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2004.11.10

魂の笑顔

少し疲れが出たようです。
今日は身体を労わることにして、花の仕事の後、家でごろごろ。
気がつくとすっかり日が暮れています。

ぼんやりとテレビを見ていたら「眠れる森」というドラマを再放送していました。
今は亡き野沢尚氏の脚本です。
その中で、人はどんなにいろんなものを手に入れても、それに飽き足らず、何かを求めるものだというような内容のキムタクのせりふがあって・・・

――ああ、この人はこのせりふを書きたくて、このドラマを書いたんだなあ。

どんなにいろんなものを手に入れても、本当に欲しいものが手に入らなかった人生。

いえ、本当に欲しいものが何か分からなかった人生。

これは、野沢氏やこの前自殺された森村桂氏や、あのイラクで殺された青年に共通するものだったのではと、最近、思います。

自分の芯に何が在るのかと、殻や皮を剥いて、剥いて、そこに何も無いと知ったときの喪失感。
それに堪えかねて、生きていけなくなったのだと思います。

――だが、芯などと言うものは、最初からは無いのではないか?

多くの殻や皮が、人生を全うしたときに芯になるのであって、もともと、人間はこれと言う限定をされずに生まれているのだ。
限定をされないからこそ、人間は多様な方向に自分を伸ばしていける。
そのかわり、芯が無いから、いつも不安でいつも方向を疑っている。
人間とはそういうものではないかと思うのです。

私の母は、あまり私には関心がありませんでした。
その母が、たった一つ、私にアドヴァイスしてくれたことがあります。
それは、「いつも笑顔でいること」

私は自分の興味に精一杯で周りに気を使わない子供で、人の顔を憶えるのも苦手だったのです。
なんで面白くも無いのに笑顔でいなきゃいけないのと思っていました。
人と目を合わせるのが面動だったので、いつも俯いて道を歩いていました。
さすがに「これではいけない」と母は思ったのでしょう。

前にも書いたように、母はアルツハイマーでした。
最後の二ヶ月間、口も利けず、食事を摂ることも出来ず、ただ、ベッドで横になっていたとき、母はいつもニコニコと特上の笑顔を見せてくれました。

――私はあれ以上に美しい笑顔を見たことがない。
あれは魂の笑顔でした。

笑顔で挨拶をする。
当たり前のことですが、世の中ではそういう当たり前のことが一番大切なのだと気がついたのです。

すべてを手に入れても、まだ足りないと焦燥感を覚えるとしたら、それは手に入れた「もの」がその人の魂を癒すものではないからです。

魂の笑顔はどんな高価な宝石よりも輝くもの、人に幸せを与え、癒しを与えるもの。
そのことを母が身をもって教えてくれたのだと思います。

今日のように少し体調が悪い日は、顔の筋肉も突っ張っています。
家には犬しかいませんが、笑顔でいることにしましょう。
ね、サクラ!
あれ、どこに行くの?

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