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2004.11.25

花粉症のあなたに捧げるSF

今年の春、花粉症の症状に悩んでいた頃に書いたSF。
ホームページからブログに文章を移したときに抜けていたようです。
ああ、これ、読んだよと言うあなた、あなたは私の「親友#100~200」くらいかな。
書き直し部分に気付いたあなた、あなたは私の「親友#10」以内に入るね。


 これは遠い昔の、ある星の物語……

警報が高い塔のガラス張りの部屋に響く。
人々は食事の途中だというのに、レストランの窓に近寄り、眼下を見下ろした。
白い雲が直ぐ下を漂っている。
その隣りに金色に輝く筋があった。

「これで、三回目ですね」
一緒に席に着いていたラボの後輩のマルーが横でその雲を眺めながら呟いた。
「ああ」
頷きながら、シーはすぐ近くの4号棟がその金色の筋の中に包まれていくのに気付いた。
「フィルターが持ってくれるといいが……」
周りの客達は、声も無くその光景を見つめている。

4号棟は、病棟だ。
身内が入院しているのか、初老の男があわててレストランから走り出て行く。
間に合うわけもないし、自分で何か出来るわけでもないのだが、何かせずにはいられないのだろう。

黄金の雲はあっという間に、4号棟をすり抜けて流れていった。
アナウンスが響く。
その内容で、4号棟は全員無事と知り、客達は安堵の声を上げた。
皆、元の席につく。食事が途中だった者は冷たくなった料理の残りを腹に収めている。初老の男もいつの間にか戻ってきていた。

――今日の雲くらいの花粉なら除去できるが、あれがさらに濃くなると、各塔に今ついているフィルターでは除去できない。
そう思いながら、シーはマルーと元の席に戻った。
彼らは来たばかりで、料理はまだ出ていなかった。
席に着くと同時に、注文していたパスタの皿がテーブルに並べられた。

海草で出来たパスタ……この海草は栽培種ではなく三千メートルも下の、海から運ばれた高級食材だ。
最近はこのミーヌの店でしか提供されない貴重なパスタをフォークに絡め取りながら、シーはため息をつく。

そのため息を聞き、周知の事実をマルーは口にする。
「あと、二年ですべての花粉がこの高さまで到達するそうです」
「建設局にも困ったもんだ。このままじゃ間に合わないかもしれないな」
シーの悲観的な言葉に、マルーは気休めを口にする。
「間に合わせると頑張っていますよ」
二人はそれきり黙りこみ、パスタをかっ込んだ。

あの黄色い筋雲が現れるようになって、2年。
人類は滅亡の日を迎えようとしていた。

始まりは五十年前、最初は風邪のような症状だった。
くしゃみが続き、鼻がむずむずする。
今年の風邪は長引くと人々は話し合った。
風邪が重篤な症状になり、やがて、アナフィラキシーショックで、死ぬ者が出始めた。
それが二十年前。

人間が環境ホルモンに汚染され、無害の花粉をアレルギー物質と身体が受け取るようになったのだという説が有力だった。
花粉を調べ、その中に、人類にのみ有効な毒素を持ったアレルギー物質を見つける十年前までは……

そのアレルギー物質は他の動物には何の害もなく、明らかに人間を狙い撃ちした植物からの攻撃だった。
最初、それを持っているのは一部の花だけだったが、次第にすべての花に広まり、この五十年で、人類は半減してしまった。

恐竜が絶滅した原因は花の出現のせいだという仮説が有ったが、そのまま、人間に当て嵌るような状態になった。
初期の頃には、枯葉剤を撒き火炎放射器で焼き払ったが、あらゆる植物を根絶するのは難しかった。
そして、その後に出てくる植物はもっと強力な毒を持つ花をつけ花粉を飛ばした。
人類は花粉の届かない上空に逃れるしかなくなった。

現在では、多くの人類は地上には居ない。
雲の上の高い塔に住んでいる。
だが、中には人種を超えてその症状の出ない者達がいて、彼らはジャングルと化した地上に小さな村落を作って住んでいる。

高い塔の住人が地上に降りるためには、マスクが必要だし、地上の民は高い塔に登ると、その薄い空気のために高山病になるため、事実上、人類は二つの種族に別れてしまった。

地上は太古の森を思わせるような緑に包まれている。
かつて、繁栄した街の道路やビルは、今は緑に埋もれて、高い建築物の残骸がその緑の海に島のように突き出ている。
落葉樹と微生物が、どんどん腐葉土を作り出し、すべてを土に還して行き、花は黄色い花粉を有毒ガスのように空気中に吐き出している。

 
地上千メートルの高さまで組まれた特殊合金の土台に乗っかり、上空二千五百メートルまで届く塔は、かつての都市の上に建てられ、かつての都市の名前で呼ばれている。
塔と塔は飛行機や飛行船により結ばれている。

五年前のある日、突然、その一つ、ナカ-クとの連絡が途絶えた。
一万人は居るはずの住人の誰一人、外からの呼びかけに答えない。
その朝、ナカ-クに着陸しようとした飛行機のパイロットからの通報で、管制官も呼びかけに答えないことが判明した。
その飛行機は隣のヒガシークに着陸したが、テロの可能性も考えられるため、ナカークには軍隊が派遣された。
完全防備の軍人たちは、その塔の飛行場に着陸した飛行機から降りた途端、いたるところに斃れている人々を見つけ、何が起こったかを悟った。
そこには凄惨な光景が広がっていた。
住人はすべて、様々な場所で、喉を掻き毟りもがき苦しみ死に絶えていた。
彼らのペットは元気だったところから、彼らが花粉のせいで死んだのは明らかだった。
その後の調査で、ナカークにはかなりの量の花粉が残留していることが判明した。
二万人は殺せるほどの強力な毒素の花粉だった。

どうやら強風で吹き上げられた花粉を含んだ雲が、この塔にぶち当り、この塔全体をあっという間に汚染したらしい。
貯水槽に落ちた花粉を飲み込んだ者、窓を開けていて直接吸い込んでしまった者、外に出て、塔の通路に溜まっていた花粉を含んだ空気を吸った者、それぞれ、飲んだり吸い込んだりした瞬間にアレルギー反応が出て死んだようだった。

ナカークの全滅は各塔の住人達に大きな衝撃を与えた。
その時までは、この高さには花粉は来ないとされていた。
しかし、もう、安心は出来ない。
強力なフィルターを開発し、各塔は花粉に対抗しようとした。
ちょうどその頃、この星系の外に出ていた観測船から、この星と良く似た気候の星が見つかったという連絡が入った。
その星にはまだ被子植物は出現していないという報に、空の住人は喚声を上げた。

宇宙船の建設が始まった。
その間にも花粉の雲は次第に数を増やし色を濃くしていた。
人々が黄色く染まった雲を、恐れ見守る日々が続いている。
塔全体が死滅した例も、この二年間に、十数例、報告され、その間隔が狭まってきていた。

シーとマルーはレストランを出て、塔の廊下をラボに向かう。
幅二十メートル以上もある道路には、電気自動車が走っている。
ラボに入ると、ルーラ教授が来ていた。
花粉の研究をしている森の住人だ。
数少ない森の中の研究所で、花粉の毒素についての研究をしている。
彼のワクチンで、一命を取り留めたものは多い。
シーもその一人だった。

「教授、お元気そうで何よりです」
「シー、君も元気そうだね」
「ええ、教授のおかげです」
教授はにやっと笑うと、手にしていたカバンから白い封筒を取り出した。
花粉検査済みのシールが貼ってある。
「アリアンナからだよ」

森では花粉のために精密機器は使えない。
通信手段は故障ばかりしている固定電話か、郵便だった。

手紙を受け取り、一刻も早くそれを読みたいと思いながらも、シーは教授との森の話をした。
森は春で、色彩々の花が咲き、動物達は繁殖の季節で、子供が生まれているらしい。
その話を聞きながら、シーは自分の遺伝子がその光景を見たがっているのを感じながら、自分にとってはその光景は死を意味するのだと思うと暗澹たる気分になった。
その思いは皆同じらしく、笑顔でその話を聞きながら、皆一様に寂しそうだった。

帰りがけに教授は言った。
「明日、森に返る前に寄るよ。アリアンナに返事があるならそのときに預かろう」
「ええ、ぜひ」

その夜、シーが3号棟の自室に戻ったのは0時を過ぎていた。
わざわざキャンドルを燈し、アリアンナの手紙を取り出し、読む。

「シー、お元気ですか?
私は前に書いたと思うけど、先月から、学校で植物学を教えています。
森の子供達は親が森のことを何も知らない世代なので、とても危ないの。
昨日も、一人の子供が野いちごと間違って、毒イチゴを食べようとしているのを見つけたわ。
あなたも一度食べかけたわよね?

4060510x.jpg

森は今、新芽の美しい季節。
花が咲き乱れているけれど、探してみると人間が食べられるものは本当に少ないの。
備蓄している食糧も底をついてきて、これからは自給自足の生活になりそうなので、食べられるものを見つけられるかどうかは、生死にかかわる重大問題になると思うわ。
子供達にはしっかりと教えてあげないとね。
私も、勉強することがいっぱい……

もうすぐ、シーは宇宙に行ってしまうのね。
シーが空の子供と分かって、空に行ってしまってから、もう、15年立つのよ。
私達、私やあなたの級友は、いつだってあなたのこと忘れたことないわ。
あなたのご両親とも、出会うたびにあなたの話をしているの。
お二人とも、とてもお元気よ。
来月、あなたに面会に行くって楽しみにしていたわ。
私も会いたい……
でも、私は花粉の浸透度が強くて、あなたに逢うと、あなたが死ぬ可能性もあるんですって。
残酷な話ね。

そうそう、私、時々、あの昔都庁だったビルの最上階に上って、あなたの住んでいる塔を見上げているの。
明るく輝く塔を見上げ、あなたがあそこで、元気に暮らしていると思うと、また、生きる力が湧いてくるわ。
でも、それも、もうすぐ終わり。
あなたは宇宙に行ってしまうのだもの。

ところで、森の人類の希望の星、29歳の天才科学者シー・ファオン・ルーカスが、私たちの同級生というのは、私たちにとってはかなりの自慢の種よ。
あの、いつも蒼褪めた顔をしていて咳込んでばかりだったシーが、人類の救世主になるなんて信じられないって、スーはいつも言っているわ。

スーのこと憶えている?
森に隠れ家を作っていたあの暴れん坊の2歳年上の男の子。
私、スーにプロポーズされたの。
返事は保留しているんだけれど……あなたが行ってしまったら、結婚するつもり。
私は彼と結婚して、たくさん子供を生んでたくましく育てるわ。
シーも誰かと結婚して、たくさん子供を作ってね。
あなたの子孫がいつか、ふるさとの星に還って、そこにいる私の子孫と結ばれたら、どんなに素敵かしら……
そう思わない?

飛散する花粉が酷くなっていて、教授がそちらに行けるのは、これが最後なんですって。
もう、私から連絡できないけれど、私はいつもあなたのこと考えていて、いつもあなたを愛している。
そのことだけ、忘れないでね」

アリアンヌの手紙は涙で掠れて読めなくなった。
14歳の春、花粉症で死にそうになって、空の病院、あの4号棟に運び込まれて以来、アリアンヌの白い顔を見たことがない。
あの頃は、自分の身体を恨んだものだ。
森の匂い、空気、森の生活をどんなに自分が愛していたことか……
そして、縺れた豊かな髪のアリアンヌを……

シーはベッドに仰向けになり、流れ落ちる涙をそのままに虚空を眺めていた。
だが、その時間も長くは与えられなかった。
すぐに、ラボからの連絡が入り、シーはその手紙を胸にしまい込んで出かける羽目になった。

次の日、教授に渡したのは、ただ、「おめでとう、元気で」と書いたメモだった。
教授はその封筒の薄さに、少し顔をしかめたが、何も言わず、去っていった。
教授とも、それが最後の別れだった。

この星の人類の遺伝子に組み込まれている情報は、すでに解読されている。
シーの仕事は新しい情報を組み込んだ遺伝子を作り出すことだった。
それは、この星に文明を残すためには必要不可欠な研究だった。
ジャングルに残った人類はもう退化し始めていた。
彼らは小さな単位で群れて、獣を狩り、畑を耕す生活に戻り、もう、文明と呼ばれるほどの生活をしていない。
彼らは、宇宙に旅立つとは言わなかった。
彼らにはその必要は無いのだから、それは当然だった。
花粉が落ち着き、また、人類が殖え始め、文明が有る一定の水準に達した時、つまり食べ物を得る為に汲々とせずに生きていける者が現れた時、遺伝子の情報は動き始める。
印刷や蒸気機関、物理学、量子力学……人類はまた科学の力を手に入れることが出来る。

――その時、また、植物は花粉を飛ばし人間を滅ぼそうとし始めるだろうか?

シーはラボのドアの認証装置に自分の手のひらを押し付けながら、ふっと、そんなことを考えていた。

ニ年後、予定より少し遅れて、生き残った人類は、地上者達を残し新しい星に旅立った。
その前に森の住人の希望者たちは、シーの遺伝子治療を受けた。

最後の夜、シーは昔の都庁を見るために、そこに近いある塔の最下層まで降りた。
見ると、都庁の屋上に赤々と炎が上がっている。
シーはそこにアリアンナがいると確信した。
見えないアリアンナにシーはささやく。
「アリアンナ、僕も、子供をいっぱい作って、この星に還るようにと教えるよ。
いつか、僕の子孫と君の子孫が結婚して、豊かな森に住めたらいいね」

そうして、空の住人はその星を離れ、その星の第一次文明は壊滅した。

高い塔も次第に朽ち果てて倒れ、ジャングルに沈み、土に戻った頃、星を覆っていた黄金色の雲は消えた。
もともと人間が農薬で害虫駆除をしたせいで、植物は花粉を飛ばすようになったのであって、昆虫が受粉してくれれば、花粉など飛ばす必要は無かった。
植物は人間を追い出し、星は他の動植物の楽園になった。

皮肉なことに、それは森の住人達にも幸いした。
豊かな自然のお陰で、残った人々は数を増やした。
彼らは精力的に働き、次第に数を増やしていった。 
やがて、彼らは国や階級を作るようになり、いくつかの地域戦争を起こした。

先祖たちが遠い星に旅立ってから何千年もたったある晴れた秋の昼下がり、ある男が満腹の腹をさすりながら、庭で、最近発明された印刷による本を読んでいて、ふっと目を上げると、たわわに実った林檎の木から、実が一つ落ちた。

 その瞬間、彼の中に、ある考えが浮かぶ。
 
 ―― 林檎が風も無いのに落ちる…林檎は何に引っ張られたのだ?

 その答えを彼は見つける。まるで、昔から知っていたことのように…


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