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2004.11.30

熱風

「微笑みの貴公子」が帰国なさった言う報道をテレビで見ていて、私と変わらぬ年頃の女性のたちのpowerに、ひっくり返りそうになった今朝。

誰かに憧れる、好きになるというのは自然な感情で、人にとやかく言われる筋合いのものではないが・・・なかなか、あそこまで出来るもんじゃない。
あれって、確信犯?
あの人は好きだけど、あの人にとって自分は眼中にないだろう。
それなら・・・って感じ。

もし、自分がヒロインになれる可能性を信じているなら間違っても、あんな行動は取らない。
好きな男性に愛されるかもしれないという下心があれば、女性はしおらしく可愛く見せようとするものね。
間違ってもあんな野太い声で、ギャーとか言わない。
「冬のソナタ」が好きで彼が好きなほど、その内容とかけ離れている行動をしてしまっている女性達。
あの冬の並木道に似合わない敵役になっているよ。

でも、私は彼女達がうらやましい。
あんなに熱中して、涙を流しながら誰かの名前を呼んでいる彼女たちを見ると、若い頃、あるグループのコンサートに行ったときの熱狂を思い出す。
中学の頃だったけど、学校休んで、2時間掛けて隣の県まで行って、一時間並んで、見たもんだった。
思いっきり声を上げて、グループの中でファンだった人の名前を呼んだ。
その頃はその人の記事が出ている雑誌を買って、切抜きとかもしていた。
いつも熱風の中にいるみたいに、心身ともにホカホカしていた。

でも、次第に自分が変わって、その人をなんとも思わなくなって、自分の周りにいる人と結婚して、生活に追われて、熱風を感じることもなくなっていく・・・

彼女達はあの頃に帰っているんだね。
だから、彼なんだね。
遠い国の王子様――言葉も通じない異邦人。
絶対に自分の恋人にはならない人。
その切なさにあの悲鳴のような声が洩れてしまうのだ。

今日で11月も終わり。
忙しい12月が始まります。
あ、11月22日くらいから、Frimaire(霜の月)が始まっていたそうです。

さて、来年は何をしよう・・・
とりあえず、年末ジャンボで3億円当たってから考えよう!

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2004.11.29

ニート

両手で抱えるほど大きな雪の結晶のような白い葉を伸ばした巨大な木に、金色の糸を幾筋も絡ませて、真紅のサンキライの様な実を飾り付けていく。

そんな夢を見た。
昨日、夢に文句を言ったら、早速そんな夢。
夢のツリーはきらきら輝いていて、とても綺麗で・・・皆さんにお見せできなくて残念。

さて、最近「ニート」と言う言葉を良く聞きます。
ネットで調べた「ニートの定義」by「はてなダイアリー

NEET(Not in Employment, Education or Training) 就業、就学、職業訓練のいずれもしていない人を指す概念。英国で名づけられた。 現状のほとんどの就業支援策から事実上排除された存在であり、求職もしないので失業者としてもカウントされずつかみどころのない存在。……フリーターでも、失業者でもなく、働くという意味での社会参加の意欲を喪失し孤立化しており、社会問題化しつつある。

関連記事

厚生労働省は9日、「2004年版労働経済の分析」(労働経済白書)を発表した。求職せず通学もしないため社会問題になっている「若年無業者」について、02年、03年を初めて集計。その数は03年は年平均で前年より4万人多い52万人に上り、問題が深刻さを増している実態が明らかになった。
若年層の失業率が高止まりしている問題と併せ、白書は、企業活動や景気への影響だけでなく「社会の維持、発展」といった観点からも「憂慮すべき問題」と警告している。
若年無業者は、求職活動していない非労働力人口のうち、15-34歳で、学校を卒業した後、進学などせず結婚もしていない人などを指す。総務省の労働力調査を基に厚労省が集計した

若年層だけで52万人!
しかも、彼らは失業者でさえない。
失業者は305万人。
52万+305万人。
357万人もの人間が、誰かに依存して生きているということになる。
日本人ってお金持ち。

前にある40代の女性(公務員)がこぼしていたことがあった。
「仕事も体力的に辛くなるし、若い人との付き合いも大変で、そろそろ仕事を辞めたいと思うんだけど、私の収入がなくなれば今の生活を維持できないんだよね。子供たちにもお金がかかるし・・・
でも、私達の世代が今のポジションにいることで、結果として、自分の娘や息子世代の就職口を塞いでいることになっているんだよね」

高学歴化した社会では、子供の教育の原資を稼ぐために親は仕事を辞めるわけには行かない。
仕事が世襲制ではなくなった現代、自分の娘や息子が自分のポジションに付けると言う保証はない。
世間的に「良い仕事」とされている公務員の地位を誰かに奪われたくないと言う気持ちが、彼女の中にはあったのだろうか?

さて、子供は何故ニートになるのだろう?

まず、ニートには区分があるらしい。 by「或る荒川区民のつぶやき
Ⅰ.ヤンキー型 反社会的で享楽的。
Ⅱ.ひきこもり型 社会との関係を築けない。
Ⅲ.立ちすくみ型 行き詰まり。
Ⅳ.つまずき型 自信喪失。

私なりに原因を考えてみた。
子供はそれぞれに個性はある。
しかし、脳の機能の問題でなければ、親の姿勢が問題なのではないかと思う。
それは最近、いろんな出来事を見て、そう思ったのだが・・・
最近、私が見かけた親のパターンで説明してみよう。

買い物先やレストラン、そのほか自分が客になる場所で、店員に横柄な態度をとる親。
→相手は自分に頭を下げて当然=相手は自分よりも身分が低いものとみなす。つまり、自分達は人に頭を下げてもらって当然の人間で有ると子供に教えている。
そんな自分がどうして、そういう職業に付かなければならないのか?と子供は思うだろう。

連れ合いの悪口を子供や他人に話す親。
→自分の親はたいしたことがない人間と子供に教えているようなもの。

連れ合いの両親の悪口を言い、冷たくあしらう。
→年長者は馬鹿にしてよい。大事にする必要はない。

学校の先生の悪口を言う親。
→先生は自分の親よりも格下。言うことを行かなくて良い。自分のほうが偉いのだから・・・

子供のいうことを聞き、他者の意見を受け入れない。欲しいものは何でも買い与える親。
→親は自分の言いなり。自分は特別の存在と思い込む。

まあ、こんなことをしていると、子供は自分以外の人間を馬鹿にするようになってしまって当然。
ところが、外に出るとそんな自分に対する世の中の風当たりが強い。
何も王国から出て行って、嫌な思いをする必要はないじゃん。
家に居れば食べ物はおいてあるし、欲しいものは買ってくれる。
買ってくれなければ、少し、暴れて「不機嫌である」と示してやろうと言うことになる。

前にどこかのブログで、ニート=専業主婦もしくは家事手伝いの女だという論があった。
冬の国にいたときに、ぶらぶらといったブログだったので、どこか分からないのが残念だけど・・・
家事手伝いにはいろいろ有ると思うので言及しないが、専業主婦に関しては異論を挟みたい。

専業主婦って楽そうに見えても、結構大変だよ。
確かに家事のある程度は機械がやってくれる世の中になったけど、それにしても動かすのは人間だからね。

主婦の家事労働をパートの賃金や労働の内容による賃金に換算したら、70万と聞いた。(byいつも行く美容院の店長)
今の日本は男が外で働いて作り上げたものだと思うかもしれないけど、家事労働をきちんとする働き手がいてこそ、彼らは外の仕事に全力投球できたのだ。
もし、ある男が、一人暮らしで、パンツまでクリーニングに出し、三食外食し、部屋の掃除をハウスクリーニングに頼み、いろんな瑣事(住民票を取りに行くとか、書留郵便の引き取りに行くとか)を代行に頼んだとすると、70万とまでは言わなくても、かなりの料金を請求されるだろう。
主婦はそれを文句も言わず、自分の仕事としてやっている。
つまり、一人の人間が生きるために必要な労働を役割分担をして二人でしていただけなのだ。
それをニートと同類とするのはおかしい。
ニートが家で家事全般をやっているなら別だけどね。

実は専業主婦=ニートと取るような感覚こそがニートを生む土壌になっている。
人はそれぞれのポジションで、それぞれの仕事を必死でやってこそ、生きているのだと言う気付きがないから、引きこもっていられるのだ。
誰かに寄生して一生生きていくことなんかできやしない。
親は永遠に若く生きているわけではないのだから・・・

なんで、子供のいないあんたがニートの心配なんかするの?
と思われるかもしれないが――例えば、30年後。

私はよぼよぼのおばあさんだ。
運良くボケていなければ、ある月曜日、(ま、火曜日でも水曜日でもよいが)外にふらふらと買い物に出たりする。
夫は面倒だからといって、お前一人で行けよとか言うので、一人で福祉巡回バスに乗って、街へ行く。

その男(女でも良い)はニートだったのだが、先月、母親が死んだ。
父親は3年前に死んでいる。
父親の遺族年金で食べてきたが、母親が死んだことによりそれも打ち切られ、無収入になってしまった。
家は親がローンを完済しているので、なんとか住むところはあるが、もう、食べるものが無い。
50を過ぎては就職をしたこともない身では、就職の仕方すら分からない。
毎日、ネットで何かないかと探していたが、昨日、ネットの接続料や電気料金を払えなくて、停められてしまった。
お腹はペコペコで目が回る。

そんな二人が街の道路でばったり。

あの弱っちいばあさんは小金を持っているかもしれない。
あんな婆の命よりも、俺の命のほうがよほど尊い。

それでは、あのバッグを頂こう・・・・・・なんてことになって、バッグを奪われるだけでなく、突き倒された弾みに、頭を打って死んでしまった私。
なんて最後は、絶対に嫌なの!

でもこのままじゃ、そうなっちゃうかもしれない。
子供は親のものじゃないのよ。社会のものなのよ。
すべては連鎖しているんだから。

だけど、ニートになっちゃったなら、どうにかしようとしてどうにかなる問題ではない。
本人の自覚の問題なのだから。
そして、自覚は切羽詰らないと生まれない。

まあ、団塊の世代が定年を迎えるのは、もう、目前。
社会には空きポストが山ほど出来る。
働く気にさえなれば、職業を選らばなければ、どこかに勤められる。
あなたがニートであるならば、自分の将来を想像してみよう。(上の30年後を参照)

人間は所詮食べなきゃ生きられないのだ。
人はパンのみによって生きるものにあらずという言葉はパンが必要だという前提に立った言葉なのだ。

――誰も代わってくれない自分の人生をどう生きるか?

閉じこもっているなら、時間があるのだから、今のうちに真剣に考えたほうが良い。
切込隊長のブログを見ていると、彼でさえ、人に付き合ったり、わけわからない話に合わせたりしている。
ネットの中で尊敬できる人を見つけられるのなら、その人を見習って、自分を失わずに人と付き合う方法を学んでいくのも良いかもしれない。
人に与えて貰うものを受け取らずに、自分の頭で考えるのは、とても辛い厳しい道だ。
人のまねをして生きるんほうが、本当は簡単。

いろんなことを書いたが、苦しんでいるのは周囲もそうだが、ニートになっている本人もだ。
彼(彼女)には、人生はとても複雑で苦しいものに見えているのではないだろうか?

親の愛は間違うと人生の毒になってしまう。
真の親の愛は、希望をすべて適えてあげることではなく、身一つで生きていける強さを与えることだと思う。

ああ、災害ってそのための試練なんだ・・・・・・


2005.5.6追記 関連記事「経済から考えたニート」


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2004.11.28

私的胡蝶の夢 #3

昨日夜遅く、庭に出てみると、月がちょうど真上にありました。
満月・・・青く冷たい色の月は、雲が流れているせいか、びゅんびゅん飛んでいるように見えました。
今、「神楽坂史記の世界」で連載中の「満月伝説」にぴったりの月でしたよ。


晴れて気持ちの良い今日、朝からショッピングと美容院。
その合間に、ある人に電話。

実は、私が冬の国に行ったのは、彼女の一家の夢を見たのが原因。
気になっていたのですが、私自身が落ち込んでしまい、とても話せなかったの。

その夢とは――
彼女の夫がいなくなって、探したら、ある古い家にいると分かって・・・
その家を訪ねると、彼女の夫が大勢の人に囲まれて座っている。
その人たちはぼろぼろの服を着た餓鬼のような人たちで、家は廃屋のようにぼろぼろ。
その人たちに縋られて、彼女の夫は悲しそう私を見上げていました。

何気ない長話のついでに、さりげなくそのことを話すと、
彼女の声が変わりました。
「その夢見たの、いつ?」
「木曜の明け方」
「・・・それって、正夢かもしれない」
彼女の夫は、知人の世話で、ある家を見に行ったのだそうです。
それが木曜日の昼・・・
「前から引っ越したいと思っていて、家を探していたの。
中古住宅だけどいいかと思っていたのよ。でも辞める」

この前、兄が夢の中で「助けてくれ」と言うのを見て、しばらくして、脳梗塞で倒れたことがあって・・・そのことを知っている彼女は、私の夢を馬鹿にしませんでした。

さらに酷いことに、その夢には続きがありました。

私は山の中腹の道路を車で走っている。
右側は山の裾野で、小さな町がある。
左側は小高い山の頂上。
走っているうちに、ぐらぐらと山が動いたような気がして、車を降りる。
ざわざわと山の木が動いているので、良く見ると、目の前の山が立ち木ごと道路と反対側の斜面に崩れ落ちて行くのが見える。
驚いて車に戻ろうとすると、崩れた山肌から鉄砲水のように水が噴出し、道路が水浸しになっていく…

去年、私はある小説を書いて、ある文学賞に応募しました。
それは、大雨で山が崩れ、ひとつの村が洪水にあい、消滅するというもの。
家に泥水が流れ込み、やがて、家を押し流す。
今年、似たような光景を、テレビ画面で見て、うんざりしました。

災害や人の不幸の夢はもうたくさん。
もっと、楽しい夢は見られないものかしら。

ああ、そう言えば、キムタクに花束を貰って、どきどきして、嬉しくて幸せだった夢があったわ。
・・・でも、あれ、正夢にならなかった。

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2004.11.27

春の国

もう、昨日は冬の国に行っちゃってどーなることかと思いましたわ。

さぶいのなんのって、あなた、何を聞いてもブリザードのように聞こえるし、文章を書けば雪女の吐息のような文章しか書けないし・・・
私ってばこのまま、ずっと冬の国に閉じこもっているんだろうかなんてふと思って、くらーい気分がさらに何乗かされたりして・・・
こんなときに、人は発作的に何かとんでもないことをしでかしちゃうんだろうなと思って、まためげてしまった・・・

と言う調子の私でしたが、復活しましたよー。

昨夜もあれから、花束とアレンジメントの作成があって、やっているうちに寒さを忘れていたのですが、今日、花の仕事に行き、人と話し、花に触っているうちに戻ってこれました。
花が私を春の国に戻してくれたみたい。

えー、私には春・夏・秋・冬の国があって、大抵は春の国にいます。
ぽかぽかした日向で、世の中を眺めてはふーんと思いながら、ボーッとしています。

そう言えば、夏の国にはしばらく行っていないわ。
昔は誰かに恋焦がれ、陽射しも強く、雨が振れば土砂降りの夏の国によく行ったものだけど、あそこに行くと冬の国に行くのと同じくらい、自分を失う。
それは私的には幸せなことじゃない。
初めて夫と会ったとき、実はちっともドキドキなんかしなかった。
もうひとり、彼の隣にいた人はちゃんと顔が見えたのに、彼の顔は真っ白に輝いていて見えなかった。
――この人、変? もしかして、のっぺらぼう?
と言うのが最初の印象だった。
クリスマスケーキどころか、年越し蕎麦になろうとしていた私にとって、5歳と10ヶ月も年下の夫は射程範囲じゃなかったし・・・
夫は基本的には春の国の人だ。
だからこそ、私は彼と結婚できたのだろう。

秋の国には、時々、行っている。
秋の国は寂しいけれど、自分が一番自分らしくいられる国。
冷静に自分を見て、だめだしをして、次に向かう準備をする。
文章を書いている私は、秋の国に住んでいるもう一人の私の様な気がする。
ときどき、春の国で自分の文章を読むと、へーこんなこと書いているよと仰天したりする。

そして、冬の国。
これはもうどうしようもない。
自分の存在が嫌いになるだけでなく、他人の悪意をびんびん感じてしまう。
その悪意が他から来るものか、自分の中にあったものか見分けが付かず、ただただ苦しい。悲しい。
寒くて辛くて自分が違うものになっていくような気がする。

その恐ろしい冬の国から帰れて、今は、ほのぼの春の国。
あー良かった。
やっぱ、人間、他人と会ってくだらないことを話して、体を動かして、もりもり食べなきゃ、だめね。
あのまま引きこもっていたら、シベリア辺りの冬までいってしまったかも・・・

でも、世の中には冬の国に住んでいる人が多いみたい・・・


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2004.11.26

冬の国

ちょっと、心が冬の国に行っているので、今日はお休みです。

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2004.11.25

花粉症のあなたに捧げるSF

今年の春、花粉症の症状に悩んでいた頃に書いたSF。
ホームページからブログに文章を移したときに抜けていたようです。
ああ、これ、読んだよと言うあなた、あなたは私の「親友#100~200」くらいかな。
書き直し部分に気付いたあなた、あなたは私の「親友#10」以内に入るね。


 これは遠い昔の、ある星の物語……

警報が高い塔のガラス張りの部屋に響く。
人々は食事の途中だというのに、レストランの窓に近寄り、眼下を見下ろした。
白い雲が直ぐ下を漂っている。
その隣りに金色に輝く筋があった。

「これで、三回目ですね」
一緒に席に着いていたラボの後輩のマルーが横でその雲を眺めながら呟いた。
「ああ」
頷きながら、シーはすぐ近くの4号棟がその金色の筋の中に包まれていくのに気付いた。
「フィルターが持ってくれるといいが……」
周りの客達は、声も無くその光景を見つめている。

4号棟は、病棟だ。
身内が入院しているのか、初老の男があわててレストランから走り出て行く。
間に合うわけもないし、自分で何か出来るわけでもないのだが、何かせずにはいられないのだろう。

黄金の雲はあっという間に、4号棟をすり抜けて流れていった。
アナウンスが響く。
その内容で、4号棟は全員無事と知り、客達は安堵の声を上げた。
皆、元の席につく。食事が途中だった者は冷たくなった料理の残りを腹に収めている。初老の男もいつの間にか戻ってきていた。

――今日の雲くらいの花粉なら除去できるが、あれがさらに濃くなると、各塔に今ついているフィルターでは除去できない。
そう思いながら、シーはマルーと元の席に戻った。
彼らは来たばかりで、料理はまだ出ていなかった。
席に着くと同時に、注文していたパスタの皿がテーブルに並べられた。

海草で出来たパスタ……この海草は栽培種ではなく三千メートルも下の、海から運ばれた高級食材だ。
最近はこのミーヌの店でしか提供されない貴重なパスタをフォークに絡め取りながら、シーはため息をつく。

そのため息を聞き、周知の事実をマルーは口にする。
「あと、二年ですべての花粉がこの高さまで到達するそうです」
「建設局にも困ったもんだ。このままじゃ間に合わないかもしれないな」
シーの悲観的な言葉に、マルーは気休めを口にする。
「間に合わせると頑張っていますよ」
二人はそれきり黙りこみ、パスタをかっ込んだ。

あの黄色い筋雲が現れるようになって、2年。
人類は滅亡の日を迎えようとしていた。

始まりは五十年前、最初は風邪のような症状だった。
くしゃみが続き、鼻がむずむずする。
今年の風邪は長引くと人々は話し合った。
風邪が重篤な症状になり、やがて、アナフィラキシーショックで、死ぬ者が出始めた。
それが二十年前。

人間が環境ホルモンに汚染され、無害の花粉をアレルギー物質と身体が受け取るようになったのだという説が有力だった。
花粉を調べ、その中に、人類にのみ有効な毒素を持ったアレルギー物質を見つける十年前までは……

そのアレルギー物質は他の動物には何の害もなく、明らかに人間を狙い撃ちした植物からの攻撃だった。
最初、それを持っているのは一部の花だけだったが、次第にすべての花に広まり、この五十年で、人類は半減してしまった。

恐竜が絶滅した原因は花の出現のせいだという仮説が有ったが、そのまま、人間に当て嵌るような状態になった。
初期の頃には、枯葉剤を撒き火炎放射器で焼き払ったが、あらゆる植物を根絶するのは難しかった。
そして、その後に出てくる植物はもっと強力な毒を持つ花をつけ花粉を飛ばした。
人類は花粉の届かない上空に逃れるしかなくなった。

現在では、多くの人類は地上には居ない。
雲の上の高い塔に住んでいる。
だが、中には人種を超えてその症状の出ない者達がいて、彼らはジャングルと化した地上に小さな村落を作って住んでいる。

高い塔の住人が地上に降りるためには、マスクが必要だし、地上の民は高い塔に登ると、その薄い空気のために高山病になるため、事実上、人類は二つの種族に別れてしまった。

地上は太古の森を思わせるような緑に包まれている。
かつて、繁栄した街の道路やビルは、今は緑に埋もれて、高い建築物の残骸がその緑の海に島のように突き出ている。
落葉樹と微生物が、どんどん腐葉土を作り出し、すべてを土に還して行き、花は黄色い花粉を有毒ガスのように空気中に吐き出している。

 
地上千メートルの高さまで組まれた特殊合金の土台に乗っかり、上空二千五百メートルまで届く塔は、かつての都市の上に建てられ、かつての都市の名前で呼ばれている。
塔と塔は飛行機や飛行船により結ばれている。

五年前のある日、突然、その一つ、ナカ-クとの連絡が途絶えた。
一万人は居るはずの住人の誰一人、外からの呼びかけに答えない。
その朝、ナカ-クに着陸しようとした飛行機のパイロットからの通報で、管制官も呼びかけに答えないことが判明した。
その飛行機は隣のヒガシークに着陸したが、テロの可能性も考えられるため、ナカークには軍隊が派遣された。
完全防備の軍人たちは、その塔の飛行場に着陸した飛行機から降りた途端、いたるところに斃れている人々を見つけ、何が起こったかを悟った。
そこには凄惨な光景が広がっていた。
住人はすべて、様々な場所で、喉を掻き毟りもがき苦しみ死に絶えていた。
彼らのペットは元気だったところから、彼らが花粉のせいで死んだのは明らかだった。
その後の調査で、ナカークにはかなりの量の花粉が残留していることが判明した。
二万人は殺せるほどの強力な毒素の花粉だった。

どうやら強風で吹き上げられた花粉を含んだ雲が、この塔にぶち当り、この塔全体をあっという間に汚染したらしい。
貯水槽に落ちた花粉を飲み込んだ者、窓を開けていて直接吸い込んでしまった者、外に出て、塔の通路に溜まっていた花粉を含んだ空気を吸った者、それぞれ、飲んだり吸い込んだりした瞬間にアレルギー反応が出て死んだようだった。

ナカークの全滅は各塔の住人達に大きな衝撃を与えた。
その時までは、この高さには花粉は来ないとされていた。
しかし、もう、安心は出来ない。
強力なフィルターを開発し、各塔は花粉に対抗しようとした。
ちょうどその頃、この星系の外に出ていた観測船から、この星と良く似た気候の星が見つかったという連絡が入った。
その星にはまだ被子植物は出現していないという報に、空の住人は喚声を上げた。

宇宙船の建設が始まった。
その間にも花粉の雲は次第に数を増やし色を濃くしていた。
人々が黄色く染まった雲を、恐れ見守る日々が続いている。
塔全体が死滅した例も、この二年間に、十数例、報告され、その間隔が狭まってきていた。

シーとマルーはレストランを出て、塔の廊下をラボに向かう。
幅二十メートル以上もある道路には、電気自動車が走っている。
ラボに入ると、ルーラ教授が来ていた。
花粉の研究をしている森の住人だ。
数少ない森の中の研究所で、花粉の毒素についての研究をしている。
彼のワクチンで、一命を取り留めたものは多い。
シーもその一人だった。

「教授、お元気そうで何よりです」
「シー、君も元気そうだね」
「ええ、教授のおかげです」
教授はにやっと笑うと、手にしていたカバンから白い封筒を取り出した。
花粉検査済みのシールが貼ってある。
「アリアンナからだよ」

森では花粉のために精密機器は使えない。
通信手段は故障ばかりしている固定電話か、郵便だった。

手紙を受け取り、一刻も早くそれを読みたいと思いながらも、シーは教授との森の話をした。
森は春で、色彩々の花が咲き、動物達は繁殖の季節で、子供が生まれているらしい。
その話を聞きながら、シーは自分の遺伝子がその光景を見たがっているのを感じながら、自分にとってはその光景は死を意味するのだと思うと暗澹たる気分になった。
その思いは皆同じらしく、笑顔でその話を聞きながら、皆一様に寂しそうだった。

帰りがけに教授は言った。
「明日、森に返る前に寄るよ。アリアンナに返事があるならそのときに預かろう」
「ええ、ぜひ」

その夜、シーが3号棟の自室に戻ったのは0時を過ぎていた。
わざわざキャンドルを燈し、アリアンナの手紙を取り出し、読む。

「シー、お元気ですか?
私は前に書いたと思うけど、先月から、学校で植物学を教えています。
森の子供達は親が森のことを何も知らない世代なので、とても危ないの。
昨日も、一人の子供が野いちごと間違って、毒イチゴを食べようとしているのを見つけたわ。
あなたも一度食べかけたわよね?

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森は今、新芽の美しい季節。
花が咲き乱れているけれど、探してみると人間が食べられるものは本当に少ないの。
備蓄している食糧も底をついてきて、これからは自給自足の生活になりそうなので、食べられるものを見つけられるかどうかは、生死にかかわる重大問題になると思うわ。
子供達にはしっかりと教えてあげないとね。
私も、勉強することがいっぱい……

もうすぐ、シーは宇宙に行ってしまうのね。
シーが空の子供と分かって、空に行ってしまってから、もう、15年立つのよ。
私達、私やあなたの級友は、いつだってあなたのこと忘れたことないわ。
あなたのご両親とも、出会うたびにあなたの話をしているの。
お二人とも、とてもお元気よ。
来月、あなたに面会に行くって楽しみにしていたわ。
私も会いたい……
でも、私は花粉の浸透度が強くて、あなたに逢うと、あなたが死ぬ可能性もあるんですって。
残酷な話ね。

そうそう、私、時々、あの昔都庁だったビルの最上階に上って、あなたの住んでいる塔を見上げているの。
明るく輝く塔を見上げ、あなたがあそこで、元気に暮らしていると思うと、また、生きる力が湧いてくるわ。
でも、それも、もうすぐ終わり。
あなたは宇宙に行ってしまうのだもの。

ところで、森の人類の希望の星、29歳の天才科学者シー・ファオン・ルーカスが、私たちの同級生というのは、私たちにとってはかなりの自慢の種よ。
あの、いつも蒼褪めた顔をしていて咳込んでばかりだったシーが、人類の救世主になるなんて信じられないって、スーはいつも言っているわ。

スーのこと憶えている?
森に隠れ家を作っていたあの暴れん坊の2歳年上の男の子。
私、スーにプロポーズされたの。
返事は保留しているんだけれど……あなたが行ってしまったら、結婚するつもり。
私は彼と結婚して、たくさん子供を生んでたくましく育てるわ。
シーも誰かと結婚して、たくさん子供を作ってね。
あなたの子孫がいつか、ふるさとの星に還って、そこにいる私の子孫と結ばれたら、どんなに素敵かしら……
そう思わない?

飛散する花粉が酷くなっていて、教授がそちらに行けるのは、これが最後なんですって。
もう、私から連絡できないけれど、私はいつもあなたのこと考えていて、いつもあなたを愛している。
そのことだけ、忘れないでね」

アリアンヌの手紙は涙で掠れて読めなくなった。
14歳の春、花粉症で死にそうになって、空の病院、あの4号棟に運び込まれて以来、アリアンヌの白い顔を見たことがない。
あの頃は、自分の身体を恨んだものだ。
森の匂い、空気、森の生活をどんなに自分が愛していたことか……
そして、縺れた豊かな髪のアリアンヌを……

シーはベッドに仰向けになり、流れ落ちる涙をそのままに虚空を眺めていた。
だが、その時間も長くは与えられなかった。
すぐに、ラボからの連絡が入り、シーはその手紙を胸にしまい込んで出かける羽目になった。

次の日、教授に渡したのは、ただ、「おめでとう、元気で」と書いたメモだった。
教授はその封筒の薄さに、少し顔をしかめたが、何も言わず、去っていった。
教授とも、それが最後の別れだった。

この星の人類の遺伝子に組み込まれている情報は、すでに解読されている。
シーの仕事は新しい情報を組み込んだ遺伝子を作り出すことだった。
それは、この星に文明を残すためには必要不可欠な研究だった。
ジャングルに残った人類はもう退化し始めていた。
彼らは小さな単位で群れて、獣を狩り、畑を耕す生活に戻り、もう、文明と呼ばれるほどの生活をしていない。
彼らは、宇宙に旅立つとは言わなかった。
彼らにはその必要は無いのだから、それは当然だった。
花粉が落ち着き、また、人類が殖え始め、文明が有る一定の水準に達した時、つまり食べ物を得る為に汲々とせずに生きていける者が現れた時、遺伝子の情報は動き始める。
印刷や蒸気機関、物理学、量子力学……人類はまた科学の力を手に入れることが出来る。

――その時、また、植物は花粉を飛ばし人間を滅ぼそうとし始めるだろうか?

シーはラボのドアの認証装置に自分の手のひらを押し付けながら、ふっと、そんなことを考えていた。

ニ年後、予定より少し遅れて、生き残った人類は、地上者達を残し新しい星に旅立った。
その前に森の住人の希望者たちは、シーの遺伝子治療を受けた。

最後の夜、シーは昔の都庁を見るために、そこに近いある塔の最下層まで降りた。
見ると、都庁の屋上に赤々と炎が上がっている。
シーはそこにアリアンナがいると確信した。
見えないアリアンナにシーはささやく。
「アリアンナ、僕も、子供をいっぱい作って、この星に還るようにと教えるよ。
いつか、僕の子孫と君の子孫が結婚して、豊かな森に住めたらいいね」

そうして、空の住人はその星を離れ、その星の第一次文明は壊滅した。

高い塔も次第に朽ち果てて倒れ、ジャングルに沈み、土に戻った頃、星を覆っていた黄金色の雲は消えた。
もともと人間が農薬で害虫駆除をしたせいで、植物は花粉を飛ばすようになったのであって、昆虫が受粉してくれれば、花粉など飛ばす必要は無かった。
植物は人間を追い出し、星は他の動植物の楽園になった。

皮肉なことに、それは森の住人達にも幸いした。
豊かな自然のお陰で、残った人々は数を増やした。
彼らは精力的に働き、次第に数を増やしていった。 
やがて、彼らは国や階級を作るようになり、いくつかの地域戦争を起こした。

先祖たちが遠い星に旅立ってから何千年もたったある晴れた秋の昼下がり、ある男が満腹の腹をさすりながら、庭で、最近発明された印刷による本を読んでいて、ふっと目を上げると、たわわに実った林檎の木から、実が一つ落ちた。

 その瞬間、彼の中に、ある考えが浮かぶ。
 
 ―― 林檎が風も無いのに落ちる…林檎は何に引っ張られたのだ?

 その答えを彼は見つける。まるで、昔から知っていたことのように…


お疲れ様でした。
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2004.11.24

宿題の無い休み

大人になって一番嬉しいのは宿題のないことだと、ラジオで誰かが話していた。
その点で言えば、今日は大人を満喫した日だった。

お昼、若い生徒とランチ。
お寿司とでっかいエビフライと茶碗蒸しとてんぷらと土瓶蒸しと大根サラダのコース。
その後、デザートで白玉ぜんざい。
今日で、脂肪細胞はかなり膨らんだね、間違いない。

彼女達は「ハウルの動く城」を見に行ったらしい。
評論家は押しなべて「?」か「ブー」の評価だったので聞いてみると、
「ハウルがかっこよくてため息が出た」
「とても面白かったよ」
とのこと。

そうなのだ。
最近、評論家とか論説委員、見識者の言うことが、どうも腑に落ちない。
今のマスメディアって、なんか、一般ピープルと乖離していると思うぞ・・・と言うようなことを話した。

その後、おしゃれな雑貨屋さんをぶらぶらして、可愛いサンタのピック付きキャンドルを購入。
これは12月のレッスンに使うため。
お店の人はあまりにたくさん買ったので驚いていたけど、良いものは目に付いたときに買わないとすぐに売切れてしまう・・・

生徒達と別れた後、小型のビニールハウスを買いに、近くのリビングセンターへ。
花屋さんで売れ残ったブーゲンビリアやシクラメンを捨て値で買ったのはいいけど、家の中に置けなくて、ビニールハウスに入れることにしたの。
こんなに寒くなってきたのに、シクラメンはいっぱい蕾を伸ばしているし、ブーゲンビリアなんか、何を思ったのか咲こうとしている。
放っておくわけには行かない。

放っておくで思い出したが――
家を片付けたいと思うのだが、どう考えても、根本的に部屋の配置換えをしなければ、今の混沌を整理できそうも無い。
私の仕事のために、もう少し、何とかしたいのだが、自分だけの考えで出来ることではないので放置している。
で、こんな日には遊んでしまって何もしていない。
ま、良いのだ。
私の休暇は期限が無いし、宿題があったとしても、採点するのは自分なのだから、甘い点を付けるさ。
でも、問題は、宿題を探し出すことなんだな・・・宿題をすることじゃなくて。

ここまで書いたところで、ニュースが始まった。

また、子供が両親を殺したらしい・・・
教育一家の男の子・・・大きな宿題を自ら背負ってしまった。

昔、口減らしのために親を山に捨てに行く孝行息子の物語があった。
愛する母親を捨てられなくて、逡巡する息子。
息子のために自らを犠牲にしようとする母親。
そんな親子関係はもう無い。

子供が親を殴り殺し、親が子供を飢え死にさせる時代。
この物が溢れている時代に、心は飢えて死に掛けている。

私はこの前、革命を起こすには情報さえ与えればよいと書いたが、これがその悪い力なのだ。
「情報=言葉」の威力をもう少し恐れたほうが良い。
どの世代の誰もが、多方面から情報を得ることが出来る時代には、親も子も、同じ屋根の下で違う言葉を話していると思ったほうが良い。

同じ屋根の下に住み同じようなものを食べ、同じようなものを見ていて、隣に寝ている人間が、自分と同じ人生観を持っていない。
そんな時代は、やるせないなあ・・・

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2004.11.23

冬の花火

昨日、疲れのピークが来て、涙目になり、くしゃみを連発していた私ですが、夕べ久しぶりにゆっくり寝たおかげで、元気になりました。
朝から、一昨日の片付けに出かけ、昼は生徒と外で弁当ランチ。
そのまま昼から花の仕事と、忙しい日でした。

買い物をして帰る途中、我が家の方角に花火が見えました。

――あ、サクちゃん、大丈夫かしら?

うちの娘(ヨーキー・11才)は花火が嫌い。
いつか、お祭のときに爆竹を子供達がうちの前でバンバン鳴らしたときから、彼女は花火の音を聞くと怖がって抱かれたがるようになりました。
暗い部屋で、私の帰りを待ちわびているんだろうな・・・

花火は我が家の下の田んぼで打ち上げられていました。
あちこちのワンちゃんたちが不安の遠吠えをしています。
我が家の窓ガラスも、ビリビリと震えます。
サクラはお腹を壊していました。


少し、明かりを消して、冬の花火を見ました。

今年の夏は、有名な隣の市の花火を、遠くから見たのですが、こんな時期にすぐ目の前で大きな花火が見られるなんて、超ラッキー。
冷たい空気の中の花火はとてもクリアーで、美しくて・・・少し、物悲しい。

――私は今年も何者にもなれなかったなあ。
人生が80年だとしたら、私に残された時間はもう、少ない。
これから、いったい何が出来るのだろう?
あっという間に時間が過ぎて行き、私は何ものにもなれずに、生を終えるんだろうなあ・・・

それで私が不幸かと言うと、そうでもないような気がする。

私は最近、自分の頭を撫でる見えない手を感じる。
何ものかは分からないけれど、何かに愛されているのを感じる。
それは、私を甘やかし、いろんな美しいものを見せてくれる。
たとえば、この冬の花火のように・・・

最近、私はあの静かな山の中で一人ぼっちで遊んでいた頃のような幸せを取り戻せたような気がする。

きっと、私はずっと何ものかに愛されていたのだろう。
私がその何ものかを忘れ、気がつかなかっただけだ。
私は長い月日を掛けて、あの山の中の自分に還っていったのだなあ。


サクラは私が花火を見ている間中、家の中をうろうろしていました。
今は、ひざの上でクーと安堵の声を出しながら、うとうとしています。

この小さな命は、こんなに暖かく、こんなに愛しい。

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2004.11.22

選択の自由

北朝鮮の動きが不穏だ。
ブログでも北朝鮮についての論議を見かける。

そういうものを読んで、この前からぼんやりと考えていたのだが、少し、形になってきた。

――国は国民の合意によってのみ方向を決めるべきで、
第三国がとやかく意見を押し付けたり、軍隊を派遣したりしてはいけないのでは?

アフガニスタン、イラクと言う先例を考えると、
国民が決起して、その時点の政権を打倒するという形をとらない限り、泥沼化すると思う。

それでは、人道的に苦しんでいるその国の民を放って置いて良いのかと言う論議になるが、彼らに与えるのは武器ではなく、情報でよいのではないか?

大抵の独裁国は、他国からの情報を国民には与えていない。
だが、東欧のように、情報が与えられて国民が自覚した結果の革命は、かなり成功しているように見える。
ひとつの体制から次の体制に移るときには、絶対に摩擦や犠牲が付き纏う。
その犠牲をその国の国民が覚悟しなければ、介入してきた国への禍根を残すだけだ。

なぜなら、そういう国の人民には自分たちが危機的状況にいるという自覚が、結構無かったりする。
比較検討する基準が無いのだ。
世界的にはその国の状況は悲惨に見えても、その国では常識なのだから。

そんなところに、他国の軍隊がづかづかと入り込んできて、どうも、それが利権のためらしいということになれば、ありがとうと言う前に、このやろうと思うだろう。
本来、独裁者に向かうべき恨みが、侵略者のほうに向いてしまう。
とにかく、情報を与え、自分達のおかれている状況は理不尽なものだから、この政権を打倒した後に、世界はその正当性を認め援助してくれる、と確信できる状況を作り出したほうが良いに決まっている。
それでも、彼らが奮起しないとすればしかたない。

飢えて死ぬのを選択するか、
戦って死ぬのを選択するか、
それはその国の国民の自由なのだ。

どんなに虐げられ、どんなに悲惨に見えても、洗脳されていても、彼らには人間としての尊厳がある。
自分のことは自分で決めるという最後の尊厳まで、奪うようなことをしてはいけない。

ぐらぐら地面が揺れ、大嵐に家を壊されようと、日本人はこの国に住んでいた。
日本人の身体は日本の土が育んだ食物と、日本の自然が作り出した大気で出来ている。
いわば、私らは日本の国土の分身だ。
彼の国の人々も、今踏んでいる大地の分身だ。
自国を潤し、豊かにするために努力することにためらいは無いだろう。

北朝鮮を地上の楽園と信じ、帰国した多くの人々のためにも、彼の国がいつか真の地上の楽園とならんことを願う。
それは、彼らを強制的にこの国に連れてきてしまった先祖を持つ日本人としては当然のことだ。
自分自身が彼らに謝るべきだとは思わない。
親のした罪の償いを子供に負わせるのは道理に合わないからだ。
だが、今生きている日本人の私はそういう歴史的背景をしっかりと踏まえ、目の前にいる強制連行者の子孫たちと同じ国土の分身として自然に付き合っていくのが当然。

などと、思っていたりする。

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和みの花です。 banner_01.gif 

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2004.11.21

UFO?

今日は知多へ昨日の花の確認に。
何とか持ってくれていて、ほっとしました。
昨日の花の残りです。

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帰り、道に迷い、いつの間にか知多半島の真ん中にいて、びっくり!
私のボロ車にはナビが付いていないの。

位置確認をしようと近くの山の上の公園の展望台に登り、見ると、海には陽の光が雲の合間から洩れ、向こうの海上にはセントレア(新名古屋空港)がそこに行く橋と共に見えました。
蜃気楼のように海に浮いている人口島は白く輝き、本当に綺麗。
もしかして、この何気ない公園って、絶景ポイント?
ちょっとした感動でした。

感動と言えば、もうひとつ!

朝、家から駅に寄り、そこから出て信号で停まり、ふと、空を見上げると、飛行機が前方の上空を横切って飛んでいるのが見えました。
くっきりと飛行機の形が見えるので、つい、何とはなしに眺めていると、その後方のもう少し上空にも、銀色の細長い塊があります。

あれ、もう一機飛んでいるんだ。あんなに近づいて大丈夫かしら?
でも、あれって・・・?

目を凝らしたのですが、どう見ても、その白鼠色の物体は飛行機の形はしていないのです。
葉巻のような形でした。
そのうち、飛行機は視界の右から左に移動して向こうの家の屋根に隠れたのに、その塊はいつまでもそこにあって・・・

――あれってUFO(未確認飛行物体)?

信号が青になったので視線を落として発進し、次に目を上げたときには、もう、ありませんでした。

この頃、毎日、驚くことがあって、それも悪い驚きではなく楽しい驚きで、なんだか、幸せ。

でも、体力以上に動いているようで、少し疲れ気味。
今夜は早めに眠りましょう。

夢に宇宙人が出てきたらどうしましょ?
・・・fly me to the moon ♪ 

banner_01.gif はご覧頂いたかしら?


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2004.11.20

知多へ

今日は知多市の会館へ生け込み。
あるイベント企画の会社から、お仕事を頂きました。
ご注文頂いて本当にありがとうございます。

生け込みの仕事は本当に楽しい!
たっくさんの花を、思い切り使えるので最高です。
朝から花の仕入れ。
今日はサンダーソニアやグロリオーサ・リリー、ノバラいっぱいの壇上の花とオリエンタルのピンクのユリの祝い花。
祝い花はある程度作り、向こうで完成することにし、壇上の花は向こうで作成することにして、午後4時に出発。
アシスタントをお願いした生徒に連れていって貰いました。
私は運転して知多へ行ったことがないので、大助かり。

一時間少々で着いて、会場設営を横目で見ながら、舞台の袖で生け込みしました。
舞台設営って大変なんだなあ・・・
大勢のスタッフがきりきり動いています。
設営完了を待って、舞台正面に置かせていただき、チェックして、先に帰ってきました。
今回の花、気に入っていただけるといいのだけれど・・・
8時からリハーサルをするということでしたが、何時までかかるんでしょう?
お疲れ様です。

そんなこんなで、家に着くと10時。
腹ペコサクラは怒っていました。


来週、サンクスギビングディ(収穫祭)が終わると、クリスマス本番。
リースを飾り付けて、クリスマスケーキの予約もしなきゃ。
今年はどこのにしようかな・・・

そうそう、会館の近くにとても素敵なイルミネーションをした公園があって、思わぬ目の保養をさせていただきました。
今年は神戸のルミナリエに行きたかったけれど、予定が立たないなあ。
あ、そういえば、高校の寮監のシスターはシスタールミナというお名前だったわ。
色の白いとても綺麗な人だった。(怖かったけど・・・)
イルミナータと言うお名前のシスターもいらしたような・・・

この記事を書こうとしたところ、トラックバックが・・・
最近、トラックバックを良く頂くけれど、どうも、このトラックバックを下さった方たちは、私には興味がなさそう・・・に思えます。
で、お返事していないのだけれど、こういうのって礼儀に反するのかしら?
でも、どう書けばよいのか、悩んでいて・・・ごめんなさい。
今度は私がお返事できるトラックバックをくださると嬉しいな。
書きたい気分はいっぱい持ち合わせてるんですよ。

今日はデジカメを忘れてしまいました。
写真が無いので、代わりに、去年の春、フラワードームに出展したときの作品を貼り付けて置きます。
テーマは「花宇宙」です。


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2004.11.19

11月の冷たい雨の日に思ったこと

昨日は朝一番で仕入れ、知人に蔓を取って貰うため一緒に山に行き、急な注文が入ったので作成して発送し、その後レッスン、という私的にはハードなスケジュール。

最近、暇で腐りそうと言う時間があまり無い。
それは、毎日、この「棚」にせっせと「何か」を積み上げているせいもあるのだが・・・

今朝は久しぶりにサザンの曲を聞きながら、のんびり。

外は雨が降っている。
11月の冷たい雨だ。

イラクで殺された救援活動家の女性と、誘拐され殺された女の子の報道を、昨日から、何回も見た。
どうして、人はあんなに酷いことをできるのだろう?

イラクの女性を殺したグループはそれがイラクのためだと主張し、銃殺するシーンをテレビ局に送り、女の子を殺した犯人は母親に「子供は貰った」とメールを送りつけた。

どちらも、自分を誇示したいという欲求が丸見えの犯行?
いいえ、あれは自暴自棄になった絶望の行動のように見える。

イラクの女性を拉致したとき、犯人達はその犯行がイスラム社会の非難を浴びるとは思わなかったのだろう。
彼女のことも良く知らなかったに違いない。
ただ、目立った活動をしている外国の女、くらいの認識。
その後の世論により、大変なことをしてしまったと気付いて、逆上したのではないかと思える。
もしくは、アメリカの謀略?――この説も捨てがたいが、たぶん、前者だろう。

女の子の件も、もしかしたら、そういうことではないか?
まさか、小学生がGPSの付いた携帯を持たされているなんて、思いもしなかったに違いない。
居場所が次々と突き止められていくことに、恐怖感を覚え、つい、あんなメールを送ってしまったのでは?

恐怖と言うものが、残虐性をさらに高めていく。

イジメなどもそうなのだが、虐めているほうはイジメをしているという認識があって、いつ叱られるか、いつ逆襲されるかと恐れている。
ところが、虐められているほうは、ただただ、相手が怖くて、逃げることしか考えない。
で、どんどん、イジメがエスカレートしていく。
虐めるほうは完膚なきまでに相手を打ちのめさなければ、不安になるからだ。
イジメの初期の段階で、それはいけないことだとちゃんと虐めている側に伝えていれば、避けられることなのかもしれない。

人間が変わっている。
本質が違っていている。
説明しても理解できない子供が増えているという嘆きも良く聞くけど・・・
でも、年の差とか立場の違いとか性差を超えて、感動するものはあると思う。

それは人間の根源にある普遍のもの。

私よりもはるかに年若い人であろうと、そこに行き着いた人に、私は尊敬の念を感じてしまう。
それを、つい、相手に伝えたくなってしまう。

そういうものを垣間見せてくれるのは、私の中では板倉雄一郎氏と山本一郎氏。
正反対なように見える二人だけど、双方とも少年のような純粋さが見えるのは同じ。
私的には二人から目が離せない。

この前、「切込み隊長――俺様キングダム」を見せていただいたら、
「来たスパムメールのアドレスをせっせと某出会い系サイトの女性参加者メール登録ボックスに放り込み」と言う記述があって、これ良い手かもと笑った。
ケーキ事件もそうだが、ああいう有名な人は理由分からない見も知らぬ他人の悪意や勘違いに、迷惑しているんだなあ。

――そういえば、こんなおばさんから、トラックバックされたりコメントされたりするのもそうか?
反省すべきは私?


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2004.11.18

ミッキーの日

さっき、ラジオで、今日は「ミッキー&ミニー」の誕生日と言っていました。
ついでに、ボジョレーヌーヴォーの解禁日、だそうな。

バブルの頃の大騒ぎを思い出します。
クリスマスイブにはホテルの予約がいっぱいだったり、ティファニーのオープンハートが売り切れたり、花だって何万円の花束がバンバン売れていた・・・

そう、生徒に話したら、
「バブルって楽しかったんだろうなあ・・・」と遠い目をしました。

――そうか、あなたが物心付いて育った時代は、バブル崩壊後の右肩下がりの時代だったんだよね。

彼女の場合、デートをしてもたいてい割り勘。
時には彼女が驕ることもあるらしいのです。
なんといっても、彼氏が自分探しのためにプーになってしまったりしたので・・・

何万もする花束をくれるような同年代の男など、彼女の周りにはいなくて、たいてい、フリーターやプー、もしくは転職を続ける安月給のサラリーマン。
そんな彼女にはバブルの頃の華やかさがうらやましいらしい・・・

でも、考えてみれば、私はバブルの恩栄には何も預かれなかったような・・・
あの頃はお茶とお花のお稽古に懸命で、自由になる時間やお金はそれにつぎ込んでいたし、恋人だった夫は東京に出向していた・・・でも、アレはアレで楽しい時間だったなァ。

バブルは萎んでしまったけれど、今だって十分に贅沢に生きているような気がします。
彼女のように若い女の子だって、ブランド物のバッグや洋服を着ているし、旅行や留学もしている。
それは、今の日本の経済状態からすれば、ほとんどバブルに等しいのでは?

社会のバブルは萎んでも、個人のバブルは個々に膨らんでいる。

もう、クレジットカードの限度額はぎりぎり。
ボーナスはカット。
ゆとりローンはゆとりを奪う。

不正を追求すべきマスコミが不正をし、役人は自分達のための官舎と天下り先をせっせと作り、政治家は世界に良い顔をするために自衛隊を外国に派遣している。

大きな風船を膨らませながら、それが割れるのをドキドキしながら眺めている――そんな感じの年末?

えっ、あんたはどうよって?
私のバブルなんかとっくに破裂してどこかに跳んで行っちゃったよ。


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04111809x.jpg今年のリースです。

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2004.11.17

休日

昨日、夜、渋滞に嵌ってのろのろ運転していて、月を見ました。
黒のビロードの空に、銀色の三日月。
正しくは夕月と言うらしいのですが・・・
月をあんなにじっくりと見たのは久しぶり。
渋滞の思いがけないプレゼントでした。

今日は何も予定の無い日。午前中はゆっくりと家で過ごしました。
喉が痛い。風邪気味?
週末は知多まで式場装花を生けに行かなきゃいけないから、絶対に直さなきゃ。

少し横になっていると、電話。
ホームページを見ての問い合わせ。
何か出版するので、そのページを買いませんかと言うようなことらしい。
そういう話は良く来るけれど、こちらがお金を払わなければいけない程度なら、どんなにお褒めいただいても、たいした評価じゃない。
向こうが払いますといって下さるような話でないなら、所詮、それ程度の実力ってこと。
この資本主義の社会において、物の価値は、それが対価を得られるかどうかにかかっているのだから・・・

良いお話でしたが、私は広告宣伝費を使えるような立場じゃないのです。ごめんなさい。

家に居るとかかってくるのはたいてい売込みとか、勧誘の電話。
最近は、知らない番号には出ないことにしています。
友人知人からは携帯電話に連絡が来るし、顧客からも携帯にしかかかってこないから。
固定電話は災害の時には必要と思っていたのですが、どうも、昔の黒電話と違って、災害のときには掛からない機種もあるらしい・・・うちのは大丈夫かしら?

昼からは、知人のお見舞いに隣の市の病院へ。
山の上に聳え立つ病院は、「見晴らしが良くて夜景は最高」と知人は笑っていました。
思ったよりも元気そうで安心しました。

その後、運転中に来年の成人式の式場装花の打ち合わせの電話。
信号で停まっていたので、何気なく取ってしまい、あわてて断って掛け直すことに。
・・・危ない、もう、運転中の電話は捕まるんだったわ。

仕事の依頼を頂くと本当にありがたいし、嬉しい。
まだ、生きていても良いよと言っていただいた気がします。

花店を辞めたとき、こういう仕事も出来なくなるかもしれないと寂しかったのですが、生徒もお客様も、別に店なんか無くてもいいよと、軽く言ってくださいました。
そういう人たちに励まされて、こんなに元気で開き直ったおばさんになれたのだと思います。
そのお礼に、私は全力を尽くして、仕事をしているつもり。

さて、明日から、また、がんばろっと!

04111707x.jpg  banner_01.gif 風邪気味のブーに一票を!


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2004.11.16

痩せたら幸せになれる?

――容姿の優れた女性が真に幸せになれるか?

私のようにチビ、デブ、ブーの負の三拍子揃った凡人は、つい、痩せたいとか、もう少し身長があればとか、もう少し顔が引き締まればとか、あらぬ欲を出して無駄な努力をしがちだ。
が、果たして、背が高く細くて美人であれば幸せなのか?

長年の観察の結果だが、そんな格別の美人ではないほうが、それなりに幸せそうだ。
美男美女ではないある夫婦の喧嘩の話を聞くと、「おいおい、そこまでのことを相手に言っても大丈夫か?」と思うような言葉をお互いに投げつけあっている。
でも、そこの夫婦は何十年もその調子で、別に離婚しようとも思っていないらしいし、結構楽しそうだ。

これが、芸能人のように、正の三拍子揃ったような人たちなら、さっさと離婚するところだろう。
だが、嫌なことを乗り越えずに逃げていると、その繰り返しをして、最後は孤独な老後と言うことになりかねない。
喧嘩する相手がいるだけ幸せと言うもんだ。

楊貴妃やクレオパトラ、小野小町といった歴史上の美人の最後も、かなり悲惨だ。
殺されたり、自殺したり、行方不明。
美人に生まれたからこそ歴史にも名が残るポジションを得たわけだが、あまり嬉しい結末ではない。
美人が幸せであるとは限らない見本のような人たちだ。

私も含めて、世の多くの女性は美しいことが幸せで有ると思いがちだ。
そして、美しいこと=痩せていること。
今の自分の問題が痩せることですべて解決するような「幻想」を持っている。

痩せるということは、簡単なことではない。
ちゃんと痩せられた人は、かなりの努力をしたことになる。
それだけの努力をしたからには、きっと幸せになれるに違いない。
そうでなければおかしい!
と言う論理なのだろう。

しかし、いったい、いつから、太っていることが醜いと定義づけされたのか?

で、考えてみた。

日本の歴史の中で、ついこの前までは、痩せている人が多数で、太っている人間は圧倒的に少なかったはずだ、
食料に不自由する生活が、太古から続いていて、餓死者まで出ていたのだから。

その中で太っていられたということは痩せている多数から搾取する者だったはず。
そこで、平民はそういう相手を醜いと侮蔑することで、憂さを晴らしたのではないか?

その「太っている=醜い」という過去の思い込みが、今の豊かな人間を居た堪れなくさせている。
そんなに太っているように見えない人が、まるで荒行のように痩せようとするのはそのせいかもしれない。
そうやって考えれば、自分は個としてここに存在していると思いがちだが、たかが体型にしても、自分の記憶には無い過去の呪縛から、抜け出せないでいる。
過去の記憶に支配されて、拒食症や過食症に陥る人間がこんなに多いとしたら、皮肉なことだ。

身体機能も太っている状態に慣れていないから、それに耐え切れず機能不全になって、私のように医者に痩せろと言われたりするし・・・
まあ、しばらくは「痩せている=美」の状態が続くのかもしれない。

だが、アメリカでは今ふくよかであることが美とされかかっていると、この前、ある人から聞いた。
もしそれが本当なら、今、「痩せるためには金がかかる=金持ち」と言う構図が出来ていて、ビンボーな平民が、妬んだ結果?

幸せはたかが体型に左右されるようなものではない。
が、見えるものにしか感心が無い間は、流行の体型に右往左往するしかない。


0100901xx.jpg banner_01.gifへどうぞ!

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2004.11.15

小さな木の実

松ぼっくりを頂いた隣の町の教室に行くには、谷川の側、深い山の中を通ります。
もともと、田舎育ちなので、私はそんな道が大好き。
で、一人でドライブ気分で行くのですが、その道中、今の時期は「小さな木の実」と言う歌を歌っています。
対向車もいないので思いっきり歌って喉が嗄れるくらい。

小さな手のひらに ひとつ 古ぼけた木の実 にぎりしめ 小さなあしあとが ひとつ 草原(そうげん)の中を 駆(か)けてゆく

パパとふたりで 拾(ひろ)った
大切な木の実 にぎりしめ
ことしまた 秋の丘を
少年はひとり 駆けてゆく

小さな心に いつでも
しあわせな秋は あふれてる
風と良く晴れた空と
あたたかいパパの思い出と

坊や 強く生きるんだ
広いこの世界 お前のもの
ことしまた 秋がくると
木の実はささやく パパの言葉

ビゼーの名曲に海野洋司氏が素晴らしい歌詞をつけた歌です。

懐かしく悲しいくせに生きる力が湧いてくるこの歌に、慰められた日々があります。
秋の紅葉を照らす光の中で歌うと、何かに守られていると実感できて幸せ。

この曲は最近、ソプラニスタの岡本友高さんが素晴らしい歌声で歌っていますよね。
でも、最初に聞いたのはNHKの「みんなの歌」ででした。

昨夜といっても今日になりかけた時間に、久しぶりに「みんなの歌」を見てしまいました。
「青い月・・・(?)」という歌でした。
CGを使用しているらしい映像は、ウサギとかアリスのような女の子とか、老人(実は男の子)が出てきて、なかなかファンタスティックで、思わず、見入り、聴き入ってしまいました。

それでふと思い出したのですが、子供の頃、あの「みんなの歌」で、春になると必ず放映される歌がありました。
私はその歌を聴くと、不安で居た堪れなくなり、聴くことが出来なかったのです。
映像は子供たちが走っているという単純なもので、

雀の子 蛙の子 動き出せ 目を覚ませ
と言う何の変哲も無い詩だったのに・・・

神経にちくちくするものは人により様々。
その歌が私の神経のどこかを刺激したのでしょう。

それにしても、今回の歌は子供達にはどう映り、どう響くのかしら?
大人の私が見ていても、胸が騒ぐ歌と映像だったので、つい、そんなことを考えてしまいました。

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2005.5.17 :トラックバック野郎の御題が「鼻歌&口笛ソング」と知り、つい、トラックバック!

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変化

時代が変わっている。
それはパレルチナの議長の死であり、企業が広告塔としていた球団を手放す話であったり、アメリカの大統領の再選であったり、天皇家の縁談といったところまで至るのだが・・・

ずいぶん前だが、ある人に食事に誘われた。
その人は友人の友人で、良く知らない人だったのだが、何か重要な話が有るということだった。

食事をしながら、その人は言い出した。

今から2005年にかけて、あることが進行する。
人類は二つに分けられ、片方は死滅する。
これはある宇宙人の指令によるものだ。
生き残るのは、ある特徴を持った人間で、あなたは生き残るほうに入っている。
そういうことだった。

そんな話をしながら、その人は父親に病院に入れられ、7年間、抜け出せなかったという話を始めた。
その病院がどんな病院かは、いかな私にも察しがついた。

食事が喉を通らなかった。
その場から早く去りたいとそのことばかり思っていて、宇宙人の詳しい話は忘れた。

時代が変わっていると感じるたびに、あの人の話を思い出す。
どれだけの人があなたは生き残る人だといわれたのだろう。


イラクでは戦火が広がっている。
一度出した軍隊を、戦火が広がっているという理由で引っ込めることは出来ない。
なぜなら、軍隊とは戦いの場に行くものだからだ。
自衛隊を軍隊としたい政治家の意向がある限り、自衛隊はとどまるしかない。

自衛隊を軍隊と認めるか否かを国民に問うことも無く、なし崩しに軍隊にするのが今の政権の目論見らしい。
平和ボケし、自分の手で国を守ることなど考えてもいない軟弱な国民にその是非を問うても結果は明らかと言うことなのだろう。
今回、中国の潜水艦の動きを報道したのは、日本がいかに危うい状況にいるかを知らしめるため。
そのうち、徴兵制を画策し始めるに違いない。

政治家のほとんどを敵にしているのに、マスコミはあんなに叩いているのに、小泉首相は経済を成長させることを優先し多くの矛盾を放置してきたツケを、ここに来て一気に解消しようとしているようだ。
誰も、彼を止められないのだとすると、止めないという選択を国民はしているのかもしれない。
どう選択するかは別とし、このままでは済まないと、国民一人一人が心の奥底で感じているのは間違いない。

ゲームでも、「エイリアン」や「スターウォーズ」「マトリックス」などといった未来派SFでも、最後は「もの」と「もの」がぶつかり合い、どちらかが倒れる。
それが不思議だった。
――進んだ科学を持った未来なら、ボタンひとつで星を壊せるはずなのに。

最近、理由が分かった。
ボタンひとつで星を壊せるほどの兵器を持ってしまったら、その存在を忘れるしか、互いに生き残れる道は無いのだ。

軍隊など、本当のところ、何の意味も無い。
アメリカが本気になれば、イラクなど数時間で消滅する。
ただし、それを使えば、どの国も無事ではいられない。
アメリカでさえも消滅するかもしれない。

それを自覚した結果、ボタンひとつを使わせないために各国は軍隊を派遣せざるを得なかったのだろうか・・・

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2004.11.13

今日はいろいろと

昨夜は眠くて仕方なくて、つい、松ぼっくりの件は忘れてしまったのですが、夢を見ました。

その夢の中で、私は、突然、街にいます。
広い道路の両側には白い建物がずうっと並んでいて・・・
ただ白いだけじゃ無く、なんだか、でこぼこ、まるで生クリームを塗りつけたような感じ。
ガウディが作りそうな家です。
中には古い木造アパートのような建物も在るのですが、パイプを組んで周りを囲って、中のアパートはもちろん、そのパイプにも白くでこぼこしていたものを吹き付けています。
白いチョコでコーティングしたアーモンドポッキー(?)のような感じ・・・
その家々の前で、ふと、振り返ると、向こうの丘に、パチンコ屋さんみたいにシルバーメタリックに輝く大きな建物があって、青空に聳えています。

近寄ると、その大きな建物はガラスとアルミで出来ていて、中に入ると柱だらけ。
物は何も無く、大理石の床が広がります。

ふと、視線を落とすと、目の前を、頭のほうはローズピンクで、お腹の半分からお尻のほうはグレーブルーの、ツートンカラーのヌートリア(大ネズミ)が二匹、横切って行くではありませんか!

後を着いていくと地下室に降りていきます。
レンガを積んだ暗い地下室はかなり広く、床は半分ほど池のような水溜りになっていて、向こうの壁には直径20センチほどの穴がひとつ。
どう見ても、大ネズミたちのほうがその穴より大きかったのに、大ネズミたちは池を泳いで渡り、壁をよじ登りその穴にするすると入っていきました。

そこでぼうっとしていると、ぱあっと明るくなり、細くて背の高い男の子(アーモンド型の目の今時の男の子)が目の前に立っていて・・・いつの間にか、私は元の円柱と大理石のところに戻っています。
男の子は私に、
「僕は僕として生きている。あなたがあなたとして生きているように・・・云々」
私はその言葉に頷いている・・・(意味が分かったのか?私!)

そこに他の人々(細くて背が高い人たち)があわてて現れ、彼に話しかけています。
何か問題が起こったらしく(その問題が何か忘れた・・・肝心なところなのに)、どうも、私が見かけたヌートリアの行く先が知りたいらしいと分かったので、その穴に入ったことを説明して、地下室に連れて行くと、さっきのよりもさらに巨大な、頭に鶏冠のようなピンクのフリル(?)がついたヌートリアが現れて、また、その穴の中にするすると入っていって・・・・・・・・・・・・zzz

情け無いことに、そこまでしか憶えていません。
その先をもっと見たけど忘れたのか、そこで目が覚めたのかも定かじゃなくて・・・

ヌートリアって、食用にもなる大ネズミ。
この前テレビで見たけれど、少しムーミン似でとても可愛かったわ。
でも、ピンクとブルーって・・・?
それに、なんか、あの子達、毛皮ではなくてぬいぐるみっぽい材質だったような・・・
男の子も他の人たちも、なんか顔意外は全身シルバーだったような気がするし、どういう夢なんでしょ?


そんな夢を見てぼうっと目覚めた後、サクラ(♀・ヨーキー)も一緒に瀬戸へ。
瀬戸物祭りのときに「せと・まるっとミュージアム大回遊」と言う催しが有ると聞き、楽しみにしていたの。

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こんな綺麗な紅葉を見ながら、品野をぶらぶら。
あっちこっちの窯元を覗かせていただきました。

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轆轤(ろくろ)の実演、陶芸教室やお茶の振る舞いもありましたよ。
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ある窯元で見かけたにゃんこたち。

今日の戦利品は英世様3人でお釣の来る廉価品。
高台つきの器や平べったい急須をB級品のカゴの中から掘り出した時は我ながら感動したわ。
超ラッキー!

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迷える小ヌートリアに一票を! banner_01.gif

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2004.11.12

松ぼっくり

今日は、隣町で午前と午後、二回のレッスン。
午前の生徒たちとランチした後、午後のレッスンまで時間があったので、その町の森林組合へ。
松ぼっくりを譲っていただくためです。
これからの季節、クリスマスリースや、正月飾りのために、松ぼっくりは必需品なの。

森林組合の職員さんによると、山に松はたくさんあるけど、松ぼっくりを集めてはいないとのこと。
――確か、この町で松ぼっくりを集めて種を採っていると聞いたんだけどなあ。

そう言うと、それって、育種センターのことじゃや無い?と言う職員さんがいて、すぐに、育種センターに連絡をしてくださいました。

育種センターとは県の管轄で、松ぼっくりを木から捥いで、それを乾燥させ種を取っているところで、県ではその採った種を撒き、松の幼木を育て植林していくらしい。
確かに、あちこちの山の松の木は松くい虫や酸性雨のために立ち枯れているものね。

電話を受けた育種センターの人は、これまたすぐに、その場まで迎えに来てくださって、山の上の育種場と言うところに案内してくださいました。
結構急な坂道で、うちのボロ車じゃずるずると落ちそうで怖かったけど、何とか到着。
松ぼっくりはその施設(というか、掘っ立て小屋)で、高温で乾燥されていました。

こうやって松の種を集めて植林していかないと、この国には松がなくなるんだなあ・・・と実感。

育種センターのおじさんたちは、おばさんの私にもとても親切。
(あのじゃがバターの屋台のおじさんとは大違いだわ!)
大きな袋いっぱいの松ぼっくりは、まだ、ほんのりとあったかくて、なんだか、安心する木の匂いがしました。

でも、おじさんは気の毒そうに、
「ごめんね。これ、人気があるもんで少ししかあげられないんだ」

いいえ、十分に頂きましたよ。松ぼっくりも、お心も・・・
なんか、人間のやさしさと言うか、自然と共に生きている人たちの心の余裕みたいなものを感じた日でした。


前にも書いたと思うのですが、うちの父親は東北に行き、何百年と言う樹齢の雑木の森を切り倒してしまった人で、その森の木のおかげで私は食べさせて貰い、学校に生かせて貰ったわけです。
つまり私の現在は、その木たちの犠牲の上に在るわけで・・・

ずっと、その木たちに申し訳ないという気持ちがあって、私はその森を訪れることが出来なかったのですが、最近、姉にそう話したところ、
「あら、あの森はまた雑木の森になっているよ。すっごく綺麗な森だよ」

杉を植えずに、ブナやコナラの木を植えたのだそうです。

切られた木そのものは、死んでしまったけれど、それを継ぐ若木が育っていて、金や赤や茶に染まる若く美しい森が、この秋の光に輝いている・・・・そんな光景が目に浮かびました。

その森は多くの生物を育てていることでしょう。
落ち葉を分解するバクテリアから、ウサギやリスなどの小動物、そして、熊まで。
もちろん、その森の作り出す酸素で、私たち人間も生かされています。
私たちは運命共同体。
すべての生と死は、次の命の源になる・・・

――今夜、寝る前に松ぼっくりの匂いを嗅いでみよう。
あの森の夢を見られるかもしれない・・・

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2004.11.11

成長するキングダムに

私はおばさんの癖に引きこもりに近い生活をしているので、世の中の事が良く分かっていない。

今日、「社長日記」を覗き、リンクのところにある「切込隊長BLOG――俺様キングダム」にもふらふらと出かけてみた。

切込隊長は山本一郎と言うお方らしい。
イギリス在住の山本一郎氏から名前を使われたという苦情の書き込み(?)があった。
(山本一郎って全国に何万人もいそうだけど・・・)
今回の「社会の『8合目に来てる』と思った瞬間に、人は転げ落ちるものである」でも、「私の誕生日を一緒に祝ってください」と知らない女性からケーキを宅急便で送りつけられたようなことが書いてあって……
有名人って大変なんだ。つーか、面白すぎる。

私はこの人を良く知らない。(それは隊長にとっては誇れることだと思う)
こんなおばさんに良く知られているようじゃ、隊長的には世も末だろう。

今回の記事は、トラックバックされた方へのお返事のようで、「そこまで思い上がっちゃいない」としている。
そのやり取りはともかく、

経済的にどうであるかよりも一人の人間として語るべきものの何たるかというものの重みというものは強く感じる

一人の人間として語る言葉――人それぞれに言葉は在るのだろうが、誰からも誤解を受けずに言葉を語るのは、思いの強さも必要だが、どちらかと言うと技術的な問題でなかなか難しい。
誤解されたくなくて、人は黙り込むことが多い。
語ることの難しさを、隊長は知っているのだろうなあ。


今回の文章をよんで、この人のキングダムについて考えた。

人はそれぞれの王国の王様。
王は自国の繁栄と平和のために、周辺国とうまくやらなければならない。
それはどんな状況においても大切なことなこと。王たるものの務めだ。
そして、自分にやれることに全力を尽くす。
口で言えば簡単だけど、それを実行するのはなかなか・・・
真の独立は辛いものだ。どこかの属国でいるほうが楽だし考えずに済む。

で、このキングダムはかなりの独立国のようだ。
自分の孤独な過去が自分の王国の基礎に在ると王は自覚している。

人間は所詮、自分の経験から想像力を働かせ、目の前に広がる様々な方向に伸びる道のひとつを選び取って歩むしかない。
「そこまで思い上がっちゃいない」とは、彼の山が、まだ、盛り上がり続けていて、そこが何合目なのか予測も付かないということなのだろう。
何合目と、はっきりと分かるのは成長しない山だからだものね。

もうひとつ、心に響く言葉を見つけた。

私たちの生きる社会は永遠の相の元にあって、一個の人と言うものは単独で存在せず、過去に繋がる脈々とした知性の延長線上に存在している

私はそのことを言いたいために、去年、ある小説を書いた。
それは江戸川乱歩賞の一次しか通らなくて、陽の目を見ることはなかったのだが・・・
今日、この文章を読むことによって、この前から自分の中に発生していたガスが、次の星雲になるべく渦巻き始めたように思う。

事象や言葉はその受け取リ手の経験や人生観により、まるで異なるものになってしまう。
私が受け取った言葉は、隊長の意図するものとは違うのかもしれない。
私がどう受け取ったかなど、隊長には何の関係も無いことなのだが、勘違いおばさんとしては、自分の言葉で少し語ってみたくなった。

私も自分の王国の女王だからさ、つい、言いたいことは言ってしまうのだ。

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2004.11.10

魂の笑顔

少し疲れが出たようです。
今日は身体を労わることにして、花の仕事の後、家でごろごろ。
気がつくとすっかり日が暮れています。

ぼんやりとテレビを見ていたら「眠れる森」というドラマを再放送していました。
今は亡き野沢尚氏の脚本です。
その中で、人はどんなにいろんなものを手に入れても、それに飽き足らず、何かを求めるものだというような内容のキムタクのせりふがあって・・・

――ああ、この人はこのせりふを書きたくて、このドラマを書いたんだなあ。

どんなにいろんなものを手に入れても、本当に欲しいものが手に入らなかった人生。

いえ、本当に欲しいものが何か分からなかった人生。

これは、野沢氏やこの前自殺された森村桂氏や、あのイラクで殺された青年に共通するものだったのではと、最近、思います。

自分の芯に何が在るのかと、殻や皮を剥いて、剥いて、そこに何も無いと知ったときの喪失感。
それに堪えかねて、生きていけなくなったのだと思います。

――だが、芯などと言うものは、最初からは無いのではないか?

多くの殻や皮が、人生を全うしたときに芯になるのであって、もともと、人間はこれと言う限定をされずに生まれているのだ。
限定をされないからこそ、人間は多様な方向に自分を伸ばしていける。
そのかわり、芯が無いから、いつも不安でいつも方向を疑っている。
人間とはそういうものではないかと思うのです。

私の母は、あまり私には関心がありませんでした。
その母が、たった一つ、私にアドヴァイスしてくれたことがあります。
それは、「いつも笑顔でいること」

私は自分の興味に精一杯で周りに気を使わない子供で、人の顔を憶えるのも苦手だったのです。
なんで面白くも無いのに笑顔でいなきゃいけないのと思っていました。
人と目を合わせるのが面動だったので、いつも俯いて道を歩いていました。
さすがに「これではいけない」と母は思ったのでしょう。

前にも書いたように、母はアルツハイマーでした。
最後の二ヶ月間、口も利けず、食事を摂ることも出来ず、ただ、ベッドで横になっていたとき、母はいつもニコニコと特上の笑顔を見せてくれました。

――私はあれ以上に美しい笑顔を見たことがない。
あれは魂の笑顔でした。

笑顔で挨拶をする。
当たり前のことですが、世の中ではそういう当たり前のことが一番大切なのだと気がついたのです。

すべてを手に入れても、まだ足りないと焦燥感を覚えるとしたら、それは手に入れた「もの」がその人の魂を癒すものではないからです。

魂の笑顔はどんな高価な宝石よりも輝くもの、人に幸せを与え、癒しを与えるもの。
そのことを母が身をもって教えてくれたのだと思います。

今日のように少し体調が悪い日は、顔の筋肉も突っ張っています。
家には犬しかいませんが、笑顔でいることにしましょう。
ね、サクラ!
あれ、どこに行くの?

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2004.11.09

時代はゴージャス?

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どうしてもチーズが食べたくて、夕食はポテトのグラタン。
食べてからレッスンに出かけました。
今日は単に食べたいだけだったから良いけれど、パンやチーズしか受け付けなくなると、体調はどん底。

以前は作品展のたびに、食べられなくなって、倒れていました。
今回も心配だったのですが、なんだか元気。
でも油断は禁物、金曜日までは頑張らなきゃ・・・

写真の大輪のバラは名称不明なのですが、あまりに綺麗な色なので、レッスンの花と一緒に購入してしまいました。
蛍光色のようなピンク。不思議な色が写真では出なくて残念。

最近、こういう大輪のオールドローズ系のバラを良く見かけます。
ここ何年か、野の花タイプが主流だったアレンジの世界。
結婚式のブーケの注文も、とにかく「小さく可愛らしく」という注文が続いていて、少し寂しかったものです。

このバラが流通しているということは、小さくて可愛いもの、シンプルなものを持て囃す時代から、大きくて立派なもの、ゴージャスなものを喜ぶ方向に変わってきたのかもしれません。

私も、最近は大きくて豪華な花に目が行きます。
舞台の花などは大きくないと映えないので、こういう花が出回るのは助かります。

もうひとつ、大輪の花が多いのは輸入品が多いせいもあります。
外国、特に韓国のものは大輪でないと喜ばれないと聞いたことがあります。
輸入花が多いのは、産地の栽培ハウスが台風の被害を受けたから。
今年の多くの台風は、こんなところにも影響を及ぼしているようです。

そういえば、今日、ブティックの店先にバブルの頃のような肩を大きく見せるタイプのニットスーツを見かけました。
――あれ、10年位前にこんなの着ていたような・・・
と思ったのですが、ファッションの世界もバブルの頃に戻りつつあるのかしら?

時代が、そういう方向に動いている?
じゃあ、今、土地は買い時?

でも、大きくて立派な家や広い土地はいらないわ。
掃除や草取りが大変だもの。
とりあえず、寝られる場所があればいいや!

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2004.11.08

国の象徴

昨日から、各局で流れている天皇皇后両陛下の新潟ご訪問の映像。
被災地の方々は「ありがたい。勇気付けられた」と口々に述べられている。

天皇が「人」になられて60年。
それでも、その存在は天皇が神とあがめられた時代を知らない世代にも感動を与えるらしい。
それは、発しておられるオーラのせい?
天皇と言う肩書きのせい?

最近、折に触れ感じることがある。

国の象徴という幻のような存在は国の中にあるものではなく、国を外から見ている傍観者だ。

そういうお立場にありながら、対外的には国を背負わされている。
一人で外出も出来ない不自由な生活を強いられている。
国政に不満があっても、口に出すことさえ許されない。
職業選択の自由と言う国民の権利を与えられていない。
そもそも彼の方々は国民ですらない。
もし、あなたがそういう立場になったら、どうします?
いくら衣食住に不自由しなくても人権侵害だと思いませんか?

つまり、私たちは天皇を敬うことで、排除している。
それでいながら天皇は国民を心配して当然だと無意識に思っている。

だが、彼の方々にはそんな義務は無い。
象徴とは、ただ、いるだけでよい存在なのだから。

天皇制を容認できない人には、私の言っていることは理解できないかもしれないが、現に私たちは天皇やそのご一家に特別であることを強いていると思う。
嫌なら辞めれば良いって?
そんな自由を、憲法上の主権者たる我々は彼の方々に与えていないのだということを忘れないで欲しい。

そんなお立場にありながら、ご自身の存在の不条理を訴えもせず、ただ、民を労い、心からの同情を寄せることができるそのお心のまっすぐな美しさに人は感動するのではないか?

私は戦後の自由教育の中で生まれ育った人間で、彼の方々も一人の人間だと思っている。
だからこそ、人間としての自由を本人の意思ではなく、その家に生まれたことにより奪われている彼の方々に、申し訳なく思うのだ。
一般人なら、せいぜい親が煩いくらいだが、彼の方々にとって、国民全員が小姑みたいなものなのだから、その圧迫感は比べようも無いだろう。

このまま「善なること」を押し付け続け、新しい精神の契約を結ばないならば、その存在を失いかねない。
今が真の転機なのだと思う。

私は今の状態で、天皇ご一家に私たち庶民が返せるものがあるとするなら、それは「存在に感謝し、言葉に感動する」ことなのだと思う。
もしお目にかかれることがあれば、心置きなく感動しよう。
それはささやかながら、国民の私が出来るたった一つの罪滅ぼし、たった一つのお返しなのだから・・・

ああ、でも、その場ではこんな理屈など必要ないんだろうなあ。
きっと、自然に涙が流れるのだ。
でも、そのせいで、国民は彼の方々に甘え、向こう側の不条理に思い至らなくなってしまうのだろうなあ・・・

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2004.11.07

何でもあり?

忙しかった3日間。
ようやく作品展も終了。
皆さんに褒めていただいて、生徒たちも満足してくれたようです。

昨日の夜、西武がライブドアに球団売却を持ち掛けていたと知り、
――ああ、本当に何でもありの世の中になっちゃたんだ。
とため息をついたのは、私だけではないはず。

それにしてもなんとお粗末な結末。
これは手に取ることの出来ない世界を理解できなかった経営者が躓き始めた象徴。

今はもう撤退しているのですが、隣の市にダイエーが出来た当初、駐車場に入る車で道が渋滞するほどの繁盛でした。
それが一年後には、もう、駐車場がガラガラと言う状態。
新し物好きな私も、三回ほど行きましたが、欲しいものが何も無くて、それきり行きませんでした。
商品はかなりのボリュームで、安いのですが、少人数の家族では結局余して捨ててしまうのです。
売り場も広すぎて、体力の無かった私はくらくらしました。

インターネットで皆が買い物をするのは、少量でも良いものを取り寄せたいと思う人が多くなったから。
そういう時代のニーズを読み違えてしまった感覚が、今回のプロ野球の問題にも出てしまったのでしょう。

本屋さんもどんどん潰れています。
出版不況と言われて、廃刊になる雑誌も多いし、書店の倒産も多いようです。
ですが、アマゾンは繁盛しています。
本のように、鮮度を手にとって調べたいと思わないようなものは、どんどん、ネット販売が主流になっていくのでしょう。
量販のブランド品なんかも、規格品ですから、ネットで十分ですものね。

これからは店舗を持つ販売は、超セレブ向きになるのかもしれません。
ブランド品でも、本当のセレブはオーダーメイドですものね。
ああ、それで、あちこちに海外ブランドの直売店が出来ているんだ・・・納得!

これから、どれだけの既存の企業が手に取ることが出来ない世界に気付き、そちらに参入し、うまくやっていけるのかしら?
じっくりと観察させていただこう。
きっと、単なる通販としか捕らえられないんだろうな。
これは違う世界なのに・・・

さて、今週末にはもうひとつ小さな作品展があって、その後はクリスマスと正月に向けて、どんどん、忙しくなっていきます。
その前に、我が家を何とかしなきゃ。
世の中の観察をしている場合じゃないかも・・・

banner_01.gif にご協力よろしくお願いいたします!

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2004.11.06

願いは叶う?

――さして面白くも無い日常を、毎日、書いていることに意味はあるのか?
と自分でも思うくらいですから、たぶん、読んでいる人はなおさら疑問でしょうね。

迷ってここにいらしたあなた、ごめんなさい。
なんとなく通ってくださるあなた、すみませんねえ。
もうちょっと、まともなことが書けると良いのですが、なんといっても、これだけの人間なので・・・

昨日、作品展の準備の後、手伝ってくださった知人とそのご主人と食事をして思ったことがあります。
そのご主人はとても良い人なのですが、このところ、いろんなことがうまく行きません。
私がこの前の齋藤孝氏の講演会の話をしたところ、面白くないものは笑えないと言い出されました。

彼は信じていた人に裏切られ商売を奪われました。
今は、次の仕事のために準備をしているところ。
でも、なかなか、それもうまくいかないようです。
久しぶりに会ったのですが、前のような無邪気な笑顔がありません。

信じている人に裏切られたとき、彼が自殺するのではとずっと心配していました。
私以外にも、彼らを心配する人がいっぱいいて、力になっているようで、少しずつ、元に戻りつつあるのですが・・・
まだ、何かあると前のようにそれを跳ね返す活力は無いようです。

私も自分の計画がうまくいかなかったときに、それまで信じていた人の別の顔を見たような気がしました。
でも、今はそうは思っていません。
向こうの信頼を裏切ったのは私も同じ。
私は彼らを一方向からしか見ていなかったし、私も彼らに一方向しか見せていなかったのだと思うのです。
そんな付き合いでは信頼云々などと言えるほどのもでもなかったということなのでしょう。

知人のご主人を裏切った相手は、彼と金儲けという部分での信頼はあったのかもしれませんが、人間としての信頼関係は無かった。
でも、彼は自分が丸ごと受け入れられていると思い違いしていて、裏切られたことにより自分の存在自体を否定されたのだと思い、傷ついたのだと思います。

私はその夫婦のいろんな面を知っています。
尊敬できるところも、私には理解できないところもあります。
でも、例えば、大震災で食べるものさえ無くなったときに、彼らがもし、一個のおにぎりを持っていたら、きっと、皆で分けようと言い出すだろう。
そこで、自分だけ食べてしまうような人たちではないと私には信じられるのです。
それだけの信頼を私に与えるだけのことをしてくれたと思うのです。

――彼らには本当に成功して貰いたい。心からの笑顔をまた見てみたい。

昨夜、私は彼に言いました。
「あなたは絶対に成功するよ。絶対に大丈夫!」

何年か前、私は自分の生き方に迷って、ある霊能者といわれる方を訪ねたことがあります。
その女性は九十近い老齢の方でしたが、神様の声が聞こえると評判の方でした。

一緒に行った友人は娘さんの結婚に悩んでいて、相談の結果、この結婚はうまくいかないと言われました。
2年後に子供を連れて彼女の娘さんは実家に帰ってきました。
前にも書いたように、その言葉で「呪」が掛けられたのかもしれませんが、まあ、当たったのだと思います。

私の相談への返事は、
「あなたが本気なら、どんなことでも大丈夫。
あなたの願いはすべて叶うよ」
なんて、素晴らしい言葉!

そのときの私の願いは叶わなかったので、あの言葉は当たらなかったと思っていたのですが、最近、あれっと思うときがありました。

――私の真のお願いは、自分らしく生きることだった。なんだ、それなら、今、手に入れているじゃない。

その願いが叶えば、私は今の時間を失っていました。


で、私はあのお言葉を信じて、本気で彼らの幸せを願うつもり。
なんてたって、私の願いはすべて叶うのですから・・・絶対、大丈夫!

そうそう、この前の自治宝くじ、20番違いで1000万円を逃してしまったけれど、もう少し本気で願えば当たったのかしら? 残念!

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2004.11.05

2004年 秋の作品

朝から生け込みの準備。
夜の8時までかかって、こんなの、出来ました。

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女性だけのうちの教室。
木を運ぶのも、パイプを組み立てるのも大変でしたが、何より大変だったのは、農家が使う黒い日よけシートに、一昨日の戦利品の柿の葉っぱをくっつけること。
葉っぱ一枚一枚くっつける作業は気が遠くなりました。

おばさんたちは明日、起き上がれるかしら?
っていうか、私は大丈夫か?

でも、出来上がりに、皆、大満足。

「私、孫が出来たら、おばあちゃんはあの時こんなことしたんだよって自慢できるものが出来たわ」
と言う感想に、頷きながらも大爆笑。

笑いは一番の妙薬。
なんとか、やり遂げることが出来ました。

ちょっと写真では分かりにくいのですが、アケビや、カラス瓜もちゃんと飾り付けています。
自然の恵みいっぱいの秋の作品です。

実物をお見せできなくて残念!

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2004.11.04

為替の魔法

明日の作品展の生け込みに備えて準備の日です。
昼からは準備のために買い物に。

100円ショップって本当にありがたい店!
布テープ一巻、ホッチキスの針5個、30センチ四方のコルクボード、ボード立て、板切れ一枚・・・どれも百円。
その前にホームセンターで見たときには、皆、結構な価格だったのに。

とても精巧に編んでいる籠を手に取り、ふと思います。

――とてもありがたいけど、何か違う気がする。
.  こんなに手の込んだものがどうして100円?
.  私が作れば1日に何個できるかしら? 
.  っていうか、これを作る技術は私には無いわ。

表示を見ると生産国はたいてい東南アジア。
船賃や卸業者・販売店の儲けを考えると、この籠を作った人はいくらの賃金を得ているの?!

そのとき私は、「為替の魔法」を感じずにはいられないのです。

愛知県の最低賃金は時給683円。
東京の710円を最高に最低の606円まで、地域により最低賃金の額はまちまちですが・・・
ということはあの籠7個分が一時間?

それって、絶対に合わない!
間違っているよ!

頭脳労働をしている人間の収入はどんどん高くなっているのに、肉体労働者の収入が、最近、どんどん、低くなっています。
これはとても危険なことだと思うのです。
収入の多寡は人生の目標を決めるときの基準になります。
今の日本で皆が大学に行きホワイトカラーになろうとしているのは、ブルーカラーの収入がその労働内容に反して少ないからに他なりません。

国民全員がホワイトカラーになろうとすれば、必ず奴隷が必要になります。
世界のどの時代の文明も、奴隷なしには成り立たなかったのは、そういうことなのです。
白人の先進国に黒人がいるのはそういうことなのです。

日本には奴隷はいませんが、その代わり、あの百円ショップのように他国の労働を安く手に入れています。
それは、為替と言う魔法によってです。

 

為替と言う魔法を使うことにより、日本人は総ホワイトカラー化を目指すことが可能になりました。
「良い大学」「良い会社」と親が子供を駆り立てています。

でも、この前の台風や新潟の地震のような災害が日本規模で起こったら?

そのときにすべての国民が、スコップで土を一すくいもせずに、紙の上であれこれ検討し指図する者になっていたら?

今でも溢れたゴミや土砂の始末をするのは自衛隊の仕事と思い込んでいるような人がいるくらいですから、自分が何かしなければいけないとは思わないでしょう。

でも、そんな壊滅的な国には為替の魔法も使えない。
そのときにどうやって、その危機を乗り越えれば良いのでしょう?

どんなときでも当てになるのは、遠く離れた地から運んでくる物ではなく、今、立っているその大地と、吸っている空気が与えてくれるものです。
今の足元を大切にせずに、遠方の地の貢物を当然のように受け取る生活は、とても危ういもの。
世界規模の流通は経済効果を生みますが、実はとても危険なものなのです。

まずは農業後継者の育成をし、肉体労働者・技術者の給与を見直す。
そういう職業の就労者に自信を与え育成していかなければ、この災害の多い国に住んでいる民族に生きる道は無いように思います。

今すぐに、為替の魔法が消えたら、どうなるか?
考えるだに恐ろしい状況が生まれそうです。

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2004.11.03

私らって、山賊?

今日はすっきり青空。
今週末にある作品展のために、生徒たちと出かけました。

総勢八人、車を連ね、まずは柿を作っている生徒の山へ。

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今年は台風が多かったせいか、葉が少ないみたい。
それに暖かいせいか、まだ、あまり紅葉していないし、痛みで変色しているものが多いような・・・

少ない葉の中から、少しでも赤みの出ているものをと選んで取っていて、気がつきました。

――去年は赤だったけど、今年は茶色が綺麗なんだわ!

そう思って見ると、様々な茶系のグラデーションで山はとてもシック。
その発見のおかげで、なんだか得した気分。

生徒の柿畑では足りなかったので、近くの自然公園の東屋でゆっくりとお弁当を食べて、次の山へ。

こちらの山にはカラス瓜やアケビの実がいっぱい。
木に登ったり、崖を降りたり、子供に帰ったようにわいわい騒ぎながら、皆、手に持ちきれないくらいの収穫。

ついでに知人の山に行き、また、柿の葉を頂いて、うちのボロ車に満載して帰ってきました。

作品展は今度の土日。
どんなものが出来上がるか、楽しみ!

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戦利品のほんの一部です。

私ら、何があっても大丈夫。
サバイバル生活が出来ると確信した日でした。

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2004.11.02

歯ブラシの警告

朝、顔も洗わず、アイロンを掛け、メールチェックをし、ぼうっとしていると、カチャン。
――まただ。

歯ブラシが放り出される音。

洗面台についている歯ブラシ立て、あの歯ブラシが何個か挟んで置けるようになっているアレから、飛んで、水受けの部分に落ちている。
うちのは古いタイプなので、扉がついていないの。

最初、私の入れ方が悪いのだと思っていた。
同じタイプの歯ブラシでも夫のは絶対に落ちないから・・・
だが、同じように入れても飛ぶ日もあれば飛ばない日もある。
使ってからすぐには飛ばず数時間後に飛ぶ。
今朝なんか、夕べ使ってから8時間はたっている。。
夜中や人のいないときに落ちていても良いはずなのに・・・

――とても不思議。

あれ、うちの七不思議が八不思議になっちゃった。

何列かあるので、列を変えてみたり、歯ブラシの種類を変えてみたり、いろいろやってみたけど、やはり、飛ばされる。
私もそこに入れなきゃいいんだけど、なんか意地になっている。

前に書いたかどうか憶えていないんだけど、うちには何かいるらしい。
今年の春先に知り合いがうちの下の道を通って、我が家の電灯が点いていてカーテンが揺れたから、私がいると思って携帯に電話してきたことがあった。
私は出かけていて、もしかしたら夫が早く帰ったのかと思い、急いで家に戻ったのだが、誰もいない。
もちろん、電灯も点いていなかった。
友人にそう言ったら、絶対に見たと言い張る。
泥棒が入っていなかったかとまで言い出す。

――分かるって、私もたまにあるからさ。

うちは崖の上にあるので、崖下の道路から家の南面が見える。
ある夕暮れ、その道路から家を見たときに、窓と言う窓から明かりが漏れていて、驚いた。
誰もいないことを誰よりも自分が知っている・・・

居間の電灯なら間違って点けて出た可能性もあるが、あの部屋はないだろう・・・この半月くらい入っていないよ。
それこそ、泥棒でも入っているのではと恐る恐る家に入ったのだが、真っ暗だった。

それからも時々、ああ、電灯が点いていると思うときがあるが、気にしないようにしている。
好きにしてくれと言う気分。

何がいるにせよ、私には霊感と言うものがまったくないらしい。
何を意図しているのかさっぱり分からない。
ただ、不思議だ不思議だというだけだ。

それにしても、歯ブラシの飛ぶ頻度がどんどん多くなっている。
何が言いたいの・・・?

もっと歯を磨けとか?
歯ブラシだけに、口を慎めとか?
あまり、がつがつ食うなとか?

もっと分かりやすい方法を取って下されば、何とかしたいとは思っておりますが・・・

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2004.11.01

必要な時間

11月だというのに、どこもまだ紅葉していない。


こんな雨の日に
一人で森を歩くのを楽しみにしていたのに・・・
       
馥郁たるキノコと
つんとした針葉樹のヤニと
甘酸っぱく朽ちていく広葉樹の葉の
――匂い

踏みしめる落ち葉のしっとりとした感触

孤独でありながら
その場のすべてと見えない糸で繋がっている時間
         
       
04100624x.jpg

私にはそんな時間が必要だ。


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