婦。
築いた財産をすべて寄付しようとしているその気持ち。
潔い行いを出来るのは、こだわるものがないから・・・

なまじお金持ちになったばかりに、その財産をめぐるいざこざが無い様にと、死後の心配までしなければならないお二人。
子供なら、たとえ、すべて散財したところで許せるのだろうが、身内と言えども、子供ではない相続人が散財するのには堪えられなかったのでしょう。

その寄付された二億何千万かの家を、赤十字がちゃっかり社宅にしているのには、唖然。
なんと、赤十字はその運営に、収入の60%も使い、被災地などの見舞いに20%しか使っていないらしい。
寄付金は被災地の復興や援助に使われる前に、赤十字職員を救済しているということになる。

もっと、小さな組織にして、すぐに困っている人に寄付金を渡せるような組織には出来ないのだろうか?
何のための寄付なのか分かったもんじゃない。
赤十字はボランティア好きな人にお手伝いをお願いして職員を減らす努力をしたほうがいいのでは?

60対20の比率が反対になるまで、赤十字に寄付するのは辞めようと決意。

まったく、NHKと言い赤十字と言い、頭のいい人たちの集まるところには不正が付きものらしい。
この点に関しては前のエントリーも見てくださいね。

0121713xxさあ、いよいよ後16日で2005年。

今日はこの前の掃除の続きをしていたのですが、なかなか捗りません。
このままではゴミに埋もれて年越しと言うことになりそうです。

埃アレルギーでなくて良かった・・・

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2004.12.14

フニャ

私はかなりのドジ人間。
高校生の頃、数学の時間、無限=∞を紙で作る遊びをやったとき、私一人だけどういうわけか繋がった輪二つを作ってしまった。
数学の教師がその話を教職室で話したら、あの子ならそうだと教職員の見解の一致があったそうな。

そんな私なので、あちこちに行くといろんなドジをする。
ディズニーランドのトイレでは、用を足す前にまず水を流したところ、水がとまらなくなり溢れ出し、ひとつのトイレ棟を水浸しにしてしまった。
その水が便器から溢れ出した時点で逃げて、入り口で見ていると床がどんどん水浸しになっていくのが見え、あわてて逃げた。
あの犯人は私です。ごめんなさい。でも、20年近く前なのでもう時効?

機械に触ると結構、壊れる。
昨日、スーパーのお札を数える機械を見て、頼んで触らせて貰った。
それまではちゃんと数えていたのに、私が触った後は、動かなくなってしまった。
同じように入れただけなのに・・・

そんな私なので、うちの夫は何か機械物が壊れると私のせいにする。
だが、洗濯機や掃除機や冷蔵庫が、一斉に壊れたからと言って、私のせいか?
それまで、使っていたのは私だぞ。
どうして、急に壊れるかな?

車もある日、突然、動かなくなった。
修理に出したところ、車を動かす心臓部すべて取り替えないと直らないと言われた。
あまりに頭にきたので、物置にしている。

もちろん、旅行に行こうものなら、トラブルは目白押し。
初めて飛行機に乗ったときは、北海道に行こうとしていたのだが、離陸した途端、アナウンスがあって、車輪が壊れたとかで、東京湾上空をぐるぐる一時間以上飛んで下ろされた。
そのあと一時間待たされて、ようやく飛んだ飛行機は函館行きで、札幌に行くはずが、函館で下ろされた。
カナダに行ったときには、飛行機が壊れたらしく、トロントに行くはずだったのが、バンクーバーで下ろされた。
バンフでケーブルカーに乗ったら、路線のど真ん中で停まって一時間も宙吊り状態。
もうすこしで、列車に乗り遅れるところだった。
同じツアーの人たちがはらはらしながら見守っていたらしいが、あんな高いところで一時間もいたのは高所恐怖症の私には拷問に等しかった。

で、なんでこんなことを思い出したかと言うと、

今日は朝早くから銀行に行ったのだ。
窓口で用事を済ませ、歩き出そうと振り向き、一歩出したところ、フニャ。
・・・フニャ?
あわてて、床を見ると・・・
ゴールデンレトリバーが「何すんのよ」と訴える目で見上げていた。
尻尾を踏んだらしく、彼は起き上がり尻尾を舐めている。

ひえー、ごめん。
でも、あなた、こんなところで何しているの?

と言うようなことがありましたとさ。


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追記:18:00

あれから出かけて、今、帰ってきた所。
犠牲者が増えた・・・

パウチをしたくて、農協の事務所で借りたのですが、シートがローラーに撒きついてしまい、ネジ止めしている側面をはずす羽目に・・・
はずして取り出した物は、パウチされてなくて、綺麗な状態。
これって何なの?
と思わず、そこの職員さんと見入ってしまいました。
職員さん曰く、
「今度から私がやってあげるわね」
笑顔だったけど、もう手を出さないでくれと目が訴えていたような・・・

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2004.12.13

ミトコンドリアDNA

朝から「ミトコンドリアDNA」と言う聞きなれない言葉が飛び交っている。
横田めぐみさんの遺骨の話だ。

1121301l昔、読んだ漫画(小説?私は本を読むと頭の中で映像化してしまうので、漫画なのか小説なのか、時々分からなくなる)を思い出した。
18歳で女の子が死んだ。
18年後、その恋人は死んだ女の子そっくりの女の子に遭い、彼女の死に疑問を持ち調べる。
すると、その女の子の母親も、おばあさんも、同じように18歳で女の子を産んでは死んでいた。
やがて、その理由が判明する。
それは、昔(江戸時代?)、地球に不時着したエイリアンが、仲間の救援を待つために女系のDNAに潜み、次々、宿主を変えて生き延びていたから・・・
というような話だったように思う。
かなり、私の創作も入っているかも・・・だけれど、これって、まさにミトコンドリアDNAじゃない?!

女性と男性の違いはスイッチのオンオフだと聞いたことがある。
Y遺伝子はオスであることを示すだけなのだそうだ。
とすると、XYの男子はX、つまり、母方のXのみ。
母親が男の子を溺愛するのは丸ごと自分を受け継いでいるからといえる。
その点、女子はXX、半分は父方の母親のX。
最近の母親は女の子とべったりだったりするが、良く見ていると、女の子を同性の友人のように扱っている親が多い。
安心できる相手でありながら、同性としてはライバルと言う良い緊張感を持てる相手が女の子なのかもしれない。
それに、なんといっても、男の子は、いずれは最大のライバルである他所の女に盗られてしまう。
自分が夫や夫の親にとっている態度を考えれば、男の子に執着するのは危ない。
男の子は相手に任せ(なんといっても男の子のXは自分のものだし)、女の子の父方のXに自分の面倒を見させようと言う魂胆?
あんたみたいに子供がいない人とは違って、遺伝子まで考えてる暇はないよとお叱りを受けそう・・・

思いっきり話が飛んでしまったが・・・

で、横田めぐみさん・・・今、どうしているのでしょう?
中学生のときに攫われて、言葉も通じない国で、どんなに心細く辛かったことか・・・
北朝鮮はイラクの過激派とは違い、別に信念で凝り固まっているわけではないと思うのだが、交渉で何とかならないのだろうか?
たとえば、生きて返せば、一人当たりこれだけの支援をするとか、救い出した人には懸賞金を与えるとか言えば、出してくれるのではないか?
今、彼らはかなり危険な状態になっているように思う。
経済制裁をすれば、面子のために殺してその遺骨を差し出しかねない。

国民の血税を使うと反対が起きる?
直接国民から搾り取ろうとすればそうなるかもしれないが、取られてしまった分から出すにはあまり反対は起こらないだろう。
たとえば、各省庁の官舎を売って資金を作るとか?
その分、公務員には普通のサラリーマンと同じ位の住宅手当を出せばいいことだもの。
あんな国に突然連れて行かれて苦労した人々のために、それくらいのことを、それを防げなかった政府の責任としてしても良いのでは?

15歳なら15歳の、20歳なら20歳の、30歳なら30歳の、その時期でしか得られない身体年齢を伴う思いがある。
その時期に、他国の強制で、思い通りの生き方が出来なかった彼ら。
日本はそのことに怒らずして、どうして、国内の問題を解決できるのだろう?

まずは、選択に伴う責任や苦痛に辛抱できる強さを大人が持つべきだ。
生まれたばかりの子供に、どっちが良い?と聞くのは辞めて、大人が選び、選んだ理由を説明すればよい。
その上で、彼らがそれを否定したとしても、それはそれでよいではないか?

全学連の時代を経験した世代は、自分が親や体制に反抗したトラウマを抱えて、物分りの良い親、決断しない体制を作り上げてしまった。
今の日本の迷走は、そのトラウマのために次の世代を放置した結果のようにしかみえない。


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2004.12.12

しめ飾り

今日は年に一度のおばさんたちの会。
8年ほど前にある会の役員として知り合ったおばさんたちと、一年間の出来事をあれこれ話しながら、来年用のしめ飾りを作る。

子供が結婚して二世帯住宅を作った人、来年、子供が高校受験の人、孫が幼稚園に入った人、ある人の子供とある人の孫が同級生だったりと、年齢も生活状況も違う人たち。
共通項は私の住んでいる地域に住んでいるということだけ・・・
そういう人たちと最近の世情や、今年の個人の出来事について感想を交し合い、お寿司の仕出しを食べ、お菓子を食べてお腹いっぱい。
これが一年の一番の楽しみといって頂けて、とても嬉しい。

それにしても、この田舎でも、振り込め詐欺はかなり行われているようだ。
ある人が、弁護士を語る請求の手紙や電話での詐欺に合いそうになり、警察に届けたと言い出すと、うちもうちもと、皆言い出す。
ある人など、電話が来たら、少しお待ちくださいといって、しばらく放ったらかしにしておくと言う。
10分も放っておくと向こうが切っているとのこと。
田舎もんを馬鹿にすると、電話代が嵩むことになると思い知らせてやろうと言うことらしい。

それにしても、娘を名指しする不審な電話に「ハイ私です」と答えると、ぷつんと切られるという人が何人もいて可笑しかった。
どうも、おばさんの声って分かるらしいと大爆笑。

それぞれに、大変なことも抱えていると思うけど、笑って、一年の締めくくりをする楽しい一時。
笑いの呪文を掛けたしめ飾りが、それぞれの家の軒に下がり、福を呼んでくれるといいなあ。
それって、私にとってこの上ない仕事冥利=幸せじゃない?


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2004.12.11

月のワルツ・・・

かなりの長文を消してしまった・・・

また同じことを書くのは辛いので、話題を変更!

「月のワルツ」というのだそうで・・・
例の、私が「みんなの歌」で聞いて、「青い月の・・・」と呼んでいた曲。

かなり話題になっているみたい。
やはり、みな、心がざわざわしたのかしら?

湯川れい子の作詞――この人って、私が子供の頃から、作詞していた――結構なお年だと思うけど、あんな詞が書けるなんて、凄い!
歌っているのは、諫山実生と言う若い女性。

――生まれた瞬間に、ジャズを聴くことが出来た年代だな・・・

私の子供の頃、外国の曲を模倣して、ポップスを作ろうと若者は一生懸命だった。
萩原健一が声の裏返る明智光秀じゃなく、ショーケンと呼ばれるアイドルだった。
1ドルが360円で、海外に行けるのはほんの一握りの金持ちだった。

横文字の曲など、我が家には流れていなかった。
それどころか、親は音楽には興味が無く、私ひとり、良く入らないラジオでいろんな曲を聴いていた。

カップヌードルと言うものが新宿にはあるらしいと、ラジオで知ったが、それがどういうものか想像さえ出来なかった。

そんな時代に生まれ育った私は、英語もろくにしゃべれやしない。
でも、そんな私と、音に溢れ、海外に数時間で行けるようになった時代に育った若者が、同じ歌に感動している。

なんだか、人生捨てたもんじゃない・・・

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2004.12.10

感謝!ブログ4ヶ月目です。

朝からレッスン。
時間が無くて、パン一枚を齧ってあわてて出かけました。
当然、腹ペコで帰って来たのですが・・・
ふふふ・・・今日の私には美味しいおやつが待っていたの。

ダイエットのためになるべくお菓子を買わないようにしていた私は、非常食のリッツを盗むほどお菓子に飢えていたのですが、最近、ダイエットをころっと忘れ、また、お菓子を食べています。

でも、今日のは特別。
この近くじゃ売っていない、昨夜、出張帰りに夫が買ってきてくれた抹茶ムース。
もう、思い出すだけで、ぐふっと笑いが出てしまう極上のおやつ!

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家に帰りつき、早速、お気に入りのナルミのボーンチャイナで、美味しいお煎茶を入れて・・・
 
 
 
 
 
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うにゃーん! 
(↑言葉にならない)








午後は次のレッスンへ。

12月初回はどの教室も、しめ飾りのレッスン。
少し時間が掛かります。

それにしても、12月だというのに、この暖かさは何でしょう?
生徒達としめ飾りをつくる間、暑くて、暖房は入れませんでした。
その上、上着を一枚脱いでしまうくらい・・・

「こんなに暑いと地震がくるかもねえ」
と言う生徒の言葉に、みな、不安げに頷きます。
一連の災害を報道でいやと言うほど見せられたこの一年。
本当に他人事ではありません。


さて、今日は12月10日。
私がブログを始めて、ちょうど4ヶ月になります。

なんと、もう少しでアクセス数の累積が1万!

こんなおばさんのブログなんか、どなたも来て下さらないだろう・・・
始める時にはそう覚悟していました。
でも、こんなに多くの皆様においで頂き、本当に光栄に思います。
時には、300件、700件のアクセスもありましたが、荒らされることも無く、静かに見守っていただきましたことにも、心から感謝いたします。
まあ、こんなおばさんですので、大目に見ていただけるとありがたいです。

1万件になったときには、ご報告しますね。
いつになるか、楽しみです。

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2004.12.09

ヒロシの気分?

部屋が汚いと運気が落ちるというのは、風水の基本らしい。

これ以上落ちるのも困るので、家を片付けることにしよう。
といっても、どこから手をつけよう?

部屋を眺めまわし、とりあえず、我が家の問題は収納が少ないということだと結論が出た。
なんといっても、本棚に入りきらない本があちこちに溢れている。
これを何とかしようと、近くのホームセンターに出かけると、なんと、二重スライド式の本棚が大特価販売中!

まあ、私のために特売じゃない!

二つも購入してしまった。

ようやく一人で持てる重さの組み立て式のその本棚を、必死で二階へ運び上げ、組み立てにかかったのだが・・・

あれ?
もしかして、こんなの買わないで、ブックオフにこの本売ったほうが良かった?

――脱力。

それでも、三時間もかかってようやく組み立てたが、そこで時間切れ。

レッスンに出かけました。

組み立てて放置した本棚にきちんと本が並ぶのはいつの日やら・・・
ヒロシの気持ちが分かるなあ・・・


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2004.12.08

パワーハラスメント

今日の中日新聞にパワーハラスメントという特集がありました。
聞きなれない言葉ですが、最近は増えているらしいです。

「モラルハラスメント=しつこい叱責や相手の人格を否定するような言葉の繰り返し」のひとつで、「パワー=権力」を持っているものからのハラスメントをそう呼ぶのだそうで・・・

それをしている上司は、相手が癪に触り、顔を見るとむしゃくしゃする・・・と言う状態?
そういえば、最近、そういう話が多い。
たぶん、何か鬱積するものがあるのだろうけど、自分がパワハラしていると自覚はしていないんだろうなあ・・・
自覚がないから、酷い言葉を相手に投げつけることが出来るのだろうし・・・
特に最近は男女共に、更年期と言う問題もあるし。


――パワハラ上司に、もし出会ってしまったら、どうしましょう?

会社を辞める=逃げだけど、被害は少なくて済みそう。
そこに残って戦う=満身創痍になっちゃいそう。

私なら、たぶん、辞める。
そんな人が上司でいられる会社なら、先は無い。
無理に残っても、いずれ、倒産と言う羽目になるわ。


それでも、解決策はあると思う。
ある生徒が、最近、転職した会社はそういうことにと過敏で、上司が一言、言うたびにびくびくして、
「あ、コレってセクハラかなあ?」と気弱に笑うらしい。
今、自分のしていることがパワーハラスメントで、それにより訴えられたり、罰を受ける羽目になると分かれば、パワーを持っている人は気を付けるようになるはず。


――パワハラをやめさせるには?

パワハラと上司による指導の境界をはっきり定義付けること。
多くの事例を集め、ここまでなら冗談で済むが、ここからはパワハラになるとか、こういう言い方なら指導だが、こう言うとパワハラになるとか、はっきり定義する。
そうすれば、言われたほうも「ああ、注意されているな」と納得できるもの。
片方はひどいことを言っていると認識していないし、片方はひどいことを言われたと認識している状況が問題なのですから・・・


――もし自分がパワハラしそうになったら?

私が上司で、部下のある人に問題があると、思っているとする。
何回か注意もしてみたが、相手は知らんふり。
辞めて欲しいのに、辞めてもくれない。
本人はなんだかのほほんとしていて、私の焦燥に気付いてくれない。
「鈍感なんじゃないの?」
ついつい、言葉がきつくなり、言わなくてもいいことまで言ってしまう。
その人のことばかりが気になる。
と言う状態になってしまったとする。

私はどうしたら良いのかしら?

辞めてもらう?
それもひとつの選択肢だけど、辞めてもらうにはいろいろと面倒な手続きが必要。
それに、その人がいなくなっても、また、そういう人が入ってくるかもしれない。
永遠に辞めさせていくわけにもいくまい。
その人のことを気にならないようにする――コレが一番!

そのためには自分の精神改革をして、そういう人もいるんだよねと認める。
そのほうがよほど自分のためだ。

だって、私が誰かにパワーハラスメントしているとすれば、その人のみならず、周り中に、「この人ってどういう人?」って思われているに違いないもの。
相手に一言言うたびに、自分の汚点が増えているなんて・・・とんでもないわ!

でも、問題は、
「善人である自分は、会社や相手のためを思って悪人になっている」
と思っていることなんでしょうね。


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追記:20:45
中日新聞の特集は「モラルハラスメント」のほうでした。
それから、パワーハラスメントをモラルハラスメントのひとつとしましたが、「ハラスメントのひとつ」に訂正致します。

それにしても、大人が大人を虐める社会で、子供にイジメをするなといったところで、なんの説得力もありません。
昔の人は「物は言い様」と言う言葉を使いました。
相手のための言葉でも、相手を傷つけたなら、それは相手のためにはならない「言い様」の悪い言葉だったということになります。
これは、私の反省です。

関連記事 意地悪な大人 2005.5.2

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2004.12.07

迷う楽しみ

忙しい日でした。
朝から生け込み。
その後、花の仕事。
夜はレッスン。

実は、今、やりたいことがあるのですが、それを始めるかどうか迷っています。

ずーっと、興味があって、折々にどうしようと思っていたのですが、自分の才能の無さに傷つくのは、この年では辛いかも・・・
などと凡人としては逡巡するわけです。

でも、最近、良くそのことを目にしたり聞いたりするのです。
なんとなく、呼ばれているような気がして・・・

もし、それを習得できるのなら、私の人生は大きく豊かになります。
自分を豊かにするためなら、才能の有無など問題ないでしょう。
一度、挑戦しても良いと思います。

今年、大きな災害の様子をずっと、見てきて、
「人生はいつどうなるか分からない。
たとえ、今日は始めて明日辞めなきゃいけなくなっても、辞めなきゃいけないかもしれないからやらないなんて思わずに、やめても良いからやりたいことをやっって見よう」
と思えるようになりました。
どんな人も、未来は確定していないのです。
私がそれを出来ないのであれば、それが私を選ばなかったのです。
そんなことを考えています。

とりあえず、始めるまでは何であるかは内緒。
この後、話題に出なければ、挫折したなと哂ってください。

今日の花です。

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2004.12.06

心と身体

一昨日の夜から昨日に掛けて、日本列島って大変なことになっていたんですね。
強風による被害と、豪雨、異常な気温。
今年は天変地異の当たり年のようです。

今朝、動きながらテレビの音声を聞いていて、子供の運動量が少ないと心と身体がうまく繋がらないような話をしていたように思います。
どこかに詳細がUpされているかと探したのですが、見つかりません。

それを元に考えたことがあります。
(聞き違いでも、あまり考えたことに問題はないので大丈夫)

精神と肉体はもともと別なもので、精神は肉体に宿る(ウイルスのようなもの?)。
自転車を運転するのに練習が必要なように、肉体を使いこなすのには練習がいる。
自分の身体の可能性を探るために、子供は泣き喚き、動き回り、大人の思いもよらぬ行動をする。
その結果、自分に出来ること、出来ないことを知り、行動の範囲を自分で決めていく。
だが、使い初めに慣らしておかないと、いつまでたっても、自分の乗っている肉体に違和感を感じてしまう。
自殺する人の問題は、心と自分の身体がうまく結びついていないからではないか・・・

なんぞと思ったわけでございます。

私は山の中で育ち、好きなように遊んでいました。
かなりの量の運動を大自然の中でしたことが私の心と身体を結び付けてくれたのでしょう。
その思い出は、いつも私を幸せにしてくれます。
その記憶を、出来るものなら、苦しんでいる人に分けてあげたいくらいです。
そのときに、美しいものをたくさん見て、それを妬まずに済んだのは、それが自然だったからだと思います。
もし、それが費用を掛けなければ手に入れられないものだったら、それを手に入れられない自分(肉体の自分)を何の価値もないものと思うようになったかもしれません。

ところで、私は30近くになってから運転免許を取りました。
周りには、あんたのようにドジで運動神経の無い人間が免許を取るなんて・・・と反対する人もいましたが、毎日運転しても、この年まで事故は相手に追突された2回だけです。
私の生徒には58歳で免許を取ったという豪の者もいます。

つまり、人間、いくつになろうとどんな状況であろうと、やる気になれば身体は何とか答えてくれるということで・・・
身体障害を持っている方が、健常者よりもいろんなことを出来るのは、それはその人の心が身体を100%使いこなしていると言うことなのでしょう。

心と身体、両方を持っているのが人間です。
その両方のバランスが良くなれば、いつも上機嫌でいられる――そういえば、昨日の市原悦子さんのお話だと、子供の頃は木登りが得意なガキ大将だったとか・・・やっぱり!

ま、運動は苦手でも心配は要りません。
運動が出来ても、心が未発達な人もいます。
両方のバランスが大事なのです。
突出した身体能力が無くても、生きるのには十分ですもの。

えーと、車をよその駐車場に置き忘れて、ボケ始めたのではと心配な方へ。
恋をすると良いそうですよ。
恋をすると、いつもとは違う行動をするので、刺激になるとか。
いつも同じ行動パターンが、一番良くないと聞きました。
つまり、心が考えているのではなく、身体の惰性に頼ってしまっているからだそうです。

それでは、クリスマスには花束なんぞ持って出かけるというのはどうでしょう?
営業モードですね(笑)

クリスマスシーズンです。
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2004.12.05

声の力

夜中、風の音に目を覚まして、
――なんだか、家が揺れているような気がする・・・

時計を見ると三時。
起きて、お湯を飲んで寝ようと思ったのですが、なぜか胸騒ぎがして寝付けません。

――もしかして?!

雨の中サッシを開けて、ベランダを覗くと、排水溝が詰っていたのか、もう少しで家に流れ込むほどに雨水が溜まっていました。
前にも一度、そういうことがあったのです。
風に叩きつけられる雨に濡れながら、排水溝を掃除して、パジャマを着替えてベッドに入ると、それまでの胸騒ぎが嘘のように消えて、朝までぐっすり眠れました。

二度目に寝たのは4時過ぎだったのですが、なんとか、7時に起きて、今日の生け込みの準備。

今日は朝から町民会館の会場装花の生け込み。
1000人入るホールでお迎えするのは女優の市原悦子さんです。

ホンワカとした感じの市原さん、どんな花にしようかと考えていたのですが、花束は白とピンクにして、会場の花はオレンジと赤と黄にしました。
あの方にはそういう色も似合いそうです。
デルフィニウムの青を挿し色にして・・・出来上がり!

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生け込みの後、一度家に戻り、花束を持って、再びホールへ。
花束を預けた後、長蛇の列の最後尾に雨に濡れながら並びました。
今日は袖ではなく席でゆっくりと拝聴したかったの。
席は自由席、もう、後ろから三列目しか空いていません。

――こんな高いところからステージを見るのは初めて。

幕が開いて花をチェック。
反省点も多々ありましたが・・・
嬉しいことに市原さんのお召し物とデルフィニウムが同じ色(ロイヤルブルー)でした。
市原さんはとても色の白い若々しく綺麗な方でした。

幼少時代から女優になるまでと仕事への姿勢などのお話を聞きながら、ああ、この方もやはり選ばれてしまったんだなと密かに納得。
他の何かになりたいと思ったこともないそうです。

話の流れで、尊敬できる人を探し、何かに憧れて生きることが大切と仰いました。
この前の齋藤孝氏も同じようなことを・・・やはり、市原さんも今の世の在り方について考えていらっしゃるのではと、私は感じたのですが・・・

一芸に秀でているような人はその一芸により社会への洞察を深めます。
そういう人たちは一様に今の世の中に危機感を感じているのでしょう。

――あの語り口、素敵だったなあ。

とても、上品で、まるで皇室の方のお話を聞いているようでした。
物語は声に出して読み上げると、別の力を発揮します。
声は素晴らしい表現のツールなのだと、あの方の声を聞きながら実感。

今日も良い日でした。

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2004.12.04

美は人のものにあらず

昨日、サクラの脱走でめげて、書きたいことが中途半端でしたので、続きを・・・

――美(芸術)は人のものにあらず

あの「海峡を渡るバイオリン」の製作者陳昌鉉氏は、ストラディバリに触らせて貰い、自分を失いました。
自分の作るバイオリンをそれに近づけること以外に興味を失ってしまったのです。
そのために妻子は困窮し、命さえ失いかけました。
そこまでしなければ、彼は自分の現実に戻れなかったのです。
果たしてそこで戻ったかどうかも怪しいものですが・・・

美(芸術)と言うものは確かに人の心を養い潤すものです。
が、作り出すものにとっては地獄でもあるのです。
真の美、真の輝きが在る、それを知りながら自分では作り出せない――その絶望は人を狂わせます。

いつも思うのです。

――選ぶのは人間のほうではない。
天才たりうる人と、失敗者の違いはむこうに選ばれるかどうかだ。

あの番組を見てさらにその思いを深めました。

彼はバイオリンの美に選ばれ、作らされたのです。
彼の作ったバイオリンは、この時代の名器として次の時代に残ることでしょう。
そして、いつか、彼のバイオリンの音色に感動し、憑依された人間が、寝食を忘れ、バイオリンを作り始める・・・
そうやって、血筋ではない、バイオリンの美が選んだ製作者の系図が出来ていく。

――あのバイオリン製作者は、今でも、美への渇望を持っているのかしら?
その渇望がなくなったら、もう、作らなくても良いと言う許しが出た時なんだろうなあ・・・

何かに選ばれたかどうかは、それを続けられるかどうかで判ります。
彼はあんな貧困の中でもバイオリンを作り続けられました。
たとえ、それがすべてを犠牲にしてであってとしても、すべてを犠牲に出来る環境にあったのです。

昔、花教室の生徒だった頃、先輩達は素敵な花を生けていて、あんな花を生けられるようになりたい頑張ったものです。
でも、今、その頃の先輩の中で教室を開いている人はほとんどいません。
結婚して遠くに行ってしまったり、仕事や育児が忙しかったりして、花の世界から離れていきました。
うちの教室にも、先生になりたいと決意して入ってくる人もいますが、ほとんど、挫折します。
それは彼女達にとって、花以上に大切なものがあるからです。
つまり、彼女達は花に選ばれなかったのです。
こんな花の世界でさえそうなのです。

結果として、陳昌鉉氏は成功者になりました。
が、宮沢賢治のように石川啄木のように、ゴーギャンのように、生きている間には結果が出ず、貧困のうちにこの世を去る者もいます。
樋口一葉もそうでした。
この世の幸せを手に入れられなくても良いと覚悟しなければ、美を追い求めるのは危険です。
でも、今の日本では名誉や金儲けのために、美を目指すものが多いように見えます。
そういう人の作品が認められ持て囃され経済的に裕福になれたとしても、それが、100年後に残っているかどうかは、また別な話・・・
美の世界の栄誉は、人の人生の時間で測れるものではなく、何世紀と言う単位で測るものなのかもしれません。

何世紀先まで名前が残らなくても、今、食べるものが美味しいとか、見たものが綺麗だとか、誰かのぬくもりを感じて幸せなほうが、一個の人生としては豊かなのだと思います。
そういう人生がどうしても手に入らないのなら、何かに選ばれてしまったのかもしれません。
まあ、そういう人は、傍目には辛く険しい道を歩んだとしても、本人には楽しく豊かな人生になるのでしょうから、心配要りません。
大変なのは、周囲です。

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それにしても、あまり鋭敏ではない神経の持ち主のほうが、人の世で生きるには適しているのかもしれないと、最近の事件を見るたびに思います。
彼らは個性を強要する時代の犠牲者、鋭く研ぎ澄まされた神経こそが素晴らしいのだと思い込まされたのではないでしょうか?

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2004.12.03

美しいものへの飢餓感

昨日、晩秋の光に誘われてふらふらと出かけました。

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そこは紅葉と桜が同時に見られるところ。
愛知県の小原村です。    
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「和紙のふるさと」として有名な村は、四季桜の里でもあります。

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これは夢の世界
春と秋が時間のトンネルで出会ってしまったような・・・
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桜から目を逸らすと、そこにはこんな美しい紅葉が・・・
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あまりに美しすぎて

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魔物に逢いそうな予感・・・
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この前、「海峡を渡るバイオリン」と言うドラマを見て、その中で草薙剛演ずるところの韓国人のバイオリン製作者の方の独白のような台詞で、
――僕は美しいものに飢えていた
と言う言葉に胸を衝かれました。

ああ、私も美しいものに飢えている。
美しいものを見ることや、美しい音楽を聴くことに、飢えている・・・

と実感してしまいました。

日常のルーチンワークをこなすことに追われ、煩雑な人間関係や経済的な効率ばかりを考えている自分に、首をうなだれ、不満を洩らしているもう一人の自分がいるのです。
遊び好きで好奇心旺盛なその女が、死にそうになっているので、せめて、綺麗な景色を見せてあげようと思いました。
それが、一昨日のイルミネーション見物であり、この遠出でした。

と、ここまで書いたところで、サクラが脱走!
この前脱走した穴は埋めたのに、どこから出たの?!

捜索のために中断。
30分も探してしまいました。

この年で大声上げて、走っている――みっともないったらありゃしない!

コレで近所で怪しいおばさんとして有名になりそうな予感。
もう、今日の気力は使い果たしたわ。

ああ、でも、あなたも何かに飢えていたのね、サクラ。
叱るのは少しにしてあげる。
何かとんでもないことをしていなきゃよいけど・・・


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2004.12.02

ラグーナのイルミネーション

予告したとおり、昨夜、ラグーナ蒲郡のイルミネーションを見に行きました。

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遊園地には行かずに、アウトレットモールとハーバーに行ったのですが、すっかりクリスマス仕様!

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  トナカイのソリ。(観覧車から見ると ↓ )
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レストラン街の海側のデッキは電飾トナカイだらけ。
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観覧車に乗って見下ろすと・・・
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遊園地も見えます。
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観覧車からは遠く渥美半島や知多半島も見えて、怖いぐらいの美しさ。(実際、高所恐怖症の私は怖くてガタガタ)
でも、写真にすると暗くてあまり見えないみたい。
私たちはおばさんのグループだったので、皆、必死で夜景を見てキャーキャー言っていました。
恋人同士なら夜景を見ながらロマンチック気分になれて、それはそれで良いかも・・・

観覧車を降りて、ハーバーに向かうと、絵手紙の灯篭やペットボトルのタワーなどもありました。
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ヨットがそれぞれの意匠を凝らして、飾られています。
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一番埠頭に近くてにぎやかだったヨット。
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――こんな美しいものがいっぱいある世の中なのに、どうして、事件を起こしたり、自殺したりするのかしら?

そう私が呟くと、
「だって、コレみんな、お金の塊だよ」とシビアなことを言う奴がいる。

私はこういうことをしたいと思わないので単純に感動しているけど、コレをしたいと思ったら出来る人は限られる。
出来る人がいるのに自分は出来ない――というのは、辛い。
そんな話をして、少しテンションが下がってしまったけど・・・
そこはおばさん、すぐに復活して、また、キャーキャー。
さぞかし迷惑な団体だったことでしょう・・・

最後に、対岸のラグーナの湯のほうから、アウトレットモールを見て、帰って来ました。

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こんな美しいイルミネーションを無料で見せているラグーナって太っ腹!
さすが、世界のトヨタだわ。

で、これは夕べの話、今日はまた良いところに行って来ました。
それはまた明日・・・

 banner_01.gif お忘れなく!

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2004.12.01

お出かけ

うーん良い天気!
朝一番に、生徒の依頼の花のお届けに行き、今日はオフ。
週末は忙しいので充電しなきゃ。

でも、私の様子を見て、サクラは朝から出かける気、満々。
「おかあさーん、はよ、行こう」と煩い。

わかったけど、いつもの生き物の里で良い?

駐車場に車を入れ、ミルクティーとチョコレートをポケットに入れて、サクラのお出かけセットを持ち歩き始めると、
「鴨が来ているので、犬を鳴かせないで」と管理人さんの注意。

ほら、あんたが駐車場で吼えるからだよ、サクラ。

置いていかれるかと心配で吼えるけど、歩くと他のことに興味は持ちませんので大丈夫ですよ、管理人さん。
と言うのは面倒だったので、「はい」とだけ答えておいた。

この辺りが私が誤解されるところなんだな。
大人しくて何でも言いなりになるように見えるらしい。
面倒なので大抵のことは放っておくが、一線を越えると突然、それはねと始めるから皆びっくりする。

この前も、ショッピングセンターを歩いていると、一、二回来ただけで辞めた生徒がふらふらと近寄ってきて、
「ねえ、先生、うちの子、結婚しないって言うんだよ。
子供も要らないんだって。
先生、子供いないんだよね。子供がいないとどう? 
寂しくないの? なんで子供作らなかったの?」
などと、突然、大声で話し始めた。

――それって、こんな、ショッピングセンターの通路で立ち話するような話?

面倒だったので、「まあ、それなりに」と答えると、
「うちの親戚にも子供がいない夫婦がいるけど、あれって、どうなんだろうなあ?」とか言いだす。

「まあ、それなら、そのご親戚にお尋ねになればよろしいじゃございませんか?」
と思いっきり笑顔で答えると、さすがに、何か感じたのか、こそこそと逃げていった。
たぶん、嫌味な女と思ったのね。

そう言えば、無言電話を毎日掛けてきた人も、脅迫状を送りつけてきた人も、ああいう人だったなァ・・・

うまくいかないことや嫌なことは日常に溢れている。
でも、ゆがんだ気持ちを抱え込んで家に閉篭もっていると、自分を見失ってしまう。
嫌なことと同じくらい、幸せだっていっぱいあるのに・・・

私のようにぼんやりと生きている人間は彼女のような人の感情を逆なでするのかもしれない。
でも、人に嫌がらせしたり、人を貶めたりしても、自分の問題は解決しない。
私が嫌いなら、目に入ったら、目をつぶって無視してくれれば良いのに。

坂道を上がって池を見ると、鴨の姿は無くて・・・
サクラの鳴き声を聞いて逃げたのかしら?
それとも、どこかの池に遊びに出かけたのかしら?
それだといいね、サクラ。
あんたみたいにチビで臆病で小心で寂しがりやのワンコの声に驚いて逃げたなんて、渡り鳥の名折れだよ。

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それにしても12月だと言うのに、暖か~い。

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こんなところを歩いていると、浮世の悩みなんか忘れちゃう。

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サクラは少し歩いて疲れた様子だったので、すぐに帰ってきました。

帰る途中、田んぼの真ん中の道で友人とばったり。
ラグーナ蒲郡のイルミネーションを見に行く約束をして、帰宅。
楽しみ!


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